シメオネ監督率いるアトレティコは、ここ3年で2度目の欧州4強入りを果たした[写真]=Getty Images
つい数週間前まで「世界最強」と謳われたバルセロナでも、ジンクスには勝てなかった。1992-93シーズンに大会名がUEFAチャンピオンズリーグに変更されて以降、これまで連覇したチームは存在しない。それでも世界各国のブックメーカーはバルセロナを優勝候補の一番手に推していたが、今回もその予想は見事に外れた。
バルセロナの連覇の夢を打ち砕いたのは、アトレティコ・マドリードだった。2シーズン前にはリーガ・エスパニョーラの王者に輝き、決勝戦で宿敵レアル・マドリードに敗れはしたものの、CL準優勝を果たしている。バルセロナとR・マドリードがタイトルを分け合うスペインの“2強”時代に風穴を開けた存在として、近年は欧州でも一目置かれる存在だ。それでも2014-15シーズンのクラブ売上高は、2強の3分の1以下。さらに、今回CLベスト4に残ったチームの中でも断トツに低い。資金力がモノをいう欧州サッカー界において、ここ3年で2度目の欧州4強入りは、だからこそ「快挙」と言える。
アトレティコが快進撃を続けられる理由の1つが、クラブOBで、2011年12月からチームを率いるディエゴ・シメオネ監督の存在にあるのは、多くのサッカーファンが知るところだろう。1995-96シーズンに中心選手として活躍し、リーグとコパ・デル・レイの2冠をチームにもたらした闘将は、現役時代さながらのリーダーシップとカリスマ性を発揮して、長らく低迷していたチームを復活させた。黒シャツに黒ネクタイを合わせたスーツ姿で試合に臨み、本拠地のゲームで度々両手を挙げて観衆を煽る姿は、もはやお馴染みの光景である。
そんなシメオネ監督は、2013年スペインの流行語大賞候補に選出されたことがある。その言葉とは、日本語で「シメオネ主義」を意味する“チョリスモ”。それは、シメオネ監督の哲学や思想を表すフレーズ全てを指す。有名なものでは、「努力は絶対に裏切らない」や「信じることを止めてはいけない」があり、「15本のシュートを打ってノーゴールより、1本のシュートで勝利した方が良い」というフレーズは、今のアトレティコのサッカースタイルに通ずるものがある。
もっとも、そうした言葉を闇雲に使ったとしたら、効果は半減するだろう。しかしシメオネ監督は、ちょうど2年前のCL準々決勝でバルセロナと対戦して勝ち抜けを決めた後、こう打ち明けている。
「うちの選手たちには、鼓舞のための言葉など必要ない。必要なのは安心と、明確な指示、そして彼らの力を最大限に引き出すことだ」
指導者のタイプとしては“モチベーター”であり、同系統のジョゼ・モウリーニョと比較されることも少なくない。しかし、モウリーニョが率いるチームが3年周期で下降線を描くのに対して、シメオネ監督は現在、リーガ最長の4年半という異例の長期政権をアトレティコで築いている。それは、モウリーニョがあらゆる敵を“口撃”対象とするのに対して、シメオネ監督は皮肉を言うことはあっても無駄口は叩かないからだろう。TPOに応じて巧みに言葉を使い分けるからこそ、チームや選手が疲弊することなく、また“アンチ”を生み出すこともほとんどない。そんなボスに、選手たちは絶大な信頼を置いている。ジョークだとはいえ、MFティアゴは「シメオネ監督は神、橋から飛び降りろと命令されたら従う」と話すほどだ。
一方で、シメオネ監督は研究熱心な一面も備えている。マドリード市内にあるスポーツ専門書店に足を運び、戦術本やセットプレー専門書を大量に購入していくのも、その一例だ。決して全てがためになる教材というわけではないが、気になる参考文献はすべてに目を通し、チームの戦い方をバージョンアップさせる努力を怠らない。
その甲斐あって、昨シーズンはセットプレーからの得点数がリーグ最多だった。当時のチームは、前年度までエースFWだったジエゴ・コスタやベテランFWのダビド・ビージャを引き抜かれて得点力低下が否めなかったが、セットプレーという新たな武器でもって、リーガ3位、CLベスト8を達成している。また今シーズンは、4-4-2を基本形としながらも、4-2-3-1や4-1-4-1、4-1-2-3など複数のシステムを使い分ける柔軟性を披露。リーグ最少失点の強固な守備をベースにカウンターを狙うという、“シメオネスタイル”は不変ながら、チームに絶えず微調整を施すことで進化が止まることはない。その巧みな手腕に、地元紙のある記者は「ジダンにアトレティコを任せたら2部に落ちかねないが、シメオネがR・マドリードの監督になったら、リーガで優勝は間違いない」と断言する。
情熱的でありながら、冷静さも兼ね備える。そして手腕も確か。そんなシメオネ監督はアルゼンチン人でありながら、今やスペイン国内における大衆のヒーローとなっている。実際、これまでに衛星放送最大手の『カナル・プリュス』やスペイン国鉄『レンフェ』といった、大手企業の広告塔に起用されてきた。常に“弱者”の立場に立ってコメントする姿は、一般社会においても、高い好感度を誇る。
そんな指揮官は、13日のバルセロナ戦後に、こんなコメントを残している
「試合に勝つこともあれば、負けることもあるだろう。ただし、人生には様々な価値が存在し、サッカーの試合ではそれをひっくり返すことができると我々は信じている。相手をリスペクトしながらも、チャレンジすることを厭わず、苦境に耐え抜いた後にはそこから立ち上がって、自らの存在を主張し、最後まで戦い続ける。生きていれば直面するそうした状況に対応できる素晴らしいグループが存在したことに、私は誇りを持っている。試合前、選手たちにはこう伝えた。『お前たちにもそれぞれ大きな価値がある。それをプレーで証明してこい。それはきっと報われるはずだ』とね」
その言葉は、サッカーの指示という枠組みを超えて人生訓と言えるほどだ。しかし一方で、安っぽさは決して感じさせない。だからこそ、選手たちは極限まで戦い続けられるのだろう。バルセロナを破っての準決勝進出を「大きな一歩」と振り返ったのもそこそこに、「さらに前進を続けていく」と力強く語ったシメオネ監督。周囲は2シーズン前に逃したビッグイヤーの奪還に期待を寄せるが、指揮官とチームはこれまでと同じように、目の前の試合だけを見つめて一歩ずつ、進んでいくはずだ。
(記事/Footmedia)
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