2018.01.01

【インタビュー】「大学サッカー界を変える存在に」…進化を続ける筑波大、主務・堀田雄一郎が示したピッチ外での勝利への執着

筑波大は2017シーズンの関東大学リーグで13年ぶり15回目の優勝を果たした [写真]=筑波大学蹴球部
サッカーキング編集部

 2017シーズンの日本サッカー界を盛り上げたトピックスの一つに、筑波大学の躍進がある。天皇杯で見せた、緻密な分析に基づく勝利に徹したサッカーでの快進撃は、“ジャイアントキリング”ではなく、実力での勝利とも称された。
 強くあること――。それは筑波大の環境を変え、やがては大学サッカー界を変える。そう信じて戦い続けたチームに、主務・堀田雄一郎の存在は欠かせなかった。

インタビュー・文=平柳麻衣
写真=梅月智史、知念駿太、ゲッティ イメージズ、筑波大学蹴球部

 2016年12月18日。筑波大学は13年ぶりに全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)を制し、大学日本一に輝いた。そのチームは中野誠也や北川柊斗、戸嶋祥郎を筆頭に、主力の大半が3年生以下で構成されていた。歓喜に沸く仲間の様子を見つめながら、堀田雄一郎は体の震えを感じた。

「来年はもっと強くなる。本気で日本一を狙えるチームになる」

 その時、堀田は筑波大蹴球部を主務として支えていく覚悟を決めた。

■日本一を目指す戦い。主務が見せた勝利への執着

[写真]=梅月智史

 筑波大においての主務の業務は大きく二つある。「トップチームのマネージャー」と「蹴球部全体の管理・運営」だ。トップチームの練習や試合にはすべて帯同し、選手たちのスケジュールや移動方法を管理。遠征時には宿泊先の手配、交通手段やルートの決定、遠征先での練習場所やミーティング会場の確保、さらには食事メニューもトレーナーの希望を宿泊施設に伝えて調整する。

 蹴球部全体の管理・運営は主に「つなぐ役割」が仕事となる。「先生と部員、大学と蹴球部、OBと現役、地域と筑波大。それぞれのところで部の代表として窓口になり、つなぐ役割を担っています」。そのため、部に関わるほぼすべての情報が堀田を経由し、各担当者へと伝えられていく。ピッチ内のトップがキャプテンなら、ピッチ外のトップに当たるのが主務。ピッチ外のすべてを把握し、円滑に進めるべくコントロールしている。

 堀田はまた、一選手でもある。自身も社会人リーグを戦うカテゴリーで活動しながら、主務の業務をこなしてきた。自チームとトップチーム両方の試合や練習に参加するため、グラウンドでの拘束時間は他の選手の2倍。練習スケジュールは試合開催日によってそれぞれ決められるため、自チームとトップチームのオフが被らなければ1カ月に1日も休みがないこともある。そこに就職活動も加わり、心身が休まる時間はほとんどなかった。

「基本的にはずっとケータイを見ていて、家にいても遊びに行っていても何かあれば対応します。就活中は、インターンに行っている間に連絡が何件も来たりするので、合間の10分休憩で一気に返したりしていました。プライベートの予定も副務に共有していて、僕は音楽が好きなのでよくライブに行くんですけど、『この時間だけはどうしても連絡が取れないから頼むよ』とお願いしたり。学生が相手だと深夜早朝も関係なく連絡は来るので、正直、社会人になってからのほうが楽なんじゃないかなと思うこともあります(苦笑)」

堀田は香川県立高松高出身のMF [写真]=筑波大学蹴球部

 特に2017シーズンの筑波大は、第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会で次々とJクラブを撃破したことで一躍注目の的となり、例年にはない状況に置かれた。

「おかげさまで天皇杯で勝ち進んだ分、すごく大変でしたね。(JR東日本カップ2017第91回関東大学サッカーリーグ戦)前期リーグが終わってすぐに天皇杯、アミノ(「アミノバイタル」カップ2017第6回関東大学サッカートーナメント大会)、総理大臣杯(全日本大学サッカートーナメント)と大会が続いた時は、朝8時頃から夜中の1時くらいまでずっと蹴球部の研究室にこもって仕事をしていました。特に天皇杯の大宮アルディージャ戦前の取材調整は本当に大変で。大学の広報室が動いてくださり、蹴球部として初めて練習取材に関するプレスリリースを報道各社に出したら、1回の練習に15社くらいのメディアが取材に来たんです。それぞれ取材を希望する選手が違うので、あらかじめ確認を取って、なるべく選手に負担のないようにスケジュールを組みました」

 チームが高みを目指せば、主務に求められるものも大きくなる。小井土正亮監督は「ピッチの中で『隙のないサッカーをしよう』と言っているのだから、ピッチ外でもそれを要求するのは当たり前」と言い、細部への気配りを堀田に求めた。

「僕の仕事は選手がスムーズにプレーできるように環境を整えることなので、できて当たり前なんです。でも、御殿場で行われたアミノの1回戦の時、僕は行ったことがない会場だったので、選手の導線について『ここらへんに荷物を下ろして、ここでアップをして』と何となく考えていて……実際に行ってみたら駐車場からの距離が遠かったり、アップする場所が狭かったりとバタバタしてしまい、監督から『どうなってるの?』と怒鳴られてしまいました」

 主務の仕事は、ミスの内容によっては選手のパフォーマンスに影響を及ぼすこともある。それでも堀田は経験を重ねていくにつれて信頼を勝ち得ていった。

天皇杯ではバスツアーを実施。大勢の観客を動員した [写真]=Getty Images

 同学年の中野誠也は、堀田の存在の大きさを語った。「彼の要領の良さは本当にすごいと思いますよ。3、4個の仕事を頼まれても一気に処理してしまうので、部がスムーズに回っているのは彼のおかげだと思います。それに、彼がピッチ外のところで先頭に立って戦う姿勢を見せてくれたことは、後輩たちにも伝わっていると思います」

 中野が言う「戦う姿勢」については、堀田も意識していたところだ。

「筑波大では、勝つためにできることを全部やるのが当たり前。それが監督やスタッフ、部員全員に浸透している考えであり、僕も主務として勝利への執着を見せようと思いました。例えば、学連(関東大学サッカー連盟)が決めたことであっても、理由が分からなければ基本的に攻めます。ある試合で、ウォーミングアップゾーンがベンチ裏のタータントラックと指定されていたんですけど、会場に行ったら室内練習場があったので『使わせてください』と交渉して許可をもらいました」

 3年生の西澤健太は「僕たちがサッカーに専念できるように、本当に気を利かせてくれるんです」とその意識の高さに感嘆する。「常勝」というスローガンの下、勝ち続ける集団を目指し、関東大学リーグで17勝3分2敗と圧倒的な強さで優勝を果たしたチームを、堀田は抜け目のない配慮で支えていた。

■組織の健全さを保ち、選手の主体性を促す

[写真]=梅月智史

 2017年で創部121年と長い歴史を誇る筑波大蹴球部に、堀田は大きな変革をもたらした。実は、入部当初から部内の決まりごとの一部に疑問を抱いていたのだという。

「上級生ができていないことを1年生だけがやらされていたり、『伝統だから』という理由だけで続けていることがあったり。当時は面倒な役回りが全部1年生に回ってきていたこともあって、僕たちが上級生になったら後輩にはやらせたくないなと思っていたんです」

 堀田が主務を引き受けたのは「部を一番変えやすいポジションだから」という理由もある。そこでまず、部内の風通しを良くしようと試みた。筑波大にはサミットや全体ミーティングといった意見交換の場があるが、以前は「下級生は全然発言できないし、少し物音を立てただけでも怒られそうな空気感だった」という。

「それでは全然みんなの意見が出てこないし、ただの幹部の報告会です。僕が3年生になって副務に就任した頃から、当時の主務や同期に協力してもらいながら、話しやすい雰囲気を作ろうと意識しました。例えば、僕たちから1年生に『今、気になることはない?』と毎回意見を聞いたり、ミーティングが練習後に行われる時にはお弁当を食べながら参加してもいいようにしたり。和やかな空気を崩さずに真剣な話し合いをすることは僕が得意とすることでもあったので、空気感はだいぶ変わってきたかなと。今では、理由が分からないルールがあったらすぐに撤廃されたりしますし、組織の健全さにつながったかなと思います」

 組織の健全さが保たれれば、部への帰属意識は高まる。2年生の三笘薫は言った。「堀田さんは僕たち下級生とも距離が近いけど、仕事や時間には厳しくて、やらないといけないところはしっかりと言ってくれるので、組織として一つになろうという意識が感じられます」。そして意見交換が活発になれば、選手たちの主体性は増していく。堀田はある出来事を例に挙げた。

「リーグ第14節の日本体育大学戦の時、応援していた部員たちが最初は楽しそうにやっていたんですけど、少し度が過ぎてしまって……それが小井土監督の耳に届き、その日の夜、僕のところに『全部員に共有しろ』と連絡が来たんです。それで応援をまとめている部員のグループLINEで話し合いが始まったんですけど、『僕たちはこういう思いでやっていた』としっかり理由を言っていて。それに対して試合に出ていた選手は『そんなに気にならなかったから大丈夫だよ』と答えて、選手が気にならないならこのままでいいんじゃないか、という結論になりました。監督に言われたからといってシュンとしてしまうのではなく、自分たちで意志を持って行動できるのは筑波大のいいところだなと思います」

トップチーム以外の選手も含め、一体感を持って活動している(写真は明治大戦)[写真]=知念駿太

 もともと筑波大には、主体性を促す軸となっている局制度がある。天皇杯での躍進を支えたことで話題となった、対戦チームの分析などを担う『パフォーマンス局』のほかに、堀田が所属している『総務局』や『トレーナー局』、『審判局』、『バスツアー局』などがあり、それらは選手たちの意志によって運営されている。

「『パフォーマンス局』の中の班は今でもまだ増えていて、スパイクやシューズに興味がある部員がホペイロ班を作ったり、スポーツ栄養学を研究している部員もいます。また、新たな取り組みとして、スポーツビジネスが好きな部員がプロモーションチームを組んで新規スポンサーを取りに行っていますし、情報学部の部員が中心になってホームページのリニューアルも進めています。ほかにも部員ブログを始めたり、クオリティーの高い試合ハイライト映像を作ったり……まだまだ発展途上ですし、これからもみんなが自主的に考えを持って行動していく集団であってほしいなと思います」

■「ピッチ内外での日本一を目指して」…これからの筑波大に願うこと

[写真]=梅月智史

 2017年4月、筑波大が脚光を浴びるようになる前のことだが、中野が口にしていた。「勝つことで筑波大の強さを証明して、大学サッカーの価値を上げたい。大学サッカーにもっと注目が集まる環境にしていきたい」と。Jクラブへの下克上を果たしたことで、ピッチ内外での取り組みが認められ、その思いは形になりつつある。

「蹴球部公式Twitterのフォロワーは増えていますし、地方からわざわざ筑波大の練習を見に来たという小学生の親子がいたり、来年、再来年に入部したいから見学させてくださいという高校生もいます。クラブチームのコーチから『チームの自主運営の方法を教えてください』と連絡が来たこともありました。少しずつですが、外から見て模範となるような部になれているのかなと思います。それもみんなのおかげです。筑波大にはもともと『サッカーだけやっていればいい』と思っているわけではない選手が入部してくるのと、それを根付かせる文化があります。だからトップチームの選手も推薦入学の選手もみんな違和感なく仕事をやってくれる。そういうところを見ると、僕もまた頑張ろうって思えるんです」

 2017年12月18日。連覇を目指したインカレは準々決勝で惜敗し、4年生は引退を迎えた。「この一年、いろいろとキツかったけど、こうやってバタバタしながらみんなと一緒に戦うことがもうできないのは……寂しいですね」。そう言って涙した堀田に、小井土監督は労いの言葉を贈った。

「筑波大の主務の仕事はおそらく他大の倍ぐらいあると思います。今年は天皇杯もありましたし、学校関係者とのやり取りも取材対応も全部堀田に頼む、頼むって渡しているので。それでも処理してくれるので本当に頼もしかったですし、あいつじゃなかったら回っていなかったと思います」

堀田は小井土監督の“右腕”となり、チームを支えてきた [写真]=筑波大学蹴球部

 堀田は、主務を務める上で目標に掲げていたことがある。それは「ピッチ内外での日本一」。

「ピッチ外での日本一って難しいと思うんですけど、今年は関東大学リーグの運営補助などの仕事で、全大学の中で筑波大だけが減点が1点もありませんでした。それは見えないところで、トップチームに絡んでいない選手が全力で仕事に取り組んでくれた結果です。今後またサッカーで日本一を取った時に、ピッチ外もそれに値するレベルだった、取るべくして取ったと言われるように。それが『筑波大らしさ』として続いていけばいいなと思います」

 屈辱の関東大学2部リーグ降格から這い上がり、日本一も経験した激動の4年間。堀田の原動力となっていたのは、ピッチで戦う選手たちが常々、口にしてきたものと同じ――「強い筑波を証明したい」という思いだった。堀田にとって、勝つためにできることは、選手が少しでも良いパフォーマンスを披露できるように尽力すること。そのための細部へのこだわりが、仲間への思いやりがチームとしての“強さ”になることを身をもって知った。

「筑波大は、大学サッカー界をけん引する存在であり続けなければならない」。脈々と受け継がれる“筑波のプライド”を背負って戦い抜いた堀田の意志は「筑波大らしさ」として、これからの大学サッカー界を照らす力となる。

[写真]=梅月智史、筑波大学蹴球部

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