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イブラヒモヴィッチ「世界はオレを必要としている」【雑誌WSKアーカイブ】

2020.06.05

[ワールドサッカーキング No.338(2019年3月号)掲載]

37歳という年齢を迎えても、自己表現の場をアメリカに変えても、 この男の自信は微塵も揺らがない。「世界はオレを必要としている」。 その言葉を受け入れさせる力が、ズラタン・イブラヒモヴィッチにはある。

文=クリス・フラナガン
翻訳=加藤富美
写真=ゲッティイメージズ

「インタビューの場所はここでいいのかな?」

 そう言いながら部屋に入ってきたズラタン・イブラヒモヴィッチは、いきなりシャツを脱ぎ、タトゥーで埋め尽くされた上半身を露にした。「トップレスはどうだろう?」という彼の言葉に驚きつつ、「ピンマイクを付ける場所がありませんね」と真面目に答えたのは録音の担当者だ。「鼻に差しとこうか?……いや、冗談だよ」。イブラはそう言って微笑んだ。

 インタビュー場所として指定されたのは、ロサンゼルス・ギャラクシー(LAギャラクシー)の本拠地、スタブハブ・センターの地下だった。イングランドを出発した我々は――メトロの車内で出会った初老の婦人が関節リウマチを奇跡的に克服した話にうなずきながら――賑やかなサウス・ロサンゼルスや犯罪の香りがするコンプトンを通り過ぎ、市の中心部にたどり着いた。目指す駅は、豪奢な邸宅街とカリフォルニア州立大学のキャンパスで知られるカーソンだ。2003年からLAギャラクシーが本拠地とするスタジアムは、その目と鼻の先にある。

 選手たちはスタジアムに併設された練習場で午前中のトレーニングに勤しんでいた。気温25度の穏やかな朝だ。イブラは予定より早く約束の場所に現れた。フットボーラーを相手にする我々にとって、「時間どおり」は「青天の霹靂」と同義だ。トレーニングを終えたばかりの彼はびっしょりと汗をかいていた。“ヌード”になりたがったのも無理はなかった。

 彼はドレッシングルームでシャツを着替え、部屋に戻ってきた。これで鼻にマイクロフォンを突っ込む必要はなくなった。

「巻頭インタビュー、だよね?」彼は念を押した。「そうじゃなかったら出口はあそこだ」

 イブラは自分自身の価値を知っている。『FourFourTwo』誌でMLSの選手が巻頭を飾ったことは過去に一度しかない。2008年のデイヴィッド・ベッカムだ。「読者やフォロワーを増やすにはオレが出るしかないよね」。彼はお決まりの無表情でそう言うと、次の瞬間に大声で笑った。まだインタビューは始まってすらいないが、完全に“イブラモード”になっていた。そして、我々もそんなイブラを求めていた。

オレの加入には地面さえ喜びに震えた

イブラヒモヴィッチ

[写真]=Getty Images

 インタビューが行われたのは、LAギャラクシーがスタブハブでバンクーバー・ホワイトキャップスを3-0で破った日の3日後だった。この試合でイブラは2本のゴールを決めた。1本はPK、そしてもう1本はペナルティエリアの隅から放ち、GKの頭上を鋭く打ち抜いた弾丸シュートだった。素晴らしいゴールでしたね、と賛辞を口にする我々に対し、イブラは「言われなくても分かっている」と言って微笑んだ。イブラが2018年3月に活躍の場をMLSに移してから24試合目で、20点目となるゴールだ。ヒザの大ケガでマンチェスター・ユナイテッドとの契約が打ち切りになったのは、はるか遠い昔の話に思えてくる。

「ヒザの具合もいいし、体調も万全だ。それが一番だね」と、イブラは言う。「ハードなトレーニングをこなしているよ。スケジュールが合わなかった時を除いて、練習を休んだり試合を欠場したりしたことは一度もない。これまでのキャリアで実践してきたことを続けているだけだ。いいプレーをして、ゴールを決めて、チームメートを助ける。ゴールの数がすべてを物語っているだろう?」

 輝かしいキャリアを誇る男は、LAギャラクシーでのデビュー戦でいきなりファンの心をわしづかみにした。初戦にして無数の“イブラ信者”を作り出したのだ。

 それはLAギャラクシーとの2年契約が発表されてから、わずか1週間後のことだった。『ロサンゼルス・タイムズ』は全面広告で彼の加入を大々的に報じた。「オレが助けてやるぜ、ロサンゼルス」。ページの下にはイブラのサインが添えられていた。

「ロサンゼルスに最高のプレゼントを持ってきた。オレだ」とイブラは笑った。「空港に降り立ったその日に地震があったんだ。地面も喜びで震えていたんだろうね」

 デビューの手はずはあっという間に整った。22年にわたるMLSの歴史の中で、あれほど世間を賑わした試合はなかったに違いない。完璧な筋書きだった。新天地で初めての試合。ヒザの大ケガでマンチェスター・ユナイテッドとの契約が打ち切られ、多くの人が彼のキャリアももはやここまでかと思っていた。しかし、彼はピッチに戻った。大西洋を越え、大陸を横断したこの地で。そしてこの試合は、昇格を果たしたばかりのロサンゼルスFC(LAFC)との初のダービーマッチでもあった。市の中心部に本拠地を構えるLAFCは燃えていた。地元の強敵を蹴散らし、LAの新たな支配者として君臨することを夢見ていたのだ。我々は滞在中にそこかしこでLAFCの広告看板を目にした。エースストライカー、カルロス・ベラの顔が描かれた看板だ。

 キックオフから1時間が経過した時点で、LAギャラクシーは窮地に陥っていた。チケット完売のホームで0-3のリードを許す展開だった。そのうち2点はベラのゴールだ。LAFCに最高の広告効果をもたらす状況だった。

 イブラはこの試合をベンチから見守っていた。ケガ明けの彼が先発入りしなかったのは当然といえば当然だ。先制された瞬間、彼は隣に座るチームメートにささやいた。「問題ないね」。しかし、相手のリードが3点に広がった瞬間、楽観的な考えは姿を消した。「これは長いシーズンになるな」。彼は再びチームメートにつぶやいた。

 LAギャラクシーはどうにか1点を返したものの、イブラの名前がアナウンスされた時に逆転を信じるファンはいなかった。残された時間は、わずかに19分。しかし、英雄にとっては十分だった。ピッチに入った2分後にLAギャラクシーは追加点を挙げ、スコアを2-3とする。そして誰もが待ち望んだその瞬間がやってきた。相手選手が浮き玉を処理できず、ボールが大きくバウンドする。そこにイブラが追いつく。相手のゴールまではまだ35メートルもある。そこからシュートをぶっ放すフットボーラーは存在しない。しかし、彼は“ズラタン・イブラヒモヴィッチ”だ。「しまった!」という相手GKタイラー・ミラーの悲鳴が聞こえてくるようだった。イブラが放った超ロングシュートはミラーの頭上を飛び越え、ゴールマウスに吸い込まれた。『フォックス・スポーツ』のコメンテーター、ジョン・ストロングは目の前の光景に解説すべき言葉を失った。しかし、その表情は雄弁だった。「すごいものを見てしまった」

 英雄はなおも止まらなかった。アディショナルタイムに決勝ゴールを挙げ、LAギャラクシーは4-3という大逆転勝利を演じた。スタジアムに音量計があれば針が振り切れていただろう。「オレたちの街にイブラがやってきた!」。それはフットボール史上、最高のデビュー戦の一つだった。

イブラヒモヴィッチ

35メートルという距離などまるで意に介さず、ボールの落ち際に迷いなく右足を振り抜いたイブラヒモヴィッチ [写真]=Getty Images

「オレの加入に反対する人はたくさんいた。ヒザを不安視する声も多かったと聞いた。オレの顔を知らない人も多かったみたいだね。でも広告を見て騒ぎになった。そして試合が終わって、オレは誰もが知る有名人になった。ゴールの力は偉大だね。これまでサッカー……いやフットボールをあまり見ていなかった人も開眼してくれたと思う。オレはこのチームに“違い”をもたらしたんだ」

 彼は行く先々のクラブで影響力を発揮してきたが、LAギャラクシーはその最新の例になった。「どこに行っても自分ができることをしているだけだ。オレの愛するフットボール。オレのプレー。オレがクラブに対してできること。それが一つのパッケージを作り上げている。37歳という年齢は単なる数字だ。今は新鮮な気持ちでプレーをしている。動物的な感覚を持ったマシンのようにね」

 彼は目を半分閉じながらそんな言葉を口にした。ここにたどり着く前、彼のマンチェスター・ユナイテッドでの生活にはいくつかの小休止が入った。そのたびに、彼は「オレは今も百獣の王だ」と信じ続けた。「キャリアの最初から最後まで、オレはライオンだ」。そう答える彼の声には威圧的な響きすらあった。

 彼に聞いてみた。「ライオンという表現を使うようになったのはいつから?」。イブラは「プロになってからずっとだ」と答えた。「インタビューで使い始めたのは最近だけどね。それで皆は知ったんだ。オレのプレーが他の誰とも違う理由を。オレが野生のアニマルだからだ」

本当のスターは評価など必要としない

イブラヒモヴィッチ

[写真]=Getty Images

 このインタビューを前に、我々はハリウッドに立ち寄った。著名人の名が刻まれた星型のプレートが並ぶ「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」を歩き、2600におよぶ名声に思いをはせた。

 通りはアメリカの香りに満ちていた。スパイダーマンやスーパーマン、ミッキーマウスに扮した人々の姿が目につく。数分歩いただけで、アルフレッド・ヒッチコック、ラッセル・クロウ、マライア・キャリーといった名前が目に飛び込んできた。「トム・インス? あのストークのウインガーが?」と目を疑うと、「ウェスタンの父」という説明にうなずいた。ドナルド・トランプのプレートの前には人だかりがあった。そこには、反対派によって「F**K」の文字が加えられていた。

 しかし、そこにイブラの名前はない。LAギャラクシーで鮮烈なデビューを果たしてから6カ月が過ぎた。彼の名前が刻まれるのに時間がかかりすぎてはいないだろうか?「いや、名前がないことこそ重要なんだ」。それが彼の答えだった。「あそこに名前のある人間は自分のことをスターだと思っている。でも本当のスターは他人の評価を必要とはしない。そこが違いだ」

 イブラはロサンゼルス市民として日々の生活を満喫しているようだ。ビバリーヒルズを闊歩する姿や浜辺でローラーブレードを楽しむ姿がよく目撃されている。「オレはどこに行っても暮らしを楽しんでいる。プライベートが充実しているとピッチでの調子も上がるんだ。クラブは本当に良くしてくれている。サポートに感謝しているよ。何の不満もない」

 プレミアリーグからMLSに移籍してきた選手は、まずピッチの外での生活の違いを口にする。変装せずに街中を歩いても、誰にも気づかれない。イングランドではあり得ないことだ。しかし、イブラにとっては状況が少し異なるようだ。街中で握手や写真を求められることも多い。「よくあることだね。それで彼らがハッピーな一日を送れるなら、喜んで応じるよ。特に子供は大切だ」。彼は続けた。「ファンサービスも仕事の一部だ。オレは彼らにとってのヒーローであり、オレの存在は彼らのためにある。ファンの応援がなかったらフットボールでここまでの結果を残すことはできなかった。どこに行ってもファンの要求に応えるよ」

 スタジアムに向かう自分をハリウッドスターやスーパーヒーローのように思うかと尋ねたところ、「ただの人間だ」という答えが返ってきた。「ただ、ピッチに一歩足を踏み入れれば、オレはアニマルになる。誰かの命を救うわけじゃないから、オレはスーパーヒーローじゃない。でもピッチでは話は別だよ。オレは“すごい選手”じゃない。“ファンタスティックな選手”だ」

見くびっていたヤツらを車いすに沈めてやった

イブラヒモヴィッチ

[写真]=Getty Images

 プレミアリーグでの日々についても質問をぶつけてみた。フルシーズンで戦ったのはわずかに1年だったが、29ものゴールを挙げた。彼がマンチェスター・ユナイテッドにリーグカップ優勝をもたらし、ヨーロッパリーグ優勝への道を開いたのは誰の目にも明らかだった。前十字靭帯損傷というケガさえなければ、EL決勝は「イブラの日」になったはずだ。

 もともと彼のプレミアリーグ行きには疑問の声が少なくなかった。間もなく35歳を迎える彼に大枚をはたく理由が見つからない、というのが批判の根拠だった。「本当にいろいろな国の、いろいろなクラブでプレーをした」。彼は遠くに目をやりながら、そうつぶやいた。「『わざわざイングランドに行かなくてもいいじゃないか。失敗したらどうする? キャリアが台無しになる危険もある』と言われたよ」。ここからがイブラが他の選手と違うところだ。「それで一層やる気が湧いてきたんだ。アドレナリン全開だよ。周囲が止めるのを振り切って、イングランド行きを決めた」

 彼は続ける。「プレミアリーグは楽しかったよ。モチベーションも上がったし、エキサイトした。世間の注目度も高いしね。正直な話、クオリティは過大評価されている感がある。選手個人の質やテクニックという意味でだ。でもあのリズムはいいね。どんなに能力のある選手でも、スピードに乗れなければ成功できない。とにかくプレーの流れが速いからね。オレは35歳だったが、ユナイテッドに行って本当に良かったと思うよ。トロフィーを手にすることができたし、ケガをする前はチームの勝利に貢献できた。加入した時には、『車いすに半分足を突っ込んだ選手が来た』と言われた。たくさんの人間にね。オレは結果を出すことで彼らを車いすにぶち込んでやった。爽快だったね」

 しかし、ELの準々決勝、アンデルレヒト戦ですべてが壊れた。ハイボールに合わせようとしたイブラは最悪の形で着地した。右ヒザが反対の方向に曲がり、彼は立ち上がることすらできなかった。「痛みはあまりなかった。でも、あの瞬間は舌を飲み込んだような感覚だったよ。大ケガを負ったのは生まれて初めてだった。自ら負ったものだから文句は言えないけどね。当時、『イブラヒモヴィッチがケガをするのは、イブラヒモヴィッチにやられた時だけだ』ってコメントしたよ」

 しかし、彼はわずか7カ月でピッチに戻ってきた。離脱中に「史上最速で復帰してやる」と心に誓ったという。だが、復帰後の調子は思わしくなかった。途中出場で5試合をプレーした後、リーグカップのブリストル戦に先発してゴールを挙げたが、チームは1-2で敗れた。これがユナイテッドで記録した最後のゴールだ。6日後にホームで行われたプレミアリーグのバーンリー戦でも先発したが、0-2とリードを許した後半の頭にジェシー・リンガードと交代した。そして、そのリンガードが2ゴールを奪い、ユナイテッドは何とかドローに持ち込んだ。それからイブラが赤いユニフォームを着ることはなかった。

 彼は「ヒザを完璧な状態に戻すためにもう少し時間がほしい」とジョゼ・モウリーニョに伝えた。その後、当たりの強いプレミアリーグでプレーを続けるのはいい選択肢ではないという結論に達するのに時間はかからなかった。LAギャラクシーからは彼がイングランドに行く前からラブコールが届いていたが、いよいよ大西洋を渡る時が来たのだ。

「ユナイテッドに戻った時、なんだかしっくりこなかった。試合に出る準備が100パーセントできていなかったと言えばいいかな」彼は真剣な面持ちでそう語った。「誰もがっかりさせたくなかった。みんなが覚えているイブラのままで復帰したかったんだ。だから、まずは別の形でチームやサポーター、フロントをサポートすることにした。本来ならピッチに立ってチームを助けたいところだけど、準備ができていなかったんだ。そんな時にLAギャラクシーからのオファーが届いた。もう一度フレッシュな気持ちでフットボールに取り組むチャンスだと感じたね。よし、ゼロからのスタートだ、と気持ちが固まった」

 インテル在籍時にともにセリエAを制し、ユナイテッドで再会を果たしたモウリーニョへの感謝を忘れることはない。「ジョゼとの関係は良好だ。彼の考えていることは手に取るように理解できるからね。それを実現するのがオレの仕事だった。実にシンプルだよ」

 では、彼の友人でありかつてのチームメートでもあったポール・ポグバについてはどう考えているのだろうか? マンチェスター・ユナイテッドのレジェンド、ポール・スコールズがシーズンの始めにポグバをこき下ろしたことについて、イブラが怒っていることは明らかだった。我々がポグバの名前を出した途端、イブラは2分半にもわたって息もつかず自分の考えを語った。胸のうちに秘めていた思いがあったようだ。

「ポグバの一件は物議を醸しているようだね。バカげた話だよ。みんな、なんでもかんでも彼のせいにする。赤信号にひっかかっちまった――ポグバのせいだ! パンクしてる――ポグバのせいだ! 何かうまくいかないことがあると、何でも彼のせいにする。でも、落ち着いて考えてほしい。特に元選手は胸に手を当てて心の声を聞くべきだ。レジェンドだって完璧な選手だったわけじゃない。他人の批判はほどほどにして、自分の仕事に専念したほうがいいね。解説者はしゃべるのが仕事だし、その発言が注目を浴びてナンボだが、少なくとも事実を語るべきだ」

 イブラの主張はなお続く。「誰かを弁護しようと思ってこんなことを言ってるんじゃない。オレたちはプロだから、求められてることに応えなきゃならない。プレッシャーに押し潰されそうになることもある。それは期待の裏返しだし、オレはその感覚が好きだけどね。イングランドの人たちは、オレがやって来るまでオレのことが大嫌いだった。現地でプレーを始めると、たちまちオレのファンになってくれた。でも、それはそれでイラつくんだよ。オレを嫌ってくれる人の存在がモチベーションの源だからね(笑)」

 彼は少し歯ぎしりをして、さらに続けた。「オレのことはともかく、ポールへの批判は個人攻撃だと思う。個人攻撃はプロがすることじゃない。金をもらって仕事をしている以上はプロとして対応しなければならない。個人的なことは家に帰ってからだ」

 彼はそうまくしたてた後で、「サンキュー」と言った。これでインタビューが終わるわけでもないのに。今まで言いたかったことをついに口にしたという事実が、そうさせたに違いない。

自分の価値を示すのに他人の力なんて借りない

イブラヒモヴィッチ

背後から飛んできたボールに、空中で回転しながら踵で合わせる。キャリア通算500ゴール目も“らしさ”全開だった [写真]=Getty Images

 イブラは衰えというものを知らない。アメリカに来てもそれは変わらなかった。19年に及ぶキャリアが生んだ500本目のゴールは、それを飾るにふさわしい一撃だった。トロント戦での出来事だ。真後ろから飛んできたロングボールを、少年の頃に習ったというテコンドーの動きでゴールに突き刺した。LAギャラクシーは「ズラタン――ゴッド・オブ・ゴールズ」というポスターを作成して彼の栄光を称えた。ポスターの彼は聖職者のごとくケープをまとい、手にはボロボロのボールを持っている。「もっと野蛮な雰囲気がいいって言ったんだけどね」。彼は微笑んだ。「『オレのゴールによって倒れたやつらの屍が転がっている図はどうだい?』って言ったんだ。でも、採用されなかった(笑) 」「オレは周囲の人間を“大物”に変えるためにここに来たんだ」。彼はそう言うと部屋の隅にいたLAギャラクシーの広報担当者にウインクした。ジョークを言う時の仕草だ。「君たちだってそうだ。この世にオレと20分も話すことができる人間はあまりいない。そう考えると、自分が特別な人間のように思えてくるだろう?」

 昨シーズン、LAギャラクシーの旅路は決して順風満帆とは言えなかった。イブラが公式戦500ゴール目を挙げた試合は3-5と敗れ、レアル・ソルトレイクにも2-6で敗れたのを受け、ジギ・シュミット監督は辞任した。守備に問題があるのは明らかだった。一方、イブラを擁する攻撃陣はリーグ最強を誇った。2017年は最下位に終わったが、イブラが22ゴールを挙げた2018シーズンはリーグ上位へと順位を上げた。

 彼の素晴らしい活躍は、「冬の移籍期間中にヨーロッパに戻るのではないか」という憶測を呼んだ。イタリアではMLSのオフシーズンに期限付きでミランに復帰するのではないかという噂があったし、マンチェスター・ユナイテッドに復帰するのではないかという噂すらあった。

 インタビューの間、時差8時間のマンチェスターでは“赤い悪魔”がチャンピオンズリーグでバレンシアと戦っていた。結果はスコアレスドロー。スタートダッシュに失敗したチームの状況とイブラの現状を重ね合わせ、ユナイテッドのフロントは地団太を踏んでいるのではないだろうか?「いや、彼らはあらゆるものを手にしているはずだ。今はちょっと運がないだけだよ。シュートが枠をたたくとか、そんなところだね」と、彼は古巣について簡単にコメントした。「オレがいればどうかって? どこだってオレを欲しがるだろ? それはユナイテッドに限ったことじゃない」

 イブラはヨーロッパで11度のリーグ制覇を果たしている。他のメジャータイトルを含めると、実に33個のトロフィーを手にしたことになる。一方で個人賞の受賞は少ない。そのことについて、彼はどう考えているのだろうか?

 彼はこれまでに6度、バロンドールのトップ10入りを果たしている。頂点に最も近づいたのが2013年だった。その年はクリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシ、そしてフランク・リベリーに次ぐ4位の得票数を獲得した。悔しさはなかったのだろうか。「バロンドールなんてものはオブジェに過ぎない」。彼はそう答えた。「自分が最高だということを証明するために、オブジェを抱える必要はない。アワードというのは他の人間の審査によって受賞者が決まる。もちろん素晴らしい賞ではあるが、オレは自分が何者かを語るのに人の力を借りる必要なんてない」

 聞き方を変えてみる。「自分が世界最高の選手だと認められるべきだと思う?」。彼は一瞬の躊躇も見せずに答えた。「全くそのとおりだ」。「メッシやC・ロナウドよりも上?」。「そうだ」。その表情は自信に満ちている。「それぞれ戦う土俵が違うから、結局のところ大きな大会で優勝したかどうかが影響するんだ」と彼は言う。CLや他の国際大会の優勝経験がないことが響いていると認めた形だ。「でも、問題はない。世界で最も完成されたストライカーが誰かは分かっている。オレのような体格と能力を持っているストライカーは見たことがない。もしいたら教えてほしいね。自分と比べてみたいから」

 イブラの最上級とも言える自身への信頼、ことあるごとに自身の素晴らしさを公の場で口にする潔さは、世界中で多くのファンを生み出してきた。「イブラ名言集」は数百のサイトに掲載されているし、インスタグラムのフォロワーは3500万人に達している。

 そんな彼を形作ったものの一つは、生まれ育った環境だという。イブラはスウェーデンのマルメにある最も危険なエリアで育った。「すさんだ町だった。しょっちゅう揉め事があったね。両親は子供の練習の送り迎えをするような上流階級じゃなかったし、オレが欲しいものを与えてくれるわけでもなかった。欲しいものを手に入れるためには、自分でどうにかするしかなかった。学校をサボって練習をしていたこともあったね。でも、日々をサバイバルモードで過ごしたからこそ、自分への自信がついたのかもしれない。今ではどんなことが起きてもびくともしない人間になったよ(笑)」

引退後の選択肢は数え切れないほどある

イブラヒモヴィッチ

[写真]=Getty Images

 彼が将来、指導者になる道を選んだとしたら、フットボールの歴史上最も寛容な監督が誕生するに違いないが、彼には別のプランがあるようだ。しかしその前に考えるべきは、いつまで現役を続けるのかということだ。「できる限り続けるよ」。それが彼の答えだった。「いいプレーができなくなったら、続ける意味はない。過去の栄光にすがってスカスカのオレンジを絞るようなことはしたくないからね。できなくなったらやめる。それだけだ」

 イブラのいないフットボールの世界を我々はどのように受け止めていけばよいのだろうか? 「それはオレ以外の人間が決めることだ。オレは自分のできることをして、違いを生み出してきたつもりだ。次は他の人の番だよ」

 将来、この世界がロボットに支配されたら、イブラはその一体に宿って永遠にプレーを続けるのかもしれない。『FourFourTwo』編集部のスタッフはロボットの話が好きだ。そして最近、ある結論にたどり着いた。身長や体躯、そして神がかり的なテクニック……イブラこそフットボール・ロボットのプロトタイプになるべきだと。しかし、イブラは首を横に振った。「誰もオレのマネはできないよ。たとえロボットでもね」

 イブラは努めて真顔でそう言おうとした。しかしそれはかなわず、声を上げて笑った。彼にインタビューを挑む人間は必ずおかしな質問を準備してくる。彼はそれに気の利いた返事をすることに喜びを覚えているようだ。

 ロボットの話はさておき、ユニフォームを脱いだ後、何をするつもりなのだろうか? 「その時にならないと分からない」と彼は言う。「いろんなプロジェクトを考えているよ。人生はチャレンジするためにあるからね。急にやりたいことが見つかって、それを追いかけるかもしれない。アスリートの95パーセントは生活能力に欠けているというが、オレは残りの5パーセントに入る。自分でも楽しみにしているよ。俳優になるかもしれないし、クラブのオーナーになるかもしれない。FIFAの会長になって監視の目を光らせるかもしれない(笑)。数え切れないくらいの選択肢があるね」

 トランプの後を継いでアメリカ大統領になるというのはどうだろう? 「10年前にアメリカに来ていたら、今頃そうなっていたかもしれない。でもオレには合わない。政治色が強すぎるのはちょっとね」。彼はロサンゼルスに到着して以降、メディアに何度もトランプ大統領についてコメントを求められてきたが、いつだってそれをかわしてきた。

 クラブのオーナーと言えば、思い出すのがベッカムだ。彼がインテル・マイアミの共同所有権を獲得したように、イブラも将来どこかのクラブのオーナーになることを考えているのだろうか? 「オファーはあるが、じっくり考えて決めるよ」。そのスタンスはいつもと変わらない。

 イブラはロサンゼルスに来ることで、ベッカムの足跡をたどっているようにも見える。SNSでのお互いに関するコメントも微笑ましい。イブラの通算500ゴールに対し、ベッカムは「そりゃ年を取るわけだ」とコメントした。彼らが互いを敬う気持ちに一点の曇りもない。加入1年目にしてベッカムの功績を超えたのではないか、という声を否定するイブラの姿勢からも、それは明らかだ。「彼が実現したすべてのことに敬意を払う。どの選手にも個人的なストーリーがあるが、ベッカムのストーリーは素晴らしい。オレはまだストーリーの途中だ。彼とはよく話をするよ。MLSへの移籍についても彼との会話からインスピレーションを得た。彼はMLSをとても高く評価していた。素晴らしい人間であり、素晴らしい選手だ。子供もみんな可愛いね。理想の父親だよ」

 イブラは機会さえあれば、ウェンブリーでイングランドのユニフォームを着てベッカムとともにプレーすることを厭わないという。何の話かって? 昨年7月、ワールドカップの準々決勝スウェーデン対イングランドの試合を前に、イブラはベッカムとある賭けをしたのだ。スウェーデンがあの試合で勝利を収めていれば、ベッカムはイブラと一緒にIKEAに出かけ、好きな家具を買わされるはめになっていた。しかし、勝利を収めたのはイングランドだった。「代償はきちんと払う。いつ実現するかは分からないが、約束は守る。オレは有言実行の人間だ。ベッカムに招待されたらウェンブリーでプレーするし、イングランドのシャツを着てフィッシュ・アンド・チップスを食べてやるさ!」。そう言って彼は爆笑した。

 さあ、タイムアップまでもう少し。いよいよ最後の質問だ。現役を引退した後、どんな形で“ズラタン・イブラヒモヴィッチ”という男を覚えていてほしい? 「そうだなあ……」。彼は少し頬を膨らませ、考えを巡らせた。「フットボール史上最高に完成されたストライカー、かな?」

 作り込まれた不愛想な表情が、次の瞬間には温かい微笑に変わる。そんなイブラのお茶目なテクニックを我々は何度も目にしてきた。そして彼はいすから立ち上がり、「うまくいったね」と我々と握手をした。「イングランドの人たちによろしく伝えてくれ」

 彼は部屋を後にすると、ロサンゼルスの鮮やかな日が照り付ける練習場へと姿を消した。彼は我々の、そして世界中のファンが知るズラタン・イブラヒモヴィッチと何ら変わることはなかった。今もゴールに執着し、真剣にフットボールに取り組んでいる。

 類まれな才能と人間性を合わせ持つ彼も、いつかはユニフォームを脱ぐ日がやってくる。しかし、イブラの前にも後にも、イブラは存在しない。先端技術の粋を極めたロボットですら、イブラヒモヴィッチにはなり得ないのだ。

※この記事はワールドサッカーキング No.338(2019年3月号)に掲載された記事を再編集したものです。

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