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「しんどい時に人の本質が表れる」…メンタルトレーナーがトップアスリートに教える目標設定のコツ

2015.12.25

インタビュー・文=平柳麻衣 写真=山口剛生、Getty Images(2枚目)
取材協力=ココロゴトカフェ

 スポーツ選手や経営者のメンタルトレーニングを担当する浮世満理子さん。オリンピックの金メダリストを始め、多くのトップアスリートも目標を達成するために実践しているメンタル向上術について、トレーナー視点で話を聞いた。

目標設定って実は簡単ではないんです

――浮世先生は、大きな目標を達成するためには継続することが大切だというお話をされています。その目標達成の方法について、さらに詳しくうかがいたいと思います。
浮世 サッカー選手も含め、多くのアスリートは、ワールドカップやオリンピックに出るといった大きな目標を立てていますよね。ジュニア世代であれば、将来の夢が当てはまります。そこから逆算して、まずこの3年間でここまでいきたい、そしてこの1年間で何をするのか、という3つの目標を立てます。企業で言う長期目標や中期目標と同じことですね。

――目標を立てる際のコツなどはありますか?
浮世 アスリートの場合のポイントは、明確な成長意識から基づく目標設定ができるかどうか。わかりやすくいうと、「サッカーが好きでやっています」というだけでは、アスリートではないですよね。アスリートと、趣味でスポーツをやっている人の違いとして、アスリートは勝つことを前提にスポーツに取り組んでいます。よく若いアスリートに話すのですが、「競技が好きで才能があっても、それだけではアスリートではない。それは、競技が好きで才能があるだけです」と。競技が好きで才能もあって、練習環境に恵まれている、良いコーチがいる、強い学校に行ける、という子供はたくさんいます。でも、そこから本当のアスリートになっていくためには、勝つことが前提になってもその競技を続けられるかどうかの違いだと思っています。

――それが本当のアスリートとスポーツを楽しむ人の違いなのですね。
浮世 でも、アスリートではなくても、アスリート的に競技をすることはすごく大事です。やっぱりアスリート的に競技をしないと成長もしないし、勝っても負けても楽しいというのは、単なる草サッカーに過ぎなくなってしまうので。多くの人が「上手になりたい」とか、「より高みを目指したい」と思って取り組んでいることが、スポーツのアスリート的な良さだと思います。だから目標が必要なのです。趣味でやっているだけなら目標はいらないと思います。日常生活を豊かにするために、時間が空いた時にやればいいだけなので。

――アスリートとしてではなく、部活動などでスポーツをしている場合も目標の立て方のポイントは同じですか?
浮世 まずは自分の夢や目標から逆算して目標設定ができるかどうか。その難しさは、自分と向き合わなければいけないことにあります。自分が何になりたいのか、何者なのか、といったことを探求しなければいけないんです。目標設定って実は簡単ではないんですよ。例えば、1日の目標や1週間の目標を立てる時に、自分がどこまでできるのか、自分にどれだけ実力があるのかがわからないと、適した目標設定ができません。自分のことがわかったら、次はこの1年で本当にやりたいことは何か、そのために今月は何をやるのか、1週間で、1日で、と逆算します。実際にできる、できないは別として、そのように考えることが大事です。

――実際にできなくてもいいのですか?
浮世 もちろん実際にできれば一番いいのですが、スポーツにおいてはけがをしてしまうこともありますし、試合に負けてしまうこともあります。それは仕方がないことなので、まずはできないことを受け入れる。そして、「じゃあ、ここからどうする?」と考えます。負けたことから何を学ぶかが大事なんです。一つダメだったら終わりではなく、常に「何のためにやっているか」を考える習慣をつけることは、サッカーに限らずどんな仕事でも大事です。目標設定をしない人や、目標を設定する力がない人が多いのですが、目標設定をしないと好きなことしか練習しなくなってしまったり、嫌なことを我慢できなくなってしまいます。

モチベーションは他人に上げてもらうものではない

during the Serie A match between SSC Napoli and FC Internazionale Milano at Stadio San Paolo on November 30, 2015 in Naples, Italy.
――最近の例で言うと、長友佑都選手(インテル)は一度レギュラーから外されてしまったものの、再び定位置を取り戻しました。その場合、どんな心理状況だったと考えられますか?
浮世 長友選手の例に限ったことではないですが、人間はしんどい時にその人の本質が表れます。苦しいと感じる時に引きこもったり、不安定になったりするのは、認めたくなくても、それが自分の本質なんです。そういう時に、今日のこの練習が、試合に出た時の1本のシュートや1本のパス、クロスにつながると信じて練習し続けられる人しか、厳しいプロの世界ではやっていけないと思います。「練習してもしなくても結果は一緒だよ」と考えてしまう人が、プロを続けていくのは難しいですよね。極端なことを言えば、「試合に出られるか出られないか」という結果はあまり関係なくて、今日1日で自分が何をやって、どこまでレベルアップをしたのかが大事で、それが試合に出た時の1本につながると信じることが大切です。

――たとえ試合に出られなくても、1日1日の練習に真剣に取り組むことが大事だと。
浮世 そうです。実際、プロ選手の中にも何年も試合に出られない人もいますよね。もちろん試合に出続けることはすごいことなんですけど、出られない選手も多くいるし、世界中の天才と言われる人だってけがやミスをすることもあります。また、チームの戦術や監督の方針で出られないこともあります。そういうことに惑わされないことが大事なんです。

――そういった自分にとってショックな出来事が起きた場合、どう受け入れればいいのでしょうか?
浮世 ショックだと思う必要はなく、それよりも「なぜ出られないのか」という理由をきちんとわかっているかどうかが大切です。監督の方針が自分のプレースタイルと違うのか、自分のレベルが足りないのか。わからなければ監督に聞きにいけばいいと思います。自分が納得する、しないは関係なく、自分より戦力になる選手が11人いるから自分は出られないという事実は変わらないので。実は、何か起きた時に「落ちこんでしまう人」というのは、理由がわからずに落ちこんでいることが多いんです。人間の思考パターンとして、わからないことがあると、勝手に悪いことを想像してしまうんですよ。監督が自分のことを嫌っているとか、自分と仲の悪いあいつが活躍しているとか。たとえ「自分の方が下手だから」と気づいても、無理やり他のところに理由をこじつけ始める。このように、理由が明確ではないことで悩んでいる人は本当に多いです。

――これまで担当してきたアスリートの中にも?
浮世 例えば、去年からプロのサッカーチームを担当させていただいているんですけど、最初、選手たちは「監督はこう思ってると思う」という話ばかりしていました。本当にそうなのかわからないなら、「聞けばどうですか?」と言っても、「いや、なかなか……」と言って。原因がわからなければ、対処しようがありません。

――指導者と選手がコミュニケーションを取りきれていないということですか?
浮世 そうですね。たとえ監督が相手でも、敬意を持って聞きにいけば怒ったりしないと思うんです。言い方が悪かったり、聞き方が失礼だった場合はともかく、「自分もこのチームのためにがんばりたいし、貢献したい。どうすれば自分もレギュラーとして活躍できるんでしょうか」と聞けばいいんです。ただ自分が出たいというのはチームにとっては関係ないので、まずはチームのために貢献したいという姿勢を出すこと。そして「何がいけない」ではなく、「どうすればできるようになるか」を聞いて、得た答えからちゃんと作戦を練らなければダメです。

――そうやって一つひとつステップを踏んでいくことが大事なのですね。
浮世 原因がわかると、自分が上を目指しているのであれば、今度は対策を立てていくしかなくなります。そして、今度は日々の練習の中で実践していきます。その時、まずはやる気を見せることが大事です。やる気がなくてもやる気を表さないと、チャンスは戻ってきません。メンバーを外された途端にやる気を失ってふてくされたり、引きこもったりしてしまう人もいますが、一度レギュラーを外されても、戻れるチャンスがあるというのがサッカーの面白いところだと思っています。もちろん実力がある程度あるというのが前提ですが。やっぱりサッカーには勢いが大事ですし、どんな強いチームでもマンネリ化したり勢いが落ちたりすることがありますよね。そういう時、監督は多少実力が劣っていても、勢いがある選手を使ってみたいと思うはずです。それがレギュラーを取り戻すチャンスになります。それは会社でも同じですよね。まだキャリアがない新人でも、いつも元気で明るくて感じのいい子だったら上司は使ってみたくなると思います。

――たとえ落ちこんでいても、表面上だけでもやる気を見せるべきということですか?
浮世 表面上でやる気のパフォーマンスをしてもダメなので、練習への取り組み方ですね。例えば普段の練習では50本シュートを打ったら終わるところを60本、80本やるとか。練習の量や集中力は一番目に見えて伝わるものなので。

――目標を設定する時、どれくらいのレベルに設定するのがベストなのでしょうか?
浮世 自信を失っている状況であれば、確実に達成できる目標にハードルを下げた方がいいです。例えば、「遅刻せず練習に行く」とか、「ちゃんと練習メニューをやりきる」とか。私がよく言っているのは、毎日プチ目標を立てて達成すること。それを続けていくことができれば、日々自信がついてくるので、次は少し背伸びした目標設定ができるようになります。いきなり高い目標設定をしてもモチベーションが下がるだけなので、まずは確実にできる目標を立てて、自信を取り戻すことが大事だと思います。

――目標を立てた直後は良くても、多くの人は次第にモチベーションが下がってしまうことがよくあります。
浮世 モチベーションは他人に上げてもらうものではありません。他人に上げてもらうモチベーションはエナジードリンクのように、一時的な効果しかないですから。自分の中から作るため、私は毎日「OK日記」を書くことをおすすめしています。自分ががんばったことを毎日5つ書く。「今日は時間どおりに練習に行った」とか、「いつもは50本のところを今日は60本シュート練習した」とか、「大きな声で挨拶した」など、何でもいいんです。この方法を続けて、私が担当していたオリンピック代表選手はスランプから立ち直って、世界選手権でメダルを取りました。スランプだった時は「自分なんて」と言って落ちこんでばかりだったのですが、「OK日記」を続けている間に少しずつ調子が上がってきて、その時にちょうどメンバーにけが人が出て、急きょレギュラー入りすることができたんです。

――トップアスリートも実践しているのですね。
浮世 人間はプレッシャーがかかると、自分ができないところに意識が向いて、力みが出てしまいます。すると、アスリートの場合は練習しすぎてけがをしたり、オーバーワークで体を壊してしまうことがよくあります。だから、できることを自分でちゃんと認めることが大事なんです。また、元日本代表の平瀬智行さん(現ベガルタ仙台アンバサダー)の場合は、レギュラーになれなかった時期に、監督に「どうして出してくれないんですか」と聞きに行ったそうです。そうしたら、すごくいい監督で、「こういうところができてないから、まだ今のままじゃ使えない」とはっきり教えてくれたそうです。そして彼は、自分がチームに貢献できることを考えて、チームの練習が終わってから毎日シュート練習をするようになったと。ある日、足が痛くて居残り練習はやめようかなと思った時も、尊敬する先輩も一緒に居残り、練習をつきあってくれたので、続けたそうです。そういうチームワークもあって、だんだん体のキレが良くなってきて、ある試合でチャンスが来て、シュートを打ったら入って、その1点でチームが勝った時には、涙が出たとおっしゃっていました。

――まさに日頃の練習の成果が出たということですね。
浮世 サッカー選手はその1本のために何千本も練習するんですよね。その何千本の練習の中の1本1本がこの決勝点につながると考えたら、つらい練習もできると思うんです。でも、自信がない時は自分の価値が落ちてしまっているので、「自分なんかが決勝点を決められるわけがない」と考えてしまいがちで、練習できなくなってしまいます。でも、どんなに芸術的ですごいシュートも、突然入るわけではありません。どんなプレーヤーも1週間練習しなかったらシュートは入らなくなると思いますし、パスもディフェンスも同じ。そういう意味で、練習への取り組み方はすごく大事です。

――良いイメージで練習を続けることが大事と。
浮世 例えば、勝利の女神様が「1000本シュート練習をしたらゴールが決まる」と設定したとします。そこでもし、999本で練習をやめてしまったら可能性は0になりますが、1000本打ったら1点入るかもしれない。それが1000本なのか、1万本なのかは誰にもわかりません。だから、信じて練習するしかないんです。大切なのは、自分を信じ続けること。毎日スイッチを入れて、やる気を見せて、自己価値を上げて、1日1日をちゃんと終える。レギュラーを取り戻したかったら、今レギュラーになっている人の何倍もがんばらないといけないんです。ふてくされている時間はもったいないですし、次に来るチャンスを見逃さないことが大事だと思います。

浮世満理子(うきよ・まりこ)
大阪府出身。米国で心理学を学び、「カウンセリングを日本の文化として定着させたい」という理念で、株式会社アイディア ヒューマンサポートサービスを設立。スポーツ選手や経営者のメンタルトレーニングを担当。

ココロゴトカフェ

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