2013.09.15

謎に包まれた“史上最高額”、ベイルの“本当の移籍金”が公表されない理由

Gareth Bale Officially Unveiled At Real Madrid

2013年夏、移籍マーケットの主役はこの男だった。
市場閉幕間際での移籍発表や、公表された“異なる移籍金額”。
レアル・マドリーとトッテナムが繰り広げた
“ギャレス・ベイル移籍劇”の舞台裏を、現地記者が暴く。

文=ホセ・フェリックス・ディアス Text by Jose Felix Diaz
翻訳=高山 港 Translation by Minato TAKAYAMA
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

移籍金を“謎”にする会長それぞれの“思惑”

 9月1日、ギャレス・ベイルは正式に“白い巨人”の一員になった。正式発表に至るまで、交渉期間は実に100日に及んだ。トッテナムのダニエル・リーヴィー会長とレアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長との間で繰り広げられた“相譲らない綱引き”。それが、公式調印になかなか至らなかった理由だ。

 この2人は昨年の夏にも駆け引きを行っている。マドリーはトッテナム側の巧みな交渉術に負け、3500万ユーロ(約45億円)の高値でルカ・モドリッチを獲得。更に巧妙なリーヴィー会長は、モドリッチの加入でマドリーがタイトルを獲得した場合の付帯条件も契約内容に加えていた。当時、ペレス会長は「トッテナムとの長期的なパートナーシップが締結された」と語っていたが、周囲からは「マドリーは高い買い物をした」という批判的な見方も出ていた。そして、この夏、“モドリッチ以上の選手”の移籍を巡り、両会長は再びせめぎ合いを演じる。プレミアリーグ最高の選手の移籍について、実に辛抱強い交渉が行われたのだ。

 更にこの綱引きは、サンティアゴ・ベルナベウでベイルの入団発表が行われた後も終わっていなかった。ペレス会長は公式の場でベイル獲得に9100万ユーロ(約118億円)を支払うことになったと発表した。だが、ロンドンでは、リーヴィー会長がベイルの移籍金を1億100万ユーロ(約131億円)だと発表している。両クラブの発表する移籍金が異なるという奇妙な話。いったい、この“曖昧な答え”の背後には何があったのだろうか?

 まずは、今回の交渉に長い時間が要された理由について説明しておこう。実は、ベイルの移籍は7月末の時点で既に決まっていた。リーヴィー会長、ペレス会長、そして、ベイル本人の3者が、移籍に関しておおむね合意を得ていた。ベイルの移籍会見用のユニフォームがマドリーのクラブハウスに届いていたことも事実だ。実際、ベイルは何度となく自分の名前が入った11番のユニフォームに袖を通してメディア用の写真に納まっている。だが、最終的な契約に移ろうとする段階でリーヴィー会長は駆け引きに打って出た。移籍金を少しでも釣り上げるために、彼は「マドリーが将来ベイルを他のクラブに売る場合、プラスして1000万ユーロ(約130億円)をトッテナムに支払う」という付帯条件を契約書に組み込むよう要求。更に「マンチェスター・ユナイテッドが1億ポンド(約150億円)のオファーを出してきている」と言ってマドリー側にプレッシャーをかけ、土壇場で契約書への署名にストップをかけた。一方で、ベイル本人の気持ちは固まっていた。

「僕が今後、トッテナムでプレーすることは絶対にない」

 これがベイルの“解答”だった。移籍市場の終了まで残り1日という段階まで移籍金を巡るせめぎ合いは続き、9月1日の午後8時、リーヴィー会長はペレス会長に電話でベイルの譲渡についての最終的な合意を伝えた。

 2人の会長に残された仕事は、移籍金の額をメディアに説明することだった。我々マドリッドのメディアが知る限り、マドリー側は1億100万ユーロという数字を一度も認めていない。マドリー側が、移籍金の史上最高額はクリスチアーノ・ロナウドの9600万ユーロ(約125億円)であり、今後も、そうであり続けるべきだと考えていることは間違いない。ロナウドのプライドを保つためにも、ベイルの移籍金の額が9600万ユーロを超えてはいけないと、彼らは考えている。マドリーはロナウドに「自分がチームで最も重要なプレーヤーである」という意識を持ち続けてほしいと考えているし、実際、彼を世界一のプレーヤーとして扱っている。もっとも、リーヴィー会長にとってはレアル・マドリー内の微妙な人間関係などどうでもいいことだ。彼は、史上最高額の移籍を実現させた会長としてサッカー史にその名を残すことを願っている。以上の“相容れない思惑”から、ベイルがマドリーのトップチームに合流した今でも、実際にいくらの移籍金で契約が締結されたのかは“謎”のままとなっている。

今のベイルに欠けているもの

 ここからはベイルがもたらす戦力的メリットの話をしよう。ベイルが素晴らしい選手であることに異議を唱える者はいないはずだ。昨シーズン、ベイルは大きな”変身”を遂げた。一昨シーズンまでのベイルは左サイドからの突破を持ち味にする選手だった。だが、昨シーズンの“自由なトップ下”へのコンバートを経て、彼は攻撃力に一気に磨きをかけた。今のベイルは左サイドをカバーするだけの一流のウイングではない。あらゆる攻撃的な資質を備えた超一流のストライカーだと言っても差し支えないだろう。そう、ベイルは「マドリーが求めていたタイプの選手」へと進化しているのだ。ゴンサロ・イグアインを放出し、ストライカーの補填が必要だという指摘も浮上していた中、マドリーの首脳陣は「一人のストライカー以上の価値を持った攻撃的な選手」を獲得したことになる。

「ストライカーを獲得しなかったこの夏の補強は失敗ではないのか?」

 事実、マドリー首脳陣はこうした指摘をはっきりと否定している。彼らはベイルの加入により攻撃のバリエーションがアップしたプラス面のほうが大きいと判断しているのだ。だが、彼らは同時に、万が一、新チームの攻撃が機能しないというケースにも備えている。カルロ・アンチェロッティを監督に迎え、更に、大金を投じてベイルを獲得して臨むシーズンで失敗は許されない。現時点での話だが、彼らは水面下でラダメル・ファルカオの獲得に向けて動きを進めているようだ。ファルカオがプレーするモナコは今シーズン、チャンピオンズリーグ(CL)に出場していない。つまり、1月の移籍市場で獲得すれば、マドリーはCLの決勝トーナメントでファルカオを起用することができるのだ。

 と、話は少し逸れてしまったが、マドリディスタはベイルがマドリーでプレーすることで真のトッププレーヤーへと成長することを願っている。ベイルには真のトッププレーヤーの仲間入りをするために欠けているものがある。それはビッグタイトルだ。トッテナムで彼が手にしたタイトルは、2007─08シーズンのリーグカップのみ。昨シーズンはリーグ戦を5位で終え、CL出場権も逃している。同じように、ウェールズ代表でも、これまでのところ世界的な注目を集めるまでには至っていないが、ベイル以外にワールドクラスの選手がいない状況の中、ウェールズがワールドカップやユーロで主役になるシーンは想像できない。しかし今、ベイルはここマドリッドで、自分がチームをタイトルに導くだけの選手であることを証明する大きなチャンスを手に入れた。

 デビュー戦となった14日のビジャレアル戦で早速ゴールを記録したベイルが、シーズンを通して何ゴールを挙げるのか、どんな形でマドリーの勝利に貢献してくれるのか、マドリディスタの期待は日々増しているし、現時点で「9100万ユーロは高すぎる」と不満を言うファンもいない。だが、ファンは気ままなもの。今はベイルの加入を手放しで喜んでいるファンも、もしベイルが機能しないとなれば、その態度を豹変させることも十分にあり得る。

 その移籍金が9100万ユーロだったのか、はたまた1億100万ユーロだったのかの答えを知る術は今のところなさそうだが、その移籍金が高すぎるか否かの答えはベイル本人が出してくれるはずだ。もちろんそこに、”曖昧な答え”はない。