2019.01.24

ボアテングの他に誰がいる?…オーバー30で“バルサ入り”を果たした選手たち

現在31歳のボアテングがバルセロナへレンタル移籍を果たした [写真]=Getty Images
「フットボール」と「メディア」ふたつの要素を併せ持つプロフェッショナル集団を目指し集まったグループ。

 バルセロナは21日、サッスオーロに所属していた元ガーナ代表FWケヴィン・プリンス・ボアテングを今シーズン終了までのレンタルで獲得することを発表した。

 同クラブは今冬、スペイン人FWムニル・エル・アダディをセビージャに放出。後釜として白羽の矢が立ったのがボアテングだった。同選手は1987年3月6日生まれで、現在31歳。“オーバー30”で実現したビッグクラブへの移籍について、本人も「本当に素晴らしいこと」と喜びを口にしている。

 過去を振り返れば、30歳を過ぎて“バルサ入り”を果たした選手たちは他にもいた。今回は、21世紀以降に夢の移籍を実現したプレーヤーたちを紹介する(バルセロナでの成績は公式戦のもの)。

写真=ゲッティイメージズ

アルトゥーロ・ビダル(MF/チリ代表)


生年月日:1987年5月22日
バルセロナ加入(当時の年齢):2018年8月(31歳)
バルセロナでの成績:25試合・2得点 *1月24日現在

1年でバルセロナを退団したパウリーニョの穴を埋めるべく、昨夏の移籍市場でバイエルンから加入。シーズン開幕当初は出番が限られていたが、レアル・マドリードとの“エル・クラシコ”で初得点を挙げると、中盤戦以降はスタメンで出場する機会も増えてきた。今月21日には、長男のアロンソくんがバルセロナのアカデミー入団を目指してトライアルに挑戦中であることを明かしている。

クラウディオ・ブラボ(GK/チリ代表)


生年月日:1983年4月13日
バルセロナ加入(当時の年齢):2014年7月(31歳)
バルセロナでの成績:75試合・0得点

レアル・ソシエダで8年間プレーした後、2014年夏に加入。当時31歳だった。1年目はラ・リーガで開幕から755分にわたって無失点を継続。最終的に37試合に出場し、チームの優勝に貢献した。同期入団のマルク・アンドレ・テア・シュテーゲンと出場機会を分け合ったが、在籍2年間で公式戦75試合に出場。2016年8月からは、マンチェスター・Cに所属している。

ジェレミー・マチュー(DF/元フランス代表)


生年月日:1983年10月29日
バルセロナ加入(当時の年齢):2014年7月(30歳)
バルセロナでの成績:91試合・4得点

2014年夏に5年間在籍したバレンシアを退団してバルセロナに加入。当時30歳の選手に2000万ユーロ(現在のレートで約25億円)の移籍金が支払われたことが物議をかもしたが、ピッチ上で素晴らしいパフォーマンスを見せて批判を一蹴。1年目から公式戦40試合以上に出場し、3冠達成に貢献した。しかし、2年目以降はチーム内での序列を下げ、2017年夏にスポルティングへ移籍した。

ホセ・マヌエル・ピント(GK/スペイン)


生年月日:1975年11月8日
バルセロナ加入(当時の年齢):2008年1月(32歳)
バルセロナでの成績:公式戦90試合・0得点

2005-06シーズンにはセルタでサモラ賞(1試合平均最少失点GK)を受賞した実力者だが、バルセロナでは第2GKを務めた。2013年3月には37歳121日でラ・リーガの試合に出場。リーグ戦におけるクラブ最年長出場記録を樹立した。同胞の後輩にあたるリオネル・メッシとは非常に仲が良く、2017年夏に母国アルゼンチンで行われた結婚式にも招待された。

※1月24日17時20分、記事中の「ホセ・マヌエル・ピント(GK/アルゼンチン)」と誤って表記していた箇所を「ホセ・マヌエル・ピント(GK/スペイン)」と訂正いたしました。

リリアン・テュラム(DF/元フランス代表)


生年月日:1972年1月1日
バルセロナ加入(当時の年齢):2006年7月(34歳)
バルセロナでの成績:58試合・0得点

フランス代表が初のワールドカップ優勝を果たした時の主力メンバーで、同代表の最多出場記録を保持するレジェンド。バルセロナに加入したのは、2006年夏のこと。八百長事件のペナルティとしてセリエBに降格したユヴェントスから加入した。しかし、当時のバルセロナは過渡期にあり、獲得したタイトルは2006年のスーペル・コパのひとつだけだった。2シーズン在籍したあと、パリ・サンジェルマンへの移籍が発表されたが、心臓の問題が発覚したため、現役引退を余儀なくされた。

デメトリオ・アルベルティーニ(MF/元イタリア代表)


生年月日:1971年8月23日
バルセロナ加入(当時の年齢):2005年1月(33歳)
バルセロナでの成績:6試合・0得点

“メトロノーム”の愛称で親しまれたイタリア屈指のゲームメイカー。負傷者続出の緊急事態を受け、2004-05シーズンの冬の移籍市場で急遽バルセロナ入りが決まった。ミラン時代の元チームメイトで、当時バルセロナを指揮していたフランク・ライカート氏のもと、公式戦6試合に出場。わずか半年の在籍だったが、リーグ優勝を経験し、シーズン終了後に引退した。

シウヴィーニョ(DF/元ブラジル代表)


生年月日:1974年4月12日
バルセロナ加入(当時の年齢):2004年7月(30歳)
バルセロナでの成績:128試合・3得点

ブラジル出身の左サイドバックで、アーセナルやマンチェスター・Cでもプレー。2004年夏にバルセロナに加入すると、2度のチャンピオンズリーグ制覇や3度のリーグ優勝に貢献した。現在、クラブのスポーツディレクターを務めるエリック・アビダル氏は、左サイドバックのポジションを争うライバルだった。

ヘンリク・ラーション(FW/元スウェーデン代表)


生年月日:1971年9月20日
バルセロナ加入(当時の年齢):2004年7月(32歳)
バルセロナでの成績:59試合・19得点

ズラタン・イブラヒモヴィッチと並ぶ、スウェーデンの伝説的なストライカー。2004年夏にセルティックからフリートランスファーで加入。1年目はケガなどもあって公式戦17試合に出場に留まったが、1年の契約延長オプションが行使されると、2年目に本領を発揮した。リーグ戦では二桁得点を記録して連覇に貢献。さらにバルセロナでのラストマッチとなったチャンピオンズリーグ決勝では、途中出場から2アシストを記録してチームを逆転優勝に導いた。

エドガー・ダーヴィッツ(MF/元オランダ代表)


生年月日:1973年3月13日
バルセロナ加入(当時の年齢):2004年1月(30歳)
バルセロナでの成績:20試合・1得点

驚異的な運動力と闘争心で、「闘犬」と呼ばれたオランダの名選手。2004年1月にユヴェントスからのレンタルでバルセロナに加入すると、持ち前のハードワークで低迷していたチームの起爆剤となった。中盤ではシャビ・エルナンデスが持ち前のパスセンスを発揮できるようになり、前線ではロナウジーニョが躍動。シーズン後半戦の快進撃をピッチ中央で支えた。わずか半シーズンの在籍だったが、スペインに強烈なインパクトを残した。

リュシュテュ・レチベル(GK/元トルコ代表)


生年月日:1973年5月10日
バルセロナ加入(当時の年齢):2003年7月(30歳)
バルセロナでの成績:7試合・0得点

トルコ代表の守護神として、2002年の日韓ワールドカップで母国の3位入賞に貢献。その活躍が評価されて、2003年にフェネルバフチェからバルセロナに加入した。背番号1を託されたが、言葉の壁とユース育ちのビクトル・バルデスの台頭もあって、ゴールマウスを守ったのは公式戦7試合のみ。スペインでの挑戦は1シーズンで終わりを告げた。

ロベルト・ボナーノ(GK/元アルゼンチン代表)


生年月日:1970年1月24日
バルセロナ加入(当時の年齢):2001年7月(31歳)
バルセロナでの成績:74試合・0得点

2001年夏、31歳にして初の海外挑戦を決断し、リーベル・プレートからバルセロナに移籍。アルゼンチン代表プレーヤーとして大きな注目を集めたが、ファンを納得させるパフォーマンスを披露できず、やがてビクトル・バルデスに定位置を奪われた。2003年に退団すると、レアル・ムルシアを経て、アラベスに加入。同クラブでは、サガン鳥栖の新監督に就任したルイス・カレーラス氏とチームメイトだった。

(記事/Footmedia)

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