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長澤和輝はお客様ではなく、即戦力にならないといけない

2014.02.15

 本連載の著者である安藤隆人氏は、元銀行員という異色の経歴を持つサッカージャーナリスト。今では、高校サッカーを中心に日本列島、世界各国を放浪し精力的な取材を行っている。巷ではユース教授と呼ばれる。本連載では安藤氏の“アンダー世代”のコラムをお届けする。

文=安藤隆人

突然だが、私は今、ドイツに来ている。昨日からドイツに入り、しばらくヨーロッパを取材して回る予定だ。

今、ここドイツでは多くの日本人選手がプレーしている。長谷部誠、清武弘嗣、細貝萌、乾貴士、酒井高徳、酒井宏樹、田坂祐介といった選手のほかに、今年から2人の選手がこの国にやってきた。

大迫勇也と長澤和輝。大迫は言わずと知れた日本代表FWで、2部リーグの1860ミュンヘンに移籍し、デビュー戦でいきなりゴールを挙げるなど、衝撃のデビューを飾った。そして長澤は専修大から同じく2部リーグの1FCケルンに加入し、すでにデビューを飾っている。

長澤は千葉の八千代高校出身。私は高校時代の彼をよく取材していたが、非常に賢い選手と言う印象を受けていた。テクニック、スピードはそれほどずば抜けたものではなかったが、それらの生かし方が絶妙にうまい。相手を交わすタイミングやボールを受けるタイミング、スペースに入り込むタイミングが秀逸で、八千代のエースとして前線から中盤に幅広く動いて、効果的なプレーを見せていた。

高校を卒業したらJリーグに行くだろうと思われていたが、彼は専修大学に進んだ。結果としてその選択は正解だった。専修大学でさらに駆け引きのうまさを身につけた長澤は、大学3年になるとJクラブの争奪戦がスタートする選手となり、特別指定先の横浜Fマリノスでは、Jデビューを果たすだけでなく、練習やキャンプなどの存在感は際立っていて、入団すれば即レギュラーのような扱いだった。当時、中村俊輔も「凄くプレーしやすい」と評し、宮崎キャンプで見た時は、中村は常に長澤の動きを視野に入れ、精度の高いパスを何本も通していた。誰の目から見ても、この2人の相性は抜群と思うほど、ホットラインが完成されていた。

大学4年となった昨年は、争奪戦がさらに激化の一途をたどった。それが彼に迷いを生み出し、なかなか進路が決まらない状況に陥った。そして川崎フロンターレに絞ろうとしていた矢先に、ケルンからのオファーが届いた。

「迷いますが、自分の将来なのでじっくり考えたいと思います」

最後のインカレのとき、ドイツに行くのか、Jに行くのかと質問すると、彼はこう答えた。

このとき5分以上は話を聞いたが、内容からしてドイツに心が傾いているようにとれた。

「若手と言っても、もう20歳を超えているし、経験をもっと積まないといけない」

この言葉から、彼が海外挑戦を欲していることが手に取るように分かった。そして、インカレ後、彼はケルン入団という最終決断を下した。

決断をした以上、彼には相当な覚悟がある。ドイツに渡ってしまえば、自分の年齢は決して若手ではない。プロサッカー選手として、激しい生存競争に勝たないといけない。しかもケルンは現在2部で首位を走り、1部昇格に猛然と突き進んでいる最中。彼は決してお客様ではなく、即戦力にならないといけない。

まずは先発確保に向けて、そして自分の決断の正当性を周りに示すためにも、長澤の大きな挑戦は今スタートを切った。

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