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大学3年まで無名の存在がプロに殴り込み…国士舘大FW松本孝平「いい意味で自己中心的に」

2017.01.13

 恵まれた体格と走力を武器とする国士舘大学FW松本孝平。高校までは決して有名な選手ではなく、大学入学当時は消防官を目指し学業に専念していた。しかし、大学1年時の11月にサッカーを再開させると、トントン拍子でステップアップを果たし、ついにはプロへの道を切り開いた。今シーズン、名古屋グランパスで戦う若武者は、多くの先達に囲まれながら「“松本孝平”というプレースタイル」を追い求める。

インタビュー・文=峯嵜俊太郎、写真=田口涼

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■高校3年でFWにコンバート

――サッカーを始めたきっかけは?
松本 元々は父親の影響で野球をやっていたんですけど、小学1年生の時に地元のチームが学校のグラウンドでサッカーをやっているのを見て、それが楽しそうだったので始めました。

――当時のポジションは?
松本 いろいろなポジションを転々としていました。ディフェンダーもやっていましたし、サイドハーフとかボランチもやりましたね。

――当時から身長は高かった?
松本 どうですかね。クラスで背の順に並んだ時は後ろの方でした。小学6年生で160センチだったと思います。

――小学6年生の時に股関節の手術をしたと伺いました。
松本 ある時期からプレー中に股関節が痛くて仕方がなくなって、最初に行った病院ではただの炎症と診断されたんです。でも、しばらくしても痛みが取れなかったので、もっと大きい病院で診察を受けたら「大腿骨頭すべり症」という病気だと診断されて、すぐに車いすに乗るように言われてしまいました。それが小学6年生の11月頃のことで、結局またサッカーができるようになったのは中学2年生の夏でした。

――当時は非常につらい時期だったかと思います。
松本 実はそうでもないんです。当時の心境はあまり詳しく憶えていないんですけど、普通に楽しんで過ごしていたと思います。ただ、中学でもサッカー部に入ったんですけど、最初は暇で暇でしょうがなかったですね(笑)。授業が終わったらグラウンドに出て、みんながサッカーをやっているのを座って見てるだけ。もう暇すぎて、サッカーボールより負荷が少なそうな野球ボールでリフティングをしていました。

――復帰後、中学ではFWでプレーを?
松本 いえ、ボランチでプレーしていました。僕がゲームを作っていたんですよ。ただ、身長が高かったので、市の選抜に選ばれた時などはセンターバックもやっていました。

――中学生時代の身長は何センチだったのですか?
松本 卒業する時には178センチでした。中学生時代が一番伸びた時期でしたね

――中学校を卒業後は藤沢清流高校に進学しました。
松本 藤沢清流は練習参加した時にいろいろな練習をさせてくれて、まだ中学生のうちから「暇だったらどんどん練習参加に来なよ」と言ってくれて、とても好印象を持ちました。元々は他の高校に行くつもりだったんですけど、その練習参加がきっかけで藤沢清流に入ることを決めたんです。

――高校では1年生から試合に出ていましたか?
松本 それが全く。1年生の時はずっとサブでした。高校時代も最初はボランチをやっていたんですけど全然ダメで。それなら身長の高さを生かそうと、センターバックをやったんですけどそこでもダメで。それから3年生になってFWを始めたらようやく結果が出て、試合に出られるようになったんです。

――高校3年生からFWを始めたんですね。
松本 実はそうなんです。当時のプレースタイルも今とあまり変わらず、フィジカルを生かして前線で体を張ることが仕事でした。

――高校時代を振り返って一番の思い出を教えてください。
松本 3年生の時の関東大会、桐光学園高校や桐蔭学園高校といった一部の強豪校は参加していなかったんですけど、その大会で準優勝できたことが一番の思い出です。自分個人としても結構点が取れたこともあって、よく憶えています。ちなみに、その大会の県予選の決勝では、その年インターハイで優勝した三浦学苑高校に延長戦の末に勝ったんです。しかもCKからの自分の得点が決勝点になって。もう、めちゃくちゃ気持ち良かったですね。


■消防官を目指して国士舘大に進学

――藤沢清流を卒業後は国士舘大学に進学しました。入学当初はサッカー部には入っていなかったそうですね。
松本 はい、元々消防官を目指して国士舘大に進学したので。サッカーは高校時代の友達と社会人リーグで続けていたので、大学の部活には入らなくていいかなと思っていました。

――そこから入部に至るまでの経緯を教えてください。
松本 社会人リーグ3部では対戦相手があまり強くなくて、歯ごたえがなかったんです。やっぱり、もっと高いレベルでやりたいという思いが強くなって、それなら大学でやろうと。実際に部活に入ったのは1年生の11月頃でした。

――大学ではチーム内で一番下のカテゴリーからのスタートだったと伺いました。
松本 普通に入部していたら入団テストみたいなものがあって、そこから振り分けられるんですけど。僕が入る時期は遅かったので、まずは仮入部という形で一番下のカテゴリから始めました。

――大学のサッカー部に入って苦労した点は?
松本 入部が遅かったので同期の選手の顔をなかなか把握できなかったんです。そのせいで先輩と同期の区別がつかないことがよくありました。同期かと思っていた人が先輩で、挨拶を忘れて怒られることもありました(笑)。

――入部後は2年生でBチーム、3年生でトップチームと、順調にステップアップしています。その間はどんなことを意識してプレーしていましたか?
松本 とにかくコーチが要求すること、チームが要求することをやってきました。特に意識するように言われたのは、前線での運動量や体を張ったプレーですね。そこを意識して頑張ってきたおかげでトップに上がれたんだと思います。ただ、3年生のシーズン開幕前には少し挫折も経験したんです。

――何があったのですか?
松本 リーグ戦が始まる1週間くらい前になって、突然トップチームではなくBチームに行くように言われてしまったんです。理由も分からなかったので結構つらかったです。ちょうど消防官の試験もあったので、いっそサッカーを辞めて勉強に専念しようかとも思いました。でも、その時Bチームのコーチが「絶対に続けるべきだ」と言ってくれて、「じゃあもう少し頑張ってみようかな」って思えたんです。

――実際に開幕してみれば松本選手はトップチームの主力で、その年の関東大学リーグで得点王にも輝きました。
松本 サッカーを続けていて良かったですし、得点王は素直にうれしかったです。ただ、コンスタントにゴールを決めていたというよりは固め取りが多かったので、得点王が取れたのは運が良かったとも感じています。

――国士舘大に入って良かったと思うところは?
松本 こうしてプロ加入が内定しているのは国士舘大に入ったおかげだと思っています。3年生で得点王になれたことはうれしかったですし、2年生の時にIリーグ(インディペンデンス・リーグ)で全国制覇してMVPを取れたことは、僕のサッカー人生で一番の思い出ですね。


■「自分のことを欲しいと言ってくれるクラブに行くことが一番」

――プロを目指し始めたのはいつですか?
松本 サッカーをプレーしている以上はプロになりたいと思っていました。でも、どちらかというとそれは夢みたいなもので、実際にはなれないだろうなとも思っていたんです。

――意識が変わるきっかけがあったのですか?
松本 大学3年生の夏にあるプロチームから練習参加のお誘いを受けたんです。プロの練習は本当に厳しくて、選手の皆さんもすごくうまかった。でも練習を終えてみると、決して届かないレベルじゃないな、頑張れそうだなって思えたんです。

――名古屋グランパスから声が掛かったのはいつのことですか?
松本 3年生のインカレ(全日本大学サッカー選手権大会)が終わった後に名古屋のスカウトの方を紹介していただきました。最初に会った時から「ぜひ獲得したい」と言ってくれて、チームの話をたくさんしてもらいました。そこまで熱心に自分のことを欲しいと言ってくれるクラブがあるなら、そこに行くのが一番だなと思って名古屋に加入することを決めました。

――目標とする選手はいますか?
松本 岡崎慎司選手です。前線で体を張れますし、チャンスを作るのもすごくうまい。気迫のあるプレーに憧れています。ただ、同じプレーをしても意味がないと思っています。自分には自分のプレーがあるので、うまい人のプレーを吸収しながらも“松本孝平”というプレースタイルを確立したいと思います。

――今の松本選手のアピールポイントは?
松本 前線で体を張るプレーや走力には自信があります。裏を取るプレーも得意です。ゴール前での迫力あるプレーがアピールポイントだと思っています。ただ、ポストプレーの精度や周りと連携するプレーはもっと伸ばしていきたい部分です。

――ストライカーとしてはエゴイスティックなタイプですか?
松本 全然(笑)。エゴはもっと持ちたいと思っているんです。ゴール前でも味方に呼ばれると、ついパスを出してしまうことがあります。いい意味でもっと自己中心的になりたいと思っています。

――今後の目標を教えてください。
松本 まずはプロで試合に出ること。あと、泥臭くプレーすることはずっと意識していきたいですね。自分はクラブユースで育ったわけでもなく、昔から有名な選手だったわけでもない。公立校出身ならではの強い気持ちと泥臭さ、雑草魂みたいなものを見せていきたいです。

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 2016年11月3日、自身が所属することとなるクラブのJ2リーグ降格を見届けた直後、彼はSNS上で「これから何するかだ。先を見よう。」と強い言葉を発信した。大学3年生までは名の知れた選手ではなかった松本が備える「雑草魂」は、来る2017シーズン、J2という荒波にもまれることとなる名古屋において、必要とされる素養の一つと言える。
 決して器用ではなく、まだまだ粗削りな部分も目立つ。しかし、心身ともに強い松本のような選手こそ、今まさに名古屋グランパスが求めている選手に違いない。

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