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【コラム】鹿島が世界に証明した25年間の継続力…伝説のクロアチア戦に通じるレアル戦の意義とは

2016.12.19

開催国代表としてレアル・マドリードと熱戦を演じた [写真]=Getty Images

 心なしか瞳が潤んでいるようにも見えた。終わったばかりの表彰式の余韻が伝わってくる横浜国際総合競技場の取材エリア。真っ先に姿を現した鹿島アントラーズのキャプテン、MF小笠原満男が立ち止まったのは、時間にして1分に満たなかった。

「俺らは結果を求めてやっていたので。勝てなくて残念ですけど、また来年、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)を勝ち抜いてアジア王者としてこの舞台に立って、世界チャンピオンを取れるように頑張りたいという気持ちだけです」

 小笠原が口にした“結果”とは言うまでもなく、UEFAチャンピオンズリーグ王者のレアル・マドリード(スペイン)に勝ってクラブ世界一になること。18日夜に決勝を迎えたFIFAクラブワールドカップ ジャパン 2016。開催国代表としてレアルに真っ向勝負を挑み、延長戦の末に2-4で屈したチームを束ねる37歳のレジェンドは、“善戦”といった類の言葉を一切拒絶した。

 全身から漂わせるのは悔しさのみ。続いて姿を現したDF植田直通は、のどの痛みを理由に無言のまま足早に取材エリアを通過していった。試合では強さとうまさを見せて奮闘したが、クリスティアーノ・ロナウドのハットトリックを含む4失点という結果に不甲斐なさを噛みしめているようにも見えた。

 44分に同点弾、52分には逆転弾をともに左足でゲットし、ゴール裏に陣取った鹿島サポーターを熱狂させたMF柴崎岳も大会MVP表彰で3位にあたるブロンズボール賞に選ばれながら、表情を変えることなく淡々と偽らざる思いを口にした。

「2位も最下位も一緒。歴史的には優勝したレアル・マドリードの名前が残っていくだけなので、自分たちの名前を刻みたかったという思いはあります」

コースを突く鋭いシュートを決めた柴崎 [写真]=Getty Images

コースを突く鋭いシュートを決めた柴崎 [写真]=Getty Images

 壁を隔てた隣の部屋では、大会MVPと決勝のマッチ・アワードを受賞したC・ロナウドに続いて、鹿島の石井正忠監督が公式会見に臨んでいた。

「日本のサッカーはプロができてまだ25年くらい。今回出場しているクラブの国の歴史から見ると浅い部類に入ると思います。だからこそ、日本サッカーがここまで来られたことには非常に意味があるし、日本サッカーが急激に世界へ近づいている証明だと思っています」

 日本サッカーの進歩に触れた指揮官だが、鹿島の長年にわたる継続した取り組みもまた、今回のFCWCで証明されたと言っていい。

 Jリーグが設立されたのが1991年11月。ちょうど四半世紀が経過した歴史に歩調を合わせるように、鹿島も前身の日本リーグ2部に甘んじていた住友金属蹴球団から、日本サッカー界を代表する常勝軍団への道を歩んできた。ターニングポイントは、Jリーグ開幕直前の1993年4月に行われたイタリア遠征。MFズボニミール・ボバン、FWダヴォール・スーケルらタレント軍団を擁するクロアチア代表との親善試合で喫した1-8の惨敗だった。

 この直後、鹿島で現役復帰して3年目になる“神様”ジーコが、宮本征勝監督(故人)に「私に笛を持たせてほしい」と要求する。要は自分に練習を指揮させろという意味だったが、この実質的な“造反”を宮本監督も真正面から受け止めて再建を託した。

 ジーコを揺り動かしたのは、「絶対に負けたくない」という一念だった。微に入り細で守備組織を再構築し、ブラジル伝統の「4-4-2」を幹に前線からの激しいプレスを生命線とするスタイルのひな型が産声を上げた。このサッカーは21世紀の今現在もチームのベースとなっている。こうしてひたすら基本練習を反復したチームは、下馬評を覆してJリーグ元年のサントリーシリーズ(1stステージ)制覇を勝ち取ることに成功する。そして、このメンバーの中に、主に左MFとしてプレーした石井監督がいた。

この試合でもジーコのフラッグがスタンドに登場 [写真]=Getty Images

この試合でもジーコのフラッグがスタンドに登場 [写真]=Getty Images

 選手として、指導者としてクラブに携わってきた指揮官は、日々の練習から激しく求め合うチームの中で一貫した強化方針とスタイル構築に触れ続けてきた。その胸中には確固たる思いがあったのだろう。昨年7月にコーチから昇格するや、日々の練習におけるスライディングタックルを解禁。いつしか忘れられていた実戦に通じる激しい闘争心を取り戻させ、昨秋のヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)制覇、今シーズンのJ1年間王者獲得、さらにはFCWCでの大躍進へとつなげた。

 鹿島にとって、まさに25年間に及ぶチームの歩みが正しかったことを改めて証明する場となった今大会。1回戦でオークランド・シティ(ニュージーランド)、準々決勝でマメロディ・サンダウンズ(南アフリカ共和国)、準決勝ではアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)と映像データも限られる初見の相手を立て続けに撃破して、決勝へと進んだ軌跡に石井監督も手応えを感じている。

「選手たちがこの大会の中で、今まで経験できないような相手に対処することを学んでくれた。この大会で全員が成長してくれたし、私自身もいろいろな勉強になりました」

 いずれの試合も前半と後半でまるで別のチームのようなパフォーマンスを披露した点こそが、鹿島の伝統の一つでもある「修正力」が発動されていたことを物語る。実際、ディフェンスリーダーを務める昌子源は、大会中にこんな言葉を残している。

「マメロディ戦の前半は全くダメで、後半になって修正できた対応をアトレティコ相手にもできた。Jリーグで(同じ南米の)ブラジル人FWとよく対戦した経験が生きました」

 迎えた決勝。レアル・マドリードは前後半で全く異なる顔を見せてきた。昌子によれば、前半のそれは「正直、本気を出していなかった」となる。

「ウチが早い時間帯に失点したこともあって、レアル側も余裕のある試合展開になるのではと思ったかもしれない。そこでウチが追いつくと、後半の入りから少し雰囲気が違ってきて、(柴崎)岳が2点目を決めた時には明らかに目つきが変わっていた。あれが本気なんだと思ったし、正直、ものすごい威圧感がありました」

 慢心、あるいは楽観という名の“仮面”を実力ではぎ取ってみると、そこには現時点で全くと言っていいほど埋められない、歴然とした差が存在していた。後半以降のレアル・マドリードを、柴崎は独特のクールな言い回しでこう表現する。

「パスの一本一本が重いし、味方にとって受けやすいパスを出している印象があった。ポジショニングも非常に細かく取れていたし、非常にディフェンスのしづらい攻撃でした。僕らは延長戦で(体力が)落ちてしまい、しわ寄せがそういったところにきてしまった」

 鹿島の誰もが「本気のレアル・マドリードを引っ張り出したい」と望んでいた。必然的に守備に割かれる時間が多くなり、体力と集中力の消耗が早まってしまったことは認める。それでも負けたという事実に納得できない本音は、昌子のこの言葉に凝縮されている。

C・ロナウドに対しても臆することなく対峙した昌子 [写真]=Getty Images

C・ロナウドに対しても臆することなく対峙した昌子 [写真]=Getty Images

「何か『負けて当たり前』みたいに思われていたかもしれんけど、それを覆そうと思って僕たちは頑張ってきた。本当に無我夢中だったし、何か良くて何が悪かったのかもよう分からんけど、最後の最後で個々の差といったものがじわじわと開いてきたんじゃないかと。ただ、鹿島というクラブは特にそうなんですけど、『良い試合をした』では意味がないんです」

 今シーズン終盤になってよく指摘される“鹿島らしさ”の原点へとさかのぼっていくと、ジャンケンに負けただけで顔を真っ赤にして再勝負を要求したジーコに象徴される“究極の負けず嫌い”に行き着く。その思いは、レアル・マドリードに対しても然り。クラブ全体が勝利だけを求めて各々の仕事に徹し、後半の8分間だけながらリードを奪う状況をも生み出してみせた。

 だからこそ結果には到底満足できない。24日に準々決勝を迎える天皇杯、1ステージ制となる来シーズンのJ1、そして2年ぶりに挑むACLへ。昌子が「チーム力という点でワールドクラスへなっていかなきゃいけない」と欧州王者から突きつけられた課題を掲げれば、同じ1992年生まれの同期生でもある柴崎もこう続いた。

「試合の流れやプレーで見れば通用した部分がフォーカスされるかもしれませんけど、まだまだやらなければいけないことはたくさんある。鹿島にとってはこの試合ではなくて、これからどうしていくのか。この試合を経てどういうクラブにしていくのか、どうなっていくのかが重要だし、むしろ大変なのはこれからなのかなと」

 イタリアのウディネでクロアチア代表に喫した大敗は、その後の常勝軍団の礎を築いた。“負けず嫌い”の魂に導かれた歴史が再現されるとすれば、全世界が目を見張った一戦は、クラブの未来にどのような1ページとして刻まれるのか。

 たかが25年、されど25年――。クラブ設立から取り組んできた着実な積み上げが間違っていなかったことを、今大会で一つの成果として証明することができた。そして今回の悔しさは、まさしく“新・常勝軍団”への第一歩になっていくはずだ。11日間で4試合の激戦を終えた戦士たちは2日間のオフを経て、まずは21日から天皇杯制覇へ向けて再スタートを切る。

文=藤江直人

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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