2013.09.03

イタリア移籍が2度目の破談に終わった本田…交渉の行方を振り返る

本田圭佑
移籍期限最終日を終え、長らく報じられたミランへの移籍は成立しなかった本田 [写真]=Getty Images
イタリア・ジャーナリスト協会会員。ミラノ在住。

文=赤星敬子

 日本代表MF本田圭佑(CSKAモスクワ)がミランに移籍できなかったのは、最終的には本田側とミラン側の戦略ミスだったのではないか。本田は昨年1月にもラツィオとの移籍交渉が結局、破談になったという苦い経験があった。

 そのため今回は、代理人である兄の弘幸氏だけでなくミラン側に力添えを頼んだ。ミランのコンサルタントでスペインのサッカー界にも強いエルネスト・ブロンゼッティ氏とファブリツィオ・デ・ヴェッキ氏だ。本田の代理人をしている弘幸氏では国際的なメルカートの経験が不足しているため、完全なバックアップ体制を敷いた。そこまではよかった。本田本人の希望もあり、ミラン側も楽観視していたとみられる。誰がここまでの長丁場を予測しただろうか。

 ただ、いくら欧州、南米などのクラブ、代理人などサッカーの国際舞台に立って交渉を続けてきたミランにとって、ロシア人のものの考え方、金銭に対するシビアな感覚、非常なまでの冷酷さは別世界だったとも考えられる。ラツィオの場合も“破談”になったのは移籍金の額だけでなく、支払い方法がネックとなりCSKA幹部の断固とした決断に屈するしかなかった。だからミランも本田も細心の注意を払って、事にあたるべきだったのだ。

 ミランが、「残り半年足らずで移籍金ゼロになる選手に大金は払えない」気持ちもわかる。本田だけでなく、どんな選手に関してもメルカートの交渉が長引くのは当たり前のこと。ただアドリアーノ・ガッリアーニCEOのコメントにもあるように、「交渉が長引けば長引くほど興味が薄れる」。当の選手も疲弊する。

 CSKAの要求額500万ユーロ(約6億5000万円)に対して、本田の個人スポンサーの協力を得られると決まった後も約1カ月半、金額の差は埋まらなかった。頑なになったエフゲニー・ギネル会長の心を動かせず、事態はこう着したまま時間が過ぎていくばかり。メルカート締切数日前、ガーナ代表MFケヴィン・プリンス・ボアテングのシャルケ移籍が決まり、ミランが最後の賭けに出た。再び合計400万ユーロ(約5億2000万円)のオファーにもCSKA側の返事は同じだった。ミランがレアル・マドリードから、ブラジル代表MFカカを獲得できたことが影響したことも想像に難くない。また一部ではCSKAのスポンサーが本田移籍に難色を示したのではないか、とも言われている。CSKAは年末に本田を無償で譲渡するか、チャンピオンズリーグでの活躍を信じるかを天秤にかけ、最終的に本田の力がグループリーグ通過とチームをベスト16に導くであろう可能性を選んだのだった。

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