ずいぶん昔のことになりますが、「南米の選手は自分の軸足に足を引っかけてPKをもらう」なんてことがまことしやかに語られていた時代もありました。ドリブラーの多い南米では、悪質なファウルで選手生命を絶たれる選手も多く、こうした選手たちを守るために現代のサッカーでは、まずはじめにファウルへの罰則が厳しくなりました。いまでは背後からのファウルは即レッドカードになってもおかしくありませんし、足下に深く入り込んだスライディングもカードの対象です。
こうなってくると、厳しいファウルの基準を利用しようとする動きも出てきます。今度はこれを取り締まるために、ファウルを受けていないのに倒れ込んだり、ペナルティエリアで大げさに倒れて(ダイブして)PKを得ようとする「シミュレーション」を厳しく見るようになりました。
競技規則の運用のための教本ともいうべき「競技規則の解釈と審判員のためのガイドライン」には下記のように明記されています。
反スポーツ的行為に対する警告
負傷を装って、またファウルをされたふりをして(シミュレーション)、主審を騙そうとする。
サッカーの勘所である“フェアプレーの精神”に反したシミュレーションはレフェリーを騙す以上に、相手選手を陥れ、観客を欺く行為です。もちろん子どもたちには決してやって欲しくない反則です。
■マリーシアの誤解
「マリーシア」という言葉があります。
日本では「ずるがしこさ」と訳されることが多いようですが、どうやらこれはブラジルで使われているマリーシアという言葉の意味とは少し違うようです。
「マリーシア」はもともとは恋愛なんかに使われる言葉で、「恋の駆け引き」という意味で使われます。サッカーで使われる場合には「経験に基づいて機転を利かせる。知恵を使う」というのがより正しいニュアンスなのだそうです。
「日本選手にはマリーシアが足りない」
かつてジュビロ磐田で活躍したブラジル代表のキャプテン、ドゥンガ選手がしきりに口にしていた言葉です。この言葉を「日本選手も試合に勝つためにはレフェリーに見えないところでファウルをしたり、大げさに時間稼ぎをしなければいけない」と曲解してしまった人もいたようです。
もちろんドゥンガはアンフェアなプレーを推奨したわけではなく、90分間ずっと全力疾走する日本人選手たちの勤勉さを褒めながらも、「緩急をつけたり、相手と駆け引きをすれば、一本調子のサッカーがさらに良くなる」と、身振り手振り、時には激しい言葉で熱血指導していたのでした。
■ヨーロッパが認めた中田英寿選手のプレー
「早くプレーを始めた方がチャンスになることが多いから」
イタリア・セリエAで活躍した日本人海外組の先駆け、中田英寿選手がイタリアメディアに「なぜファウルを受けても痛がらずにすぐに立ち上がるのか?」と聞かれたときの答えです。
いかにも合理主義の中田選手らしい答えだと思いませんか?
当時イタリアに限らず世界中のスタジアムで、接触プレーがあると、両方の選手がファウルをアピールして、もんどり打って倒れることが少なくありませんでした。激しいディフェンスから身を守るための処世術とも言えるのですが、テレビ中継でスロー再生が繰り返し流れることもあり、こうした行為はレフェリーからも観客からもよく思われなくなっていきます。
ショルダーチャージを受けてもしっかりとそれを跳ね返し、なかなか倒れない。ファウルを受けても、大げさなアピールはせずにすぐに立ち上がり、首を振ってピッチを見回してパスコースを探す。そんな中田選手のプレーは、イタリアを沸かせたテクニックやパスセンスと同じくらいヨーロッパでも高い評価を受けました。
たしかにペナルティエリア内でファウルを受ければPKを獲得できます。しかし、多少のチャージを受けても、倒れずに踏ん張って、そのままゴールを目指すこともできます。
中田選手風に言うなら、たとえファウルを受けていたとしてもカードのリスクのある転倒をするより、踏ん張ってゴールに近づく方がよほどいいのではないでしょうか。
■真のサムライは倒れない
中田選手と同じように、ヨーロッパの舞台で“フェアな選手”として評価を受けている現役選手がいます。 ドイツ・ブンデスリーガ、VfBシュトゥットガルトで活躍する日本代表FW岡崎慎司選手です。
昨シーズンの第12節、マインツを相手に戦っていた岡崎選手はゴール前でボールを受けた後、遅れてアプローチしてきた相手GKと接触し、好機を逃してしまいます。その後、微妙な判定のPKでチームが負けたことを受けて、地元メディアは「あれはファウルだったのでは?」とGKとの接触に水を向けました。
岡崎選手は問題の接触プレーの直後もアピールすることなく、ゴールできなかった悔しさを表すだけでした。
「日本では倒れてしまうのは格好悪いことですし、僕は倒れずに踏ん張りたい。これは日本人のメンタリティーかもしれませんが、それより僕はゴールできなかった自分に対して腹立たしいです」
このコメントを受けて、次の日の地元紙にはこんな見出しが躍りました。
「Ein echter japanischer Samurai fallt nicht(真のサムライは倒れない)」
海外では日本人選手のこうしたプレーが新鮮さと尊敬を持って伝えられています。
「日本人選手にはずるがしこさが足りない」「馬鹿正直すぎる」
そんな声を吹き飛ばすのに充分な出来事ではないでしょうか。
シミュレーション自体は、その転倒がわざとかどうか、ファウルがあったのかどうかの見極めが難しいプレーでもあります。だからこそ、プレーヤーはレフェリーや相手を欺くようなプレーはしない。
大切な試合の勝敗が故意のファウルやシミュレーションといった“サッカーらしくない要素”で決まってしまうことが増えています。観戦者としては、そういう勝敗の決着は見たくありませんよね。プレーヤーとしては、そういうプレーは岡崎選手が言うように「格好悪い」し、絶対に真似しない。これがこれからの世界のサッカーのスタンダードになっていくはずです。
大塚一樹(おおつか・かずき)//
育成年代から欧州サッカーまでカテゴリを問わず、サッカーを中心に取材活動を行う。雑誌、webの編集、企業サイトのコンテンツ作成など様々 な役割、仕事を経験し2012年に独立。現在はサッカー、スポーツだけでなく、多種多様な分野の執筆、企画、編集に携わっている。編著に『欧州サッカー6大リーグパーフェクト監督名鑑』、全日本女子バレーボールチームの参謀・渡辺啓太アナリストの『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』を構成。
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