2013.07.22

“日本代表としての誇り”を胸に秘めて――ろう者サッカー男女日本代表チームがデフリンピックに参戦

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4年前に行われたデフリンピック女子サッカー、日本vsイギリスの一コマ 写真●葛尾優子

 なでしこジャパン、そしてサムライブルーが現在韓国で開催されている東アジアカップに参戦中であるが、もう一つのサッカー日本代表、ろう者サッカー男女日本代表チームは、、7月25日から8月4日までブルガリアのソフィアで開催されるデフリンピックに出場し世界に挑む。

 デフリンピックとは、聴覚障害者、ろう者のオリンピックである。歴史は古く、前身の「国際ろう者競技大会」は1924年にパリで開催され、オリンピック同様、原則として4年ごとに開催されてきた。デフリンピックの参加資格は、裸耳状態での聴力レベルが55dB(デシベル)以上で、補聴器の装用は禁止されている。dBとは音の大きさ、または聴力レベルを指し示す単位であり、数字がより大きいほど聞こえにくい。通常の会話は50~60 dBほどであり、55 dBとは、意味はわからないがかすかに人の声が聞こえる人の聴力レベルということになる。日本選手団は70 dB以上の人が多く(身体障害者手帳を取得できる基準が70 dB以上であるということも関係している)、120~130 dBなど重度の選手も少なくない。120 dBとは米軍基地の脇で戦闘機の轟音が線香花火程度に聞こえるという状態だ。そういった重度の選手などは補聴器を付けても騒音のようにしか聞こえず、普段からほとんど補聴器を使用しない者もいる。一方、補聴器活用により、ある程度聞こえるようになる者も多い。しかし大会に参加する全ての選手は規定により補聴器を外さなくてはならない。聴者(聞こえる人)のサッカーにおいて、声の重要性は言うまでもない。後方に位置するゴールキーパーやセンターバックからのコーチングの声は守備の連係の強度を増し、敵が背後に迫っていることも周囲が声で伝える。補聴器を外すということは、すべての選手にとって、ピッチ上から情報としての音がほぼ無くなってしまうということだ。選手のなかには、ろう学校ではなく一般の学校に通い聴者とのプレー経験を持つ者も多く、声での連携にも馴染んでおり、補聴器を外してプレーすることに当初は戸惑いを感じたという。そういった状況のなかでは、常に周囲をよく見て、お互いが目を合わせアイコンタクトで意思疎通を図ることが重要だ。もちろん事前の約束事や、「こういった状況では当然こう動くべき」という個人戦術とでも言うべき体に染みついた知識も必要である。一方、多少選手間の距離が離れていても、プレーの合間にアイコンタクトと手話でコミュニケーションできることは便利な点でもある。

 選手たちはホイッスルの音が聞こえない。そのため、主審はホイッスルを吹くとともに手にしたフラッグを振る。副審やボールボーイも同時にフラッグを振り反則などを知らせる。それでも選手たちは気づかずに球際の争いを続けている場合も多いが、そのときは周りの選手が教えてあげて情報を伝えていく。その他のルールは一般のサッカーとまったく同じである。

 聞こえない、聞こえにくい選手たちのチームである“ろう者サッカー日本代表”を一言で言い表すことはできない。いろいろな面で、実に“様々”だからである。例えば手話を覚えた時期もばらばらだ。物心がついた時には自然と手話を覚え、第一言語として手話を身に付けた者もいれば、音声日本語を苦労して習得し、その後手話との接点がなく、チームに参加した後に手話を覚え始めた者もいる。手話が苦手で口話(音声言語で話すこと。手話に対応した言葉)の方が得意な選手も少なくない。発音もとても明瞭でおしゃべりな選手もいるが、彼(彼女)らは、しゃべれるけど聞こえない、聞こえにくいという状況に苦しんできた。相手の唇の動きを読むことで補完できる部分もあるが、もちろん100%の理解は不可能だ。

 そういった様々な選手たちが全国から集まり練習を積み重ね、世界に挑むことになる。

 男子サッカーチームがデフリンピックに初めて参加したのは、1985年開催の第15回アメリカ大会。ろう者サッカーが盛んであった北海道の選抜チームが出場した。その後アジア予選が始まり、予選を突破して出場を果たしたのは第20回メルボルン大会(2005年)。続く第21回台北大会(2009年)にも予選を突破し出場。紙一重のところで決勝トーナメント進出を逃し、16か国中12位の成績で大会を終えた。2012年5月に開催された第7回アジア太平洋ろう者競技大会ではイランを破り、悲願の初優勝。同年7月にトルコで開催された世界大会では8位に入った。

 ソフィア大会での男子サッカー競技には16か国が参加。4つのグループに分かれ、上位2チームが決勝トーナメントの準々決勝に進出する。グループC日本の対戦相手は、ロシア、ナイジェリア、アイルランド。以下の日程での対戦が決まっている。

7月25日 17時30分 ロシア
7月27日 17時30分 ナイジェリア
7月29日 17時30分 アイルランド(時間はいずれも現地時間)

 男子サッカーチームは、秋田や大阪、鹿児島などの強豪校で揉まれたサッカー経験を持つ選手もいれば、サッカーをやりたくても聾学校にサッカー部がなく、その後プロを目指してブラジルにサッカー留学した選手まで様々だ。代表選手になりたくても選から漏れた選手も多い。筑波大学の学生である仲井健人もその一人だ。ぎりぎりのところで代表選考から落選した彼は、その後もバックアップメンバーとしてチームを支え続け、7月の自主合宿では感極まった表情で自らの思いをチームメイトに託した。「僕はブルガリアに行けませんが、日本から応援しています。金メダルを奪ってきてください」。

 女子チームは、前回の台北大会が初めての出場。7か国中、6位の成績で大会を終えた。大会中に彼女たちはサッカーの面でも気持ちの面でも飛躍的な成長を遂げ、大きな財産を持ち帰った。この時の様子は、私の監督作品である映画「アイ・コンタクト」や、著書「アイ・コンタクト」(岩波書店刊)で詳しく描いた。

 この4年間で女子チームの力は確実に向上した。個々の成長はもちろん、新たな若い戦力も台頭してきた。しかし依然として、欧米の壁は高い。だが今大会は内容だけでなく結果が求められる。ろう者女子サッカーの灯を絶やさないためにも。そのためには、まずは初戦の入り方が極めて重要となる。初戦の相手はポーランドである。

 女子は7か国が参加、2つのグループの別れ、上位2チームが準決勝に進出。グループA日本の対戦相手は、ポーランド、ギリシャ、アメリカ。

7月26日 9時30分 ポーランド
7月28日 9時30分 ギリシャ
7月30日 9時30分 アメリカ(時間はいずれも現地時間)

 各国のデフリンピックへの取り組みは様々だ、ウクライナではオリンピック並の強化資金が国から提供され、韓国チームは1か月の直前合宿を経て大会に臨むという。日本においても国庫からの助成金はあるものの、かなりの額の自己負担金が必要である。サッカー競技も資金不足で思うように合宿を積み重ねることが出来ず、最後の合宿は全額自己負担の自主合宿となった。

 障害者スポーツは、厚生労働省、健常者のスポーツは文部科学省と管轄が分かれている。そういったことも一つの要因となり、ろう者サッカー協会は、日本サッカー協会の傘下にはない。例えばドイツなどはA代表と同じユニフォームで戦っているが、ろう者サッカー日本代表は、サムライブルーやなでしこジャパンとは違う、青いユニフォームに身を包み世界に挑むことになる。

“日本代表としての誇り”を胸に秘めて。

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