2014.12.17

【インタビュー】岡田武史氏がウイイレで日本を指揮「2度とやらないと言った代表監督に就任しました」

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写真=小林浩一 インタビュー・文=小谷紘友

 岡田武史氏が、再び日本代表監督に就任した。

 とは言え、今回はサッカーではなく、ゲームの世界。2014年11月13日に『ワールドサッカー ウイングイレブン2015』が発売されたことを記念したキャンペーンで、同ゲームの腕に自信のあるプレーヤーを全国から集めて『ウイイレ日本代表』を率いる。

 1997年に初めて世界への扉を開き、2度のワールドカップを戦ってきた指揮官。「サッカーの日本代表でなく、良かった。ホッとしている」と語りつつも、来年1月に行われる海外のウイイレトッププレーヤーとの対戦に向けては、「ゲームでも、日本代表として世界一と戦うのでやはり勝ちたい」と、以前と変わらずに意欲をみなぎらせる。

 11月には四国リーグに所属するFC今治のオーナーにも就任。今回のゲームも加えれば、関わる分野は環境や教育など多岐に渡る。揺るがぬ意志と根底にある思いを抱え、今も走り続けている。

生存競争には絶対に勝ち抜いていかないといけない

――ゲームではありますが、再び日本代表を率いることになりました。
「現場にいるときしか着けていない(フレームが)ブルーのメガネを持ってきて、2度とやらないと言っていた日本代表監督に就任することになりました。やるからには、強いチーム、面白い代表と言われるようなチームを作っていきたいですね」

――ウイイレ日本代表監督のオファーを受けた時の感想を聞かせてください。
「サッカーの日本代表でなくて良かったなと、ホッとしています。日本代表監督というと、全部の責任を負ってしまうようなイメージがあるので、自分にとって光栄な話ですけど、ちょっとドキッとしました」

――ウイニングイレブンはご存知でしたか?
「ものすごく人気があるゲームだということは知っていました。日本代表でも、リラックスルームにゲームを置いたりして僕も名前をよく聞いていましたから、選手たちも対戦したりしていたと思います。そういう意味ではウイニングイレブンというゲームを通じて、日本のサッカー全体を盛り上げていけるようなことになれば幸せだなと思っています。メンバー選考を含めて、世界と戦えるということなので、また新たな闘志を持って臨みたいです」

――実際の印象はいかがですか?
「ビックリしたのは、選手のプレーの個性が出ていること。映像を見ていたら、実際に見たことのあるゴールがそのまま再現されていました。以前のゲームはぎこちないイメージがありましたが、少し酔っ払っていたら実際の試合と間違えてしまいそう(笑)。本当にバーチャルがリアルに近づいてきて、勘違いする場合があるかもしれない。リアルとバーチャルはあくまで違うものですが、バーチャルがこれだけ色んな人を繋ぐコミュニケーションツールになっているということは、今の世の中で必要なことでもあるんだと改めて思いましたね」

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――ちなみに、久しぶりに日本代表監督として出席した会見はどうでしたか?
「サッカーの日本代表監督とはプレッシャーが全然違うので、楽しませてもらえました。『こういうことをやったな』と。厳しい質問を沢山受けたことを思い出しましたが、今日はそんなに厳しく言われないだろうと、リラックスして入れました」

――良い思い出は、パッと浮かんできませんでしたか?
「そんなことはないですけど、僕の場合は叩かれることの方が多いかったので、どちらかと言えば、98年やワールドカップ予選があった97年など、本当に苦しい時の記者会見が最初に思い浮かびますね。当時はまだ、僕も若かったので」

――初めて日本代表監督に就任した97年当時も、急遽監督になられましたが、就任を決断するときの心境はいかがでしたか?
「1回目も(2007年の)2回目の就任も頭で考えると、どう考えても引き受けたら損でした。特に2回目はコーチをやっていたわけでもなく、関係なかったわけですから。僕が引き受ける必要は全然なく、(前任者の)オシムさんは神様みたいに言われていた後でした。最初の仕事がワールドカップ予選で準備をする時間もなく、どう考えても割りに合わないという感じでした。正直言うと、(就任交渉で)家を出る時にカミさんには『断ってくるから』と言って出て行っていました。それでも、話している内に、当時も言いましたが腹の底から沸き上がってくるような、『これは、俺が乗り越えないといけないな』という気持ちが湧いてきて、理屈じゃなく引き受けてしまったんですね」

――それは、言葉で表すと使命感という感じですか?
「使命感ではないですね。日本のサッカーに対して、そこまでの使命感を持っていなかったと思うので(笑)。何と言うか、本能みたいな。あの時は目の前に崖が出てきたような感じがして、これを登らないとという感覚でした」

――海外で戦う上ではメンタルが必要になってくるとおっしゃっていたこともありますが、お話を聞いていると今おっしゃられたことなのかなと感じます。
「本能的に目の前にあるものを乗り越えていこうというメンタルを持っていた方が、こういう勝負の世界では良いことだと思います。それが人間として良いことかどうかはまた別の問題ですが、生存競争には絶対に勝ち抜いていかないといけないと思います。それ以外のより豊かになるという競争はまた別のもので、サッカーにおいての生存競争というのは、最低限勝つということ。そこにおいては、どんなことがあっても心をこめてやらないといけないと思います。最近はそういう生存競争のところと、それ以上に良いサッカーをして相手を圧倒するとか、そういう競争がどこか混ざってきて、忘れられてきている。負けても良いサッカーをやればいいんだとかではなく、生存競争のところは絶対に勝たないといけないということはあると思います」

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ヒデや本田はどんな時も、一喜一憂せずにブレることはなかった

――監督時代に選手のメンタルやコミュニケーション能力を見るときは、試合でのプレーを判断していましたか? 何気ない仕草を見ることもあったと思います。
「やはり、試合だけではわからないことが多いですね。だから、監督はまだわからない選手を一回呼んで、合宿で一緒に生活をしたり、少し会話をしたりすることで判断していきます」

――メンタルは抽象的な言葉でもあると思いますが、具体的にどういう表現になるのでしょうか?
「メンタルということを一言で言ってしまうとまずいかもしれないですし、その中には闘争心や諦めない気持ちがあったり、逆境でも下を向かない気持ちがあったりします。色んなタイプがいますが、例えば点を入れられた後に全員が下を向いて、『俺は知らない、俺の責任じゃない』と言っているのではなく、その中でも一人で『おい、行くぞ。顔を上げろ』と言っている選手はメンタルが強いですね」

――今まで見た中で、どんな逆境でも負けなかったという選手はいましたか?
「やはり、ヒデ(中田英寿)とか本田(圭佑)は強いですよ。自分のプレーやチームが良い時も悪い時も当然あるわけですが、その中で一喜一憂せずに、ブレることもなかったですね」

――メンタルの強さは生まれ持ったものなのでしょうか? 後天的に身につけることもできるのでしょうか?
「生まれ持ったものもありますが、幼い頃からの生活環境は、ものすごくあると思います。日本は便利で快適、安全な素晴らしい社会かもしれないですけど、公園に行くと『走るな、ボールを投げるな、蹴るな』と書いてあり、『公園で何をするんだ』ということになる。要するに、けがをしないように全て守られている。何もリスクのないところで生きていると、やはり強くはならないですよ。人間はそういうことを乗り越えて、経験して強くなっていくものですから。そういう意味では、日本人にとって強さを身に付けるには難しい社会になってきているかもしれませんね」

――そこを変えるために必要なことは?
「僕も一般社団法人を作って、野外体験教育などをやっています。本を読んだり誰かに聞いたりして、二次情報や三時情報で学ぶのではなく、一次情報として実際に『こうやったら痛いんだ、こうやったら危ないんだ』という色んな体験をさせないといけないと思う。スポーツもある意味、そういうもの。自ら色んな困難に巡りあって乗り越えていくことが、一番大事なことではないですかね」

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――以前から環境問題や教育問題に取り組んでこられました。
「環境問題は学生時代からやっていますし、興味もありますが、教育問題やサッカーのクラブを持つことも根源は一緒です。我々は70年間に渡って戦争がなくて、高度成長期という最高の時代を生きてきました。それなら、自分達の子供の時代に何を残すんだと。一千兆円の財政赤字や年金破綻、隣国との緊張。それで本当にいいのだろうかと。環境活動において、僕が(脚本家の)倉本聰さんとやっている富良野の自然塾に石碑がありますが、そこには『地球は子孫から借りているもの』という、ネイティブアメリカンに伝わる言葉が書いてあります。これは、地球は先祖から受け継いだものではなく、未来に生きる子供達から借りているということ。借りているものは、壊したり、汚したり、傷つけたらいけないという言い伝えをネイティブアメリカンはずっと守っている。ところが、文明人と言われる我々は、子供達に何を残そうとしているのだろうかと。日本中の若者に、というような大それたことは考えていないですけど、僕の根本は自分の3人の子供に、父親として何を残すんだという思いからやっています」

――日本代表の監督時代には、ものすごい批判や称賛があったと思います。実際にやられた方しかわからない感覚を言葉で伝えて頂きたいです。
「どう言えばいいんでしょうね。僕は色紙に文字を書く時、『人間万事塞翁が馬』と記します。意味としては、『老人が持っていた馬のもたらした運命は、福から禍へ、また禍から福へと人生に変化を与えて、禍福は予測できない』ということ。代表監督も一緒で、称賛されるときもあれば、ものすごく批判を浴びる時もある。もちろん、嬉しい時や嬉しくない時は当然ありますけれど、僕自身の根本は、『今はものすごく叩かれているけれど、これはきっと自分に必要。将来の良いことにきっと繋がる』と思うようにして、あまり一喜一憂していなかったのでわからないです。ただ、大変だからやらないほうがいいですよ。僕の家の前で、24時間パトカーが守っていたときがありましたから」

――貴重なお話、ありがとうございました。最後に『ウイイレ日本代表』の監督就任の意気込みをお願いします。
「最終的には世界と戦うので、日本人らしいパスを繋いで組織としてみんなが流動していくようなサッカーをやりたいですね。それができるメンバーを選びたいですが、ただ上手いプレーヤーを11人選べばチームになるかと言えばそうでもないので、色んな個性を持った、『コイツ、面白いな』という選手も選んでいきたい。是非、そういうアピールをしてもらいたいです。日本代表として、日の丸をつけることに対するプライドや誇りのある強いメンタルを持った人を選びたいので、一緒に戦って日本のサッカーを盛り上げるという強い気持ちを持って、是非多くの人にチャレンジしてもらいたいです」

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 同キャンペーンは、13日から実施。代表選考会予選や代表選考会本戦を通して、ウイイレ最強メンバー11名(プラス控えメンバー4名)が『ウイイレ岡田ジャパン』として選ばれる。詳細は、キャンペーン特設サイトをチェック。