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【インタビュー】プロ志望者0人…「強くない」横浜国立大が模索する、“本気”のサッカーへの取り組み方

2018.07.25

 プロを本気で目指しているわけではない。しかし、遊び半分でやっているわけでもない。そんな学生が集まった横浜国立大学体育会サッカー部が強くなるためには、何をしたらいいのか――。導き出した一つの方法は、「小学生向けフットサルスクールの運営」だった。大学生活の多くの時間をサッカーに捧げ、スクール事業に尽力する中島風(経済学部国際経済学科4年)と渡部圭(経営学部経営学科2年)に話を聞いた。

[写真]=横浜国立大学体育会サッカー部

■監督、コーチなし…学生主体の運営で「強くなる」には

 横浜駅からバスで坂道を登ること20分弱。都心から少し離れたキャンパス内にある土のグラウンドで、横浜国立大学体育会サッカー部の選手たちは、泥だらけになりながら汗を流す。部員はマネージャーを含めて74名。関東大学サッカーリーグの一つ下のカテゴリーである、神奈川県大学サッカーリーグで戦っている。

「おそらく、プロを本気で目指している部員は誰もいないと思います。スポーツ推薦もないので、高校サッカーで実績のある選手はごく稀で、ほとんどが中堅校以下出身か、新歓活動で興味を持ってくれた人。そんなレベルのチームなんです」(中島風)

 監督のいない横国大サッカー部は、学生が中心となって運営している。3年生が首脳学年としてキャプテン、副キャプテンのほかに主務や幹事などの役職を担い、練習内容の決定、練習試合の調整、試合への準備、OBへの連絡などすべての業務をこなす。シーズンが終わると、その年の3年生は仮引退を迎え、毎年約半分の部員が就職活動等に備えて引退。希望者のみが4年生まで活動を続ける。

 知名度や実績、練習環境、選手のレベルでは、目標とする関東大学リーグ所属の強豪校との差はあまりにも大きい。「自分たちは、サッカーだけでは強くない」。サッカーそのものに取り組むだけでは、その“差”をいつまでも埋めることができないと考えた時、部員の一人である中島風は、小学生向けのフットサルスクールを開講することにした。

「スクール事業は方法の一つで、『横国大に入りたい』と思う人が増えるように、サッカー部の魅力を高めることが目標です。そうすれば、実力のある選手も目を向けてくれるかもしれないし、運営面に興味を持って入ってくる人もいるかもしれない。今すぐに強化できる方法ではないけど、5年後、10年後と将来的にサッカー部が強くなる基盤を作りたいと思って取り組み始めました」

 横国大にはもともと『特定非営利活動法人YNUスポーツアカデミー(YNUS)』という組織があり、サッカー部のほかに硬式野球部、テニス部、陸上競技部などがスポーツを通して地域の子どもたちとの交流を図っている。しかし、2カ月に一度、小学校のサッカーチームを一つ呼んでサッカー教室を行うという単発的なものに終始していた。そのため、より継続的な地域貢献を目的とし、Y.S.C.C.横浜フットサルの協力を仰いで昨年7月からフットサルスクールを開講した。授業は毎週月曜と木曜にそれぞれ6歳以下、9歳以下、12歳以下の3コースが用意され、月会費は週1回の場合5500円~6000円、週2回の場合は9500円~10000円。メインコーチはY.S.C.C.横浜フットサル所属の高橋健選手が務め、横国大の選手もアシスタントコーチとしてサポートに入る。

 スクールの活動日を平日に限っているのは、参加生徒が所属するチームの練習や試合に支障が出ないようにするため。練習内容は、所属チームでの練習に“+α”となる個技を磨くことに焦点を当てている。中島は、「決して安くないお金を払っていただくのは、保護者の方にとって大変だと思う。でも、それだけスクールの内容には自信があります」と口にする。

「サッカーではなく、あえてフットサルにしたところが狙いです。フットサルは1試合でサッカーの6倍もボールに触れるという一説もあり、サッカーとは違う楽しさや学びがあると思います」

 中国でプロフットサル選手としてプレーしたこともある現役Fリーガーの高橋コーチの指導は、生徒が楽しむことと自主性を磨くことがモットー。少人数指導の甲斐もあって、過去には10回もできなかったリフティングが250回できるようになったという生徒もいたそうだ。横国大の選手から見ても刺激的で、アシスタントコーチの一人である2年生の渡部圭は、「フットサルならではの多様なフェイントや、細かな技術を教えてくれる」とコーチの立場ながら学びを得ている。さらに、横国大サッカー部には教育学部の学生も多く在籍していることから、スクール開始前に「宿題を教える会」を実施することもあるという。

 Y.S.C.C.横浜フットサルと横国大は、それぞれにフットサルスクールを運営する目的がある。当時、Fリーグ加盟を目指していたY.S.C.C.横浜フットサル(2018年よりFリーグ2部参入)は、地域貢献活動を行うことで地域の人々に存在を認知してもらうこと。また、選手がフットサルで収入を得られる環境を作りたいという狙いもあった。一方、横浜国立大側の目的は、地域への貢献はもちろん、小学生の指導をとおした部員の成長とチームの組織力を高めること。これまで日常的に関わる機会が少なかった「大学生と小学生」、「大学生と地域」という接点をつくることで、双方にメリットがあると考えている。

「大学で部活動としてスポーツを続けている人って、全員とは言えないですが、自分の生活をしっかりとコントロールでき、一つのことにひたむきに打ち込む“芯の強さ”を持った人が多いと思うんです。僕たちとしては、そういった体育会の存在をより多くの人に知ってほしい。そして、人間的な成長の大切さなど、僕たちだからこそ小学生に伝えられることがあると思っています」

 当初は1人、2人と少なかった生徒の数も、スクールの評判が口コミを中心に広まったことで徐々に増えていった。発起人の中島は、今後の展望を次のように語っている。

「やがては生徒を全コースで上限の30人まで増やして、地元の小学生が集まる一つのコミュニティのようにしたいと思っています。地域での知名度や貢献度はまだまだ、これから。このスクール事業をきっかけに大学周辺の小学生が横国大サッカー部を知り、やがてはスクール生が横国大を目指してくれたり、この取り組みを知った中高生が『横国大、面白いことをやっているな』と興味を持ってくれたらいいですね」

[写真]=横浜国立大学体育会サッカー部

■大学4年間…サッカーを遊びでやるか、本気でやるか

 昨年から始まったスクール事業について、横国大サッカー部の全部員が当初から前向きだったわけではない。否定まではしないものの、あまり積極的ではない部員もいた。横国大サッカー部の活動日は週5日。平日3日間の朝練と土日だけで、アルバイトも可能だ。「ザ・体育会みたいな縛りや厳しさがない」(中島)ことはメリットでもあるが、入部に至る動機や熱量がバラバラであるがゆえに、部の活動を強制することはできない。

 例えば、2年生ながら意欲的にスクールの運営に携わっている渡部は、都立三鷹高校の2年時に第93回全国高校サッカー選手権大会に出場した経験がある。横国大の中では数少ない“サッカーエリート”だ。

「高校2年までは、大学に入ったらサッカーはサークル活動として遊び程度でやりたいなと思っていたんです。でも、高校3年の時にリーグ戦全敗という、一生分の負けを味わうような経験をして、『このままじゃ終われない』と思って体育会に入りました」

 しかし、中島や渡部のような部員はごく一部でしかない。「この事業を始めた時、同学年で協力してくれた人はいなくて……みんな内心は『お前、何やっているんだ』と思っていたと思います」と中島は苦笑いを浮かべる。

 それでも中島は、全部員が事業に接点を持つことが大事だと考えた。縛りの少ない横国大がチームとして強くなるには、部内に起きていることをいかに一人ひとりが当事者として意識できるか。それが部員の帰属意識を高め、チームとしてのまとまりを生むからだ。中島はミーティングでスクール事業の現状報告をしたり、「一度は見に来て欲しい」と熱意を伝え続けた。そして、スクール事業の告知活動として近隣小学校へのチラシ配りを行うことになった際には、全部員で13校に出向き、777枚のチラシを配って回った。

 その結果、最近ではスクール事業以外に「戦術班」や「栄養班」といったピッチ外で部のために様々な活動を行う部員が増えてきた。それぞれが得意分野や所属学部での勉強をサッカーに生かす方法を模索している。この様子に中島は「だんだん部員全員の意識が同じ方向に向かってきている」と手応えをつかみつつある。

「関東大学リーグ昇格を目指すなかで、他の強豪チームと比べたら練習量も何もかもが足りないように思うかもしれない。でも僕は、質を高めることに自分たちの強みがあると思っています。サッカーに関することもそれ以外も、いろいろなチャレンジができる環境が横国大にはあるので」

 大学で4年間を過ごすなら、サッカーと学業は切り離して考えるべきではない。中島の理想は、どちらも真剣に取り組み、成長を追い求め続けることにある。

[写真]=フットサルスクール事業を始めた中島(写真右)と、2年生ながら運営を手伝う渡部

■「日本サッカー界をビジネス側から変えていく」

 自主運営を行う大学サッカー部として昨年、筑波大学蹴球部が全国から脚光を浴びたのは、天皇杯でJクラブを次々と撃破した躍進があってのことだった。横国大が今後さらなる知名度の拡大を図るには、やはりサッカーでの結果を残すことは避けられない課題となる。

 その点、今年は大きなチャンスを迎えている。昨年、神奈川県大学サッカーリーグに所属した関東学院大学が『昇格決定戦』を制して関東大学2部リーグに昇格したため、今年は神奈川県の『昇格決定戦』出場枠が2チームに増えたのだ。横国大は春季リーグ戦を終え、2位の松蔭大学と勝ち点3差で3位につけている。来年、首脳学年の3年生となる渡部は、「大学サッカーの注目度を高めていくためにも、絶対に今年昇格したい」と意気込む。「横国大サッカー部を変えたい」と精力的に活動してきた中島の意志を受け継ぎ、ピッチで表現していく覚悟だ。

 そして今年で横国大を卒業する中島は、さらに視野を広げた行動を始めている。サッカーに関わる職業に就くために過ごした大学4年間で、彼の考えに変化が生まれていた。

「サッカー部の幹事や東京都大学サッカー連盟での活動をとおして、様々な人と出会い、いろいろな情報を得ました。その中で感じたことは、サッカー界で生きることの難しさです」

 だからといって、サッカーから離れる選択肢はなかった。

「僕はサッカーが好きで、大学サッカーに本気で打ち込んで、本当にやりたいことを見つけることができました。大学サッカーって、高校サッカーやプロとはまた違った物語があるし、すごく可能性を秘めていると思います。でも、『大学サッカーはお金にならない』というのが現状で、単純にサッカー界で仕事に就くだけでは、その状況を大きく変えるのは難しいと思います」

「だから、就職活動はIT関係を中心に受け、あるJクラブのスポンサー企業に内定をいただきました。そこならサッカーとの関わりを保ちながら、今までとは異なる視点でサッカー界を見ることができると思っています。そこで自分の強みを作って起業し、大学サッカー界をビジネス側から変えていけるような存在になりたい。それが自分の夢です」

 プロを本気で目指す選手にとって、大学4年間は「長すぎる」と言われることもある。しかし、プロになれる選手はほんの一握り。別の道へ進むこととなる選手にとっての4年間は、プレーヤー以外の立場でのサッカーとの関わり方を学べる貴重な時間だ。目の前のことだけではなく、未来を見据えた挑戦を続ける横国大サッカー部のような存在もまた、今後の日本サッカー界を築いていく。

インタビュー・文=平柳麻衣
写真=横浜国立大学体育会サッカー部

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