2012.02.22

チェルシーに先勝、CL8強入りに王手をかけたナポリの『復活ストーリー』

ワールドサッカーキング 2012.02.16(No.207)掲載]
 バイエルン、マンチェスター・シティ、ビジャレアルが同居した“死のグループ”を勝ち抜き、一躍注目を浴びたナポリ。「国内リーグを犠牲にしても、チャンピオンズリーグ(以下CL)を優先する」という熱血監督マッツァーリの号令をきっかけに、選手たちは犠牲を顧みず強豪相手に勇敢に向かった。そして、彼らを待っていたのはファンの熱烈な歓迎だった。

Text by Michele CIBIONE, Translation by Takashi YUGE

■国内リーグよりもCLでの戦いを優先

 スペインを発ったチャーター機が、ナポリのカポディキーノ国際空港の滑走路に降り立つ。時計の針は午前4時を回ろうとしているにもかかわらず、空港の外では2000を超える人々が搭乗者たちの帰還を今かと待ちわびていた。街の中心部では、その数時間前からお祭り騒ぎが始まっている。あちらこちらから花火が上がり、街角の噴水では真冬だというのに、上半身裸の若者たちが、奇声を上げながら冷水の中へ飛び込んでいく。常人の理解を超えた興奮は夜通し続いた。2011年12月7日。ナポリがCLのグループリーグ突破を決めた夜だった。

 ナポリ市民たちが喜びを爆発させたのも無理はない。2度のスクデットに加えUEFAカップを制覇したマラドーナ・ナポリの時代から早20年が過ぎている。クラブは放漫経営がたたり、04年に一度、破綻した。長引く不況によって街から活気が奪われ治安も悪化する。そんな中、イタリア映画界を牛耳る実業家アウレリオ・デ・ラウレンティスが、新会長に就任。セリエC1(当時の3部)から再出発したナポリは、昨シーズンのセリエAでミラノ勢と優勝争いを繰り広げた末3位に食い込み、21年ぶりとなる欧州最高峰の大会出場を手繰り寄せた。

 大躍進は前線の3人の活躍を抜きにして語れない。昨シーズン、リーグ戦だけで3度のハットトリックを達成したエースストライカーのエディンソン・カバーニ、抜群のドリブルとアシストセンスを持つエセキエル・ラベッシ、そしてダイナミズムが魅力の攻撃的MFマレク・ハムシク。本拠地サン・パオロの大観衆を熱狂させる彼らこそ、ナポリが誇る“3大テノール”なのだ。

 個性的な面々をまとめ、国内外のビッグクラブと互角以上に渡り合えるチームを作り上げたのは、知将ヴァルテル・マッツァーリの功績によるところが大きい。地方クラブからのたたき上げ監督として、異端的な3バックにこだわりつつ、レッジーナとサンプドリアでキャリアアップを重ねてきた。メディアや同業者とのなれ合いを嫌い、対外的には険しい印象を持たれるが、チームの一体感を重視するため選手たちとは強固な信頼関係を築き上げる。彼のように24時間ずっとチームを強くすることだけを考えている監督は意外と少ないものだ。プロの指導者として高みを目指すマッツァーリと上昇志向を掲げるナポリ。かみ合った2つの野心が新生ナポリの頂上作戦を可能にした。

 21年ぶりに欧州最高峰の舞台へ舞い戻ったナポリを待っていたのは、ドイツの名門バイエルンを筆頭に、中東オイルマネーで現在のプレミアリーグを席巻するマンチェスター・シティ、そして大会常連のビジャレアルと同居する“死のグループA”だった。それでも、強いナポリの復活を国内外へアピールするため、欧州戦線を重視したいクラブ方針に応える形で、指揮官は今シーズンの開幕時から「国内リーグをある程度犠牲にしても、CLへ全力を注ぎ込む」と宣言した。

 指揮官の気迫によってナポリはグループリーグ序盤戦を1勝1分けと好発進。手応えは上々だ。「今や欧州中が我々に注目している」。すべては順風満帆な時、“落とし穴”に気づくのは難しい。

 貧しい地域から初出場するチームが、いきなりCLで結果を出すことは極めてまれだ。灰色の寂れたスタジアムでの日常と、世界最高の品格を誇るCLとの格差は、あまりに大きすぎる。それはナポリという大きな街のクラブでも例外ではない。貧しいイタリア南部の3部リーグと言えば、観客も拍手もまばら。自分たちの力で勝ち取ったとはいえ、きらびやかな照明と華やかなファンファーレに包まれたCLで「舞い上がるな」と言うほうが無理である。グループリーグはわずか6試合であっても、4カ月という長いタームで行われる長期戦でもある。戸惑いはプレッシャーに変わり、精神的に潰れたチームが終盤2節で自滅した例はいくらでもある。プレーの実力は当然だが、レアル・マドリードやミランといった名門クラブは、そういった舞台でのメンタル・マネジメントが優れているからこそ、名門であり続けるのだ。

 マッツァーリもまたCLに場慣れしていないデビュー組の一人だった。バイエルンとの2連戦では、守備陣のミスが重なった上に戦術アプローチや采配にも戸惑いが見られた。ホームでの幸運なドローの後、守護神モルガン・デ・サンクティスの奮闘で敵地での大敗を逃れると、第5節のマンチェスター・C戦が、2位通過を争う一騎打ちの様相となった。予算規模では到底太刀打ちできない。緊張をコントロールできなくなったナポリにはピリピリムードが漂い、誰もが心身を消耗させていった。当然、国内の戦いにも影響は出る。

■CLとは対照的に不振が続くセリエA

 今シーズンのセリエAで、ナポリは開幕からスクデット争いを期待されていた。ところが、下位チーム相手の取りこぼしによって苦戦が続いている。残留が目標であるはずのパルマやカターニアにはあっさり土をつけられ、昇格組のノヴァーラやアタランタからも白
星を奪えない。特にCLのゲームを挟んだ前後の戦績は目を覆うばかりで、グループリーグ第3節以降の4試合を挟むセリエAの7試合(※悪天候で順延された第11節ユヴェントス戦を除く)の成績は1勝4分け2敗と期待外れ。スクデット候補と見なされていたナポリだが、CLと並行して戦うノウハウを持たない以上、手探りで進むしかない。マッツァーリが危惧していたのはまさにこの点だった。「もしCLに出ていなかったら、ナポリは国内で上位にいるはず。CLでエネルギーを相当奪われる。チームは2つのコンペティションを戦うことに慣れていない」

 CLを優先する方針から、セリエAの試合でターンオーバーを採用し、主力抜きでふがいない試合を見せる。当然、チームは批判にさらされた。マッツァーリは「批判するならスタメンを決める私を批判しろ」とチームを擁護したが、神経をすり減らす日々がそれで終わるわけではない。試合中のテクニカルエリアでの激しい身振りが代名詞の指揮官は、第9節のウディネーゼ戦ではあまりにテンションが上がったための反動なのか、試合後に血圧が急降下し、勝ったにもかかわらず記者会見をキャンセルしたこともあった。

 CLに出場する実力者でも、誰もが氷のような冷静さを持つわけではない。バルセロナやインテルのように「勝って当然」という常勝クラブばかり見ていると気づきにくいが、「選手と監督、クラブも一人の人間と同じように成長していくもの」と考えると、現実的な反応として、生まれて初めての大舞台に惑いながらプロとして最善を尽くそうともがくマッツァーリと彼の選手たちのほうが、人間臭く、生々しく感じられる。

 緊張と消耗が極限に達したグループリーグの5戦目。異様なテンションが張り詰める中、ナポリは本拠地サン・パオロにマンチェスター・シティを迎えた。結果は2ー1の勝利。“エル・マタドール”ことカバーニがヘディングと右足で2ゴールを決めると、勢いづいたチームは完璧なゲーム運びで勝利をもぎ取ったのだ。2位を奪回し偉業へあと一歩と迫った指揮官が「まだ終わりではない」と気を引き締める一方、デ・ラウレンティス会長は「金だけでは強いチームは作れない」と胸を張った。

 そして、マラドーナを擁する黄金時代以来の“強いナポリ”が帰ってきたと確信した人々は「歴史を作ってこい!」とげきを飛ばし、選手たちを最終決戦の地、ビジャレアルへ送り出したのだった。

■破産から7年で到達したヨーロッパ16強入り

 エル・マドリガルは昨シーズン、ヨーロッパリーグで敗退させられた因縁深いスタジアム。リベンジには絶好の機会となるはずだったが、どこかよそ行きのままナポリは前半を0ー0で終える。再逆転をあきらめないマンチェスター・シティがホームでバイエルンをリードしていた。ロッカールームを重苦しい空気が覆う。

「時間が過ぎていくばかりで、あのままでは試合がより難しくなるのは明らかだった。選手たちの目を覚ます、強烈なショックを与える必要があった」

 土壇場にきてチームが萎縮していることに気づいたマッツァーリは、“勝負師”として驚くべき賭けに出た。後半が始まって間もなく、DFサルヴァトーレ・アロニカともみ合いながら目前でタッチラインを割った相手FWニウマールをいきなり両手で突き飛ばす暴挙に出たのだ。マッツァーリは即座に退席となり、チームには大きな動揺が走った。騒動が収まり指揮官不在の現実を直視した時、ピッチ上の一人ひとりがマッツァーリの真意を悟る。腹をくくったナポリの選手たちは攻勢に出た。

 65分、ギョクハン・インレルが目の覚めるようなミドルをたたき込むと、チームの勢いは更に増す。先制点から12分後、ハムシクがCKからダメ押し点を決めた。

「クラブや街、ナポリに関わるすべての人たちにとって、この一世一代のチャンスを逃すことはできなかった。このナポリは歴史に名を残すだろう」

 試合後、ハムシクはそう言うと感涙にむせんだ。前節のマンチェスター・シティ戦では、試合当日に妻がピストル強盗に遭うトラウマを乗り越えてプレーした。困難を乗り越えてつかんだ勝利に感極まるのも道理だ。

 エル・マドリガルでの最後の3分間、マッツァーリの指示によってピッチに送り込まれたのは、34歳のDFジャンルーカ・グラーヴァだった。セリエC1時代を知る唯一の生き残りで、再生の土台作りから支えてきたベテランこそ、クラブ史に残る栄えある瞬間をピッチで迎えるべき、と判断した指揮官の粋な計らいだった。そして翌朝未明、ナポリへ凱旋帰国した彼らを待っていたのは、街中をチームカラーのアッズーリ色で埋めた人々の歓喜の渦だった。

 悪夢のクラブ破産から7年、ナポリはついに欧州16強まで上り詰めた。マラドーナ時代にも成し得なかった偉業である。ここから先は未知の領域。立ちはだかる次の障壁も高い。ベスト16で待つのは、若き戦略家アンドレ・ヴィラス・ボアス率いるチェルシー。しかし迎えたファーストレグ、ナポリはラベッシが2ゴール、カバーニが1ゴールをマークし、ホームのスタディオ・サンパオロでチェルシーを粉砕した。

 マッツァーリは「チェルシーは欧州最強チームの一つ。彼らを倒すにはホームでの初戦はもちろんだが、イングランドでのセカンドレグでも完璧な試合をする必要がある」と冷静に分析する。まだ何かを勝ち取ったわけではないし、セリエAでの出遅れを挽回する必要もある。ただ、それでも今のナポリには高揚感がみなぎっている。修羅場を乗り越えた彼らの顔つきは精悍そのものだ。

 郊外のカステルヴォルトゥルノ練習場へ行くには、青いナポリ湾を北上すればいい。海沿いの松林の向こうでは、マッツァーリが戦術指導の大声を張り上げているはずだ。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。