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【インタビュー】大久保剛志~元Jリーガーがタイで子どもたちと共に見る夢~

2021.02.08

タイでスクール事業も手掛ける大久保剛志 [写真]=本人提供

 異国の地・タイで挑戦を続けるサッカー選手がいる。ベガルタ仙台育ちの大久保剛志である。

 2014年からタイに渡った大久保はこの冬、2部のネイビーFCから1部のラヨーンFCへと移籍した。約5年ぶりに1部でのプレーを控える大久保は、ピッチ上での挑戦だけでなく、ピッチ外でもタイに貢献しようとしている。

 サッカースクール『YUKI FOOTBALL ACADEMY』を手掛け、タイサッカーの成長に寄与していくことを掲げる。

 タイでのサッカー選手としての挑戦やタイのサッカー事情、アカデミーダイレクターとしての挑戦について聞いた。

インタビュー=小松春生

■日本人選手はタイで厳しい状況にあるが…

ラヨーンFCでプレーすることになった大久保(右)と滝監督(左) [写真]=本人提供

―――ラヨーンFCへの移籍が決まり、タイリーグ2部から久々に1部の舞台へ戻ることになりました。

大久保 タイリーグは例年、Jリーグと同じ春秋制でしたが、新型コロナウイルスの影響で開幕が2020年9月になり、ヨーロッパと同じ秋春制になりました。僕は前期、2部のネイビーFCでプレーしましたが、後期に向かうタイミングでラヨーンFCからオファーをいただきました。年齢的に、将来1部でやれるかわからないので、「ぜひともチャレンジしたい」と。ネイビーFCに伝えたところ、前期終了時に切れる契約を延長したいと言っていただきましたが、1部への思いを理解していただき、移籍が決まりました。

―――ネイビーFCからの評価も受けたが、1部でもう一度チャレンジしたい気持ちが上回ったと。

大久保 そうですね。タイの1、2年目は1部のバンコク・グラス(現パトゥム・ユナイテッド)でプレーしましたが、そこから5年間は2部だったので、もう一度1部でやりたい気持ちが強かったことが理由の一つです。もう一つは、日本人の滝雅美監督が就任したことです。滝さんは昨シーズン王者のチェンライ・ユナイテッドを今シーズンから率いていて、後期から最下位のラヨーンFCに就任されました。すごく熱い方で、なんとか1部に残留させるという思いで就任されたので、その力になりたいと思いました。

―――協会をはじめとした働きかけなどもあり、タイや東南アジア諸国に日本人指導者やコーチングスタッフが多く渡っています。

大久保 タイに限っていえば、西野朗さんが代表監督に就任されてから、いい結果を残されていますので大変感謝しています。ただ、西野監督が来る前は韓国勢の勢いが強く、登録選手のアジア枠を韓国籍の選手がどんどん取っていく状況だったんです。日本人選手がもっと頑張らないといけない、という状況だったんですが、西野監督が日本のクオリティを発揮し、それに続き、ラヨーンFCの滝雅美さんやサムットプラーカーン・シティの石井正忠さんが監督に就任されて、日本人選手も加入するなど、少しずつ増えてきている状況です。西野監督に引っ張られて、いい環境ができあがってきていますね。

■外国籍選手にもっと気配りできた

大久保剛志

ベガルタ仙台在籍時の大久保 [写真]=J.LEAGUE

―――韓国人選手の評価が高いリーグなんですね。

大久保 僕がタイリーグに挑戦したときは、1部から4部まで計70名弱ほどの日本人選手がいました。どのチームもアジア枠はほぼ日本人で、枠外にもいるくらいでした。それが、1〜2年前くらいから韓国人選手が占めるようになり、今シーズン開幕時には1部16チームで日本人選手は4、5名くらいで、それ以外はほぼ韓国人選手がアジア枠に入る状況です。2部は13名と多少日本人選手が多いですが、同様に韓国人選手も多いです。そのことを踏まえると日本人選手はタイリーグでかなり厳しい状況に置かれています。

―――外国籍選手として、“助っ人”という立場の中でも争いがあるという点で、意識の変化はいかがでしょう。

大久保 Jリーグでプレーしている時にチームメイトだったブラジル人選手などは、母国を離れ、大きな覚悟で日本に来ているし、チーム内での少ない外国人枠を必ず確保しないといけないプレッシャーがあって、その姿は見ていたんですけど、当時、もっと優しくというか、接し方はいろいろできたのでは、と思ってしまいますね。今、タイ人選手に話しかけてもらえると嬉しいですし、当時はもっと気配りできたなと。

―――主にチームから求められていることは何でしょうか?

大久保 滝監督就任後は勝ち点を積み上げて最下位を脱出した状況です。まだ降格圏内なので、最大の目標は残留させることですね。監督からはサイドバックとして、しっかり守備ブロックを作ってほしいこと、時間帯によっては中盤に上がって得点に絡んでほしいと言われています。しっかり自分の役割を果たしたいです。チームのフロントからはとにかく残留させてくれということです。ラヨーンFCは今シーズンから初めて1部に昇格したチームですし、なんとか残留したいですね。

―――日本人選手に対して求められることの傾向はありますか?

大久保 日本人らしく真面目というか、気の利いたプレー、ボールのないところでのポジショニングや、チームを助ける動きを高く評価されます。でも、それは韓国人選手も一緒で、気が利くプレーや助け合うところが評価されているので、今は韓国人選手たちの評価のほうが高いという状況です。

■「いつかJリーグでやりたい」と考える選手が増えている

SBとしてプレーすることが多い大久保(左背) [写真]=本人提供

―――タイ人選手の傾向はいかがでしょう。

大久保 足元の技術が高いです。セパタクローという木のボールを蹴り合うバレーボールのような競技がありますが、それが体育の授業に入っているくらいなので。サッカーボールより小さいボールを使って、リフティングより難しいことをみんなが経験しているので、止める、蹴るといった足元の技術はかなりレベルが高いです。ただ、試合中の状況判断やプレー選択は、改善していかないといけない点だと思います。

―――タイのサッカー人気はどうですか? 一時期高まり、その後低下。アジアカップの好成績で、代表の注目度は集まっているようですが。

大久保 確かに2014、5年くらいが盛り上がっていて、現在は落ち込んでいる印象です。観客動員数を見ても、1試合平均1万人を超える試合は少なくなっています。クラブチームはサポーター離れが見られますが、代表戦は毎試合満員ですね。タイ代表については興味・関心が高いようです。

―――タイ代表の主力であるチャナティップ(北海道コンサドーレ札幌)やティーラトン(横浜F・マリノス)といった選手がJリーグで素晴らしいパフォーマンスを示し、高い評価を受けています。Jリーグの認知度はいかがですか?

大久保 タイ人選手の活躍もあって、Facebookで毎試合無料配信されています。特に札幌、横浜FM、ティーラシン選手が在籍していた清水エスパルスの試合は常に見られる環境でした。Facebookでは視聴数も表示されますが、かなりの人がライブで見ていますね。例えば、街中のバーでもJリーグの試合が流れていますし、身近な存在になっています。もともと、タイ人の気質として「家族を大切にする」「タイを出たくない」があるので、国を出て挑戦することを嫌がることもありましたが、今のチームメイトも、「いつかJリーグでやりたい」と考える選手が増えていますし、そういう部分でもかなり影響を与えていると思います。

―――大久保選手はJリーグでの経験もあります。そういう夢を持つ選手に対して、日本とタイの橋渡しになりたいという意識はありますか?

大久保 将来が楽しみな若い選手もいます。でも、例えばプレーの切り替えの遅さを感じる部分があるので、そこは本人が感じないと、なかなか改善されない。若いうちに海外へ出ていって、足りない部分を体感して、その経験をタイ代表につなげる流れがもっと盛んになってほしいので、僕も力になりたいですね。

■タイの子どもたちに日本流のサッカーを教えたい

『YUKI FOOTBALL ACADEMY』を設立 [写真]=本人提供

―――その中で、大久保選手が進めているタイでのサッカースクールがあると思います。

大久保 その通りです。タイサッカー、日本サッカー、それぞれに良さがあります。子どものうちからガンガン行けという指導がタイでは多いので、組織の大切さも教えて行くことができたら、すごく楽しみな選手が出てくると思ったんです。タイ人の子どもたちに日本流のサッカーを教えたい思いも込めて設立しました。

 スクールの名前は『YUKI FOOTBALL ACADEMY』です。僕は宮城県出身で、東日本大震災以降、地元でボランティアのサッカースクールを始めたんです。そこに、サーフィンブランドの『YUKI』さんが、応援の意味で協賛についていただけたんです。毎年1回、宮城県でスクールはやっていて、タイでも続けていたんですが、恩返しできていなかったので、『YUKI FOOTBALL』という名前を使ってアカデミーを立ち上げる相談をして、了承いただきました。なので、名前だけ貸していただいて、アカデミーは運営しています。

―――アカデミー在籍の日本人とタイ人の人数比はいかがでしょう?

大久保 今のところ、9:1くらいで日本人が多いです。ただ、この比率を2、3年かけて、2割が日本人、8割がタイ人くらいの比率にしていきたいですね。

―――タイ人向けのスクールでありつつ、日本人が関わっているから、日本人の子どもも参加できるような形を目指しているということでしょうか。

大久保 最終的にはそうしたいです。木野村公昭さんという方にアカデミーのヘッドコーチをお願いしています。タイリーグで10年ほどプレー経験があって、奥さんがタイ人で、タイ語も堪能な方です。僕もタイ語を日々勉強していますが、いずれはタイ語で自分の経験を子どもたちに伝えられるようになり、力を入れていきたいと考えています。

―――現在は日本人の子どもたちが多い状況ですが、タイの子どもたちとの違いなどはありますか?

大久保 各学年でクラス分けをしていますが、中心選手になるのは、だいたいタイ人です。アカデミーに来て、本気で日本サッカーを学びたい、本気でプロになりたいと考えている子たちなので。日本人の子どもたちは両親の仕事の関係でタイに来ていたりするので、サッカーを楽しくやる、という考えの子もいるので、気持ちで違いがありますね。

―――日本人の子どもたちがタイの子どもたちに触発されたりもしますか?

大久保 もちろんです。立ち上げてまだ半年ほどですが、大会に参加する中で、日本人の子たちの成長も目に見えて出てきました。大会で優勝できるようになるなど、少しずつ結果も出てきて、成功体験をするともっと成長すると思うので、楽しみなチームにしていきたいですね。

■「タイでサッカーアカデミーと言えば」を目指す

子どもたちに丁寧に指導 [写真]=本人提供

―――プロ選手、代表選手を目指すには両親の協力も必要で、その熱量を持っている両親が多くいないと、難しい部分でもあると思います。

大久保 ファン離れの話をしましたが、熱量はかなり多いです。タイは国技としてムエタイがありますが、サッカー人口の方が、明らかに多いですし、サッカー選手が将来の夢だという子も多いです。保護者もプロになって夢を掴んでほしいということで、後押しをしている人も多いので、子どもたちの熱量、ご両親の熱量もすごく感じます。

―――タイでプロ選手になるには、どういったステップを踏むのでしょうか?

大久保 日本ほど整備されていませんが、ざっくり言えば近い形です。有望な選手はプロチームの下部組織に入る。または、サッカーの強い学校に通い、18、9歳のタイミングでプロ契約を結びます。不確かですが、半々くらいの割合だと思います。

―――その中で、スクールの位置づけはどういったものにしたいのでしょうか?

大久保 現在、5歳から15歳までの子どもたちが在籍しています。それ以降は、レベルの高いクラブチームに輩出していくことを描いています。

―――大久保選手も木野村コーチもタイのクラブにいくつも在籍された経験があります。その経験を生かすこともできそうですね。

大久保 ありがたいことに、木野村も僕もいろいろなチームに関わらせていただき、監督や各クラブのオーナーとも仲良くさせていただいています。気軽に直接コンタクトを取れるのが僕らのストロングポイントです。アカデミーから有望な選手が出てきたら、クラブチームに練習参加のお願いしたいと思っています。

―――ビジョンとしては、最大のアカデミーを目指すと。

大久保 タイでサッカーアカデミーといったら『YUKI FOOTBALL ACADEMY』を目指しています。日本人の子どもたちにおいても、ご両親の仕事の関係でタイに来ていることが多く、3年後、5年後には日本に帰りますが、タイで技術を伸ばして、帰国後も通用する、プロを目指せる選手として、成長してもらいたいと思っています。

■頑張っている姿を届けたい

大久保剛志

[写真]=本人提供

―――アカデミーでは練習面以外でも栄養士を用意するなど、様々なサポートをしています。

大久保 タイでそこまでケアするアカデミーは他にないと思います。僕はベガルタ仙台の下部組織に在籍していましたが、選手になるために大事なこととして学んだのは睡眠、練習、食事です。どれか一つでも欠かせたらプロ選手になれません。練習は僕たちに任せてほしいですし、睡眠は家庭でしっかりと取るものです。ただ、食事はある程度、アドバイスできる部分があると感じたんです。練習と食事はセットだと思っていて。いい食事をすると、いい成長を促すので、栄養士さんにメニューを作っていただいて、お弁当を提供するところまで徹底しようと立ち上げ、今も継続しています。

―――選手としてプレーしながらビジネスをする形になります。あえて平行してやることで学びもあると思いますが、得られるものはたくさんあると考えていますか?

大久保 そう思います。当初は僕が子どもたちに教えるという思いで立ち上げたんですが、子どもたちからもらうエネルギーがすごいんです。応援の声をかけてくれたり、試合会場で僕のユニフォームを着ている子どもたちがたくさんいる。逆にパワーをもらっています。

大久保 教えている立場なので、試合でミスをするわけにもいかないですし(笑)。試合中、一つひとつのプレーにも今まで以上にこだわるようになり、その結果が評価されて1部にも復帰できたんだと思います。僕自身のためになっていますし、それが子どもたちにも還元できたらいいなと思っています。

 その反面、プレッシャーもあります。試合のパフォーマンスが落ちたり、ケガが増えてしまうなど、本業でマイナスなことがあれば、アカデミーにも批判の目が向けられてしまいます。でも、それを怖がっていたら何も前に進めないので、自分のやるべきことだけに集中しようと思います。だからこそ、サッカーで結果を出し続けるために頑張ります。

―――最後にタイ1部でプレーする日本人で30歳以上になる選手は細貝萌選手と大久保剛志選手だけになります。細貝選手は日本代表やブンデスリーガでも活躍しましたが、同じ立ち位置にいられることをどう思いますか?

大久保 細貝萌選手は同い年でもあるので、同じカテゴリーでプレーできることは大変光栄です。先日、『YUKI FOOTBALL ACADEMY』の子どもたちにも快くサインと写真撮影をしてくれました。一人の人間としてもとても尊敬しています。僕は今、34歳というベテランと言われる年齢になりましたが、まだまだやれると思いますし、必要とされなくなるまで全力で挑戦し続けるので、応援していただけると嬉しいです。

―――日本から応援している方へのメッセージもぜひ、お願いします。

大久保 僕はずっと仙台で育ちました。ベガルタ仙台のサポーターの方々は息子のように接してくれます。少しでも明るいニュース、ゴウシがタイで頑張っている、ということを届けられるように頑張ります。

By 小松春生

Web『サッカーキング』編集長

1984年東京都生まれ。2012年よりWeb『サッカーキング』で編集者として勤務。2019年7月よりWeb『サッカーキング』編集長に就任。イギリスと⚽️サッカーと🎤音楽と🤼‍♂️プロレスが好き

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