2013.07.03

ブラジル、W杯開催へ不安はあるのか…世界一のサッカー王国での祭典まで残り1年

 平穏無事に過ごしていたブラジルでの生活だったが、ついに緊張が走った。

 ブラジルが3連覇を達成したコンフェデレーションズカップ決勝直後、真夜中のコパカバーナで男達に突然後ろからカラまれた。相手は4人、全員ガタイも良い。

「コイツ、英語しゃべれるぞ」

 集団から1人の男が前に出てきたことで、さらに身が強張る。

「どこから、来た」

 日本です。

「名前はなんて言うんだ」

 オタニと言います。よく間違えられますが、コタニではありません。

「俺達はチャンピオンだ」

 ついさっき、スペインをボッコボコに叩きのめしましたね。

「テイクアウトだな」

 通じなかったので、和製英語だと思っていたんですが、違うんですね。

「あそこの女の子2人、可愛いな」

 ムフフ。

「宿は近いのか」

 歩いて5分くらいです。

「ここらは危険で、バッグは盗まれるかもしれないから注意しろよ」

 わざわざありがとうございます。優しいんですね。

 深夜の1時半。ブラジル人に名前をコールされ、恥ずかしいながらも少しばかり嬉しい気持ちでコパカバーナ海岸近くのマクドナルドから、再び歩いて宿を目指す。

 開催国のブラジルがスペインを3-0で下した試合を見届け、決勝の原稿を一段落させたときには、既に1時過ぎ。人気もまばらとなったメディアセンターをバスに揺られて後にする。宿は、バスの到着地である1泊6万円とも言われるメディアホテルから歩いて5分ほど、コパカバーナ海岸の目と鼻の先に位置する絶好の立地ながら、価格はメディアホテルの30分の1というリーズナブルなユースホステル。人通りも少なく軒並み店舗が閉じている中、闇夜でも煌々と光を放つマクドナルドで、ハンバーガーをテイクアウトしようと店内に入った。

 しかし、悲しいかな。店員は英語がわからない。こちらもポルトガル語はサッパリ。ハンバーガーを持ち帰りたいという旨を身振り手振りで説明するが、どうにもこうにも伝わらない。悪戦苦闘していると、後ろで並んでいた男達の中で英語が堪能な1人が、仲介を買って出てくれた。いきなり声をかけられたこともあり、瞬間的に危険を感じたのは事実だが、母国が世界王者を完膚なきままに叩きのめしたからか、はたまた、ただ単に酔っ払っていただけか、終始テンションの高かった男達の助けを受け、無事にハンバーガーを持ち帰ることができた。

 思えば、ブラジルでは最初から助けられてばかりだった。

 ポルトガル語はおろか英語もままならない中、駄々をこねる子どものように単語のみで押し通す要求に対しても、常に笑顔で対応してくれたブラジル人には感謝をするばかりである。道が分からず困惑していると、「どうした」と向こうから声をかけてきてくれ、こちらが理解するまで、あれこれと手段を凝らして説明しようとする。「ポルトガル語わかるか」と聞かれ、ポルトガル語も英語もできないし日本語も微妙と、とぼけてみると「お前、日本人だろ」と肩を抱き、冷静かつ笑いながらツッコんでもくれた。

 道行く人の親切ぶりもさることながら、数週間のトレーニングを経て今大会に臨んだボランティアのホスピタリティは特筆ものだった。

 開幕戦が行われたブラジリアではスタジアムとメディアセンターが道路を一本挟んだところにある位置関係ながら、「スタジアムの道順分かるか」とわざわざ聞いてくる親切ぶりである。イタリア戦が行われたレシフェでは、記者会見場に腕時計を落としたと泣きつくと、翌日には既に諦め気分のこちらを驚かせるかのように「すごく小さな隙間に挟まっていたの」とわざわざ笑顔で届けてくれた。試合直前に記者席のテレビ画面が映らないと懇願すれば、キックオフ前にはテレビごと替えてくれる対応。多くの面倒も必ず解決してくれ、そして笑顔を絶やさなかったことにはとにかく頭が下がる思いである。

 曰く、テキトー。曰く、時間にルーズ。曰く、治安が悪くて危険。渡航前に抱いていた、あるいは聞かされていたブラジルのイメージは完全に覆された。

 確かに、道を聞くと人によって指差す方向がまちまちだったことはある。しかし、日本の第3戦が行われたベロ・オリゾンテからリオ・デ・ジャネイロまでの深夜の長距離バスは時間通り、かつ快適に運行した。決勝の前々日の深夜3時半にリオ・デ・ジャネイロの街中をフラフラしていれば、女性の1人歩きすら見かけた。宿の少ない首都のブラジリア以外では一泊2000円以下のユースホステルに泊まったが、犯罪都市と名高いレシフェでもブラジル第4位の人口を誇るベロ・オリゾンテでも、もちろんリオ・デ・ジャネイロでも、盗難に遭うことにも身の危険を感じることもなかった。

 経済成長から懸念される物価面についてだが、やさしき男達の助けを得て持ち帰ったビックマックセットのお値段は、18.5レアル。日本円では約830円と、少し割高。ただ、値上がりの発表で大規模デモの発端となった公共バスは2.75レアルと、120円ちょっとで区間ならばどこにでも行け、市内の食堂に入って450円相当となる10レアルを払って定食でも頼めば、ジューシーな牛肉や鶏肉にたんまりと盛られたポテトとライスが付いてくる。

 もちろん、数々のオイシイ思いをさせてもらった一方で、今回は運が良かったということを否定するつもりはない。

 在レシフェ出張駐在官事務所の副領事である石田健治さんからは治安の悪さ、危険度の高い多くのエピソードを聞かせてもらい、実際にどの街でも行き交う人々を見るだけで、貧富の格差はまざまざと感じさせられた。超が付くほどの高級ホテルに泊まっていたスペインの選手ですら、盗難に遭ったと伝えられている。

 しかし、ワールドカップを1年後に控え、プレ大会という位置づけのコンフェデレーションズカップは、大規模デモが発生した側面はあったものの無事に終わった。今大会で浮かび上がった課題をブラッシュアップして迎える来年の本番は、更なる改善が見込まれる。用心することに越したことはないが、相応の心構えでかの地を訪れるのならば、必ずや楽しめるはずである。

 何しろ、当然ながらサッカー熱はすさまじい。ブラジル戦絡みでなくても、サッカーに対する国民の熱狂は感じられ、日本の全3試合に出場した内田篤人も「散歩やバス移動の時とかも、サッカー選手というだけで、国関係なくリスペクトがある。スタジアムの中も、雰囲気はすごく良かった」と語った。

 また、ボールを蹴ろうと日本人メディアがフットサル場のある公園に集うと、どこからともなく湧いてくるかのようにブラジル人も集結して即興での日本対ブラジルが始まる。ちなみに、さすがは王国である。草サッカーでもかなりの強者は揃っていた。

 日本の裏側に位置するため、辿り着くにも30時間以上はかかる。それでも、行きにはかなりの苦痛を強いられたのにもかかわらず、帰りは名残惜しさ、あるいは心地良さすら感じられてしまうから、不思議である。

 美しいビーチに出れば砂上でもボールは蹴られ、街中の食堂で人々が集まれば、いきなり「セレソン、セレソン」と自国の代表について侃々諤々と議論が始まる。世界一のサッカー王国で行われるワールドカップは1年後。人懐っこい人々の笑顔とともに、溢れんばかりの熱情に浮かされた生活が待っている。

写真・文●小谷紘友