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浦和レッズが愛され続ける理由とは? サッカーを通じて伝えたい「こころ」

2017.12.02

サッカーを通じて「こころ」を育む浦和レッズ ハートフルクラブ

10年ぶりとなるAFCチャンピオンズリーグ戴冠を果たした浦和レッズ。Jリーグでも屈指の人気を誇り日本代表選手を数多く抱えるなど、その存在は常にメディアを賑わせている。だがアジア王者は、こうしたトップチームの活躍だけではない、知られざるもう一つの顔を持っている――。

弱い頃から支え続けた地元への恩返しに始めた二つの約束

「サッカーで一番大切なもの、それは『こころ』ですよ」

 そう話すのは、浦和レッズ ハートフルクラブで15年間キャプテンを務める、落合弘氏だ。

 落合氏は現役時代、浦和レッズの前身である三菱重工サッカー部でプレーしていた。チームを3度の日本サッカーリーグ優勝に導き、自身も年間最優秀選手、そして10度のベストイレブンに輝いた。日本代表のキャプテンを務め、日本サッカー殿堂掲額も果たしている。まさに、浦和の、そして日本サッカー界のレジェンドというべき存在だ。

「自分で言うのもなんですけど、得点王にもなりました。自慢ですよ(笑)。でも、サッカーで点を取るのは簡単なんです。うまくなくても点は取れます。チームメートから信頼されていれば、点は取れる。それがサッカーですよ、それがチームスポーツであるサッカーの魅力なんです」

 落合氏は現役引退後、三菱重工、日本代表のコーチを経て、1992年から自身が生まれ育った街に誕生したクラブに身を置き、ヘッドコーチやスカウトなどを歴任してきた。そんなある日、ある人物とこんな話をしたという。

「(Jリーグが開幕してからの約10年、)レッズはすごく弱かったですよね。それでも、応援は本当にすごかった。レッズはずっと地元の人たちに支えられてきたんです。だから、犬飼(基昭)さん(元浦和レッズ代表)は常々、『地元の方々に恩返しをしなくちゃいけない』と言っていました。それで始めたことが二つ。一つが、トップチームを強くて魅力的にすること。そしてもう一つが、“ハートフルクラブ”です」

浦和レッズ ハートフルクラブの落合弘キャプテン

 ハートフルクラブ――。それは、子どもたちの「こころ」を育むことを目的に、浦和レッズが2003年に始めた活動だ。幼稚園年長から小学生までを対象にしたサッカースクール、小学校の体育の授業のサポート、パートナー企業との共同企画によるサッカークリニック、さらには「こころ」をテーマにした講演会などを、1年を通じてほぼ毎日行っている。

「他のクラブであれば、いわゆる普及活動ということになるんでしょうが、レッズでは違います。だって浦和ですから。“サッカーのまち”ですよ、サッカーが根付いた土地なんです。われわれが普及なんてする必要はありません。普及なんていったら浦和の人たちに失礼ですよね」

 落合氏に話を聞いた11月23日も、浦和駒場スタジアムではハートフルクラブの活動が行われていた。この日は朝から強い雨が降り注ぎ、寒さで震えるような天候だった。とてもまともにサッカーができる状況ではない中で、果たしてどれだけの子どもたちが集まるのだろうか、ほとんどキャンセルになるのではないか、と心配していたが、第1部、第2部と合わせて150人以上もの子どもたちが集まった。この荒天ともいえる悪天候の中で、実に申し込みの7割以上という驚きの数字だった。

「こんな大雨の中でもこれだけの子どもが来てくれるんですから。さすが浦和ですよね。だから、われわれは普及なんてする必要はない。それよりも、もっと大事なことを伝えていきたいんです。サッカーを通じて、子どもたちには豊かなこころ、強いこころ、優しいこころを持ってほしいな、と。それがスポーツの大事な部分だと思っていますから。ハートフルクラブでは、そうしたことを改めて地元の方々に伝えていきたいと考えて活動しています」

11月23日には悪天候にもかかわらず150人以上もの子どもたちが集まった

サッカーを通じて子どもたちに伝える三つの言葉

 ハートフルクラブでは、特に大事にしていることが三つあるという。一つ目が「一生懸命やろう」、二つ目が「楽しもう」、三つ目が「思いやりを持とう」だ。これらの言葉を、ハートフルクラブの活動の中で常に子どもたちに訴えかけていると落合氏は話す。

「“一生懸命やる”ことと“楽しむ”こと、この二つを同時にやるのは難しい、と思う方もいるでしょう。子どもたちも、『一生懸命やるのってつらいでしょ? なんで楽しいの?』と言います。でも、そんなときに必ず言うのが、『一生懸命にやることは楽しい、と思えるような人間になりなさい』ということです。そういう人間になれれば、もう大丈夫です。どんどん成長していきます」

 では、そういう人間になるにはどうすればいいのか。落合氏は続ける。

「どんなに簡単なことでも、どんなに小さいことでも、一生懸命にやること。ただそれだけです。確かに、一生懸命にやっていれば、必ずすぐに成果が出るかといえば、そうではありません。なかなか出ないこともあるでしょう。だから多くの人はそこで諦めてしまう。でも、そこで諦めないことの大切さを教えたい。いつかどこかで、必ず成果は出ます。昨日できなかったプレーができるようになった。勝てなかった相手に勝つことができた。そうしたらうれしいですよね。『なんでできるようになったんだろう? そっか、一生懸命続けてきたからなんだ!』と気付くようになる。そうなれば、何でも一生懸命やろうと思えるようになります」

「一生懸命にやっていれば、いつかどこかで、必ず成果は出る」と落合キャプテン

 こうした思いは、実際のメニューにも反映されている。例えば、ボールを一人で一つずつ持ち、5メートルほど離れた場所に立てたカラーコーンに向かってボールを蹴って倒すというゲームを、制限時間内により多く倒したチームの勝ちというルールで始めるとする。上手な子どもであれば、すぐに倒すことができるだろう。もちろんそれ自体は素晴らしいことだが、ハートフルクラブではその後の様子を見ているという。

「一生懸命やるというのは、一生懸命に“行動する”ことと、一生懸命に“考える”こと、この二つがそろって初めて意味があります。コーンを倒すと、『やったー!』と喜んで、一目散に自分のボールを拾いに行く子どもがいたとします。その子どもは、一生懸命に“行動”はしていると思います。でも、一生懸命に“考えて”はいない。チームが勝つことを考えるのであれば、まずはコーンを立てるのが先ですよね。同時に、われわれは次に並んでいる子どもの様子も見ています。チームが勝つことを考えるのであれば当然、『先にコーンを立てて!』と注意すべきですよね。それを何も言わずに待っていたりする。こうした遊びの中にも、物事を見極めることが大事なんだと子どもたちには伝えています」

 3つ目の「思いやりを持とう」について、落合氏はこう話す。

「今の日本人は、思いやりが下手になっているなと感じます。なんだかんだいっても、昔は思いやりがあったと思いますよ。みんな貧しかったですから、お互いに助け合って生きていた。今はどちらかといえば自分勝手だと思います、大人も子どもも。もっと他人の立場になって物事を考える、行動するということが大事だと思います。それはサッカーでも同じことです。パスにしても、ただ単にボールが相手に渡ればそれでいいのかというと、そうではないですよね。相手が次に何をしたがっているのか、だからどんなボールを欲しがっているのか、そして、そのとおりに出せたらいいパスになります。そこには相手のことを“思いやる”気持ちが大事になるんです」

雨の中、浦和駒場スタジアムのピッチの脇で熱心に子どもたちを見守る保護者

ハートフルクラブはなくなるのがあるべき姿?

 こうした三つの言葉は、必ず子どもたちに話すという。時には、「子どもなんですから、そんな難しいことを言っても理解できないですよ」と言われることもあるそうだ。だが、落合氏は「そうは思わない」と、少し語気を強めてこう続ける。

「大人が子どもに伝えるべきことって、あると思います。伝えることが大事なんです。今は大人が余計な配慮をして、言うべきことも言わないことが多い。ただそれでは、子どもはやっぱり分からないじゃないですか。大人として言うべきことは、ちゃんと言い続けていきたいと考えています」

 子どもの頃に苦労した方が、大きく成長し、後になって成功すると、落合氏は信じている。落合氏には、一生懸命にサッカーをしていたものの、決して上手とはいえないサッカー仲間がいたそうだ。残念ながらレギュラーにはなれず、その後、一般企業の営業職に就いた。確かにその時点では、一生懸命にやった成果が出たとはいえないかもしれない。だが、現役時代の一生懸命な姿を知っている人たちが自分の持っている人脈を紹介し、やがてトップセールスマンになったという。

「あれを見たとき、やっぱり一生懸命やっていたら、いつかどこかで花開くんだなと。たとえサッカー選手じゃなくても、野球選手やロケットの飛行士かもしれないし、サラリーマンとしてかもしれない。それは自分が思い描いていたところとは違うかもしれません。でも、それでもいいんだと思います」

 確かに、サッカーを始めた子どもがみんなプロサッカー選手になることは、現実的には不可能だ。そのほとんどが別の道を歩むことになる。だからこそ、サッカーを通じて学んだことが、その後の人生に生きるように……。それが、落合氏のハートフルクラブに託す思いなのだ。

「地域のみんなが手を差し伸べ、子どもたちを育んでいくような社会になってほしい」と落合キャプテンは願う

 今後、ハートフルクラブはどのようになっていくのだろうか。落合氏は少し意外な答えを返してくれた。

「極端な言い方かもしれませんが、ハートフルクラブの最もあるべき姿は、なくなることだと思っています。その昔、子どもは“家庭”、“学校”、“地域”の三つの中で育てられていました。“家庭”は今のように核家族ではなく、家庭の中にいろんな人がいて、いろんなことを教えてもらえた。“学校”も今と違い、時に厳しい指導も含めいろんなことを教えてもらえた。“地域”にもいろんなおじちゃん、おばちゃんがいて、何かあれば頼りになった。家庭、学校、地域が一体となって、子どもは育まれてきたんです。ですが、時代は変わりました。だから、ハートフルクラブでやっていることというのは、“地域”の代わりをしているだけなんです。そういう意味で、極端な言い方をすると、ハートフルクラブがなくなることが、本当はあるべき姿かなと。地域のみんなが当たり前のように手を差し伸べ、子どもたちを育んでいくような社会になってほしいなと思っています」

 時代の流れを考えると、落合氏の言うような、“ハートフルクラブが必要なくなる社会”になることは難しいかもしれない。それでも、サッカーを通じて「こころ」を伝えていくことにより、思いやりを持ってお互いを助け合う社会への一助になるのではないかとも感じる。

プレーしていない他の子どもたちがチームメートを一生懸命に応援

“浦和”の遺伝子が受け継がれていく光景

 この日、ハートフルクラブを取材していると、ある光景が目に入った。「人数ゲーム」というミニゲームをやっているときのこと。2チームに分かれて数人ずつがピッチに入り対戦するのだが、プレーしていない他の子どもたちが自分のチームを一生懸命に応援している姿に目を奪われた。ミニゲームで入った得点とは別に、応援を頑張っていたらボーナスとしてチームに得点が入る、そんなルールだった。最初はルールだから始めた応援だったのかもしれないが、子どもたちは途中からそんなことを忘れ、本気で応援していたように見えた。コーチたちが止めなければ、応援に熱中し過ぎてどんどんコートの中に入っていった。まるで、“浦和”の遺伝子が受け継がれているかのようにも感じられた。

 浦和レッズでプロキャリアをスタートさせ、現在はハートフルクラブでコーチを務める宮沢克行氏はこう話す。

「子どもたちに掛ける言葉は、いつも大事にしています。一生懸命やっている子にも、そうではない子にも。ずっと同じ子どもを見続けていくことはできませんし、もしかするとその1回しか会わない子どももいるかもしれません。だから、その時その時を大事にしてほしいし、僕たちも大事にしたい。少しでも子どものこころに届くように、何かを感じ取ってもらえるように、ということはいつも考えています。僕はレッズでキャリアをスタートさせましたから。こうしたことで、クラブにも、地元の方々にも、恩返しができればうれしいですね」

「その時その時を大事にしてほしいし、僕たちも大事にしたい」という地元埼玉県出身で浦和レッズOBの宮沢克行コーチ

 ハートフルクラブは主にホームタウンを中心に活動しているが、実はそれだけにとどまらない。10年前のACL出場を契機に、アジアの国々でもハートフルクラブによる「草の根国際交流」を始めている。タイ、インドネシア、ミャンマー、ブータン、バングラデシュなど、これまでに15の国と地域でのべ120回のサッカー教室を開催し、アジアの子どもたちの「こころ」を育むことにも寄与してきた。また、「東日本大震災等支援プログラム」の一環として、現在も毎年、被災地の小学校への訪問も続けている。これまでに69回のサッカー教室を行い、のべ2700人を超える子どもたちへサッカーを通じた「こころ」の交流を行っているのだ。

 Jリーグ勢として初めて2度のアジア制覇を果たしたトップチームのサッカーも、サポーターが生み出す唯一無二の熱狂も、浦和レッズを彩る魅力の一つであることに疑う余地はない。

 だが、このクラブが愛され続けている本当の理由は、「サッカーのまち」の誇りを変わることなく継承し続けている、その姿にあるのかもしれない――。

文=野口 学
協力=URAWA MAGAZINE

By サッカーキング編集部

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