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【コラム】“相思相愛“の仲になった酒井宏樹とマルセイユ、出会いは運命的だった

2018.05.17

マルセイユのファンに受け入れられ、良好な関係を築いた酒井 [写真]=︎Getty Images

 マルセイユの人たちは、極東の国から来たアジア人DFの名前を一発で覚えた。

「今日は寒いね〜」を意味する“ça caille” 。「サ・カイーユ」という発音するこの言葉は、「サカイ」と聞こえる。だから、みんなの耳に、酒井宏樹の名前はすんなり入ってきた。

 しかし、このサイドバックのプレーは、「寒い」とはほど遠かった。

『背番号2』は、毎試合ちぎれんばかりに体を張ってゴールを守る。ゴールマウス真ん前に身を投げ出し、相手FWのキックをまともに顔面に受けて流血したこともある。

 そんな「熱い」プレーをする選手こそ、マルセイユのサポーターが求めている戦士だ。かつてこのクラブに所属した、元アルゼンチン代表のDFガブリエル・エインセも絶大な人気を誇ったが、マルセイユのサポーターはことさら、サッカー界でよく言うところの「シャツを(汗で)濡らす選手」を評価する。この言葉には、文字どおり走り回って汗だくになるということ以外に、仲間のために汗を流せる、労をいとわず身をチームのために投げ出せる、という献身的な意味が込められている。そして酒井もエインセ同様、そんなユニフォームを汗みどろにしてチームのために奮闘する選手だ。まだディフェンダーとしての実力を図りかねている入団当初から、ファンたちは「サカイはチームのために身を粉にしてプレーする。彼はきっとこの街のファンに気に入られるよ」と印象を口にしていたものだ。

マルセイユ

チームのために尽くす選手には心から声援を送る。それがマルセイユの人たちだ [写真]=︎Getty Images

 とはいえ、ハッスルプレーだけで人気を保てるほど、この街のサポーターは甘くはない。チームの勝利に貢献できなければ、早々に葬られる。しかし、その面でも酒井は、マルセイユサポーターの厳しい評価をクリアした。

「毎試合、ゴールに直結する好クロスがある」
「ストライカーに決定力さえあれば、酒井は今ごろ10アシストは記録している」

 これらは、サポーターサイトのコメント欄にあったもの。右サイドでコンビを組むフロリアン・トヴァンが昨年、フランスのA代表に招集された時に「サカイのおかげ」と礼を言ったのは有名な話だ。

 そして、厳しい分だけとことん人情派でもあるのがこの街の特徴。同じようにプレッシャーは厳しくても、そこが首都クラブ、パリSGとの違いでもある。奮闘する酒井を応援しようと、『SAKAI 我々の侍』と日本語で書かれた横断幕がスタンドに掲げられたこともあった。地元記者たちも、マルセイユの大事な戦力となった酒井を取材する私たち日本人にも温かく接してくれる。

 酒井はマルセイユが合っている理由を、「自分は昔から集中力がないので、プレッシャーが多い分限りなく集中させてくれる」と話していた。もちろんそれだけではない。生活面では、こまごまと面倒をみてくれる大家さんをはじめとする周囲の人に恵まれた。気候は晴天も多く、碧い地中海は美しい。そんな心地良い環境の中で家族と営む日常生活にも不満がない。

マルセイユ

マルセイユはフランス南部に位置する港町 [写真]=小川由紀子

 酒井にとってマルセイユは公私ともに満たされる場所だった。

 そしておそらく、マルセイユの人たちに一番響いたのは、酒井のそんな「マルセイユの、クラブも街も人も好きで好きでたまらない」という彼の全身から溢れ出る思いだ。

 4月12日のヨーロッパリーグ準々決勝セカンドレグ、対ライプツィヒ戦で、酒井は待望のマルセイユ初ゴールを挙げた。その時、彼以上に喜んでいたのが、監督やチームメートだった。

 この日は酒井の28回目のバースデーでもあった。彼と同じ誕生日で、リュディ・ガルシア監督からお祝いメールをもらったというテレビ局のディレクターは、メッセージに「うちのサカイも今日が誕生日なんだ」と書かれていたと笑っていた。ガルシア監督が酒井を可愛がっているのは周知の事実だが、そのディレクターも「どんだけ好きなんだよ!」と思わず吹き出してしまったという。

 この街とクラブをとことん愛し、自分のキャリアを賭けて全身全霊で挑戦する酒井の姿勢と、プレーに妥協はしないが、この街のクラブのために全力を尽くす選手には心から声援を送る、というマルセイユの風土が、見事にマッチングした。

 これはサッカー界のハッピーマリッジだ。酒井とマルセイユの出会いは、運命的だったような気がする。

文=小川由紀子

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