ルイス・エンリケが、スペイン代表監督に就任した。マドリード寄りのスペイン紙『アス』は「論争を引き起こす代表監督」、「最も危険な決断」と報じた。ルイス・エンリケの指導者としての実績は、言わずもがなすばらしい。
バルセロナBを2部に昇格させて頭角を示し、ローマ、セルタをそれぞれ1シーズン率い、そして2014-2015シーズンから指揮したバルセロナではチャンピオンズリーグ(CL)、2度のリーガ・エスパニョーラ制覇など3シーズンで9タイトルを手にした。今年の初夏には、メディア上ではチェルシー、パリ・サンジェルマンなどビッグクラブの指揮官候補として名が挙がっていた。しかも48歳と若く、今後10年は欧州のフットボールをけん引する監督の1人だ。脂がのり、かつ実績がある有能な人材がよく、年に数試合、ビッグタイトルが懸かった大会が2年に1度しかない代表監督という職を引き受けたものだ。
とはいえ、欧州の強豪クラブからオファーがなく、無職がゆえの消去法でスペイン代表の話を受け入れたわけではないようだ。それは彼のコメントやその振る舞いからも伝わってくる。7月19日の就任会見でルイス・エンリケはこう宣言した。
「(スペインサッカー連盟)会長、そして役員会の信頼に感謝している。代表監督の意味を私は知っている。なぜなら幸運なことに私は(現役時代に)この家に何年もいたし、この挑戦にとても希望を抱いている。そして、今後何年かで大事なタイトルを制覇するために私たちはここにいる。そのために!」
同連盟の演出同様に、スペイン代表復権を誓う力強いメッセージだった。
そんな新代表監督だが、マドリード寄りの地元紙の指摘のようにいくつかの疑念もある。
まずはマスコミとの関係だ。バルセロナの監督時代にその無愛想な受け答えもあって、メディアとの関係は悪かった。代表監督になっても、メディアとの軋轢が生まれるのではないかと危惧されている。連盟会長ルイス・マヌエル・ルビアレスはその点について「代表には2つの環境がある。内部と外部だ。ルイス・エンリケがキャラクターの強い人間だというのは分かっているし、プレスと問題があったことも分かっている。だけど、今は内部でも外部でも良くなることを私たちは期待している」とコメントした。
そしてもう1点が、レアル・マドリードとの関係だ。現役時代にレアル・マドリードからバルセロナに移籍したという過去があり、監督としてバルセロナを指揮した。現役時代にはサンティアゴ・ベルナベウでバルセロナのユニフォームを着て、得点が決まると派手に喜んでいた。カタルーニャ自治州政府庁舎でタイトルを祝っている時の彼の「ビスカ、バルサ! ビスカ、カタルーニャ!(バルサ万歳! カタルーニャ万歳!)」の叫びは、長年マドリディスタの脳裏に焼きついているだろう。このようにルイス・エンリケがどちらの古巣をより愛しているからは、明白だ。就任会見で新代表監督はこうコメントした。
「アンチ・レアル・マドリード? 私は何のアンチでもない。批評は私を不快にするものではない。政治の話はしない。私は自分であることを誇りに思う。私は、カタルーニャ州に住むアストゥリアス人であり、スペイン人あることに誇りに思うし、カタルーニャ人であることも誇りに思う」
メディアは、代表のキャプテンであり、近年はロッカールームを取り仕切っていたセルヒオ・ラモスとルイス・エンリケが衝突するのではないかと推測する。なぜならば、監督就任が決まってから両者は電話で話をしていないし、セルヒオ・ラモスもSNSでルイス・エンリケを歓迎するような投稿をしていないからだ。
ただ、たったそれだけの判断材料で両者の関係が悪いと推測されているのが実情で、セルヒオ・ラモスという具体名を挙げて選手との衝突の可能性について話しているのはメディアだけだ。スペインスポーツラジオ番組のレポーターも「なぜセルヒオ・ラモスの名前が挙がっているのだろう」と同業者のネタ作りには苦笑していた。選手との不仲ならば、バルセロナの監督時代のラストシーズンでスタメンが与えられず、関係が悪いと言われているジョルディ・アルバの名前がもっと大きく挙げられてもいいはずなのだが。
まだメンバー発表も試合もしていないので、こういった話題に焦点が当てられるのは当然だ。だが、この国では代表の話題でも、ことサッカーになると2大クラブから切り離せないのが、改めてよく分かった。
スペインは2014年のワールドカップ、2016年のユーロ、そして今年のワールドカップで好戦績を残せず、特にメディアは自分たちのスタイルに懐疑的になっている。7月9日のスペイン紙『アス』のインタビューでシャビは「僕たちがプレースタイルを変えてしまえば、大きな間違いになるだろう」とコメントしていた。ルイス・エンリケも元同僚と同じ考えのようだ。就任会見でスペイン代表のスタイル、プレーコンセプトについては今までの路線を継続すると明言した。
「ルイス・アラゴネスが(代表チームにプレースタイルの)鍵を与えてくれた。私たちはタレントがあり、抜け目のないずる賢さを備え、インテリジェンスがあり、フィジカルがとても強くはない選手たちを抱えている。私は今いる選手たちを見るのが好きだし、彼らが代表に提供していたプレーも好きだ」
一方で、こうも話した。
「ルイス・アラゴネスのスタイルを続けていくだろう。ただし、進化させていかなければならない。プレースタイルは進化できる。バルセロナで私はそれを経験してきた。私たちがバルセロナに到着した時に、チームには唯一のスタイルがありながら、タイトルを勝ち取れていなかった。このスタイルを続ける。それは代表選手のプロフィールにもよる。だけど、色合いをつける。プレスを向上させ、守備を向上させ、決定機をつくる。週に1日しかなくても、代表チームは可能な限りひとつのチームにならなければいけない」
「戦術、戦略を進化させなければいけない。最も難しいのはフィニッシュの部分だ。しかし、向上しなければならない箇所はもっと多くある。また選手たちがどう感じ、どう思ったのか。彼らのフィードバックも必要だ」
ルイス・エンリケはバルセロナでは、チームの基軸を前線に移動させた。シャビのパフォーマンスの低下と同時に前線に世界でも屈指のタレントを持ったアタッカー、MSN(リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマール)を擁していたこともあり、前線の3人の攻撃力を活かそうと、ボールポゼッションから速攻への比重を大きくした。その結果、多くのタイトルを勝ち取った。代表では、どんな手腕を見せるのか。
ルイス・エンリケの契約は2020年までだ。スペイン代表にとって初めての試合は、1920年8月28日、ベルギーのアントワープオリンピックでのデンマーク戦だった。ルイス・エンリケの契約終了時にちょうど100年となる。53番目の代表監督はそんなメモリアルな年までにスペインを再構築し、タイトルを手にできるだろうか。
文=座間健司
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By 座間健司