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【インタビュー】高評価の移籍1年目、酒井宏樹が感じたハノーファー時代との変化とは

2017.07.13

フランスでの1年を振り返った酒井。その表情には充実感が滲んでいた [写真]=NIKE

 フランス人は想像以上にルーズらしい。

 私の思考回路は単純なので、フランスといえばパリ、パリといえばおしゃれ、という結論に達してしまう。シャンゼリゼ通りには有名ブランド店が並んでいるし、パリジェンヌたちは毎日ファッションを楽しんでいて、彩り鮮やかに盛り付けられたフレンチが食べられる(フランスに行ったことは1度もないが……)。挨拶を大切にする印象も強い。礼儀正しい方々はきっと時間もきっちり守って……はくれないらしい。

 約束の時間に現れないなんて当たり前。バスや電車が定刻に発着することはほとんどなく、コンサートも時間通りに始まることはめったにないという。「パリコレ」もスケジュールなんてものは、あってないようなものだ。

 でも、そんなおおらかな国民性が、“自称ルーズ”な酒井宏樹には合っていたようだ。

 昨夏に加入したオリンピック・マルセイユの本拠地は、パリから直線距離で約780キロの地中海に面したところに位置する。「場所はめちゃくちゃいいですね。街の人たちがのんびりしていて心地いい。温かい人ばかりで、たくさんサポートしてもらいました」。温暖で過ごしやすい港町に家族で暮らす酒井は、「ストレスを感じることなく、サッカーだけに集中できた」と自然体のまま街に馴染むことができた。

酒井宏樹

 移籍1年目のシーズンは、本人もびっくりの高評価を受けた。リーグ戦35試合に出場し、うち34試合が先発出場という事実を見れば、彼がどれだけチームに必要とされているかが分かるだろう。

「正直、20数試合出られればいいかな、と思っていたんです。競争もありますし、ヨーロッパリーグ出場を目指して選手を入れ替えながら戦うだろうと予想していたので。ただ……」

 そう、ふたを開けてみれば、オーナーは代わり、メンバーは一新され、途中で監督が交代するという慌ただしい1年だった。同時期に完全移籍やレンタル、復帰(レンタルバック)でマルセイユに入った選手は19名。ほとんどの選手と同じスタートラインに立てたのは良しとしても、無統制なチームになってもおかしくない状況だった。「運もありますけど、うまくアダプトできた。こんなに評価されるとは思っていませんでしたから」。酒井はそう笑って振り返るが、もちろん運だけで結果を残せるほどサッカーは甘くない。

 リーグ・アンで対峙する敵は新キャラばかりで、能力は未知数だったはずだ。ましてや、試合前にコーチが教えてくれる情報はいつも「あいつは速い」ということだけ。酒井は次第に、事前の情報収集に時間を割くようになったという。

「情報がないので、ビデオをちゃんと調べるところから始めましたね。左利きなのか、右利きなのか。癖はあるのか。それでも相手をリスペクトして、『対面する選手は自分よりもポテンシャルが高い』と思いながら試合に入るようにしました」

 情報が乏しい敵ほど自分を“踏み台”にしようと意気込んでくる。近年、優勝争いから遠ざかってはいるものの、マルセイユはフランス随一の人気を誇る名門クラブ。向かってくる相手のモチベーションは高く、その姿はまるでバイエルンに一泡吹かせてやろうと闘志をむき出しにしていたかつての自分のようだったという。「マルセイユの選手を抜いたら、自分の評価につながると思っている。だから、上位対決よりも一対一は強くて、油断できなかった」。言うなれば、ハノーファー時代とは逆の立場になった。そのメンタルで1シーズンを通して戦えたことだけでも、ものすごく価値があることのように思う。彼自身もそう実感しているのだろうか、「継続」という言葉を繰り返した。

「2年目が大事ですよね。期待されていないところから始まったので、『できるじゃん』という振れ幅が大きかったと思うんですよ。この幅をまた出せるかどうか。継続と思っていたら、絶対に継続はできない。自分が上に行くと思って、ようやく継続できると思うんです。人間、下がるのは簡単。強い心をしっかり持って、頑張っていきたいです」

酒井宏樹

 2018年にはロシア・ワールドカップが待ち構えている。だからより一層、飛躍の年にしたいだろうと思っていたら、「僕はW杯を目標に設定できないんですよ。どうしても」と返され、なんだか肩透かしを食らったような気持ちになってしまった。そもそも、昨夏の移籍決断もW杯を見据えてのことだろう、と勝手に考えていたのだ。誤解がないように言っておくと、「日本代表でプレーしたくない」とか、「W杯なんてどうでもいい」とか、そんな気持ちでいるのではない。酒井いわく、1年の5分の4くらいは所属クラブにいて、その場所でどれだけ自分が成長できるかが重要であり、その先に日本代表があるのだという。「W杯は、クラブチームで頑張った自分へのご褒美みたいなもの」。そう言って、酒井は優しい笑みを浮かべた。

 フランス人は家族との食事を大切にするらしい。特に夕食は会話をしながら、時間をかけて楽しむ。そうやって穏やかに1日を終える。ゆったりとした時間が流れるマルセイユで、酒井は一歩ずつ成長の階段をのぼっていく。

インタビュー・文=高尾太恵子
取材協力・写真=ナイキジャパン

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