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“オーナー”ベッカムの挑戦…インテル・マイアミ誕生までの苦難の道を振り返る【雑誌WSKアーカイブ】

インテル・マイアミの共同オーナーを務めるベッカム[写真]=Getty Images

[ワールドサッカーキング No.333(2018年9月号)掲載]

現役を退いて5年が経つ。かつて世界的なスタープレーヤーだった彼は、
チャリティイベントに登場したり、映画に出演したりしながら、新しい挑戦の準備を整えていた。
そして2020年、デイヴィッド・ベッカムはフットボールの世界に戻ってくる。
MLS(メジャーリーグサッカー)のクラブオーナーとして──。

文=グレアム・パーカー
翻訳=町田敦夫
写真=ゲッティ イメージズ

 2012年のMLSカップに出場する最後の週、37歳になったデイヴィッド・ベッカムは予定どおりに試合前の記者会見に出席した。人前で話す時にいつも見せる、あのクールな表情を浮かべ、ベッカムはLAギャラクシーで過ごした歳月について語った。このチームでの最終戦に思いを馳せながら。

 彼の前のデスクには、報道陣がセットした録音機や、ボイスメモ・モードのスマートフォンが並んでいた。記者会見の最中、スマートフォンの1つに着信があり、呼び出し音が鳴った。会場が笑いに包まれる中、ベッカムはそのスマホを取り上げると「僕が代わりに出ようか?」とジョークを飛ばす。しかし、すぐににこやかな表情でこう付け加えた。「悪いね。サムスンのじゃないから出られないや」

 ベッカムがアメリカに残したレガシー(遺産)を考える時、今も頭に浮かぶ一幕だ。他の選手が同じことを言えば、スポーツ界にはびこる商業主義の犠牲者のように見えただろう。ところがベッカムの場合は、あっさり受け入れられる。ビジネス的な態度が、ベッカムにとってはスポーツ選手の正当な義務のように見えるのだ。ベッカムと、彼のビジネスマネジャーであるサイモン・フラーの手にかかれば、カメラマンのためにポーズを取る時間でさえ、FKの練習に費やす時間と同じように重要な“仕事の時間”に見える。

 キャリア晩年のベッカムが、ほとんどアメリカンフットボールのクォーターバックのようにプレーしていた、という批判は正しい。ベッカムはピッチの片隅から味方にロングパスを送ることしかせず、おかげでチームメートは彼の分まで、走ったりタックルしたりしなければならなかった。しかし、ベッカムがいなかったら、その後にティエリ・アンリやスティーヴン・ジェラード、アンドレア・ピルロ、ダビド・ビジャ、カカ、ズラタン・イブラヒモヴィッチといった選手がMLSでプレーすることはなかった。つまり、恐らく我々が知る現在のMLSは存在しなかった。

 ある視点から評価すれば、彼はそこそこの仕事をした(在籍5シーズンで2つのMLSカップをLAギャラクシーにもたらした)。だが別の視点から評価すれば、彼はアメリカのサッカー界を根本的に変革した。そして今、ベッカムはこのリーグで自分のクラブを立ち上げようとしている。

12年11月、ベッカムはそのシーズン限りでLAギャラクシーを退団すると発表。直後の12月、MLSカップでヒューストン・ダイナモを3-1と下し、トロフィーを置き土産にチームを去った[写真]=Getty Images

リーグ解散の危機に直面したMLS

 少し歴史を振り返ろう。MLSは一体型の経営を行っているから、選手たちは個々のクラブではなく、リーグと契約を結んでいる。ベッカムが2007年にLAギャラクシーの選手になった時、その契約には将来2500万ドル(約27億5000万円)の固定価格で、MLSのフランチャイズ権を買えるというオプション条項が含まれていた。当時、その金額はバーゲン価格というわけではなく、まさか権利が行使されるとも思われていなかった。

 この時期のMLSは現在よりもずっと不安定だった。そもそも歴史の浅いこのリーグは、自国開催だった1994年ワールドカップ後に発足した当初から、いくつかの大きな間違いを犯していた。サッカーになじみのないファンのために導入した「ペナルティ・シュートアウト」や「カウントダウン式のタイム表示」といった新奇な試みは、かえって真剣なサッカーファンからの反発を招いた。9・11同時多発テロの後、景気が急落する中で2002シーズンに突入した時には、リーグ解散の可能性すらあった。

 そのシーズンに先立って、クラブのオーナーたちと、リーグのコミッショナーに就任したばかりのドン・ガーバーは緊急のトップ会談を開催し、思いきった非常手段に合意した。移り気なフロリダのファンに見放されたマイアミ・フュージョンと、タンパベイ・ミューティニーの2クラブを即座に解散させ、残った10クラブをフィル・アンシュッツの率いるAEGグループ、ハント家、ロバート・クラフトの三者のオーナーシップのもとで再編することにしたのだ。例えて言うなら、腕を切り落として胴体を守ったようなものだった。 同時に、サッカー・ユナイテッド・マーケティング(SUM)という組織が創設され、アメリカサッカー協会とMLSのマーケティング部門として、テレビ放映権収入やマーケティング収入の獲得を目指すことになった。

 新しい取り決めのもと、アンシュッツは経営不振のMLSに属する過半数のクラブを所有した。そのうちの1つがLAギャラクシーだ。アンシュッツは新しいスタジアムとして、ロサンゼルス郊外のカーソンにホーム・デポ・センター(現在のスタブハブ・センター)を建て、他のオーナー仲間とともに、リーグの経営を改善するための長い旅に乗りだした。

 数年後、野心あふれるAEGのティム・レイウェケ会長がベッカムとの契約にこぎつける。だが、その頃になってもMLSは遅々として発展していなかった。2002年のリーグ再編によって消えた2チーム分の穴は、2005年に創設されたレアル・ソルトレイクとチーバスUSA(メキシコの名門チーバス・グアダラハラのアメリカ版)が埋めた。しかし、ソルトレイク・シティのマーケットはあまりに小さかったし、チーバスはLAギャラクシーとホームスタジアムを共有する立場にとどまり、パッとしない9シーズンを過ごした末に、2014年に解散している。

07年7月のLAギャラクシー移籍発表。ベッカムの加入によって、その後もスター選手がMLSに参戦する流れが生まれた[写真]=Getty Images

2007年に迎えた大きな転機

 MLSがどうやって現在のような急拡大モードに転換したのか? リーグの内情を知る者たちは、2007年が転機だったと言うだろう。その年の1月11日、ベッカムはレアル・マドリードからLAギャラクシーに移籍した。それだけでなく、より大きな構造的変化も起こり始めていた。

 2007年までに、アンシュッツは所有するチームを次々と手放していた。中でも目立ったのは、2006年3月、ニューヨークを本拠地とするメトロスターズをレッドブル・グループに売却したことだ。さらに、カナダの巨大スポーツ企業MLSE(メープル・リーフ・スポーツ&エンターテインメント・パートナーシップス)が、トロントをホームとするMLSチームへの出資を決めた。こうしてMLSに加盟したトロントFCは、最初の数年間はひたすら弱く、悲惨なシーズンを過ごした。しかし、MLSEの大きな存在感は、投資家たちに無視できない影響を及ぼしていた。

 リーグが損失を垂れ流していた時期を支えていたアンシュッツ、ハント家、クラフトといった第一世代には、ある種のノブレス・オブリージュ(身分の高い者は相応の社会的責任を果たすべき、とする考え方)の精神があった。スポーツ産業の実業家たちが、損得勘定抜きにサッカー文化を守ろうとしていたのだ。

 しかしMLSEやレッドブル、あるいはMLSのオフィシャルサプライヤーとなったアディダスのような新参のスポンサーたちに、そんな考えはない。彼らがMLSに投資したのは、要するに金儲けのためだ。つまり、投資したからには何としても利益を上げなければならず、そのためにはMLSを成長させる必要があった。それがベッカムのようなスター選手の影響力以上に、リーグの拡大路線をスタートさせる号砲になった。何と言っても、クラブを作り、スタジアムを建てるのはスター選手ではなく経営者なのだ。

 一方で、ベッカムはただのスター選手ではなかった。そうでなければ、誰がMLSとの契約書に「将来2500万ドルでフランチャイズ権を購入できる」などという条項を入れるだろう? 彼は現役引退後を、単なる「元スター選手」として過ごそうとは考えていなかった。

新クラブ設立を阻んだマイアミの「政治の壁」

 2014年1月、ベッカムはマイアミ市のカルロス・ヒメネス市長と同席し、同市にMLSチームを設立すると発表した。たとえ細部の詰めが甘かったとしても、それは十分に野心的で、魅力的なプロジェクトのはずだった。

 しかし数カ月が経過し、さらに数年が過ぎ、プロジェクトは深刻な問題にぶつかった。マイアミの政治だ。時にその状況は1999年の映画『エニイ・ギブン・サンデー』を思い起こさせた。

 この映画では、架空のNFLチーム、マイアミ・シャークスの女相続人(キャメロン・ディアス)が、市長にスタジアム建設を訴えている最中に、こう遮られる。「君はこの町では赤ん坊も同然だ。焦るな。まず地ならしをして、それから進めるんだ」と。

 チーム・ベッカムは再三、彼のセレブとしての力に頼ってスタジアムの建設地を決めようとしたが、たちまちそんなものは屁とも思わない政治の壁にぶち当たった。南フロリダで物事を進めようと思ったら、そうした政治を動かさなければならなかった。彼らが2014年にようやくウォーターフロントのスタジアム候補地を選んだ時は、すぐさま無数の横やりが入れられた。クルーズ会社や、地元の零細企業、そして地元自治体もスタジアム建設に反対した。彼らは建設費用を負担させられることになるのではないか、と恐れていた。

14年にMLSのクラブ設立を発表後、地元マイアミのイベントに登場したベッカム。当初から注目を集めたプロジェクトは、その後難航した[写真]=Getty Images


 彼らの不安も無理はない。実際のところ、マイアミはその歴史の中で、MLSのチーム(マイアミ・フュージョン)を一つ、あっさりと失っている。そしてそれ以上に、MLBのフロリダ・マーリンズという大失敗の歴史があった。

 マーリンズのスタジアム建設は、公的資金の投入が大失敗に終わった見本として物笑いの種になっている。ざっくり言えば、マーリンズのオーナーはマイアミ・デイド郡当局を説得し、地元住民に24億ドル(約2640億円)という膨大な借金を負わせたのだった。経済不振にあえぐマイアミ市内のリトル・ハバナ地区に、新たな野球場を建設するための費用だ。

 当初の計画では、新しいスタジアム周辺に経済的な活力が生まれ、マイアミのスポーツ界全体が活気づくはずだった。ところがスタジアムが完成した途端、マーリンズのオーナーはチームの主力選手を次々と放出し、代わりに有力選手を取ろうとはしなかった。それ以降、マーリンズは凡庸な成績を続け、納税者は借金漬けになっている。マイアミの政治家たちが、ベッカムのプランに関心を寄せなかったのも無理のないことだった。

急速に拡大するMLSと難航するベッカムの計画

 スタジアム候補地に関してベッカム側が出したあらゆる要望が、政治の壁にブロックされた。ベッカム自身、そうした反対勢力を過小評価していたのかもしれない。最初は派手な候補地探しのツアーを行い、参加者にベッカムとの写真撮影の機会などを提供していたが、そうしたパフォーマンスがプロジェクトの推進にほとんど意味がないと悟ったのか、次第にしなくなった。

 市の当局者はベッカムよりもむしろ、彼の後ろ盾になっている通信業界の億万長者、マルセロ・クラウレとの接触を望んでいた。ベッカムのキャリアにおいては初めてのことではないが、彼はここでも、プロジェクトの責任者ではなく、ただの“お飾り”だと見なされたのだった。

 リーグもイラ立ち始めていた。コミッショナーのドン・ガーバーの記者会見では、必ずと言っていいほどマイアミについての質問が出た。それは「完了までのタイムテーブルはどうなっているのか?」という質問から、やがて「ベッカムにどれだけの猶予を与えるつもりなのか?」へと変わっていった。

 一方で、リーグの拡大プロセスは急速に進んでいた。加速させたのはAEGとハント家で、どちらも1つを除いて所有していたチームを手放した。若く、起業家精神にあふれた実業家や投資家が次々とリーグに加わり、今や新しいオーナーたちがリーグに支払うフランチャイズ料と比較すれば、ベッカムが支払った2500万ドルはバーゲン価格だった。

 2015年にニューヨーク・シティとオーランド・シティがリーグに加入するまでに、その料金は1億ドル(約110億円)に達していた。2017年にはアトランタ・ユナイテッド、2018年にはロサンゼルスの新チームの発足も発表された。対照的に、ベッカムのプロジェクトは依然として進んでいなかった。

2020シーズンからMLSに参戦決定

 しかし、ベッカムを過小評価するわけにはいかない。彼はキャリアを通じて、その地位が危うくなる度に、不屈の精神で這い上がってきた。

 1998年W杯のアルゼンチン戦で退場処分を食らい、翌シーズンのプレミアリーグで激しい野次にさらされた時にも、最後にはマンチェスター・ユナイテッドをクラブ史上初の3冠獲得に導いた。LAギャラクシーへの移籍を発表してレアル・マドリードでポジションを失った時も、実力でファビオ・カペッロの信頼を回復し、リーガ・エスパニョーラの優勝を置き土産にマドリードを離れた。渡米後の2009年にも、ミランへのレンタル移籍を完全移籍にしようと画策し(失敗に終わった)、LAギャラクシーのサポーターからブーイングを受けた。それでもベッカムはチームに2つのMLSタイトルをもたらし、ファンの愛情を取り戻した。

 そして2018年1月、ついにマイアミのオーバートン地区にスタジアムの予定地を確保し、ベッカムの新チームの発足が正式に承認された。このチームは2020年のシーズンから、MLSに新規参入する予定だ。

ベッカム

18年1月に新チームの発足とMLS参入が正式決定。ベッカムは感謝の言葉を述べつつ「マイアミが僕の夢を叶えてくれた」と興奮気味に語った[写真]=Getty Images


 クラブ経営はそう簡単なことではない。しかし、ベッカムは恐らく、このプロジェクトの最も難しい部分はすでに乗り越えた。土地の選定、資金の調達、政治家との交渉や根回しといった、表に出ない仕事はほぼ完了している。あとはベッカムの最も得意な「表に出る仕事」によって、タレントや投資家を味方につければいい。

 この10年、MLSの成長を支えてきたのは、若者たちとラテン系という、2つの新しいファン層だった。そう考えれば、ベッカムがオーナーとなる全く新しいクラブには将来性がある。看板選手としてクリスティアーノ・ロナウドを獲得するという噂も、理にかなっている。

 ただし、ポジティブな話題と同じくらい、課題も多く挙がっている。オーバートンのスタジアム予定地を巡る法的な論争はまだ解決していないし、マイアミのサポーターが新チームにどれほどの忠誠心を示すかも分からない。NBAのマイアミ・ヒートは、全盛期のレブロン・ジェームスが在籍していた時代でさえ、人気チームというわけではなかった。

 だが、それらは他の人間が考えるべきことだ。ベッカムは今、自分がコントロールできることに集中している。果たして、彼はこの勝負に勝てるのだろうか?

 私に言えることは一つ。彼のキャリアを振り返ってみれば、「ベッカムの負け」に賭けるのは、あまり賢いやり方ではない、ということだ。

※この記事はワールドサッカーキング No.333(2018年9月号)に掲載された記事を再編集したものです。

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