新たなスタートを切ったスペイン代表 [写真]=TF-Images/Getty Images
3万3732人が埋めたマルティネス・バレロのスタンドが、指揮官の名を連呼するほどだった。「コールされるのは恥ずかしかった」とルイス・エンリケ本人は話したが、エルチェのスタジアムにやって来た人間だけでなく、テレビで観戦していた国民も声を大にしてテクニカルエリアに立つ男に伝えたかったに違いない。ロシア・ワールドカップでの不甲斐ない敗戦の後ならば、なおさらだろう。そのワールドカップで準優勝という快挙を果たしたクロアチア相手に6-0で完勝したのだから。
ワールドカップ後に就任した新監督は「(代表活動のスタートがこんな風になると)考えることも想像することもできなかった」と語ったが、スペインの大半の人も同じだろう。レアル・マドリードとバルセロナのライバル関係、良好ではなかったメディアとの関係、個性の強さ。就任当初はあれほど地元メディアに懸念材料を網羅させれていたが、フタを開けてみたら、結果だけでなく、パフォーマンスも文句のつけようがなかった。新生スペイン代表は華々しいスタートを切った。その中心にいるのはルイス・エンリケだ。
現役時代はスペインの2大クラブでプレーし、かつ監督になってからもバルセロナで成功を収めたルイス・エンリケは、個性が強く、ビセンテ・デル・ボスケ、フレン・ロペテギ、そしてフェルナンド・イエロといった歴代の監督と比較するとピッチ外の事に話題が集まった。個人的な感情によるジョルディ・アルバの不選出、食事中の携帯電話禁止など選手への厳しい取り締まり、勝手に推測されるキャプテンのセルヒオ・ラモスとの関係など。
だが、ウェンブリー・スタジアムで行われたUEFAネーションズリーグでワールドカップ4位のイングランド代表に勝利し、ワールドカップファイナリストのクロアチア代表に大勝すると、そんな些細なことはどうでもよくなったのか、ルイス・エンリケの監督としての器量がクローズアップされた。
黄金期を築いたジョゼップ・グアルディオラの影響を悪い意味で拭いきれなかったバルセロナをアップグレードさせ、就任初年度に3冠を達成した指揮官は、スペイン代表でも同じミッションを遂行しようとしている。
大きく取り上げられているのが、クロアチア戦の先制点、サウール・ニゲスのゴールだ。スペイン紙『アス』はこう記していた。
「ゴールは、19本のパスをつないだ後に生まれた。左サイドでボールを持ったS・ラモスが右サイドを駆け上がったダニエル・カルバハルへのロングパスでサイドチェンジをした。先のワールドカップでスペインは1試合平均22本しかロングパスを狙っていなかった。それがクロアチア戦では、34本のロングパスを狙った。サイドチェンジ、相手の背後のスペースを狙うなど、ゴールへの可能性が最も高ければ積極的にロングパスを活用するという指揮官の狙いが見える。ボールポゼッションは70パーセントと相変わらず高いままだが、ロングパスの本数が示すように、縦への意識がワールドカップのチームとは違った」
S・ラモスのサイドチェンジを受けたカルバハルは、すぐさまクロスをあげた。アウトサイドで繰り出されたボールを走り込んだサウールが勢いそのままに豪快にヘディングで叩き込んだのだが、カルハバルがクロスをあげた時点で、サウールだけでなく、マルコ・アセンシオ、イスコ、ロドリゴ・モレノと実に4人もの選手がエリア内にいた。ターゲットは1人ではない。2列目からも積極的にゴールを狙う、前線に顔を出す。チームのゴールへの意思が見て取れるシーンだった。
パス成功数はクロアチアの303本に対して781本。ボールポゼッションを高め、ゴールを狙うというアイディンティティは失われていない。同国が誇るスタイルを過去の遺産ではなく、きっちり継承しつつ、ルイス・エンリケはチームを現代化させていた。
2試合を終えて、新指揮官が率いるアセンシオ、ダニ・セバージョス、サウールらを中心とした代表への期待は大きい。クロアチア戦のような内容も結果も伴ったスペクタクルを観せられたら、希望を持つなという方が難しい。とはいえ、1度痛い目に遭った人間は、当然ながら警戒心をなかなか解こうとしない。未曾有の甘美の後に2014年、2018年のワールドカップ、2016年のユーロで失望を味わった国民は言う。
「ロペテギの時も予選では無敗だったし、パフォーマンスもよかった。でも本大会ではどうだった?」
最高のスタートとはいえ、復権への道のりは始まったばかりだ。
文=座間健司
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By 座間健司