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E-1選手権やKリーグで導入…勝敗予測システム『AI11』って何?

2020.07.31

[画像提供]=データアーティスト

 昨年12月、韓国・釜山で行われたEAFF E-1サッカー選手権2019(E-1選手権)で、「あるシステム」が試験的に導入された。AIを用いて試合中にリアルタイムで勝敗を予測するシステム『AI11』(AI ELEVEN)だ。

『AI11』は、株式会社電通、データアーティスト株式会社、Team Twelve Inc.の3社によって共同開発されたという。今年5月には、プロサッカーリーグにおける世界初の試みとして今シーズンのKリーグに導入されることが決まった。開幕戦から毎節1試合、LIVE配信プラットフォームに提供している。

 と、ここまで説明してきたものの、どうも腑に落ちない。リアルタイムで勝敗を予測するってどういうこと? そもそも、サッカーって試合終了の笛が鳴るまで勝敗が分からないのが醍醐味なのでは……? そんな疑問を解決すべく、開発者の一員であるデータアーティスト株式会社の鈴木初実さんと白上慎也さんに話を聞いた。

取材・文=近藤七華(サッカーキング編集部)

ひと目で「サッカーのAI」と分かるように

――まず、『AI11』ができるまでのお話から聞かせてください。そもそも、どういった経緯で開発することになったのでしょうか?
鈴木 2018年の12月に、E-1選手権に向けた企画を考えていた電通さんにお声がけいただいたのがきっかけです。というのも、E-1選手権では、2017年大会から「東アジアからサッカー界へ向けて新しい可能性を広げていく」ことを目的として、「INNOVATION & UNITY」というコンセプトのもと様々な試みを進めていたんです。そこで、2017年大会ではVRを、2019年大会ではAIを使った何かができないかということで、サッカーのビッグデータを専門に収集・分析する韓国のTeam Twelveさんと、リアルタイムでの勝敗予測システムを共同で開発することになりました。

――電通が企画をし、Team Twelve社がデータの収集・分析をする。では、御社の役割は?
鈴木 私たちはTeam Twelveさんが独自で取っている攻撃の回数やスタッツなどのデータをもとに、実際にAIを作るところを担当しました。

――過去にはスポーツに関わる開発もされていたんですか?
鈴木 いえ、この企画が初めてでした。

――戸惑いや不安もあったのでは?
鈴木 当然、最初はできるかどうかも分からない状態でしたし、不安はありました。ただ、個人的にJリーグが好きということもあって、どうしてもやり遂げたかったんです。好きな分野で自分たちの持っている技術を生かすことができるなんて、こんなチャンスはなかなかないですからね。なので、私自身は「どんなに難しくてもやってやろう」という気持ちのほうが大きかったです。

――『AI11』という名前の由来は?
鈴木 主に電通のクリエイティブの方たちと一緒に、「ひと目で『サッカーのAI』と分かる名前」というテーマで考えました。例えばサッカーを連想させる言葉として「ヤタガラス」や「イレブン」などが挙がっていました。AIはというと「ワトソン」や「東ロボくん」などキャラクター性のある名前がついているものも多いので、そのような方向性も考えたのですが、最終的にサッカーを表す単語として世界的に浸透している「イレブン」と「AI」を組み合わせることになりました。今後、勝敗予測システム以外にもサッカーに関わるAIを増やしていこうという希望も込めて、大きな意味を持つ言葉を選びました。

Jリーグが好きだという鈴木さん [画像提供]=データアーティスト

逆転を予測したケースも

――『AI11』はTeam Twelve 社独自のプレー評価ロジックを軸に、過去のE-1選手権などの試合データをディープラーニングで学習し、ボールや人の動きなどから勝敗予測ロジックを構築しているとのことですが、具体的にどういった動きが勝敗を予測するポイントになるのでしょうか?
鈴木 まずはボールポゼッションです。あとは、どれだけ決定機があったか。つまり、攻撃した回数のうち何回シュートまでつなげられたか、という比率です。

――シュートまでつなげられると勝率が上がる。
鈴木 もちろん、得点が決まると点数の重要度は上がりますし、開始からどれくらい経過しているかとか、その時点で何ゴールが入っているかという情報からも判断します。『AI11』を作る段階で「どういうプレーがいつ起こっているか」を分析してみたんですが、これは試合によって様々でした。前半終了間際や終盤は試合が動きやすいイメージはあったんですが、データで見ると80分以降はそれまでの流れをそのまま引き継いでいるパターンのほうが多かったんです。

――そうした様々なデータを、どのような技術を使って集めているんですか?
鈴木 単純にフリーキックやコーナーキックの回数をカウントするものもあるんですが、Team Twelveさんが独自で作っているビルドアップのレベルの指標があるので、それを使っています。

――というのは?
鈴木 単に「攻撃」と言っても、いろいろなパターンがありますよね。例えば、シュートまで至った攻撃が何回あったとか、シュートまでは至らなかったけど、敵陣の真ん中くらいまでは攻めていたとか。そうした攻撃途中の回数も含めて、画像認識システムを使って認識します。選手たちがどういう風にポジショニングしているかを撮っているイメージです。そこに使われるのが私たちのAI技術で、3秒程度の映像のなかでそれぞれの選手がラインを上げたり、自陣に戻ったりという状況を判断しています。一人ひとりの選手を認識したら、今度はユニフォームの色を使ってチーム全体のポジショニングを判断し、それからどのくらい攻めているかといった情報に変換していきます。

――一方のチームが攻め続けてずっと敵陣でプレーしていたのに、カウンターでぽろっと点を取られて負けてしまうというケースもありますよね。そういうのはどこまで拾えるんですか?
鈴木 これが難しいところで……AIは基本的に、よく起こることのほうが上手に予測できるので。ただ、Kリーグの試合で『AI11』が逆転を予測できていたことがありました。押し込まれているように見えても、どこかに勝機があることが分かっていたんです。

『AI11』は今季のKリーグに導入され、毎節1試合をLIVE配信プラットフォームに提供 [写真]=Getty Images

――ほかに『AI11』ならではの特徴を挙げるとすると、どんなものがありますか?
鈴木 『AI11』では定点カメラである必要がなく、テレビで放送されているようなものや、選手を追いかけて動いていくものからでも勝敗を予測できます。あとは、「事前の値」を入れていないことですね。

――「事前の値」……。対戦相手との成績や順位みたいなことですか?
鈴木 はい。純粋にその試合の流れだけで判断しています。もちろん、事前の値を入れたほうが精度は上がるところもあるんですが、現段階ではあえて入れていません。

――プレーする選手も違えば、天候なども試合の結果には影響しますもんね。
鈴木 そうですね。先ほど説明したポジショニングについても、選手が「誰か」というデータは使わず、「配置」でしか判断していません。

――Kリーグに『AI11』を導入したことで、見えてきた課題はありますか?
鈴木 もともと、退場者を考慮していなかったところがありました。あとは、日差しが強いとユニフォームの色が光って見えなくなってしまったり、日陰によって色が大きく変わったりして画像認識の精度に影響が出てしまったことです。E-1選手権は夜に行われる試合でしたので影響が無かったのですが……。どれも勝敗予測の精度が落ちてしまう原因になってしまうので、早く改善していかなければなりません。

コミュニケーションツールの一つに

――ここからは将来的なことを聞いていきます。『AI11』はサッカーに何をもたらし、どう変えていくと思いますか?
白上 例えば、サッカーをあまり知らない人が試合を見たとき、どちらのチームが有利なのか分からないことがあると思います。『AI11』はその指標を出すことができるので、初めて見る方にもサッカーを身近に感じてもらえる。観戦へのハードルを下げる役目を果たしてくれると思います。

――新しいサッカーファンの獲得につながりますね。
白上 そもそも『AI11』は、「サッカーの新たな観戦体験と楽しみ方を提供すること」がコンセプトになっているんです。『AI11』が予測している内容は何分かに一度、画面上に出てくるようになっているんですが、これによって観戦者に「やっぱりそうだよね」とか「本当に予測どおりになるのかな?」みたいなワクワク感を与えることができます。単純にチームを応援する楽しさだけでなく、AIによるエンターテインメントを提供できるんです。

――試合の見方も進化していくんですね。
白上 フィギュアスケートやゴルフなんかでもリアルタイムでデータが出てきたりしますし、サッカーの新しい視聴方法を提供する手段として、AIがあればいいなと思います。『AI11』はKリーグのLIVE配信プラットフォームに提供していて、リアルタイムに流れるコメントには『AI11』に関する内容もあるんですよ。なかには「間違ってるぞ」みたいな辛辣なコメントもあるんですが、そうやって『AI11』を気にして見てもらえて、いろんな方が話題にしてくれることでコミュニケーションツールの一つにもなる気がしています。

将来的なことについて話してくれた白上さん [画像提供]=データアーティスト

――ただ、コアファンからすると、サッカーが詳しくない人と一緒に見ていてデータが出てしまうと、「今、こういう展開だから勝つのはこっち!」みたいな知ったかぶりができなくなっちゃいますね(笑)。
白上 ただ、『AI11』は選手個々のパス回しのすごさとか、ポジション取りがうまいとかは分からないので(笑)。
鈴木 結果の予測はしますけど、それ以外の話はしてくれないですしね。

――それならドヤ顔できるタイミングはありますね(笑)。今後、他リーグや違うスポーツに導入する予定はありますか?
鈴木 今のところ具体的に決まっていることはありませんが、ほかのスポーツにも転用が可能なシステムだと思うので、何かできないかなと思っています。個人的にはJリーグに導入したいです。いずれにしても、ある程度の安定性がクリアにならないといけないんですけどね。

――最後に、今後、AIを使ってサッカー界で実現したいことは?
鈴木 今の『AI11』は試合中のデータに特化しているので、今後は過去の戦績や順位なども追加したモデルの勝敗予測だったり、優勝チームの予測だったり、まだまだできることはあると思っています。
白上 eスポーツにも導入できる可能性はあると思うので、ぜひ実現したいですね。

By サッカーキング編集部

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