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「監督シャッフル」の“震源”はモウリーニョ。名将たちの去就を英国専門誌が占う

2012.04.17

ワールドサッカーキング 2012.04.19(No.212)掲載]
 2011ー12シーズンが佳境に差し掛かる中、早くも欧州では、夏の監督人事における“激震”が噂されている。『ワールドサッカーキング』×『FourFourTwo』のスペシャルリポートでは、気になる指揮官たちの去就を完全予測。スペインの“2強”を率いるジョゼ・モウリーニョとジョゼップ・グアルディオラが、そして、彼らの動向によって人事異動を余儀なくされそうな多くの指揮官が、かつてなく荒れそうな「玉突き人事の協奏曲」にこぞって列をなしている。その“震源地”になりそうな人物は、既にスタートボタンに指をかけているのだ。

Text by Rory SMITH, Translation by Atsuo MACHIDA

■玉突き人事の主役は“スペシャル・ワン”

 極秘の会話、ホテルでの密会、内々の電話、過去の報恩……。そうした行為が今まさに行われている。トロフィーの行方さえ定まっていない現段階では、オフシーズンなど遠いことのように思うかもしれない。だが、名のある監督たちは皆、既に来シーズン以降の働き口のことを考え始めている。

 代理人は指示を受け、クラブ幹部は密談し、匿名の仲介者が派遣される。利害が主張され、予算が査定され、おおまかな年俸が提示される。各国リーグが佳境を迎えようとしている今、水面下では遊園地の絶叫回転アトラクションにも似た「監督シャッフル」が密かに進行しているのだ。

 神経質で不確実な日々。ビッグクラブは一様に策を講じ、意中の候補者を確保しようと一握りの大物に群がる。多大な影響力を持つ監督や、契約期間が満了していない監督であっても、臆測や仮定の対象からは逃れられない。

 ユーロ2012が目前に迫る現在、一見すればイングランド代表監督のポスト以外に「空き」はないように思える。イングランドサッカー協会(FA)がハリー・レドナップをトッテナムから引き抜けるのか、引き抜くべきなのか、あるいは引き抜くつもりがあるのかといったことに、ファンの関心は集中している。

 しかし、「監督シャッフル」の“震源”となるのは、恐らくスパーズ(トッテナムの愛称)のボスではないだろう。むしろ、アルマーニのスーツを着た、皆さんがご存知のあの男だ。

 モウリーニョにとって、自分がオフシーズンの騒乱の中心人物であること、自らの決断次第で「サッカー食物連鎖」の下位に位置する無数の監督たちが影響を受けることは、痛快の極みだろう。レドナップでも、他のどの監督でもなく、モウリーニョの動向こそが「監督シャッフル」の出発点となるのだ。そのシャッフルがいつ終わり、どれほどの振動を伴うものになるのかは、モウリーニョの腹ひとつで決まる。

 彼は早くも心理戦を開始している。予告なしにイングランドを訪れ、既にロンドンに家を1軒持っているにもかかわらず、物件を下見した。また、新聞がそのお忍びの旅行について報じると、驚き、憤慨して見せた。代弁すればこんな感じか。「何とも間の悪いことだ。私がロンドンの、それもスタンフォード・ブリッジに程近い豪邸の前にいるところを、君たち記者に見つかるとはな。運が悪いったらない。ところで、ニールにはもう会ったかな。不動産エージェントだ。ニール、記者さんたちに物件を勧めてみては?」

 これらすべては、自分に誘いを掛けるクラブや、同業の監督たちを宙ぶらりんの状態にしておこうとするモウリーニョの深謀だ。彼が今シーズン終了後もレアル・マドリードにとどまるかどうかは、本人以外、誰も知らない。モウリーニョは当面、それをあいまいにしておく意向のようだ。

 マドリーとの契約はまだ2年も残っている。クラブ側はモウリーニョがそれをほごにすることはないと自信を見せる。「モウリーニョがこのクラブでしている仕事を考えれば、彼に残ってもらうのが一番だ」と語るのは、かつてのスターで、現在はフロレンティーノ・ペレス会長のアドバイザーを務めるジネディーヌ・ジダンだ。

 モウリーニョに近い人々の一部は、彼がマドリーにとどまる意向であり、契約延長さえするかもしれないと信じている。一方で、モウリーニョがマドリーでの権力争いにうんざりし、自ら「ホーム」と呼ぶプレミアリーグに復帰したがっていると見る者もいる。

 プレミアリーグのほうも、バカンスに出掛けた主人を待ち焦がれる飼い犬のように、モウリーニョにすり寄ることしきりだ。モウリーニョの移籍先となる可能性が最も高いチェルシーとトッテナムは、どちらも耳をそばだて、しっぽを振り、彼に「エサ」をねだっている状態である。

 実際、チェルシーのファンは彼を必要としている。そして恐らく、自分たちには彼を得る権利があるとも考えているだろう。監督代行のロベルト・ディ・マッテオがシーズン終了後も指揮を続ける見込みは薄く、オーナーのロマン・アブラモヴィッチは市場で新たな救世主を探すことになる。「モウリーニョ2世」と目されたアンドレ・ヴィラス・ボラスは期待外れに終わった。「初代モウリーニョ」は、ロシア人オーナーの唯一の頼みの綱かもしれない。

 トッテナムもそれなりに魅力的な売り込みができるはずだ。しかし、こちらはレドナップがイングランド代表監督に転出するかどうかで事情が大きく左右される。

 スペインサッカーに詳しいジャーナリストのギレム・バラグによれば、マンチェスター・シティもモウリーニョと「継続的に連絡」を取っているという(ただし、これはクリスマスカードの類かもしれない)。バイエルンもまた、ちょうどユップ・ハインケス監督が苦しんでいるタイミングで、モウリーニョから「予想外の」訪問を受けた。

 仮にモウリーニョがスペインの首都での暮らしはもう十分だと腹を決めたとしたら、マドリーはどうするだろうか。リヴァプールの元監督、ラファエル・ベニーテスを故郷に呼び戻すのか。あるいは将来性を買って、今オフにバレンシアを離れると見られる40歳のウナイ・エメリを招くのか。

 新たな展望を開きたい各クラブも、第一線への復帰を望むライバル監督も、誰もがモウリーニョを待っている。水面下の会合で必ず話題に挙がるのは「ジョゼはどうする?」という話だ。そして本人は、あくまでもそれを水面下の話にとどめたがっている。

■大物を取り合うチェルシーとインテル

 そんなモウリーニョの対極にいるのが、天敵のジョゼップ・グアルディオラだ。彼がバルセロナと1年契約しか結ばないことは、このカタルーニャ人にまつわる一種の神話と言える。クラブは毎年、2年契約のオファーを出すのだが、グアルディオラはそのたびに言葉を濁し、「1年でもいいかな?」と応じるという。この「年中行事」があるがために、ペップがカンプ・ノウを離れるのではないかといううわさが、毎年のようにサッカー界を飛び交う。

 行き先として取り沙汰されるのは、主としてチェルシーとインテルだ。インテルのマッシモ・モラッティ会長は、グアルディオラを民話の「ハーメルンの笛吹き男」のように見ているのかもしれない。そう、リオネル・メッシをバルセロナから引き連れて来られる、ただ一人の男として。

 チェルシーと同様、インテルもこの夏に新監督が必要だ。昨年9月に指揮権を託されたクラウディオ・ラニエリは、チームをチャンピオンズリーグはおろか、ヨーロッパリーグの出場圏内に引き上げることさえできなかった。

 もっとも、うまくやればグアルディオラを招くことができると考えているチェルシーとインテルは間違っている。グアルディオラをよく知る人々は、たとえ彼がバルサを離れることを決めたとしても、即座に他のクラブに移ることはないだろうと言う。同業の監督たちの戦術を分析し、自らの信念を固めるため、そして何より自分を育ててくれたクラブを裏切ったとの印象を与えないため、1年間は充電期間に充てるだろうというのがもっぱらの意見だ。その読みが正しければ、グアルディオラが他のクラブで采配を振るうのは、早くても2013年からということになる。

 バルサのフロントは胸をなで下ろしているはずだ。なにしろ、ペップの後継者と目されるルイス・エンリケは、ローマで苦しい戦いを続けている。アスレティック・ビルバオのマルセロ・ビエルサは、ヨーロッパリーグでマンチェスター・ユナイテッドを破った直後こそ、ペップ本人から「地球上で最高の監督」と評されたが、難解な戦術論を掲げる彼をバルサに迎えることは大きなリスクが伴う。つまり、有力な後任候補がいない現状、グアルディオラがクラブを見捨ててまで退任するとは考えにくいのだ。

 ペップを呼べないとなれば、モラッティやアブラモヴィッチは「プランB」に目を向けざるを得ない。そして、信じようが信じまいが、候補者の中にはイングランド代表監督としての仕事に失敗したファビオ・カペッロやスヴェン・イェーラン・エリクソンの名も含まれている。

 モラッティのイチ押しは、ユーロ2012でフランス代表の指揮を執るローラン・ブランだ。しかし、中にはいささか不可解な人物を候補に推す者たちもいる。「ヴィラス・ボラスがインテルの次期監督になるに違いない」と予想するのは、この青年監督に最初のチャンスを与えたポルトのピント・ダ・コスタ会長である。会長は「彼はインテルを指揮するのに最適な人間性を持っている」と断言している。しかし、そうは言っても、「最適な経験」がないことは、チェルシーで証明されてしまった。ヴィラス・ボラスにはポルトの監督に復帰するのが、よりお似合いだろう。

 チェルシーにとっても、ヴィラス・ボラスの更迭によって生じた問題を解決するのは、そう簡単なことではない。アブラモヴィッチの顧問団はモウリーニョとグアルディオラを推薦しているが、この2人を除けば有力な候補者はほとんどいない。

 ヨアヒム・レーヴはドイツ代表を近代的かつ魅力的な軍団に変えたが、チェルシーはこれまで、代表監督をクラブサッカーに誘うことにあまり成功していない。ビルバオで存在感を見せるビエルサも、ビッグクラブでは自身の異端的な戦術が発揮できないからと、昨年夏にインテルを袖にした経緯がある。一定の支持を得るベニーテスも、リヴァプール時代の戦績は減点の対象だろう。エヴァートンのデイヴィッド・モイーズは「プロジェクト・マネージャー」としての評価こそ高いが、アブラモヴィッチが望む「美しいサッカーの提供者」としての基準は満たしていない。全員に何かしらの欠点があるわけだ。

■アーセナル周辺にも監督交代説が浮上

 FAはレドナップに的を絞り、彼を説得できるものと決め込んでいる。しかし、仮にモウリーニョやグアルディオラがイングランド代表監督の座に興味を示せば、事態は急転しかねない。同じ2人の名前はレドナップの後任を探すトッテナムのリストにも挙がっている。モウリーニョを獲得できればトッテナムにとっては理想的な展開だ。しかし、そもそも彼が本当に獲得可能な人物なのか、現時点では不確定である。

 ブックメーカーは、モイーズがトッテナムの次期監督になると予想している。10年間にわたってエヴァートンを率いてきた彼は、その大半のシーズンでスロースタートを切りながら、終盤にはいつも順位を上げてきた。

 モイーズが去った場合、エヴァートンはノリッチのポール・ランバートかスウォンジーのブレンダン・ロジャーズを後釜に据えようとするだろう。しかし、この両者はベニーテスやリールのルディ・ガルシア、マルセイユのディディエ・デシャンとともにトッテナムのリストにも載っている。

 トッテナムの周囲にはまた、内部昇格によってレドナップの穴埋めが行われるかもしれないとの声もある。ティム・シャーウッドは実質的な監督経験こそないが、若手の育成手腕は多くのクラブ関係者が認めるところ。選手たちも彼を(少々ぶっきらぼうではあるが)優れた知性と洞察力の持ち主だと評する。何より都合がいいのは、政治的な抜け目のなさを備えている点だ。リスクはあるにせよ、天才監督を招けないのなら、手持ちの駒を天才監督に仕立て上げてみるのも一つの手だろう。

 ノースロンドンのライバルであるアーセナルでも、指揮官が代表監督に転じる可能性がささやかれている。アルセーヌ・ヴェンゲルが春の訪れとともにチームを復調させたことで、変化を求める声は負けが込んでいた冬頃に比べると下火になった。とはいえ、やはりこちらもマーケット次第。ユーロ2012の後にブランがフランス代表監督を辞してインテルに移るなら、同胞のヴェンゲルが祖国に戻る可能性もゼロではないだろう。

「アーセンにはピッタリの仕事だと思う」と語るのは、かつてのヴェンゲルの教え子で、現在はリヨンの監督を務めるレミ・ガルドだ。「彼はフランス人選手をよく知っているし、フランスリーグにもしっかり目を配っている。ブランが辞任するとしたら、アーセンが有力な選択肢になることは間違いない」

 仮にそうなった場合、アーセナルを引き継ぐのは誰か。ヴェンゲルの遺産ーー美しいサッカーをするがトロフィーには手が届かないーーを継承しようとする人々にとっての第一候補は、チームの元DFで、現在はアーセナルのUー18チームを率いるスティーヴ・ボウルドだ。外部候補では、スウォンジーをプレミアリーグに昇格させたロジャーズが有力だろう。

 もっとも、ヴェンゲルは現職にとどまる公算が大きい。チームの成績が回復した今、恐らくアーセナルは、終わりなき風説と疑惑の渦に巻き込まれずに済むだろう。しかし、インテル、チェルシー、バイエルン、トッテナム、そして“震源”の当時者が籍を置くマドリーは、そんな幸運に恵まれることはない。極秘の会話、内々の電話、過去の報恩が、そうしたクラブの間で交わされるのだ。

 かつてない「監督シャッフル」へ向けて、既にBGMは鳴り始めているーー。

<監督人事以上に気になる若手の移籍情報は ワールドサッカーキング 2012.04.19(No.212)をチェック>

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。
 

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