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C大阪のアカデミー出身の柿谷、山口、扇原が東アジア杯制覇に貢献…クラブ関係者が明かす日本代表選出の舞台裏

2013.07.29

Jリーグサッカーキング9月号掲載]

セレッソ大阪のアカデミー出身者の柿谷曜一朗、山口螢、扇原貴宏が東アジアカップに臨む日本代表に選ばれた。それは、クラブの長年にわたる取り組みが成功したことの、何よりの証明だった。セレッソ大阪はいかにして育成型クラブへと転換を図り、どのような道を辿ってきたのか――。トップチームコーチ、育成組織の最高責任者、U-18監督兼アカデミーダイレクターに話を聞いた。

文=前田敏勝 写真=白井誠二

 2013年7月15日はセレッソ大阪にとって歴史的な一日となった。アカデミー出身者が初めてフル代表入りを果たしたのだ。それも3人。柿谷曜一朗、山口螢、そして扇原貴宏が、EAFF東アジアカップに出場する日本代表メンバーに選ばれた。

 これまで香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)、乾貴士(フランクフルト)、清武弘嗣(ニュルンベルク)らがセレッソから次々と世界へ飛び立ったが、純正の生え抜き選手というわけではなかった。“育成型クラブ”を標榜しているセレッソとしては、待ち望んでいた瞬間がようやく来たと言えよう。「自分をここまで成長させてくれたのはセレッソだと思う。本当にいろいろなことがありましたが、サッカーを始めたのもセレッソだったし、感謝してもしきれない思いでいっぱいです」

 記者会見でクラブへの思いをそう語ったのは、4歳の時にセレッソのスクールに入った柿谷だ。「ただ、選ばれただけなので、これからもっともっと活躍して、そしてセレッソの下部(育成)組織から育ったということを、もっともっと大きく(アピール)していきたい。今の子供たちに『セレッソのジュニアユースに入りたいな』と思ってもらえるようにするのが、僕らの使命。だからこそ、これからが大事になる」と、自らに課された役割を胸に、更なる飛躍を誓った。「育成から(日本代表選手が)出てくるということは、彼らの努力はもちろん、今まで携わった育成スタッフの方々の努力の結晶。私も本当にその近くで、いろいろな人の努力を見てきましたが、クラブとして、うれしいことだと思います。『育成から代表、そして世界に!』というところでも、一つの大きなターニングポイントになると思います」と喜びをかみしめていたのは、育成コーチやスカウトを経て、現在トップチームでコーチを務める小菊昭雄氏。クラブが、そして育成部門が経験してきた幾多の苦労を目の当たりにしているからこそ、生え抜きの代表選手を輩出したことの重みを実感している。

 今でこそ「若き才能の宝庫」と言われ、育成に定評のあるクラブとして名を馳せているセレッソ。しかし、Jリーグ参入当初の1990年代から2000年代前半にかけてのアカデミーは、決して恵まれた環境ではなかった。「セレッソの育成組織は、もともと母体であるヤンマーのグラウンドで、ヤンマーのOBがボランティア同然で指導していました。その時の指導者たちは優秀で、本当に経験豊富なメンバーたちがそろっていましたが、すごく少人数で、限られた資産と資金の中でやっていました」と振り返るのは、セレッソの前身であるヤンマーディーゼルサッカー部でプレーし、クラブ草創期もよく知る宮本功氏。現在は一般社団法人セレッソ大阪スポーツクラブ代表理事として育成組織の最高責任者を務める人物だ。「小さな枠組みだったけれど、枠組みそのものは正しい、いい組織だった。でも、『ここに水をやれば、もっと大きくなったのにな……』というところで、何もなかった。(育成)組織を大きくする力が、クラブとして注がれていなかった」

 濱田武などトップで活躍するアカデミー出身者がいないわけではなかったが、「成功できる確率が低かった」と回顧する。その状況は宮本氏がヤンマーからセレッソに戻ってきた04年になっても、依然として改善されていなかった。「僕は出戻ったばかりで、何が正しいのかという本質を見極めるまでには至っていなかったのですが、育成環境に関して『これはまずい』ということは、戻って来た瞬間に分かった。みんなが『ないない』づくしでやっていて、そういう状況にある一方、隣のガンバ大阪はどんどん成功している。そりゃ、なかなか達成感が得られなかったと思うし、育成も当然弱かった」

 こう考えた宮本氏は05年、当時チーム統括部ゼネラルマネージャーだった西村昭宏氏とともに、“育成型クラブ”という旗印を鮮明に掲げて変革させていく。具体的には「クラブのお金の流れを変えた」こと。西村氏の「育成部門を強化しなければセレッソは生き残れない」という方針の下、アカデミーに力が注がれるようになり、その動き、スピードは速かった。

 折しも当時、セレッソのトップチームはJ1で優勝争いを繰り広げていた。しかしながら、00年と同じく目前で優勝を逃すと、歴史をなぞるように翌年には2度目のJ2降格という屈辱を味わうことになる。ちなみに香川真司が加入し、柿谷が16歳でトップ昇格したのも、その06年だった。

 ただし、トップチームの環境が激変する中でも、クラブの育成指針が揺らぐことはなかった。「クラブが大きくなった後、成績が悪くなれば、お金が下がるのも必然。ただし、育成型モデルでアカデミーから選手を継続して上げていけば、少々上(トップ)の状況が悪くなっても、いい選手は下から出てくる。そこで海外に選手を出せるようになれば、ビジネスとしてクラブにお金が回ってくる。それをうまく回していけば、子供たちのための再投資ができる」(宮本氏)“育成型クラブ”としての象徴的なものの一つが、セレッソ大阪育成サポートクラブ「ハナサカクラブ」の存在だ。セレッソの育成組織(ユース、ジュニアユース、ジュニア、レディース)をサポートすることを目的に設立された個人協賛会だが、これをトップチームの試合における『年間パスポート』や『オーナーズシート』といった年間指定席にも付帯させたことで、大幅に協賛金が増え、「ハナサカクラブ」がパワーアップした。

 そこで得られた資金はアカデミーの選手の経験に役立てられている。これがなかった頃にはほとんど実現できなかった海外遠征が毎年のように行えるようになった。

 その「ハナサカクラブ」で第1期生だったのが、先日、日本代表に初選出された山口と丸橋祐介の世代。「とにかく厳しいところに行って、激しさを見せないと、世界基準は分からない」(宮本氏)という明確な意図の下、ここから本格的に「世界で戦うためにはどうしたらいいか」をテーマに育成活動がスタートした。経験を着実に積んだ山口、丸橋の世代以降はアカデミーからトップ選手をコンスタントに供給。その人数は、この5シーズンで11人にも昇る。

 育成の変革は「ハナサカクラブ」だけではない。10年末には総合型地域スポーツクラブである一般社団法人セレッソ大阪スポーツクラブを設立し、サッカースクールなどの普及活動を移管。さらに12年2月には育成事業を社団法人へ移したことで、トップの成績や経営状態に影響されることなく、安定的に選手をトップチームへ送り込める環境を作った。

時間をかけて人のパワーと愛情、努力を注いだからこその結果


左:スタメンの平均年齢が24.55歳という若いメンバーで臨んだ第17節の鳥栖戦
右上:柿谷、山口、扇原だけでなく、対戦相手の鳥栖の豊田の選出も祝福したサポーター
右下:アメとムチを使い分け、攻撃のタレントたちの才能を次々と開花させたクルピ監督

 今年からは舞洲にて新クラブハウスを中心とした「セレッソの森プロジェクト」が発足した。トップチームの隣でアカデミーが練習できる天然芝のピッチや、ユース専用のロッカールームが備え付けられるなど、ハード面でも抜群の施設が整備された。憧れのトップチームのそばでトレーニングができ、時には乾や清武など、かつてセレッソで主軸を担っていたOBも凱旋。アカデミーの選手たちのモチベーションが上がったのは言うまでもない。「法人の形を変え、環境を整え、お金を回して、というように、いろいろな選択肢、システムを作っている。それがあらゆることにつながっている」(宮本氏)

 当然、ハード面だけに限らず、ソフト面の拡充にも尽力している。まず山口、丸橋の世代ではセレクションにより力を入れるようになった。ガンバや京都、ヴィッセル神戸よりも先に選考を行うことでライバルへの流出を食い止めた。「(南野)拓実、(杉本)健勇、(柿谷)曜一朗もそうだけど、あんな選手は、高卒でなかなか取れない。今は高卒で取りに行くよりも、(人材発掘の)スタートの軸を変えたほうがいいに決まっている。クラブとして合理性がある」(宮本氏)という考えから、育成のスカウティングも現在では熱心に行っている。

 それに関しては、実際にスカウト経験のある小菊コーチもこう述べる。「今まではガンバが頭一つ、二つ抜けた存在で、競合するとガンバに流れるシステムになっていた。そこから、いろいろなところに携わったセレッソのスタッフが、本当に努力して、スカウティングをして、地道に足を運んで、選手に声をかけて、もちろん指導でも現場で一生懸命愛情を注いできた結果が今だと思う。それはもちろん簡単に作り上げられたものではなく、時間をかけて、人のパワーと愛情、努力を注いだからこそだと思うんです。こうやってアカデミーから優秀な選手を排出することができ、スカウト網に引っ掛けることができるようになった。代表に選ばれた螢、タカ(扇原貴宏)、曜一朗、そして健勇も拓実もマルもそう。セレッソには育成出身の素晴らしい選手がたくさんいる。そういう流れを作ってくれた選手に私たちも感謝していますし、セレッソに携わる多くの人が一番喜んでいることでしょうね。それくらい以前は差が大きかったですから……」

 また、指導者の充実も不可欠な要素だ。山口、丸橋の世代、一つ下の扇原、永井龍(パース・グローリーに期限付き移籍中)の世代では、かつて00年J1ファーストステージでトップチームを優勝争いに導いた副島博志氏や、スペインのコーチライセンスを持つ中谷吉男氏といった経験豊富な指導者がU-18チームを指導した。「ソエさん(副島氏)は大人のサッカーをウチのユース世代に落とし込んでくれた。実際にソエさんが育てた選手たちが活躍している。中谷は選手たちに厳しさを植えつけ、クラブとして戦う集団に切り替えられた」(宮本氏)

 そして10年からは年代別の日本代表を指導した経験を持ち、05~06年にセレッソトップチームでコーチを務めていた大熊裕司氏がU-18監督兼アカデミーダイレクターに就任。今シーズンからトップ昇格した南野、秋山大地、小暮大器、岡田武瑠(長野パルセイロに期限付き移籍中)は、まさに大熊氏の指導を受けてきた世代になる。

 現在、トップチームでスタメンに定着している南野は「アカデミーの6年間で本当に厳しい練習をして、それが今にすごくつながっている。大熊さんを始め、ユースのスタッフには褒められた記憶もなくて……」と話していた。南野のコメントに関して大熊氏は「信頼関係が非常に大事だと思っています。そこをうまく築ければ、いくら厳しいトレーニングをしても、必ずついてきてくれると思う。その点では、優秀なスタッフをそろえていただいているので、あまりストレスなく、厳しく、選手たちにはトレーニングを課しています。拓実が『非常に厳しいトレーニングだった』と言ってくれていることは、逆に僕にとってはうれしく思いますし、それがないと本当の意味で戦えるような選手になっていかないのかなと思います」と語る。

 宮本氏が全幅の信頼を置くアカデミーの現場トップは、「僕らが一番考えているのは、トップに上がった後に、『18歳だから、あと2年間鍛えてトップで使えるようになれば』という選手ではなく、18歳でユースを卒業した時にトップですぐにでも活躍できるような選手を鍛え上げなければならないということ。そういう考え方をベースに、ユースからいかにトップに近い状況でトレーニングをやらせられるかを大事にしています。それにトップチームで活躍するためには、当然ながら攻守の両方でかかわることのできる選手を輩出する必要があります」と、即戦力を送り込み、世界基準で戦える選手の育成を主眼としている。

 実際、南野は2種登録された昨シーズンに17歳の若さでトップデビューしており、山口、丸橋、扇原、永井、杉本はいずれも10代のうちからトップチームで実戦を経験。秋山大地、小暮大器といった今シーズンのルーキーたちも昇格早々にベンチ入りするなど、デビュー間近の状況だ。

 また、トップチームで若手が活躍できる環境があるのも、“育成型クラブ”として名を馳せることができた要素として見逃せない。07年途中から就任した名伯楽、レヴィー・クルピ監督が香川や乾を始め、能力ある選手を年齢に関係なく積極的に登用。「練習から成功するためのメンタルをレヴィーが叩き込んでいる」と梶野智強化部長も述べるように、未熟な若者に勝者のメンタリティを植えつけている、ブラジル有数の指揮官が率いるからこそ、香川、乾、清武、キム・ボギョン(カーディフ)といったセレッソの若きタレントが世界的に注目されるようにまで成長するに至った。

 そして現在、J1第17節サガン鳥栖戦の平均年齢は先発11人で24・55歳。ベンチの18人でも24・61歳という若さだった。その試合ではシンプリシオや茂庭照幸といったベテランがメンバーから外れていたとはいえ、25歳を切るようなメンバー構成ができているのも“育成型クラブ”ならではであり、トップチームにその考えが浸透している証だ。「トップのピッチに立つ11人が、すべてアカデミー出身の選手になることが我々の目標」と大熊氏。ただし、昨シーズンの天皇杯では、柿谷、山口、丸橋、扇原、杉本、南野とアカデミー出身選手が6人居並び、高卒叩き上げの山下達也、酒本憲幸を含めると、クラブ生え抜きが8人ピッチに立つという状況も生まれていた。クラブが、そしてアカデミーが描く理想像は、徐々に近づいていると言っていいだろう。「今、我々が動いている、いわゆる(育成という)『研究開発部門』が元気にやれていることは、10年先のセレッソが元気である可能性を考えると非常にいいこと。ここでできていることは、5年前、7年前の企画が形になっているから。今はまだ、ようやく平均のところに持ち上がった状態。世界基準になるには、まだまだここでは留まらない」

 育成の最高責任者である宮本氏はそう語る。本当の“育成型クラブ”として、セレッソの歩みはまだまだ続いていく。真に大阪の地に根付くために。そしてもちろん、悲願のタイトル獲得を目指すためにも。

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