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【ロンドンの残光】ロンドン五輪サッカー日本代表の真実「Episode 13 スペインの新聞は日本の勝利をどのように報じたのか」

2015.02.22

スペイン戦の勝利


Photo by Getty Images

 風に乗ってホイッスルの音が聴こえてきた。

 スコットランドのグラスゴー・ハムデンパークのスタジアムは、試合終了と同時に、観衆が「オオー」という歓声をあげる。興奮した観衆の大歓声は、張りつめたスタジアムの空気を一変させた。彼らは、拍手をしながらスタンディングオベーションでスペイン五輪代表を1対0で打ち負かした日本五輪代表の奮闘を讃えた。

 権田修一は、風に乗って主審の吹いたホイッスルの音が自分の頬をかすめて、耳に届いた気がした。本来なら大歓声によってさえぎられるホイッスルの音が、権田にははっきりと聴こえてきたように思える。それは、本当に聴こえたのかもしれない。なぜなら、この日の権田は、どんな些細な出来事でも、試合中は見逃してはならない、と細心の注意を払ってものすごく集中できていたから、試合終了を告げる主審のホイッスルの音が聴こえてきても不思議ではない。

 権田は、あごを上げて視線をコーナーフラッグに向ける。スペイン陣内深く攻め込んだ日本は、清武が左コーナーでボールをキープする。4分というアディショナルタイムが終わりを告げようとしていた。スペインはアドリアンとロメウが2人がかりで清武をサンドイッチにしてボールを奪おうと圧力をかける。アドリアンの右足が清武の右踵を踏みつける。清武は、横転して痛さをアピールする。日本は、コーナーフラッグの前でファールを与えられた。その時、時計の針は、予告されたアディショナルタイムの4分を過ぎていた。

 権田には、その4分が短く感じられた。いつもの試合なら、4分もあるアディショナルタイムはゴールマウスを守っている彼にとって長い時間に思える。しかし、この日の4分間は、「早く終わってくれ」という願いよりも、「これで勝ったな」という冷静さが先にきた。
 痛さをこらえて立ち上がった清武が、ボールをもらいに近づいてきた永井にパスすると、主審が右手を挙げて試合終了の笛を吹いた。両手の拳を握り締めてガッツポーズをした清武は、東とハイタッチをしてから斉藤学や永井と抱き合って勝利を喜ぶ。

 関塚が永井に近づいてきて言葉をかける。
「お前がボールを追っていたので、相手もなかなか自由にボールをもてなくて苦しんでいたな」。

「負ける気がしない」と選手たちが言っていたように、前半34分の大津のゴールを最後まで守りきり1対0で日本が初戦を勝利で飾った。五輪代表は、勝利のために向かってくるスペインを、確かに玉砕した。

スペインの新聞は日本の勝利をどのように報じたのか

 日本の選手たちにとっては、当たり前の結果であっても、スペインにとっては驚くべき結果だったに違いない。翌日の27日のスペインの各新聞の紙面には、次のようなコメントが綴られる。マルカ紙は「最悪のイメージで五輪デビュー、日本はスペインを凌駕していた」と伝えた。また、同紙の名物記者エンリケ・オルテゴはコラムの中で、「日本はフィジカル、テクニック、戦術で良かった。スペインはノーアイデア、先が見えない、最悪な試合だった」と書く。

 さらに、アス紙は「スペイン、日本の前に窒息」というタイトルを紙面に打って、「疲れを知らない日本が、曇ったスペインを大混乱に陥れた」と文を続けた。そして、ムンド・デポルティーボ紙は「日本はスペインにレッスンを行なった」して、「永井と東はまるで『キャプテン翼』のように、いつもスペインDFがボールを触る前にプレーしていた」と報じ、「試合で見せた日本のテクニックの高さとスピードは認めざるを得ない」と記事を締めくくった。

 スペインで最大手の一般紙「エル・パイス」が記す文章が、多くのスペイン人が思っていたことであろうし、ある種の代弁にもなっている。「歴史は驚きに満ちている。特に、このような恥ずかしい出来事は歴史に残る。スペインにとって悲惨な出来事だった。なぜなら、日本のような格下相手に負けたからだ」。

 多くの人たちは、「エル・パイス」紙の見解に同意するのだろうが、ピッチに立っていた選手たちだけは、微塵にも負けるなんて考えてもいなかった。それは、戦術の確立による意思統一がはっきりと持たれていたからだ。

 スペインからの勝利は、「奇跡の勝利」や「偶発的な勝利」ではなく、試合前からきちんと準備をして積み重ねた「確信をもった勝利」だったのだ。

モロッコ戦とエジプト戦でのシナリオ

 初戦を勝ったU-23日本代表は、29日、ニューカッスルでロンドン五輪1次リーグの第2戦となるU-23モロッコ代表戦に臨む。永井のゴールで1対0と勝利する。「右足のアウトサイドで決めた時は、キヨ(清武)もスペースを空けてくれたから、一瞬の動きができていたので、ゴールに流し込むだけでした」と得点を決めた永井が話す。2連勝したことで、3大会ぶりのベスト8進出を早くも決めた。試合後の会見で関塚は「90分間粘り強い守備を見せてくれた」と勝因を語る。

 続くロンドン五輪1次リーグの第3戦は、8月1日、U-23日本代表はコベントリーでU-23ホンジュラス代表戦に臨む。先発メンバーを大幅に入れ替えた試合は、0対0の引き分けで終える。この結果、日本は1次リーグの首位通過が決まる。そして、準々決勝でエジプトと対戦することとなった。

 試合後、関塚は「どれくらいできるのかを見たかった」と、モロッコ戦から先発メンバーを5人入れ替えた理由についてコメントした。また、今大会初のスタメン出場を果たした山村は「チーム一丸となって戦っていきたい」と決勝トーナメントへの意気込みを語る。

 8月4日、U-23日本代表はマンチェスターでロンドン五輪準々決勝、U-23エジプト代表戦に臨む。

 エジプト戦も、それまでのミーティングと同様に相手選手の細かい特長が報告された。「両サイドのWGの利き足がポイントになる。右サイドは左利きで、逆に左サイドの選手は右利きだ。一方のどちらかのサイドの選手が中に入ったときには、逆サイドの選手はスペースにフリーランニングをする。その際にどうやってケアすればいいのか、これから話そう」。

 あるいは、「5番のアブドレイ、あの選手はポジションがあってないようなものだから、そこを誰がどうケアするのか」と言って、関塚は具体的に選手たちに指示してきた。その後で、選手たちでより細かくポジショニングの確認作業をする。ここでも、エジプト対策の準備は万全だった。

<「Episode 14 決勝進出の夢が潰えた日」に続く>(2月25日更新予定)

【BACK NUMBER】
●Episode 12 Episode 12 メキシコとの練習試合で見えた日本の戦い方
●Episode 11 吉田麻也がチームの中で真のリーダーとなった瞬間
●Episode 10 ノッティンガムのホテルの一室で話し合われたこと
●Episode 9 スペインとの戦いを1週間後に控えて
●Episode 8 吉田麻也の冷静な指摘
●Episode 7 「まず、縦を切れ!」と選手に伝えた監督の守備戦術
●Episode 6 メンバーに選ばれた永井謙佑の重責
●Episode 5 最終選考メンバー発表の明暗
●Episode 4 キャプテン山村和也という存在
●Episode 3 チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった

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