2013.02.07

“優勝請負人”イブラヒモヴィッチ、新たな挑戦へ 

イブラヒモヴィッチ

イブラヒモヴィッチ
ズラタン・イブラヒモヴィッチ
1981年10月3日生まれ
FW|パリSG|スウェーデン代表

 スウェーデン南部の町、マルメでユーゴスラヴィア移民の両親の下に生まれ、幼い頃からストリートサッカーに興じ、テクニックを磨いた。マルメの下部組織時代はストリート仕込みのテクニックに固執すぎるあまり、幾度となくコーチに叱られたというが、イブラヒモヴィッチは「これが自分のスタイルだ」と譲らなかったという。

 その後、17歳でトップチームに昇格すると、1部昇格の立役者を演じるなど、国外のスカウトの注目を集めるようになり、アーセナルはヴェンゲル監督がネーム入りのユニフォームを贈って獲得の熱意をアピールしたほど。結局、2001年の夏に約11億円の移籍金を提示したアヤックスへと移籍する と、1年目からレギュラーに定着。NAC戦で5人抜きゴールを決めるなど、圧倒的な存在感を放ち、3シーズンでチームを2度のリーグ優勝へと導いた。

 スウェーデン代表として初めて参加した大舞台、ユーロ2004のイタリア戦では後に語り草となる「テコンドー・シュート」を決めるなど、センセーショナルな活躍を披露。大会後、このゴールを名刺代わりにセリエAへ挑戦し、ユヴェントスとインテルでプレーした5シーズンは常にスクデットを獲得し続けた。最初の2つはユヴェントスの不正疑惑によって取り消されたものの、豪快かつ華麗なプレーへの称賛は高まる一方だった。

 2008-09シーズンに自身初のセリエA得点王に輝くと、新たな挑戦を求めてバルセロナへの移籍を決意。スペインでは指揮官との確執もあり、インパクトを残せなかったが、翌シーズンに移籍したミランでは中心選手として目覚ましい活躍を見せて、チームを7シーズンぶりのスクデットに導き、「優勝請負人」としての評価を確立した。続く、2011-12シーズンにはキャリア最多の28ゴールを記録して2度目の得点王を獲得。

 そして、2012年7月、次なる活躍の舞台として選んだのが、フランスのパリ・サンジェルマンだった。オイルマネーによってメガクラブ計画を進 める新興勢力の中心選手として加入した「優勝請負人」は、唯一自分に欠けているビッグイヤーを手に入れるべく、新たな挑戦に挑んでいる。

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