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ドルトムントでの飛躍の日々。味方DFが証言する「香川真司の悪魔的な速さと技術」

2012.03.18
ワールドサッカーキング 2012.04.05(No.210)掲載]
 ドルトムントのリーグ制覇に貢献した昨シーズンを上回る活躍を見せる香川真司。特にウインターブレーク明けのここ2カ月、香川はリーグ屈指のパフォーマンスでファンを熱狂させている。3月17日、自身23度目の誕生日に今季9得点目となる決勝弾をマークし、20試合連続無敗というクラブの新記録樹立に貢献した“日本の新星”は、現地でも圧倒的に高い評価を得ていた。

Text by Thomas ZEH, Translation by Alexander Hiroshi ABE, Photo by Itaru CHIBA

 ドイツサッカーの歴史上、ほんの少しの例外を除けば、その頂点には常にバイエルンがいた。ところが今シーズンは、ドルトムントに大きく引き離され(第26節終了時点で勝ち点5差)、リーグ連覇を許してしまいかねない状況となっている。昨年9月の直接対決では0ー1で敗れ、ホームで大恥をかいた。この試合でゴールを決めたのは19歳のマリオ・ゲッツェであり、そのゴールをアシストしたのは3月17日で23歳になった香川真司だった。

 今シーズン開幕前、評論家の多くは訳知り顔で「若い選手で構成されるチームはプレッシャーに耐えられない」、「バイエルンの底力の前に簡単に屈する」など、ドルトムントについてネガティブな見解を述べていたものだ。だが、ふたを開けてみると予想は大外れ。ドルトムントはリーグでもカップでも連勝を続け、バイエルンの支配構造に大きな穴を開けたのである。

 バイエルンは“ロベリー”(アルイェン・ロッベンとフランク・リベリーを指す造語)に象徴されるように、特定のスター選手の力量に頼る部分が多いチームだ。それに対しドルトムントは万能タイプの選手が多く、誰もがチーム戦術を理解した上で、柔軟性に富んだプレーを見せている。システムの基本はDF4枚、守備的MF2枚、そして1トップという4ー2ー3ー1。システムは違えど、攻守の連動という点ではバルセロナに似ている。

 ドルトムントはピッチのどの位置でも素早くプレスを掛け、守から攻への切り替えのスピードで相手を圧倒できる。DFのマッツ・フンメルスが最終ラインから正確なパスをフィード。ゴールに向かって突き進む1トップのロベルト・レヴァンドフスキに、2列目のゲッツェと香川がポジションを入れ替えながら絡んでいく。奪ったボールはすぐに前線に送り、2列目、3列目から次々に選手が飛び込む波状攻撃は、言葉にすれば簡単だが、相当な体力がなければできない。ブンデスリーガの統計によれば、ドルトムント全選手の平均走行距離と平均速度はリーグ1位だそうだ。

■香川の“全力疾走”は長所でも短所でもある

 香川の今シーズンここまでを振り返ろう。昨年1月のアジアカップで右足小指を骨折し、シーズン後半戦を棒に振っただけに、パフォーマンスの低下が懸念された。だが、それは全くの取り越し苦労で、地元記者たちは「若い選手の成長のスピードには改めて驚かされる」との印象を口にしている。

 現在のドイツで屈指のDFであるフンメルスは香川についてこう語った。「ボールをキープする際のスピードとテクニックには悪魔的な怖さを感じるよ。味方でよかった」

 63キロの超軽量である香川は、重心が低く俊敏性に優れたプレーを持ち味とする。スピードに優れたアタッカーは数多くいるが、彼の特徴は最初から最後まで“全力疾走”でプレーすることだ。エネルギー配分のことなどまるで考えていないように見える。これで相手DFをキリキリ舞いさせるのだが、時として試合の流れを必要以上に高速化するため、「この場面では一呼吸を置いて」や「ここで少しテンポを変えて」といった戦術的工夫を欠くことも事実だ。また、ボールを奪うベストなタイミングの見極めや、相手のペースを分断するためのプロフェッショナルファウル(意図的なファウル)をする判断も成熟していない。「速い」というよりも「慌ただしい」という印象を与えることがしばしばある。

 もっとも、これは香川だけに限ったことではなく、ドルトムントという若くてエネルギッシュなチーム全体が抱える問題である。常にペースオーバーで、すべてが思い通りに進んでいる間は圧倒的な力を見せるが、そのコンビネーションに髪の毛ほどの亀裂が入っただけで派手に転倒してしまう。チャンピオンズリーグで簡単に敗退してしまったのも、これが原因だ。

 ただ、あのジネディーヌ・ジダンでさえ22歳の時は試合のペースをコントロールすることなどできなかったのだから、ドルトムントの若手は貴重な修業を重ねている最中と見るべきか。

 香川のプレーの特徴をもう一つ述べておこう。彼はスピードに乗った状態でも高いテクニックを発揮できる。しかも、計算外のトリックとフェイントを自己満足のために使うというメンタリティーがない。その視点は常にチームに向いているのだ。世界的なスター選手の何割かは確実に、自分が主役でないと気分を害す種類の性格の持ち主である。だが、香川は無意識のうちにチームプレーを優先できる。自分より少しでも可能性の高いポジションにいる味方を活用する彼のプレーがそのことを証明している。

 2月、香川はひざの側副靭帯を負傷したものの、わずか11日でピッチに復帰した。この「歯を食いしばってでも試合に出る」精神はとても好意的に受け止められた。ドイツのサッカーファンは、とにかく戦う姿勢を好むのだ。試合中に迎える一対一の局面をドイツ語で『ツヴァイカンプ』と言うが、ここでためらったり、ましてや逃げようものなら、すぐさまブーイングが飛んでくる。その点、香川はツヴァイカンプに絶対の自信があるようだ。いや、単純に一対一の勝負が好きなのだろう。迷わずに仕掛けるために、相手DFは後手に回らざるを得ず、スピードのある香川の対応に苦しむのだ。

 では、香川の弱点を挙げるとすれば何だろう? 簡単だ。身長173センチの香川がブンデスリーガで空中戦の競り合いに挑めば、ほとんどはボールに触れることもできない。

 しかし、かつてドルムントで活躍したカールハインツ・リードレは、180センチ71キロとFWとしては小柄だったが、96ー97シーズンのチャンピオンズリーグ決勝でヘディングを含む2ゴールを挙げてチームの初優勝に貢献した。中盤で高く上がったボールの落下点に入っての競り合いは、身長の低い選手には厳しいだろう。だが、ヘディングシュートはスペースに飛び込む角度とタイミング、そして技術で決まる。そのすべてを高いレベルで備えたリードレは、別名「エア・リードレ」と呼ばれていた。

「173センチの香川と一緒にするのは無理だ」と思う読者には、かつてのドイツ代表キャプテン、ウーベ・ゼーラーの例を教えたい。数多くのヘディングを決めた“ゲルマン魂の権化”の身長は170センチだった。そして、3月17日、香川は自身23度目の誕生日にヘディングによるゴールで花を添えている。

■ドルトムントが若手の“理想郷”である理由

 現在のドルトムントの年間売上高は約2億ユーロ(約210億円)と、ヨーロッパのベスト10に入る規模となっている。6年前、このクラブは1億3000万ユーロ(約137億円)を超える莫大な借金を背負い、倒産寸前にまで追い込まれていた。しかし、ここ数年の躍進により経営状態は大幅に改善され、今では毎年利益を増やし続け、累積赤字も解消された。

 スタジアムは年間を通して常時満席。平均入場者数8万人は、あのレアル・マドリードやバルセロナをも上回る。近年はトレーニング施設を一新した。

 明るい展望はいくらでもある。スポンサーはこぞって契約の延長を決めているし、テレビ放映権料による収入はまだまだ増加の一途。若さとダイナミズムに象徴されるチームのポジティブなイメージは、ドルトムントにとって無形の、そして大きな財産となっているのだ。

 香川の潜在能力を見抜いたユルゲン・クロップ監督は今年で45歳。見かけは若いが選手たちと極めて良好な関係を築いている“第2の父親”だ。彼の契約は先日、2016年まで延長された。これはクラブ首脳陣が今のチームを信任し、継続路線を進めるという何より明確な意思表示である。

「ドルトムントよりもっと稼げるクラブはいくらでもあるが、若手にとってここほど理想的なクラブはない。ここには彼らの能力を伸ばせる環境のすべてが整っている。誰だって、あれだけ熱狂的なファンの応援を背にプレーしたいだろう?」

 クロップはいつも刺激的で挑発じみたセリフを言うが、この場合は少しも嫌味に聞こえない。それだけドルトムントは若手にとって理想的なクラブなのだ。

 チームの未来を語る際、必ず話題となるのが『プロジェクト2016』だ。これは何かと言うと、多くの主力選手の契約が切れる4年後に、チームを去る選手が大量発生することのないようなプランを考えるべきだ、との考え方である。ゲッツェ、フンメルス、レヴァンドフスキは、バイエルンからの魅力的なオファーを蹴ってドルトムントとの契約を延長した。しかし、4年後にはその契約も切れる。そこまでチームは好調を保ち、彼らを引き止めるだけの魅力を持っていられるかどうか、ドルトムントの首脳陣とファンは、今からそれを本気で心配している。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。

<続きは ワールドサッカーキング 2012.04.05(No.210)でお楽しみください>
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