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齋藤 学(横浜F・マリノス)「世界は常に課題を与えてくれる場所」

2013.05.11

[サムライサッカーキング6月号 掲載]
世界との戦いを経験した、あるいは世界を目指す選手たちに、自身が感じる日本サッカーと世界との差、そして到達するための青写真を聞く。
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インタビュー・文=田中亮平 写真=樋口 涼

U―17ワールドカップで受けた衝撃

──最初に世界を体感、意識したのは何歳の頃でしょうか?

齋藤 12歳の時に、ダノンネーションズカップ(2002年)があり、U─12日本代表として出場したのが最初ですね。僕らは日本の代表として、他のチームはクラブチームとして参加していました。ブラジルやオランダ、フランスが相手でしたね。相手チームも一応、代表のユニフォームを着ていて、ブラジルに勝てたことはうれしかったですし、「僕らにもできるんだ」という思いを持てました。

──その後、06年のAFC U─17選手権に出場し、優勝しました。「対アジア」という時に、日本のストロングポイントはどこだと思いますか?

齋藤 第一にチームワークというか、一体感をすごく感じることができたチームでした。U─17ワールドカップへの切符をかけた準々決勝のイラン戦では、PK戦に突入して、僕はベンチで応援していたんですが、味方が外しても、相手に外す雰囲気があったというか、「負けないな」と感じていましたし、それがチームワークの良さにつながっていたと思います。ここまで強く一体感を感じたのは初めてでしたし、そういう大会でした。監督の城福(浩・現ヴァンフォーレ甲府監督)さんが「ボールと人が動くサッカー」を掲げてやっていて、そこに対するアプローチも様々なものがありました。ポゼッションや技術など、そういう面ではアジアで負けてはいけないと思いました。

──優勝はしたものの、足りなかったと感じた部分はありますか?

齋藤 フィジカルだと思います。ただ、城福さんはそこについては言わず、他のところで勝負しようと考えてやっていました。「人とボールが動くサッカー」をすることで、フィジカルで戦わないという。しかし、韓国など、フィジカルに強いチームに押し込まれたので、その部分では劣っていると思います。

──07年にはU─17W杯に出場しましたが、フランス、ナイジェリア、ハイチと同組になって、グループリーグで敗退しました。世界と戦い、具体的にどのような差を感じましたか?

齋藤 僕自身が、そこまで試合に出場することができませんでした。世界と戦ったというよりも、チーム内のメンバーに負けて、試合に出れなかった悔しさのほうが大きかったです。ただ、ナイジェリア戦にはスタメンで起用してもらいました。世界大会の2カ月くらい前に、コンフェデレーションズカップのような前座の大会があり、ナイジェリアと対戦したんですが、0─5で負けました。その時も出場したのですが、「こんなに違うのか」と衝撃を受けましたね。そこからの2カ月間、ナイジェリアの強さを意識して練習に取り組みました。結果的には本大会でも0─3で負けましたが、0─5で負けた時ほどの衝撃はなかったので、もう一度戦いたいとはずっと思っていました。ナイジェリアはその大会で優勝しましたし、本当にすごいチームでしたね。

──どのあたりに一番、衝撃を感じられましたか?

齋藤 唯一、隙があるとしたら集中を欠いた際のポジショニングでしたが、それ以外のフィジカルや個人能力、ボールタッチがすごかったです。あとはスピードですね。とんでもなかったです。

──ボールを扱う技術は、日本人選手のほうが得意な印象がありますが。

齋藤 前線に、(ジェイジェイ)オコチャのような選手が何人かいて、すごかったです。米本(拓司)とかは食らいついていましたが、結構やられていました。

初めての挫折と移籍という選択

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──そうした世界大会を経て、二種登録ながらトップチームデビューをされ、翌年にはトップチームに昇格しました。その後、3シーズンで1得点を挙げました。満足のいく成績ではなかったかもしれませんが、プロの世界はそれまでとどう違いましたか?

齋藤 高校3年生で二種登録をされた時は、トップチームの監督が代わり、僕もトップ昇格をかけた練習で良いアピールをすることができました。それがデビューにつながることになったのですが、自分が良かったのはシーズンで5、6試合ぐらいでした。最初は自分を知られていないので、自分の良さであるドリブルや仕掛けが通用しましたが、マツさん(故・松田直樹)や(河合)竜二さんなど、守備ができる選手がたくさんいて、徐々に練習で良さを出せなくなっていきました。試合にもつながらず、どんどん自信を失くしていきましたね。高3の時はがむしゃらにできましたが、プロになってからは、プロとして1失点の重みや責任を感じました。ボールに触らなければボールを奪われることがないので、怖がってボールに触らなくなったり――。悪循環にはまりました。そこで出場試合数も減っていきましたし、練習試合でもそこまでアピールできていなかったです。

──それは初めての挫折に近いような経験でしたか?

齋藤 そうですね。ただ、挫折というより、(栗原)勇蔵君やシュンさん(中村俊輔)と一緒にプレーできるという、そういった良い環境でやらせてもらっていることに満足してしまっているというか。挫折と言えば挫折かもしれません。でも、日々どうすれば上手くなるかを考えていましたし、いろいろなことを試したりしていましたね。

──愛媛FCに移籍し、36試合で14得点という記録を残しました。コンスタントに試合に出場し、ゴールという結果も付くようになりましたが、プレーや意識の変化はどのあたりにありましたか?

齋藤 愛媛に移籍しても試合に出られるという保証がなかったので、メンバー争いからしっかり取り組もうと思いました。また、当時の(イヴィッツァ)バルバリッチ監督が信頼して起用してくれました。「攻撃はすべて任せるから、守備もちゃんとやってね」という感じだったので、本当に自由にできました。中学3年生以来、FWをやっていなかったのですが、「やってみろ」と言われ、2トップでプレーしました。そこで自分の中で新しい形が生まれたのかなと思います。

──それはゴールへ向かう意識の高さということでしょうか?

齋藤 動き方自体が、左サイドハーフとは全然違いました。J2でしたが、コンビネーションを含め、「プロとして2トップでプレーする」ということと、監督に出会えたことがすごく大きかったと思います。

──当時、湘南ベルマーレを指揮していた反町康治監督(現松本山雅監督)が、「愛媛のメッシ」と表現していましたが、この発言を聞いてどういう思いでしたか?

齋藤 最初は嫌だったというか、重かったです。ただ、「愛媛の」ならいいかなって(笑)

ロンドンで通用したもの通用しなかったもの

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──その後は、U─23日本代表でロンドン・オリンピックの予選を突破しました。

齋藤 五輪の年の1月に行われたキャンプで初めて招集されて、メンバーに選ばれましたが、選出されると思っていなかったのが正直なところです。候補合宿にも呼ばれていませんでしたからね。前の年の親善試合に10分だけ出場して、他は呼ばれなかったですから。その分、身体を作っていき、アピールの場にしようと思いました。それが本大会でのメンバー入りにつながったのだと思います。予選でシリアと対戦したんですが、中立国での開催で、すごく環境が悪かったです。ホテルもお湯が出ないですし、蛇口をひねると茶色い水が出てきました。そこで負けてしまいましたけど、その経験が次のマレーシア戦につながったと思います。あの時の悔しさが、残りの2試合につながったと思いますね。

──アウェーの環境の中で、どのようにチームが一丸となっていきましたか?

齋藤 もともと仲が良いチーム。みんなすごくしゃべりますからね。比嘉(祐介)君がひたすら盛り上げていました(笑)。選手ミーティングもしていましたよ。

──その後、ロンドン五輪本大会を見据え、トゥーロン国際大会に出場しましたが、ここでもグループリーグを突破できませんでした。この時点で感じた足りない部分はどのような点でしょうか?

齋藤 この大会に出場するまでは、五輪のメンバーに入りたい、五輪に出場したいという気持ちが、そこまで強くありませんでした。良い選手やポジションがかぶっている選手がたくさんいましたし、メンバー入りは難しいと思っていました。でも、トゥーロンに行って、自分は変わることができました。「世界を意識してやりたい」、「五輪に行きたい」と思えるようになりましたし、「このチームでもっと長くやりたい」と思いました。それまではお客さんじゃないですけど、自分のチームだと思えることをしていませんでしたからね。トルコ戦は出ていなかったので覚えていませんが、オランダ戦で、指宿(洋史)や宇佐美(貴史)、高木善朗といったメンバーとほぼ初めてプレーしたのですが、すごく楽しくサッカーができて、一体感を感じることができました。

──五輪本大会の初戦、スペイン戦で勝利を収めました。

齋藤 突然の交代ですごく緊張しました。1─0で勝っていて、相手は10人だったんですが、それでもスペインはポゼッション率が高く、しっかりと守備をしなければいけませんでした。とにかく緊張しましたね。1─0でしたが、ビッグチャンスも多くありましたし、もっと得点が入っていても、とは思います。日本の戦い方が明確になった試合というか、「しっかり前からプレスすればできる」という思いが確立されたと思います。

──あの時のスペインには、ジョルディ・アルバ(バルセロナ)やフアン・マタ(チェルシー)といった世界トップクラスの選手がいましたが、彼らと自分の距離感はどう感じましたか?

齋藤 個人で比べたら、すごい存在だったと思いますが、日本とスペインというチーム同士で見たら、相手が退場者を出していなくても戦えていましたし、そこまで差は感じませんでした。ただ、ジョルディ・アルバは速かったです。ついていこうと思ったんですが、いつの間にか遠くにいました。

──単純に走るスピードも速いんですか?

齋藤 それも速いと思います。ただ、スペインはそういった個人の能力に加えて、チームとしてポゼッションの形がしっかりしていると感じました。

──3戦目のホンジュラス戦にスタメンで出場しました。これまでは途中交代で出場する機会が多かったと思いますが、どのような気持ちで試合開始を迎えましたか?

齋藤 予選の突破が決まっていて、メンバーを総入れ替えして臨んだ試合でしたので、サブ組としては「アピールしなくてはならない」という思いを強く持って臨んだ試合でした。結局、みんな試合に乗り切れずに終わってしまったイメージが強いですね。サブ組でももっとやらなければいけないと思うし、スタメン組が試合に出て上り調子の時に、僕らサブ組は我慢しなくてはいけません。だから、ああいうチャンスをもらった時に、もっとやる必要があると思いました。0─ 0で、最低限の結果を収めたことは悪くなかったと思いましたが、サブ組としては結果を残す必要がありました。あそこで関さん(関塚隆)に、「次のスタメンはどうするか」と思わせるぐらいに活躍しなければいけませんでした。そうもいかずに危ないシーンもあったので、そこは残念でしたね。

──逆に途中出場で試合に入る時は、どのようなことを意識していますか?

齋藤 ロンドン五輪で言うと、誰もがチームのために動いていたので、自分の仕掛けをすることよりも、守備で走り、攻撃時もリスクマネージメントをしていました。そうしてしまった自分も嫌なんですが、それを第一にしないといけないという思いもあったので、複雑な気持ちでしたね。やはり自分の良さは仕掛けることで、ドリブルをすると取られる可能性があります。でも、それを自分自身でなくしたというか。チームのことを考えると、それも一つの形なので、モヤモヤしてしまう部分もあります。途中から出る時は、「自分の良さを出すこと」と「チームのために」ということを頭に入れていました。

──関塚監督からは、交代のコンセプトを明確に指示されて送り出されるのですか?

齋藤 自分の中での判断ですね。基本的に自分が出場するのは、アクシデントがあった時です。最後の2試合は遅かったですけど、それ以外は勝っていて選手に疲労が溜まった時という感じでした。「点を取ってこい」という感じもあるとは思いますが、そこまで強くなかったと思います。

──メキシコに敗れて、ベスト4で大会を終えました。メキシコの強さはどのあたりに感じましたか?

齋藤 親善試合で勝っているので、1勝1敗ということで(笑)。やはり本気のメキシコは少し違いましたね。ただ、大津(祐樹)君のスーパーゴールで先制できましたし、勝つチャンスはありました。でも、タカ(扇原貴宏)がボールを取られたシーン、コーナーもそうですが、ちょっとしたことで失点してしまいました。少しの差で負けてしまうと実感しました。それが優勝したメキシコと4位の日本の差だと思います。できない相手ではないですが、個人の能力がすごく高く、国内組ばかりだったのに良い選手が多かったです。

──3位決定戦では、韓国に0─2で敗れました。韓国の強さはどんなところに感じましたか?

齋藤 一発を決められる力があるというか、あの試合ではそれが大きかったと思います。グラウンドも良くなくて、韓国もずっとボールを蹴ってきましたが、日本はつなぐ意識を持っていました。ちょっとしたミスは多かったですが、つなぐ意識が高かったので、良い時間帯で点が取れていれば違った展開になっていたと思います。韓国はただ蹴って、セカンドボールを拾うというスタイルでした。ただ、失点の場面も、ほんの少しのカバーの差が響いてしまったので、ああいうミスでゴールまで行くのが世界だと感じました。

──韓国は、やりづらいですか?

齋藤 僕の代は、U─17の時も勝っていたので、やりづらいという印象はありませんね。ただ、韓国のフィジカルコーチが以前僕も指導を受けていた方(池田誠剛)だったので、「ここで戦うか」という気持ちになり、負けたくなかったですね。

──これまで様々な国際舞台を経験されてきたと思いますが、どのようなものが身に付きましたか?

齋藤 どうですかね。世界の舞台はいつも、そこに向かうための課題をくれるので、そこに向かって取り組むというか。僕の場合は年度ごとに出場できたので、今となっては一つひとつ、課題の確認ができた舞台だと思いますし、大きな経験だと思います。

──現在取り組んでいる課題はどのような部分ですか?

齋藤 ロンドン五輪にスタメンで出場していた選手は、パスやキープなどゲームを作る能力が高い選手が多かったです。スタメンで出るにはそういう力が必要だと思い、五輪後は、それをできるようにしてから、自分の良さをプラスしようと思っていました。でも、新しいことをするのはなかなか難しく、前での仕事が少なくなってしまいました。そういう難しさを経験したので、今は自分の良さをもっと出そうと思っていますし、昨シーズンの後半からは良いプレーができていると思います。一つ前の列で自分の良さを出すことで、もっと起用したくなるような選手になれると思ったので。そういうふうに課題が違った形で返ってくることは面白い点でしたね。これから先に、そういうプレーがもっと必要だと思えば、そっちに取り組めばいいですし、今は自分の良さを磨くことに力を入れています。

──では、次に向かうべき場所として、海外クラブに移籍するとしたら、どのリーグに挑戦してみたいと思いますか?

齋藤 リーガ・エスパニョーラでやりたいです。クラブはそこまで考えていませんね。

──リーガにはどのような印象を持っていますか?

齋藤 愛媛所属時の先輩である福田健二さんが、2部で10得点を決めていますし、シュンさん(中村俊輔)もスペインでやっていましたが、1部で成功した選手が少ないですし、難しいリーグだと思います。そこにチャレンジしていきたいと思います。

──目標としている、または意識している海外の選手はいますか?

齋藤 ドリブルは(リオネル)メッシのプレーを参考にしていますが、完璧すぎて参考にしづらいんですよ(笑)。あんなに簡単に人を抜けないので。メッシも含め、いろいろな選手を見ますね。チームのトレーニングルームで、いつもサッカーの映像が流れているんですよ。それをよく見ていますし、家でもゴール集やリーガの試合を見たりしています。リーグによって、いろいろなサッカーがあるので、面白いですね。

──最後に、今シーズンの抱負をお願いします。

齋藤 今シーズンのF・マリノスは、アジアチャンピオンズリーグ出場圏内(Jリーグ3位以内)という目標を掲げているのですが、今年は優勝できるチームだと思っているので、絶対に優勝します!

すべてをかけろ。世界はもう、夢じゃない

アディダスでは「すべてをかけろ。世界はもう、夢じゃない」というテーマの下、世界最高峰の大会・UEFAチャンピオンズリーグの開催に合わせ、中高生プレーヤーを対象に世界NO.1を決める大会「UEFAヤングチャンピオンズ 2013」を開催。優勝チームにはチャンピオンズリーグ決勝観戦や、チェルシーFCのクリニック参加など、本気で世界に挑戦する部活生をサポートする様々なプロジェクトを展開している。ここでは、中高生から寄せられた質問に齋藤選手が回答!

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Q1.ユース時代、一番苦労したことは何ですか? どうやってそれを乗り越えましたか?(15歳/MF)
A.代表で月に一回、1週間程度学校に行けなかったりしましたし、平日も学校が終わってすぐにサッカーに行っていたので、勉強する時間がありませんでした。ただ、テスト前だけはすごく頑張って、テストの点は良かったです。F・マリノスユースでは、自分らの代がそんなに強くなくて、クラブユース選手権で3連敗したこともありました。それが悔しくて、このチームを何とかして勝たせたいという気持ちを持って取り組みました。あんまりいい成績は残せなかったけど、そういう気持ちを持って取り組んできたからこそ、今があると思っています。

Q2.スピードのあるドリブルをするためにはどんな練習をすればいいですか?(16歳/FW)
A.自分の形でドリブルすることですね。僕は下を向いてドリブルすることが多いんですが、小中学生時代はもっと下を向いていました。顔を上げろと言われても、顔を上げるとスピードが落ちちゃうと思って、ひたすら下を向いていて。そのうち、自然と姿勢が良くなってきて、ちょっと顔が上がるようになってきました。子供の頃に下を向くのを直そうとしていたら、今の自分はないと思いますし、自分の形を探すことが大事だと思いますね。

Q3.僕も身長が高くないのですが(165cm)、小さいからこそ心掛けていることはありますか?(16歳/MF)
A.小さいことをネガティブに思わないことです。僕は小さいからこそプロになれたと思うし、小さいから、このプレーができていると思うので、全然ネガティブじゃないです。

Q4.シュートが上手くなるにはどんな練習をすればいいですか?(13歳/MF)
A.それはオレに聞かないほうがいいかなぁ(笑)。でも、練習するのみだと思います。ゴール前で冷静になれというのは、よく言われるので、たぶんそうなんだと思います(笑)

Q5.スーパーサブは、どんなことを意識すればいいですか?(16歳/FW)
A.自分がこの流れを変えるという思いを持って入ること。普通の選手交代ではなくて、スーパーサブで入るのであれば、流れを変えろ、ゴールを決めろということだと思うので、その意識を強く持つべきだと思います。

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      第1部/11:30~13:00(受付/10:30~)60名
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