2011.11.22

U-22日本代表の攻撃の“切り札”、大津祐樹「ロンドン五輪は一番近い目標」

 自身を「ミーハー」だという大津祐樹は子供の頃、デイヴィッド・ベッカムに憧れていたという。その後、目標とする選手はクリスティアーノ・ロナウドに変わり、「DVDを見て使えそうなドリブルやフェイントを試したりしている」と、大津は渡欧前のインタビューで語ってくれた。

 ボルシアMGで己を磨く日々。唯一の海外組として臨むU−22代表の2連戦。ロンドン五輪を「自分のステップアップとしても大事な大会」だと話す大津の言葉を振り返ってみよう。


[写真]=神宮巨樹

 ドリブルで世界を魅了する選手。それが大津が目指す理想のプレーヤー像だ。

 訪れた数々の試練を乗り越え、一歩ずつステップアップを遂げてきた大津祐樹。強いこだわりを持つドリブルという武器を携え、常に高いレベルを目指す彼は、いったいどのようなサッカー人生を歩んできたのか。ドイツでの挑戦を選択した、“ロンドン世代”の新鋭アタッカーの実像に迫る。

■自分の武器はドリブル、そこだけは負けたくない

サッカーを始めたきっかけは?
大津「兄がサッカーをやっていたので、それに影響されて始めた感じですね」

サッカーを始めた当時のポジションは?
大津「中盤やFWでプレーしていました。今とあまり変わらないですね」

中学進学とともに鹿島アントラーズの育成組織の一つである鹿島ノルテジュニアユースに加入。部活動ではなくユースチームを選択した理由は?
大津「やっぱり、より高いレベルでサッカーをしたいという気持ちが強かったからです」

ノルテ時代にライバルから学んだことは?
大津「努力することの大切さですね。日々しっかりと練習しなければ、すぐ周りのライバルに置いていかれてしまいますから。プロになった今もポジション争いを始め、様々な競争があるので、やっぱり努力は大事だと思います」

ただ、激しい競争の中でユース昇格という目標はかなわず。当時は、いろいろな葛藤があったのでは?
大津「ユースに昇格できなくて、一度は本当にサッカーをやめようかなと思うくらい挫折しました。でも、そこで諦めずに高校で見返してやろうという気持ちを持つことができたから、這い上がってこられたのかなと思います」

高校は東京の成立学園に進学。地元を離れる決断を下した理由は?
大津「高いレベルの高校でプレーしたかったということも一つですが、地元から外に出て自分を見つめ直したいという考えもあって成立学園高を選びました」

やはり高いレベルに身を置くことは、自分を成長させる上で大切?
大津「そうですね。やっぱり厳しい環境で取り組むことで、自分の意識やモチベーションを高く保てますから。積極的に高いレベルにチャレンジしたほうがいいと思います」

高校時代に特に意識して取り組んでいたトレーニングはありますか?
大津「自分の武器はドリブルだと思っていますし、『ドリブルでは負けたくない』という気持ちが強いので、自主練などでドリブル練習を重点的にやりましたね」

トリッキーなドリブルも魅力。やはり高校時代の練習が今のプレースタイルにつながっている?
大津「もちろん高校時代の練習が生きている部分もありますが、小さい頃からフットサルもやっていたので、足元の技術に関してはフットサルで磨かれたのかなと思います」

やはりドリブルには強いこだわりがありますか?
大津「そうですね。特にボールタッチにはすごくこだわりがあって、ちょっとでも感覚がズレたりすると、間合いの部分でうまく抜けなくなったりします。だから、タッチの感覚は常に確認するようにしていますね」

ドリブルがうまくなるコツは?
大津「ひたすらボールに触ることじゃないですかね。あとは相手の重心を見ることも大事になると思います」

ドリブルの時、視点はどこに?
大津「相手の重心も見ますが、やはりボールを見ないとしっかりとしたボールタッチはできないので、ボールも視界に入れています。でも、一番大切にしているのは周囲の状況を確認することですね」

相手を抜き去った瞬間は快感?
大津「そうですね。置き去りにできた時とかは、心の中で『よっしゃ!』って叫んでます(笑)」

■けがの苦しみの中で感じた支えてくれる人のありがたみ

プロを意識し始めたのはいつ頃?
大津「高校2年頃からですね。少しずつ、もっと上のレベルでやりたいという気持ちが芽生えてきました」

当時、複数のJクラブからオファーを受けた中で、柏レイソルを選んだ理由は?
大津「チームの雰囲気が良かったですし、若手がプレーしやすい環境だったので、レイソルに行こうと思いました」

2008年に加入し、開幕戦でいきなりプロデビュー。デビュー戦の記憶は?
大津「すごく緊張しましたね。5分くらいの短い出場時間だったんですけど、自分ができることをやろうと思って積極的にドリブルをしたことは覚えています」

プロの世界を体感して、当時の感想は?
大津「一年目は相手にぶつかられたら倒れてしまうことが多くて大変でしたけど、そういう経験をする中で、プロの世界は技術だけじゃなくフィジカル面も大事なんだと痛感しました」

プロのレベルを感じたことで意識的な変化は?
大津「フィジカル面に対しての意識は変わりましたね。意識的に筋肉系のトレーニングに取り組むようにもなりました」

フィジカルトレーニングは好き?
大津「あまり好きではないです(苦笑)。でも、やっぱり自分のためですし、そういう辛い練習をしていかないと上のレベルに行くことはできない。そう自覚して取り組むようにしています」

デビューシーズンはリーグ戦14試合に出場。そこで得た自信と感じた課題は?
大津「技術面は通用すると感じましたが、やっぱりフィジカルの部分が全然足りなかったですね。そこをしっかりとトレーニングして高めていかなければ、プロの世界ではやっていけないと感じました」

2年目は33試合出場6得点。大津選手自身はレギュラーの座をつかんだものの、チームはJ2に降格。
大津「レギュラーで試合に出ていながらチームが降格してしまうというのは、やはり自分の力の無さだと思います。そういう意味では、すごく後悔の残るシーズンでした。ただ、そういう悔しい思いをしたからこそ、もっと上を目指そう、来年はもっと頑張ろうという気持ちになりました」

昨シーズンは圧巻の強さでJ1復帰。ただ、大津選手はけがに見舞われ、もどかしさがあったのでは?
大津「そうですね。自分にとっては一番苦しいシーズンだったかもしれません。けががどれだけ辛いことなのかを思い知らされた一年でしたから」

ピッチを離れ、距離を置いてサッカーを見ることで得たものや感じたこと?
大津「試合に出られない時でもチームをサポートすることの大切さを実感しました。そういう姿勢を持つことで、『早く復帰してみんなとプレーしたい』という気持ちにもなりましたから。あと、自分を支えてくれる家族や友人、スタッフのありがたみを感じましたし、感謝の気持ちを持つようになりましたね」


[写真]=千葉格

■ドリブルで世界を魅了するプレーヤーになりたい

海外を意識したのはいつ頃?
大津「今よりも小さい頃のほうが海外を意識していたというか、小学生の頃から海外サッカーの試合を見たりしていましたね」

好きなチームはどこだった?
大津「マンチェスター・ユナイテッドです。ベッカムもいましたし(笑)」

将来を含めて日本代表への思いは?
大津「サッカーをやっている以上、目指さないといけないところだと思いますし、いつか日本代表に入たいという気持ちはあります。そういう意味では、目標とする場所ですね」

来年はロンドン五輪、2014年にはブラジル・ワールドカップが開催。特にロンドン五輪に関しては現実的な目標と捉えているのでは?
大津「そうですね。ロンドン五輪は一番近い目標というか、自分のステップアップとしても大事な大会だと思います」

将来はどんなプレーヤーになりたい?
大津「ドリブルで世界を魅了するようなプレーヤーになりたいと思っています」

サッカー選手として成し遂げたい夢は?
大津「夢はいろいろありますが、まずはやっぱり日本代表に選ばれることだと思います」

 今月9日のメンバー発表の際、関塚隆監督は大津の選考理由について「仕掛けの部分に期待したい」と語っていた。目標はドリブルで世界を魅了するプレーヤー。21歳の若きドリブラーの躍動に期待したい。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(twitterアカウントはSoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではグラビアページを担当。