2013.12.01

宮本恒靖「日本サッカーが次の段階に行くためにはセオリーを押さえ、判断力と決断力が必要」

日本におけるサッカーとスポーツの価値を高めサッカーとスポーツを文化として根付かせたい――。そんな思いを胸に、引退後、再び海を渡った宮本恒靖。今年7月、FIFAマスターを卒業した彼の目には、Jリーグの20年と、その先の未来がどう映るのか。そして彼はこの先、どんな道のりを歩んでいくのか。

インタビュー・文=飯尾篤史 写真=足立雅史

――まずは近況を聞かせてください。7月にFIFAマスター(国際サッカー連盟が運営する大学院)を卒業されたわけですが、24カ国30人の仲間と学び、寮生活を送った約10カ月間は、毎日がさぞかし刺激的だったことと思います。

宮本 ええ、刺激的でしたね。現役時代には知りえなかった知識を学び、出会えなかった方々と出会い、FIFAやIOC(国際オリンピック委員会)を訪ねて、サッカー以外の競技について学ぶ機会もありました。生活も現役時代とは違って、月曜から金曜は朝から教室で7時間勉強して、寮に戻っても予習復習。授業もすべて英語で本当に大変でしたが、新しい環境にも順応できるものなんだなって改めて思いました。それに、新しいことを吸収するのは、いくつになっても大事なことだなって。

――知識欲が満たされていく充足感があったんですね。

宮本 ありました。知らないことはたくさんある。現役の頃、もっとたくさん勉強しておけばよかったって改めて思いました。当時から語学教室に通ったりもしていたんです。でも、今思えば、時間をもっと有効活用できたんじゃないかって。本をもっとたくさん読むこともできたでしょうしね。引退は誰にでも訪れるわけで、現役の頃からその次の準備をしておけば、その後の世界がすごく広がる。今の選手たちには、そのことを伝えたいですね。

――FIFAマスターでは、スポーツの歴史、マーケティングや財政学、組織論、法律、クラブ運営などを学ばれたそうですが、特に興味が引かれたのはどんな分野でした?

宮本 まず押さえるべきこととして、『歴史』、『経営学』、『法学』の3つの視点で、バランスよく物事を見なければならないということがあります。例えば、ある地域のサッカークラブの存在価値を高めようとする時、その地域の歴史やバックグラウンドを知らなければマーケティングは成功しません。法学の知識がないのに、ファンドを手に入れようとしてもうまくいかないでしょう。だから、この3つを切り離さないで考えることが大事なんです。それを踏まえた上で、自分としてはヨーロッパのサッカークラブの在り方を学ぶ中で、グローバルな視点に立った経営展開、マーケティングの重要性にすごく興味を持ちました。Jリーグも今、アジア戦略を打ち出していますが、Jクラブも外からお金を引き出す構造改革をしていく必要がある。国内だけでは利益を生み出すのは難しいということを痛感しましたね。

――プレミアリーグのクラブの社会貢献、あるいはインテルの緻密なマーケティングなどを学ぶ機会もあったそうですが、日本のサッカービジネスを大きくする、サッカーを文化として根付かせるという試みをする上で貴重な経験をされましたね。

宮本 イングランドではサッカーと政治がリンクしていて、いい意味でお互いにうまく利用し合っているんです。そうした様子を見ていると、サッカーだけでなくスポーツが国の政治と関わりを持つぐらい大きな存在にならなければダメなんだとすごく感じました。だから、東京オリンピックは日本におけるスポーツの存在を高めるためのいいきっかけになるでしょうね。社会の構造をすぐに変えるのは難しいけれど、少しずつでも変えていくことができれば、スポーツを見るだけでなく、プレーして楽しむ人も増えるでしょうし、プレーする場所も増えていくんじゃないかと思います。

――時間は掛かるかもしれないけれど、少しずつトライしていくしかありませんね。

宮本 それにはスポーツをやってきた人間が行政に関わるようになることが大事で、そうした人間が指導者だけでなく、政治家になったり、世界の各スポーツ連盟のマネジメントに入るぐらいにならないと、なかなかスポーツの重要性が伝わらない。これからはスポーツをやってきた人間がどの道に進むかも重要になっていくと思います。

――それを宮本さんに期待している人は多いと思います。

宮本 いきなり大きなことはできないですが、一歩ずつチャレンジしていきたいと思っています(笑)。

――FIFAマスターを卒業されて、進む方向性というのは定まってきましたか?

宮本 1年間勉強して視野が広がったのは間違いなくて、いろんな可能性があると感じています。引退試合の時にも話しましたが、「日本におけるサッカーの価値を高めたい」、「日本にサッカーを文化として根付かせたい」という思いがあって、FIFAマスターに行ったのは、そのヒントを得るためでもある。今は自分が学んだことをどのポジションなら生かせるのか、どの団体に入れば実現できるのか考えているところ。日本に帰って来てからいろんな方の話を聞いているんですけど、しばらくは、そうした時間が続くんじゃないかと思います。

――今後はメディアを通じても、宮本さんの経験や思いを発信していく機会が増えるかと思います。

宮本 そうですね。選手をしていた経験から伝えられることもあると思うし、FIFAマスターで学んだことも、みんなに知ってもらいたい。だから、メディアに携わるというのは一つのチャレンジですし、新しいことに挑戦することで自分自身がもっと成長できるんじゃないかと。それが今の率直な気持ちです。

――また、日本サッカー協会の国際委員も務められると聞きました。ここではどんな役割を担うことになりそうですか?

宮本 日本サッカー協会の方には「国際委員になることで、まずは協会がどういった組織なのか、中から知ってほしい」と言われています。もちろん、日本サッカー協会が世界中のサッカー協会やAFC、FIFAとどう関わっているのかを知るチャンスでもあるので、与えられた役割をしっかり果たしたいと思っているところです。

――ところで宮本さんは1995年にガンバ大阪でプロデビューされています。それ以降の日本サッカーを取り巻く環境の変化をどう感じていますか?

宮本 僕がデビューした年の秋頃くらいから、それまで満員だったスタジアムに空席が目立つようになってきて、96、97年も少し盛り上がりに欠けるような雰囲気になって、93、94年の頃の熱はもう戻って来ないのかな、と感じていました。日本代表が98年のフランス・ワールドカップに出場して代表人気は高まりましたけど、Jリーグにお客さんが戻ってきたかというと、決してそうではなかった。そういう状況で2002年の日韓ワールドカップを迎えて、「結果次第ではJリーグがダメになってしまうかもしれない」という危機感を持って臨んだことを覚えています。そうした難しい時期を経て、02年以降は落ち着いたように感じますけど、確実に伸びてきているかというと、そうではないと思います。

――それはJリーグの人気面ですか、プレーの質の面ですか?

宮本 両方ですね。要因はいろいろとあると思うんです。思うように新しいスポンサーを獲得できないことでうまくお金が回らなかったり、クラブ数が増えたことでお金が分散され、資金難から補強がままならなかったり。今、Jリーグは混戦状態ですけど、それは決して良いことだけではないですよね。群を抜いて強いチームがなくなってしまったわけですから。

――宮本さんが若い頃にはJリーグに世界的なプレーヤーが大勢いました。対戦相手にはストイコビッチ、ドゥンガ、ブッフバルト、ジョルジーニョ……。チームメートにもヒルハウス、エムボマ、ムラデノビッチ、バブンスキー……。

宮本 彼らからは技術やプロとしての心構えを学んだのはもちろん、何よりオーラがありましたね。余裕というか、風格というか。彼らのような超一流選手と一緒にプレーしたり、対戦したりしたおかげで成長できたことは、僕にとって本当に幸せでした。逆に、今の選手たちは、そうした選手と対戦する機会がないので少し恵まれていない面もあると思います。でも、厳しい経済状況だからといって諦めるのではなく、それならどうお金を引っ張ってくるか、アジアにどう展開していくか、マーケティングの観点からサッカーを考えることで、この状況を変えていけるのではないかと思います。

――05年に念願のリーグ優勝を果たし、07年にオーストリアのザルツブルクに移籍されました。海外でのプレーは、いつ頃から考えていたことなんですか?

宮本 21歳の時、アジア大会の最中にトルシエ監督から「君たちくらいの若い選手も海外でプレーすべきだ」と言われたのがきっかけですね。当時、海外でプレーしていたのはヒデ(中田英寿)くらいで、限られた選手しか行けないものだと思っていたんですが、「日韓W杯に向けてレベルアップが必要だから、どんどん行け」とトルシエに言われて意識するようになったんです。移籍が実現した頃は、Jリーグで優勝を経験したし、W杯にも2回出て、あとは海外でプレーするという夢を叶えたいと思っていた時期で、年齢的にも最後のオファーだと思って決断しました。

――オーストリアリーグとJリーグの違いは、どんなところにありましたか?

宮本 Jリーグでは、やってはいけない場面で簡単にファウルしたり、あり得ない場面でボールを失うことがありますよね。局面を取り出すとうまい選手、速い選手が多いけど、トータルに考えた時、ヨーロッパに比べてサッカーが成熟していない部分もあります。指導者、選手、サポーターも含め、急速に成長してきた分、重要なセオリーを押さえ切れないまま、今に至ってしまっているという印象を受けました。

――ザルツブルクには様々な国の選手がいましたが、やはり彼らはしっかりとセオリーを押さえていたのでしょうか。

宮本 そうでしたね。クロアチア代表のニコ・コヴァチという選手がいて、彼は「ボールを失うな」と常に言っていましたが、ガンバにいた頃、みんながそこまで「ボールを失うな」という意識でプレーしていたかというと、そうでもなかった。ボールを失えば、奪い返すための労力が必要だし、ヨーロッパでは相手も簡単にボールを失うようなことはしない。だから、日本のサッカーとは少し質が違うと感じました。日本だと相手チームが勝手にミスをしてマイボールになることが結構ありますから。向こうは、行くところと行かないところの判断もきっちりしているような気がします。

――では、オーストリアリーグとJリーグとのレベルの差はどうだったのでしょうか。

宮本 僕のいたレッドブル・ザルツブルクやラピッド・ウイーン、シュトルム・グラーツといった上位チームはJリーグでも優勝争いをしたでしょうね。でも、下位にはJリーグのクラブのほうが強いなと感じるクラブが確かにありました。ただ、だからと言って、Jリーグの上位クラブがオーストリアリーグで間違いなく上位に進出できるかと言うと、そんな簡単な話じゃない。日本のピッチ状態は素晴らしいけれど、向こうはぬかるんでいたりするし、ボールもチームによって違ったりする。そうした環境に順応する力はヨーロッパのチームのほうが長けています。

――その中でJリーグのほうが優れていると感じた部分はあったのでしょうか。

宮本 もちろんありますよ。環境面、スタジアムの設備、安全面、エキップ面。あと選手のアイデアやクリエイティビティも日本人のほうが上だと思います。それに献身さや忠実さ、協調性といった部分も、明らかに日本のほうが高いですね。

――かつて日本代表を率いた、イビチャ・オシムさんや岡田武史さんも、そのあたりの“日本らしさ”を武器にして戦おうとしていました。そこに、さらにセオリーを身につければ、W杯優勝の可能性も生まれてくるのでしょうか。

宮本 あと判断力と決断力でしょうね。チームとして準備してきた戦い方を、例えば負けている状況でもやり続けるのかを自分で判断し、違うと思った時に自分で決断してピッチ上で変えていける応用力がなければ、次の段階にはいけないと思います。

――ザルツブルクのチームメートに、Jリーグに興味を持っている選手はいましたか?

宮本 いましたよ。「日本に行きたいからコンタクトを取ってほしい」と言っていた選手もいましたし、5月にザルツブルクへ行った時にも「俺を連れて帰ってくれ」って頼んでくる選手がいた。みんな、Jリーグは条件がいいと思っているみたいですね。ザルツブルクのチームメートも、FIFAマスターの仲間も、「日本にはいい選手が何人かいるな」と言っていたし、香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)の活躍以降、日本人選手の評価がすごく高まっているのは感じます。あと、スタジアムが安全で、家族連れや女性、子供が多いことも知っているようでした。僕は「サッカー人気は高まっているけれど、まだ野球というスポーツの人気が根強くて、サッカーはナンバーワンになれていないから、これからもっと良くしたいんだ」という話をしましたね。

――二十歳前後の若さで海外移籍する日本人選手が増えています。それに伴って「Jリーグの空洞化」という問題がささやかれていますが、宮本さんはどう感じていますか?

宮本 僕はどんどん海外に出て行くべきだと思います。選手としてはもちろん、人間としても成長できるので、チャンスがあるなら行くべきでしょう。Jリーグが空洞するのかもしれないですけど、数人の選手が出て行っただけで「空洞化」と言っているようではダメだと思うし、もし本当に空洞化しているのなら、それは選手の海外移籍ではなく、別の問題があるんじゃないのかなと思います。

――選手を売ることで新しい選手を獲得する。あるいは、移籍していったことで、別の若い選手がチャンスをつかむという仕組みがしっかりしていれば、「空洞化」という問題は起きないだろうと。

宮本 そうですね。それに評価基準の問題もあります。Jリーグで長くプレーしているベテランはもっと評価されるべきだろうと思いますね。ベテランがチームやリーグを支えているという認識があれば、空洞化という問題は起きないでしょうから。それに、ちょっと出てきたばかりの若手を安易に持ち上げすぎるのも、その選手の未来を考えたらよくないこと。本当にダイヤモンドの原石なのかどうかを評価する目も必要です。そのあたりも変わっていかなければならないと思います。

――では、最後にJリーグを愛しているサポーターにメッセージをお願いします。

宮本 クラブサポーター、サッカーファンの皆さんには、いつも応援していただき、すごく感謝しています。日本にサッカーを文化として根付かせ、その価値を高めていくためにも、選手、クラブ、Jリーグ、サッカー協会、OB、サポーターのみんなで力を合わせてチャレンジしていきましょう。僕たちも頑張っていくので、ファンの皆さんも「日本のサッカーをさらに良くしたい」という気持ちを持って、サポートしてもらえたらうれしいです。

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