要するに、今まで食べていたのはオーストラリア産の牛肉、所謂オージービーフではなかったということだろうか。
オーストラリアの玄関口であるシドニーから車で2時間ほどの位置に、アジアカップに臨む日本代表が事前合宿を行っている田舎町のセスノックはある。大通りと表現することすらはばかれるほどのメインストリートを歩いていると、通り沿いにこじんまりとしたバーが一軒。時は昼飯、せっかくだからと大先輩のカメラマンと一緒に、ぷらーっと入ってみる。
何しろ、ペットボトルのコカ・コーラが日本の倍以上の350円、マクドナルドのビッグマックセットが1000円弱という強烈なまでの物価高を誇るオーストラリアである。店先のボードに、申し訳なさそうにランチとして紹介されていたメニューである。ランプ肉のステーキという名前こそ食欲をそそるが、ビッグマックセットに少しばかり上乗せした金額で食べられるメニューである。
正直、大した期待はしていなかった。ところが、スタイル抜群のオネーチャンが笑顔で運んでくるや否や、心が大いに揺らぐ。
もちろん、オネーチャンに。ではなくステーキに、である。
彩り豊かな野菜とポテトが添えられた腰の部分にあたるステーキは、まさしく肉塊。漂ってくるペッパーソースの香りが、鼻孔とともに食欲を大いに刺激してくる。堪らずナイフを入れてみると、これまたビックリ。意地汚くノコギリのようにナイフを扱うこともなく、いとも簡単にサクッと切れてしまう。
ミディアムに焼かれ、赤みがかった大ぶりの肉片を口に入れると、日本で食べていたオージービーフの概念が木っ端微塵に打ち砕かれた。噛みしめれば、肉汁が口の中に溢れ出て、甘辛ソースとよく絡み合う。肉々しいまでの食感だが、決して噛み切れないのではく、ひと噛みするごとに繊維がホロリと崩れていく。
確かに、松阪牛や米沢牛といったブランド牛肉のように、口に入れた瞬間に溶けてしまうような繊細な感覚ではない。ただ、荒々しいまでの食感と確かな脂のうま味は、ペラペラで噛み切れないという今までの考えを打ち砕くのには十分過ぎた。
本場のオージービーフを堪能していると、どこからか麦芽の芳ばしい香りが漂ってきた。目の前の大先輩が、地ビールをグビグビとあおっている。嗚呼、持ち前の仕事熱心さが顔を出し、アルコールを頼まなかったことを褒めるべきなのか、罵るべきなのか。
幸か不幸か、セスノックはオーストラリア屈指のワイン生産地である。楽しみは取っておいたと考えておこう。