2018.04.20

【アトレティコ流クラブ改革の真実④】売り時を見誤らない決断力と強かな経営戦略

シメオネ監督(左)の存在はチーム成績だけでなくクラブ運営にも好影響をもたらしている [写真]=Getty Images
2006年にドイツワールドカップ観戦を経てバルセロナへ移住。現在はバルセロナとスペイン代表のフットボールを堪能しつつ、取材・執筆活動に励む傍ら、生涯現役を目標に立ち上げた日本人フットサルチームで毎週スペイン人たちと削り合っている。

 ディエゴ・シメオネが監督に就任して以降、アトレティコ・マドリードはスペイン第3のクラブとしての地位を取り戻しただけでなく、ヨーロッパにおいてもトップクラブと互角に渡り合うエリートの仲間入りを果たした。

 だが国内の2大メガクラブであるレアル・マドリードとバルセロナはもちろん、チャンピオンズリーグで優勝を目指すようなビッグクラブとの間には、依然として資金力で大きな差が存在する。しかも故ヘスス・ヒル前会長が残した多額の負債は今もクラブ財政を圧迫しており、収支バランスを保つべく毎夏のように主力選手の売却を強いられてきた。

 そのような状況下でも結果を出し続けてきた最大の要因がシメオネの手腕にあることは間違いない。とはいえこれほど継続的に戦力を維持してきた陰には、現場のみならずフロントの努力があったことも確かだ。

 選手の売却が必要になるたび、クラブは複数の選手を中途半端な金額で手放すのではなく、その時最も高値がついている数選手の放出に絞ることでチームの土台を維持してきた。

 しかも多くの場合、そうやって手にした移籍金は獲得時にかかったコストを上回っている。例えばセルヒオ・アグエロは2500万ユーロ(2000万ユーロで獲得→4500万ユーロで売却)、ラダメル・ファルカオは2300万ユーロ(4000万→6300万)、アルダ・トゥランは2800万ユーロ(固定額1200万+ボーナス100万→固定額3400万+ボーナス700万)の利益を生み出している。

 中でも決断が早かったのがジャクソン・マルティネスの売却だ。ポルトに3500万ユーロを払って獲得したポルトガルリーグ3年連続得点王は、チームに馴染めぬまま15試合出場2得点という寂しい数字を残して中国へと去っていったが、クラブは4200万ユーロもの移籍金を手にしている。

 1月末で移籍期間が終了するヨーロッパとは違い、2月末まで移籍が可能な中国リーグは、余剰戦力となった選手の“駆け込み寺”的な役割を果たすようになってきている。今年の2月末に移籍が決まったニコラス・ガイタンとヤニック・フェレイラ・カラスコのケースもそうだ。ジャクソンほど高額の移籍金を得ることはできなかったものの、CLの決勝トーナメント進出を逃したことで予算の縮小を強いられたクラブにとっては、高給取りのベンチ要員2人を放出できた意義は大きかった。

 急転直下で決まった2人の移籍には、アトレティコのメインスポンサーの1つである中国の大企業グループ「ダリアン・ワンダ・グループ」の存在があった。2人が移籍した大連一方は、今年2月にワンダが経営権を握ったクラブだからだ。

 2015年1月、ワンダはアトレティコの株式を20%買収し、主要株主の一員になった。この時ワンダは新たに発行された株式の購入に4500万ユーロを払っただけでなく、中国に立ち上げるアトレティコのサッカースクールの建設費用として1500万ユーロを出資。さらには今季に移転した新スタジアムの向こう10年間のネーミングライツも買取り、毎年固定額だけで1000万ユーロを支払う契約を結んでいる。

 ワンダは不動産業を中心にホテルやテーマパーク、映画産業などを展開しており、中国国内に持つ200近い商業施設にアトレティコのグッズショップを設けるなど、中国におけるクラブのマーケティング事業拡大にも大きく貢献している。今年2月には持ち株の17%を売却したが、スポンサー契約とマーケティング面の業務提携は継続している。

 昨年11月にはイスラエルの大富豪イダン・オフェルもクラブに5000万ユーロを投資し、15%の株式を手にしている。オフェルは船舶、自動車、石油化学製品、エネルギー産業などを展開する企業グループを経営しており、特にアメリカ大陸に強力な経営基盤を築いている。ワンダを通して中国市場に進出したクラブは、今後オフェルを通してアメリカでのマーケット拡大にも力を入れていくことになりそうだ。

 オフェルは2月にワンダの持ち株を買い取り、32%にシェア率を広げた。だが筆頭株主のヒル一族は50%強の持ち株を保持しており、15%を有するエンリケ・セレソ会長とともにクラブの経営権を握り続けている。マラガやバレンシア、グラナダなど国外のオーナーに経営権を売り渡したことで混乱を招いたケースが多い中、これは堅実なやり方だと言えるだろう。

■年間予算4億ユーロ超えも十分に実現可能な勢い

アトレティコのメインスポンサーの1つである中国の大企業グループ「ダリアン・ワンダ・グループ」は今季に移転した新スタジアムの向こう10年間のネーミングライツも買取っている [写真]=Getty Images

 外資の参入による経営規模の拡大とグローバルなマーケティング事業に加え、新スタジアム「ワンダ・メトロポリターノ」への移転も増収の後押しとなっている。これまでの5万5000人から6万7000人に観客動員数が増えたことで、年間シート保有者は既にビセンテ・カルデロンのキャパシティーを上回る5万6000人に達した。さらに年間シート購入を希望するソシオが1万人以上もウェイティングリストに名を連ねているという。

 シメオネ体制の成功により、年間シート保有者以外も含めたソシオ数も右肩上がりで増加し続けている。2015年は8万人、昨年7月の時点で10万5000人に至り、4カ月後の同11月には過去最高の11万5000人を突破している。

 こうしたフロントの努力にテレビ放映権収入の増加が加わり、今季の年間予算は過去最高の3億4728万ユーロを計上した。シメオネが監督に就任した2011-12シーズンは1億2980万ユーロ。CL出場を逃した翌シーズンは1億2300万ユーロにとどまったが、その後は1億5000万ユーロ、1億9460万ユーロ、2億4110万ユーロ、2億6610万ユーロと急成長を続けている。大株主のミゲル・アンヘル・ヒル・マリンが掲げた2019-20シーズンまでの4億ユーロ超えも十分に実現可能な勢いである。

 今季の年間予算はミランやトッテナムを上回る、ヨーロッパ全体で12番目に高い数字となった。まだバルセロナの8億9700万ユーロ、レアル・マドリードの6億9030万ユーロには遠く及ばないものの、リヴァプール(3億6100万ユーロ)、ドルトムント(4億ユーロ)、アーセナル(4億1700万ユーロ)らには手の届くところまで来ている。

 昨夏にクラブ史上最高額となる固定額5500万+ボーナス1000万ユーロの移籍金で3年前に3800万ユーロで売却したジエゴ・コスタを買い戻したのも、クラブが財政面で成長してきた証である。バルセロナ移籍の噂が絶えないアントワーヌ・グリーズマンに対し、年俸1700万ユーロの新契約を提示することも、数年前ならまず不可能だったはずだ。

 シメオネの指導により、アトレティコは選手のタレントで上回る格上チームを相手にも互角に渡り合える、極めて厄介なチームに変貌した。だがそれはあくまでも弱者の立場から強者を苦しめてきただけであり、真の強者となるためには資金力を含めたあらゆる要素でトップクラブと競えるようになる必要がある。

 そのことをよく理解しているクラブは、現状に満足することなく、さらなる高みを目指して手を尽くしている。

 シメオネがクラブのアイデンティティーとして植え付けたハードワークの精神は、そんなところにも表れているのである。

文=工藤拓

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