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「若手化」を推進するマンチェスター・U…「原点回帰」が復権への有効打に【雑誌SKアーカイブ】

2020.06.04

スールシャール監督のもと飛躍を遂げつつあるジェイムズ(中央)[写真]=Getty Images

[サッカーキング No.007(2019年11月号)掲載]

文=リチャード・ジョリー
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ

誰も想像していなかった急激な“若手化”

 8月の最終日、左サイドから切れ込んだ21歳のウインガーが得意の右足を勢いよく振り抜くと、サウサンプトンのゴールに強烈なシュートが突き刺さっていた。新天地マンチェスター・ユナイテッドでのリーグ戦3点目だ。ウェールズの新星ダニエル・ジェイムズは、開幕から1カ月も経たないうちに、アレクシス・サンチェスの“不遇”の1年半と同じだけゴールを決めてみせた。

 その2週間後、ヨーロッパリーグのアスタナ戦で、今度はFWメイソン・グリーンウッドが角度のないところからシュートを蹴り込んだ。18歳の誕生日を目前に控えたイングランドの青年にとって、記念すべき初ゴールだった。ユナイテッドで2000年以降に生まれた選手がゴールを決めるのは初めてのこと。欧州カップ戦に限ればクラブ最年少ゴールだ。

 二人とも英国期待の若手だが、彼らだけが特別に若いわけではない。今シーズンのプレミアリーグで最年少の“開幕スタメン”を並べたのはユナイテッドだったし、その後もチームの平均年齢は25歳を下回っている。この状況を誰が想像できただろうか──。

 ジョゼ・モウリーニョ前監督がイヴァン・ペリシッチ、ジェローム・ボアテング、トビー・アルデルヴァイレルトといった29歳の獲得に奔走したのは、ほんの1年前のこと。結局は断念したが、当時のスタメンには、やはり30歳前後のアンデル・エレーラ、クリス・スモーリング、サンチェス、ネマニャ・マティッチ、アントニオ・バレンシア、アシュリー・ヤング、フアン・マタらが名を連ねていた。

 あれから1年で、ユナイテッドはスタジアム名に逆行して“ヤング”なチームへと生まれ変わった。前線には21歳のマーカス・ラッシュフォードがいて、中盤に君臨するのは22歳のスコットランド代表MFスコット・マクトミネイだ。夏の目玉補強の一人である右サイドバックのアーロン・ワン・ビッサカも21歳。そして冒頭のアスタナ戦では、アンヘル・ゴメス、タヒス・チョン(ともに19歳)、センターバックのアクセル・トゥアンゼベ(21歳)がスタメン起用され、MFジェイムズ・ガーナー(18歳)もベンチ入りした。3年前にフェイエノールトから下部組織に加わったチョンを除けば、いずれも“国産”の若手プレーヤーだ。

 マティッチ、マタ、ヤングらは先発から外れ、サンチェス、スモーリング、バレンシア、マルアン・フェライニに至ってはクラブを離れた。気づけば26歳のジェシー・リンガードがチーム最年長ということもしばしば。ユナイテッドは、それほど急激に“若手化”へと舵を切った。

クラブのアイデンティティとDNAを持つ選手を

ベッカムやギグスらの若手が躍動し、90年代はリーグを6度制覇した[写真]=Getty Images


「新時代」と言いたくなるが、ユナイテッドの場合は「原点回帰」という言葉のほうが相応しい。オーレ・グンナー・スールシャールは、“若い革命”の伝統を引き継ごうとしているのだ。彼の恩師であるアレックス・ファーガソンは“92年組”を大抜擢したし、もっと遡れば“バズビー・ベイブズ”だっている。だからスールシャールは力強く語る。「サー・マット・バズビーはこう言った。『実力に若すぎるはない』と。我々はその伝統によって築かれたクラブだ」

 確かに年齢は関係ない。肝心なのは実力だ。では、年齢を無視して実力だけを見たらどうなのか。残念ながら今のユナイテッドは、マンチェスター・シティやリヴァプールと争えるレベルにない。今シーズンの目標はトップ4であり、カップ戦でタイトルを取れたら御の字という程度なのだが、現状を見るとそれさえも厳しく思える。近年のユナイテッドの問題である「一貫性のない補強」と「アイデンティティの欠如」は見た目以上に根深い。6位以内でフィニッシュすることさえ危ういのだ。仮に今シーズンのリーグ選抜を作るとして、候補に挙がるような選手は一人もいない。将来が期待されるマクトミネイも、フェルナンジーニョやファビーニョには遠く劣る。ジェイムズをラヒーム・スターリングやモハメド・サラーと比べるのは傲慢すぎる。

 だが、スールシャールは、長期的な利益のために痛みを負う覚悟を決めた。フェライニがいれば助かることもあるだろう。ロメル・ルカクをインテルに手放せば得点力が減少するのは分かっていた。だが彼がチームに残っていたら、「私が見てきた中で最高のフィニッシャーの一人だ」と指揮官が太鼓判を押すグリーンウッドの初ゴールも遠のいていたはずだ。

 つまり、完全な方針転換だ。これまでのユナイテッドは、あまりにもビッグネームにこだわりすぎていた。サンチェス、ラダメル・ファルカオ、バスティアン・シュヴァインシュタイガーといった世界的な大物は、完全に空振りに終わった。だからスールシャールが掲げるスピード重視のカウンター戦術に──本気で──腰を据えるのなら、クラブの方向性は間違っていない。

「スピードとパワー。それが我々だ」とスールシャールは断言する。マティッチやフィル・ジョーンズのような30代が今さら順応するのは難しいだろう。だから若い才能に懸けるのだ。そして、国産化については「ユナイテッドのアイデンティティとDNAを持つ選手を」と指揮官は考える。必ずしも自前の選手でなくてもいい。だが、近年の大物補強の失敗だけは繰り返してはいけない──。

 方向性は定まった。しかし現時点では、いかんせん戦力不足だ。ユナイテッドには“青年たち”で優勝した歴史がある。ポール・インス、マーク・ヒューズ、アンドレイ・カンチェルスキスなどの主力を手放し、1996年に若い力で国内2冠を果たした。だが、そのときだってピーター・シュマイケル、スティーヴ・ブルース、ロイ・キーン、エリック・カントナといった頼れる兄貴分がいた。今はそのリーダー格が不在だし、そもそも若手だって「92年組」に比べたら見劣りする。

 ユナイテッドが栄光を取り戻すには、どうやっても時間がかかる。それは明白だ。では、時間がかかると分かっていて、ベテラン主体でチーム作りをするだろうか。もう答えは出ている。現時点での最善の一手は、「若手化」なのだ。

※この記事はサッカーキング No.007(2019年11月号)に掲載された記事を再編集したものです。

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