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絶対的カリスマの帰還…英国の流儀を身につけたマンチーニが、インテル再生へ変化をもたらす

2015.01.24

[ワールドサッカーキング2月号掲載]

かつてクラブに黄金期をもたらしたカリスマがインテルに戻って来た。
国外での経験を経てバージョンアップしたロベルト・マンチーニは
長きにわたって不振にあえぐインテルを再生へと導くことができるのだろうか。
マンチーニ
文=アダルベルト・シェンマ
翻訳=高山 港
写真=ゲッティ イメージズ

指揮官としての才能

 ロベルト・マンチーニが監督に転身した時、人々は口々に「マンチーニにとって監督業は天職だ」と話していた。実際、マンチーニは監督になるべくして生まれてきたような人間であることを立証してきた。彼ほど早く成功を収めた監督を私は他に知らない。

 マンチーニは既に数多くのタイトルを手にしている。イタリア国内ではスクデット3回、コッパイタリア4回。イングランドではマンチェスター・シティを率いてプレミアリーグとFAカップを一度ずつ制した。更にトルコではガラタサライを率いてテュルキエ・クパス(トルコカップ)で優勝。50歳の若さでこれほどタイトルに恵まれてきた監督はそういないだろう。彼は時間の経過を惜しむように全速力で駆け抜け、勝利とタイトルを手にしてきたのだ。

 マンチーニはイングランドのレスターで現役生活の最後を迎えると、直ちに古巣ラツィオに戻り、スヴェン・ゴラン・エリクソンの下で助監督として働き始めた。ラツィオでの助監督の経験は非常に短いものだったが、監督としての基礎的な訓練を行えたという意味で貴重な体験だった。2001年2月にはフィオレンティーナの指揮を託され、その後ラツィオで監督としての実績を蓄えることになるのだが、このフィオレンティーナとラツィオでの3年間こそマンチーニが偉大な監督になるためのステップボードになった。

 2004年7月には40歳の若さで名門インテルの監督に就任。驚異的なスピードで頂上まで上り詰めたわけだが、その要因が強いプロ意識にあったことは誰もが認めるところだ。マンチーニは戦術面の改革に勇気を持った監督であると同時に、選手時代から周囲を引きつけるカリスマ性を備えていた。加えて、選手を見極める能力にも非常に長けている。マンチーニは自身のカリスマ性を最大限に活用して、当時の会長、マッシモ・モラッティにカンピオーネ獲得の必要性を説き、獲得を勧めた選手のほとんどが期待どおりに活躍した。だからこそ、エリック・トヒル会長はインテルの長期的な再生プランをマンチーニに託す決意をしたのだろう。

次ページ:新たなる挑戦


マンチーニ

新たなる挑戦

 カリスマ性や選手の能力を見極める目の他にも、マンチーニには特記すべき資質がある。それはチャレンジ精神旺盛であるという点だ。インテルでの4年間で素晴らしい成績を残したが、彼はその間、常に新たな挑戦を試みていた。戦術面に関しても常により良いものを求めていた。基本システムは今も4-3-1-2だが、だからと言って4-2-3-1を無視しているわけではないし、選手の適性に応じて4-4-2でプレーさせることもある。状況に応じてチームに変化を加えることに一切のためらいがないのだ。マンチェスター・Cとガラタサライでの経験によって国際的な知識も蓄えた。メディア対応についても以前と比べるとはるかに大人になった印象だ。

 しかし、マンチーニの監督就任はインテルにとってのカンフル剤とはならなかった。就任後のリーグ戦5試合で勝利したのは第15節のキエーヴォ戦だけ。普通なら「インテルを変えるのには時間が掛かる」とか「正真正銘のカンピオーネが一人でもいれば……」と言い訳の一つも言いたくなるだろう。だが、長期政権を託された余裕からか、マンチーニは一切言い訳をしていない。更に、ビッグクラブの監督の多くが就任時に口にする「チャンピオンズリーグの出場権確保」をファンに約束することもなかった。今のマンチーニはあくまでも長期的プランの下でチームを作ろうとしている。かつて全速力で頂上まで上り詰めた男が、今はじっくりと仕事を進めているのだ。

 メディアの間では、しばしば「マンチーニは穏やかになった」という意見を耳にする。インテルの監督に復帰して以降、彼が何度となく口にするのは“グループ意識”の重要性だ。「私は雰囲気の悪いロッカールームが好きではない。陽気なロッカールームのあるところに良い仕事があると信じている」。彼のこうした意識はすぐに選手にも伝わったようだ。ピッチ上ではまだ結果が出ていないが、それでもヴァルテル・マッツァーリ時代の異様なまでの緊張感は消え去っている。前任者の悲壮感は、ファンだけでなく選手との間にも深い溝を作っていたが、今のインテルには良い意味での楽観主義が生まれつつある。これは明らかに“マンチーニ効果”の一つと言えるだろう。


マンチーニ

イングランドスタイル

 マンチーニとトヒルの関係は至極良好だ。海外で養った英語力が効果を発揮していると言える。2人の間に通訳は要らない。直接会話をすることで意思疎通が円滑になるのは間違いない。トヒルはマンチーニを“ファーガソン・スタイル”の監督、すなわちチームの指揮に加え、選手の獲得や放出の権限を有した監督にするつもりだ。これまでイタリアにこの手の監督は存在しなかった。マンチーニをイングランド流のゼネラルマネージャーにするというのは、トヒルおよび、彼の右腕と言えるロンドン出身のマイケル・ボリングブロークがたどり着いたインテル再生のためのシナリオなのだ。経営陣はマンチーニに最大級の権限を与え、チームを上位に引き上げてもらおうと考えている。

 マンチーニはトヒルからの監督就任要請を迷うことなく引き受けた。もちろん、インテルの再生という仕事にやりがいを感じたのもその理由だろう。だが、それ以上にマンチーニがイタリア復帰を強く望んでいたという事実は無視できない。彼は5年間の海外生活に疲弊していたのだ。マンチーニはそんな自分について次のように語っている。「イタリアから電話があるたびに胸が締めつけられる思いだった。マンチェスターの別荘での生活は悪くなかった。ボスポラス海峡を望むイスタンブールの家も快適だったよ。だが、イタリアに優る場所はなかった」

 モラッティ前会長がマンチーニの復帰に積極的だったとは言い難い。モラッティはジョゼ・モウリーニョを招くためにマンチーニを解雇したのだが、その際に違約金として800万ユーロ(約11億円)を支払わされたことを今も根に持っている。モラッティはマンチーニの就任の際、トヒルには「彼は良い監督だ」と、そしてマンチーニには「トヒルはクラブ再生に真面目に取り組んでいる」と説明するに留めている。

 ボリングブロークはインテルの経営責任者の一人として次のように語っている。「インテルは常にチャンピオンズリーグに出場していなくてはならないチームだ。マンチーニにはチームが上昇するために必要なものを与えるつもりだよ。だが、常軌を逸した出費は避けたい。ファイナンシャルフェアプレー(FFP)の規定がある以上、我々は移籍市場で賢く、かつ慎重に動かなくてはならない」

 一方、マンチーニはボリングブロークの言葉を受けて次のように語っている。「財政上の問題は無視できない。ただ、最低限の補強は必要だ。今我々は、現実的な視点で移籍市場を見つめている。より強いチームにするために、最低限ウインガーを一人獲得する必要があるだろう。だが、今は具体的な話をすべき時ではないのかもしれない。この1カ月でチームは着実な進歩を遂げた。現有戦力でもやっていけるのでは、と思ったりもしている」

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マンチーニ

深刻な累積赤字

 インテルが抱える種々の問題の中で最も深刻なのが巨大な累積赤字だ。2013年にはアンドレア・ストラマッチョーニを解雇し、違約金として300万ユーロ(約4億円)の余計な出費をせざるを得なかった。2016年6月まではマッツァーリとそのスタッフにも年俸を払い続けなくてはならない。契約途中で監督をクビにするという行為はクラブの財政を著しく悪化させるのだ。

 インテルはこうした経済的損失を覚悟の上でマンチーニを呼び寄せた。契約は2017年6月まで。新指揮官は年俸400万ユーロ(約5億8000万円)に加え、約100万ユーロ(約1億4500万円)のボーナスを受け取ることになる。マンチーニはインテルを指揮するにあたり、総勢6名のスタッフを引き連れてミラノ入りした。“マンチーニ御一行”に掛かる経費は赤字経営に悩むクラブにとって致命傷になりかねないものである。マンチーニはすぐにでも戦力を補強したいと願っているが、自らに掛かる経費で補強予算が縮小されるという皮肉な結果になる可能性もある。

 モラッティ前会長は、赤字を自らのポケットマネーで補うという方法で何とかクラブを運営してきた。彼は18年間の会長在任期間で総額12億ユーロ(約1740億円)という途方もない金額をチーム強化に費やしたと言われている。だが、モラッティの異常なまでのインテル愛を持ってしても、クラブの経営を正常化することはできなかった。そして、インドネシアの総合メディアグループのオーナーであるトヒルが、モラッティが負った4億ユーロ(約580億円)の債務を引き受ける形でインテルの会長に就任したのだ。個人資産80億ドル(約9636億円)と言われるトヒルがクラブの財政をどう立て直すのか、インテリスタでなくても興味がある。


マンチーニ

ピッチ上での変化

 マンチーニのインテル復帰と同時に、クラブ全体が「チェンジ」の合言葉で動き始めた。監督復帰後の最初の試合がミラノ・ダービーだったことも、マンチーニが持つドラマ性を感じさせる。指揮官はダービーで大きな変化をファンに示してみせた。マッツァーリが固執していた3バックから選手たちを解き放ち、4バックへの転換を図ったのだ。最終ラインの中央にはそれまでどおりアンドレア・ラノッキアとフアン・ジェズス、右サイドバックに長友佑都、左サイドバックにはドドを据えた。開幕前に新たな守備リーダーとして期待されたネマニャ・ヴィディッチはいまだベンチを温めているが、プレミアリーグ時代の彼のパフォーマンスを知るマンチーニは、ウインターブレイク中の“再生”を試みるようだ。指揮官が考える理想の最終ラインは、中央にヴィディッチとラノッキアを並べ、フアンをサイドバックに据えるというものらしい。ただしヴィディッチが指揮官の要求するパフォーマンスを保証できない場合は、冬のマーケットで放出されるだろう。

 フレディ・グアリンへの信頼もマンチーニ体制での大きな変化だ。マッツァーリ体制下で余剰戦力と見なされ、何度となく放出リストに挙げられていたグアリンは、新チームの攻撃の軸と見なされている。マンチーニは就任後のリーグ戦5試合すべてでグアリンを先発起用し、うち4試合はフル出場させている。ポテンシャルを高く評価していることは間違いない。だが、グアリンの起用がインテルの攻撃力を著しくアップさせたとは言い難い。不用意なプレーでピンチを招くシーンも散見される。グアリンの強烈なミドルは大きな魅力ではあるが、彼のシュートがクロスバーのはるか上を越えて行くシーンをファンは何度となく目にしてきた。深いため息がブーイングに変わりつつあるという事実も見逃せない。ウインターブレイク前のラツィオ戦では、1-2と負けている状況でグアリンを下げ、17歳のフェデリコ・ボナッツォーリを投入している。それまでポジションが保障されていた印象があったグアリンの状況は早くも変わりつつあるのかもしれない。マンチーニが抱いている“スーパーハイポテンシャル”ののイメージが崩れるようだと、巷で噂されているトッテナムのアーロン・レノンとのトレードも現実味を帯びてくる。

 一方、マンチーニはマテオ・コヴァチッチにも大きな信頼を寄せているようだ。リーグ戦初勝利を収めたキエーヴォ戦では、ロドリゴ・パラシオとマウロ・イカルディの背後で好プレーを披露。マンチーニは、「偉大な攻撃的MFになる可能性を秘めている。守備面で成長し、相手のボールを奪い取る技術を身につければ、世界的MFになるはずだ」と称賛している。コヴァチッチはラツィオ戦でもエリア外からスーパーゴールを決めて指揮官の期待に応えている。またコヴァチッチと同様、ガリー・メデルの評価も高いようだ。「あの運動量は大したものだ。テクニック面でもうちょっと成長してくれればいいが、今のままでも十分にやっていける」

 インテル再生に向け、マンチーニは長友も不可欠な戦力と見なしているようだ。長友は初陣のミラン戦で右サイドバックを務め、グアリンとのパス交換から積極的に攻撃参加するなど、信頼を得るにふさわしい仕事を見せた。キエーヴォ戦後には、「ユウトは左サイドで積極的な攻撃を見せてくれた。彼はトップスピードで相手のサイドを崩し、敵陣の深いところから6回もクロスを供給した」と称賛。サイドでの豊富な運動量、右でも左でも、サイドバックでもサイドMFでもプレーできるユーティリティー性を大いに買っているようだ。マンチーニにとって悩ましいのは、その長友がアジアカップ出場のため、約1カ月間にわたってインテルを留守にすることだ。長友を欠く数試合をどのように戦うかは指揮官にとって切実な問題となる。


マンチーニ

インテリスタの期待

 マンチーニの監督復帰はインテリスタにとって大きなプレゼントとなった。前任のマッツァーリはクラブの意向に沿ってチームを率いるタイプだった。クラブがそろえた選手を最大限に活用してチームに勝利をもたらすことをモットーとした監督である。だが、クラブが優雅に戦えるだけの戦力を準備してくれたとは言えない。ゆえに、不十分な戦力で戦った末の不成績を彼の責任だと言うのは間違いだろう。だが、マッツァーリがコミュニケーション能力を欠いていたことは否定できない。彼は周囲からの批判を黙って受け入れるような人間ではなく、批判されるたびに強く反発してきた。常にメディアと対立関係にあったのだ。だが、メディアとの対立は間接的にファンを敵に回すことにもつながりかねない。恐らくマッツァーリはそこを分かっていなかったのだろう。かくして、多くのインテリスタが愛するクラブに背を向けるようになり、サン・シーロの観客数は減少。最終的にはそれがトヒルの決断を後押しすることにもなった。

 マッツァーリの不遜な態度に嫌気が差していたインテリスタが、絶対的カリスマを大いに歓迎したのは言うまでもない。モラッティ前会長の下でインテルに3度のスクデットをもたらしたマンチーニへの期待が高まるのは当然のことだ。インテルの公式ツイッターは「マンチーニが監督なら応援のし甲斐がある」、「スクデットへの道が開けた」といった歓迎の言葉で溢れた。「トヒルはマンチーニの仕事を容易にするためにも大きな投資をすべきだ」というツイートも見られた。ただし、今のインテルにとって“大きな投資”が可能なのかどうかは微妙だ。近い将来、ゼネラルマネージャーとしてチームを率いるマンチーニにとっても、補強予算がどれぐらい見込めるのかは大きな問題である。

 かつてマンチーニは「スター選手がいなければ勝てない監督」と批判されたことがあった。3連覇はズラタン・イブラヒモヴィッチのようなスターあってのことだと揶揄されたのだ。今のインテルは“中の上”クラスの選手で溢れている。かつてマンチーニを狂喜乱舞させたイブラのような選手はいないし、彼のような選手を獲得するための資金もない。マンチーニのカリスマを持ってしても、グッドプレーヤーをカンピオーネに変身させるのは至難の業だ。

 まずはウインターブレイクでマンチーニがどのような動きを見せるのかを注視する必要がある。イングランド流の“ゼネラルマネージャー”としての仕事は既に始まっている。

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