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新スタジアムが切り開くトッテナムの新しい時代【雑誌SKアーカイブ】

2020.04.02

2019年4月3日に開場したトッテナム・ホットスパー・スタジアム[写真]=Getty Images

[サッカーキング No.006(2019年9月号)掲載]
今年4月3日、当初のオープン予定だった昨年夏から半年以上も待たされ、トッテナムは仮の本拠地ウェンブリーから“ホーム”に戻った。巨額の借金とリスクは、そのまま未来への投資の大きさでもある。“完璧”なスタジアムとともに、スパーズの新時代が幕を開けた。

文=ジェリー・コックス
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ

 総工費10億ポンド(約1300億円)以上もかかり、1年近くも完成が遅れた。「もう永遠に完成しないのではないか」と皮肉っていたスパーズサポーターは、今ではこう考えている。「完成を待ったかいがあった」と。

 旧本拠地ホワイト・ハート・レーンの跡地に建てられた6万2062人収容の新スタジアム、その名も「トッテナム・ホットスパー・スタジアム」は、世界中のあらゆるスポーツ競技場の中でもトップクラスの施設だ。これでスパーズは、真の意味で欧州のエリートクラブに肩を並べた。

 ダニエル・リーヴィー会長にとっては、大きな賭けでもあった。7年前には多額の資金をつぎ込んで最新式のドーム型練習場を建設し、昨年はその隣に45部屋の宿泊施設も完成させた。そして今回の新スタジアムだ。スパーズは、フットボールの歴史において最もスタジアムに投資したクラブとなった。

あらゆるデザインが、選手とファンを鼓舞する

1万7500席を誇る南スタンドの「白い壁」は相手に威圧感を与える[写真]=Getty Images

 新スタジアムでは、チャンピオンズリーグの常連に定着しつつあるスパーズの華麗なフットボールが楽しめるだけではない。最低でも年間2回はNFL(アメリカンフットボール)の試合が催されるため、多目的な設計になっている。可動式の天然芝の下には、NFLやコンサート時に使用する人工芝が隠れている。さらにフットボール用とは別に、1チームの登録選手が53人もいるNFL用に巨大な控え室まで設けられている。

 スタジアム移転にはリスクもある。例えばアーセナルは、2006年にハイバリーからエミレーツ・スタジアムに移転して以降、アーセン・ヴェンゲル政権の最初10年の栄光は再現できていない。建設費を捻出するために緊縮生活を強いられ、チェルシーやマンチェスター・シティといった金満クラブに追い抜かれた。スパーズが仮の本拠地として使用したウェンブリーで苦労したように、アーセナルも移転当初はピッチサイズの違いにとまどった。

 スパーズも隣人同様に下降線をたどるのだろうか? そうとは限らない。昨シーズン、スパーズはプレミアリーグ史上初のゼロ補強だったのに4位でフィニッシュした。無事にCL出場権を確保できたこともあり、今夏はクラブ記録となる5500万ポンド(約72億円)でリヨンからMFタンギ・エンドンベレを引き抜いた。さらに、補強はこれだけにとどまらないという見方もある。

「我々のポリシーは、可能な限りチームを強化し続けること」とリーヴィー会長は強気な姿勢を取る。「練習場とスタジアムという2つの優先プロジェクトをやり遂げた。これからは商業面の規模拡大だけでなく、チーム強化も推し進めて成功を収めたい」

 ピッチ上での成績という面では、わずか7試合とはいえ、昨シーズンのうちに新スタジアムで公式戦ができたのは大きい。結果は4勝1分け2敗。4連勝と幸先良いスタートを切るも、ウェストハム戦とCLのアヤックス戦を落とした。プレミアリーグのホームゲームで無敗(17勝2分け)だったホワイト・ハート・レーンの最終年(16-17シーズン)と比べると物足りないが、マウリシオ・ポチェッティーノ監督や選手は口をそろえて新スタジアムの雰囲気を絶賛していた。

 特に南スタンドの“白い壁”は相手に威圧感を与えるものだ。単一階層のスタンドとしてはイングランド最大の1万7500席を誇り、このスタンドだけでボーンマスの本拠地の収容人数(1万1329人収容)をはるかにしのぐ。ドルトムントが誇る“黄色い壁”を分かりやすくコピーしたわけだが、世界中のスタジアムの長所を吸収するのは賢明なやり方だ。

 スタジアムの設計を担当した事務所『ポピュラス』のクリストファー・リーは、リーヴィー会長について「いい意味で、これまで仕事をしてきたなかで最も要求の厳しい人だった」と語っている。「アリーナ、空港、コンサート会場など、様々なところに出向いたが、そのたびに彼は特長を真似ようとした。『あそこのバー』、『ここの外装』、『あそこの屋根』といった感じでね。とんでもない数のメールが送られてきた。朝だろうが夜だろうが関係ない。6年前に始動して以降、彼はプロジェクトの完成に向かってものすごい勢いで突き進んでいた」

 スタジアム内のあらゆるデザインが、選手とファンを鼓舞する。壁にはジミー・グリーヴズ、ポール・ガスコイン、グレン・ホドルといった歴代選手の写真やトロフィーが飾られている。「控え室からピッチまでの通路を歩くだけで、クラブの歴史を肌で感じることができる」とポチェッティーノ監督は言う。控え室では最先端のテクノロジーが選手をサポートする。タッチパネルの戦術ボード、大きなモニター、良質な音響、デザイン性の高いトイレ……どこを見ても素晴らしい。

リーヴィー会長が“完璧”を追求した理由

トッテナムの会長を務めるダニエル・リーヴィー[写真]=Getty Images

 私はスポーツ記者を30年務めるなかで世界各国のスタジアムを見てきた。しかし現時点でこのスタジアムを超えるものはないと思う。メディアルームも他に類を見ない。混雑しがちなインタビューエリアは欧州最大規模。クラブテレビ用の常設スタジオはテレビ局のそれと遜色ない。20台のテレビ画面が並ぶカフェ風の部屋には、USB充電とコンセントつきの200席のシートが用意され、レストランのような食事が提供される。試合のない日はカフェとして営業するという。

 もちろんファンにも優しいスタジアムだ。すべての場所でフリーWi-Fiが飛び、スマートフォンの電波も良好。65カ所もある飲食売店は高い質を保ちつつ、イベント会場にしては比較的安価だ。欧州最長だという65メートルのカウンターが自慢の「ゴールライン・バー」の隣にはビールの醸造所まで設置されている。

 これらはファンが早く来て試合後もゆっくり過ごせるようにすることが目的だ。売り上げにつながるうえに混雑の緩和にもなる。リーヴィー会長の理論によると、十分な設備さえ整っていれば、サポーターも試合前後の時間をパブではなくスタジアムで過ごすようになるという。昨シーズンの試合では、物めずらしさも手伝って数時間も居残るファンがいた。

 リーヴィー会長がここまで“完璧”なスタジアムを追求したのは、クラブの価値を高めるためだ。NFLの水準を満たす設備を整え、今秋に開催される2試合を皮切りにNFLと10年契約を結んだ。おかげでスタジアム使用料の収入が見込めるほか、アメリカのスポンサー企業との関係強化も期待できる。現にスパーズは、アメリカの保険会社『AIA』と8年で総額3億2000万ポンド(約420億円)という大規模なユニフォームスポンサー契約を結び直した。マンチェスター・ユナイテッドには届かないまでも、他の欧州勢と比較しても引けを取らない額だ。スタジアム命名権も高値で取引されるだろう。さらにはアメリカ人投資家がクラブの経営権に関与、もしくは買収する噂さえ出ている。

価値を高め続けるために、スパーズは立ち止まれない

18-19シーズン、トッテナムはチャンピオンズリーグ決勝まで勝ち上がり、9500万ポンド(約120億円)の賞金を得た[写真]=Getty Images

 そもそも、リーヴィー会長と彼のビジネスパートナーであるジョー・ルイスは、1990年代にビジネス目的でトッテナムへの投資を始めた。2001年にクラブを買収したときもそうだった。リーヴィー会長は生粋のスパーズファンだが、クラブの価値がピークを迎えたときには売却を検討するだろう。

 その価値を高め続けるためには、立ち止まることは許されない。アーセナルのエミレーツ・スタジアムも当初は最新鋭だった。だが、欧州ではユヴェントスやアトレティコ・マドリードが豪華なスタジアムに移転したほか、レアル・マドリードは総工費5億2500万ユーロ(約630億円)をかけてサンティアゴ・ベルナベウを全面改装する予定がある。国内ではエヴァートンが総工費5億ポンド(約650億円)に及ぶ5万2000人収容の新スタジアムのデザインを発表したところだ。

 クラブの財政面はどうなるだろうか。新スタジアム建設費用のうち6億3700万ポンド(約830億円)は、3つの銀行(うち2つはアメリカの銀行)から借り入れた。25年の返済プランならば、毎年5000万ポンド(約65億円)の支払いが必要になるという。もっともそれは、この新スタジアムには巨額の借金を背負うだけの価値があるということでもある。収容人数は、クラブ所有スタジアムとしてはマンチェスター・Uのオールド・トラッフォードに次いでイングランドで2番目。チケット代を含めたマッチデー収入は、ホワイト・ハート・レーン時代の倍以上の年間1億ポンド(約130億円)が期待できる。

 さらには、NFLを始めとしたイベントの開催による収益も見込まれる。CL決勝を招致できるレベルの設備が整っているため、今後イングランドで国際大会が開かれるなら真っ先に候補地に挙がるだろう。プレミアリーグのバブルも相まって、放映権、スポンサー、グッズ売り上げは過去最高額を更新している。そもそも今年4月に発表された17-18シーズンの決算では、スパーズは世界記録となる1億1300万ポンド(約147億円)の純利益(税引後)を出すほど潤っている。

 巨額の投資ばかりが話題になる一方で、リスクはどうだろうか。決勝まで勝ち上がった昨シーズンのCLでは9500万ポンド(約120億円)の賞金(放映権を含む)が分配されたが、CL出場権を逃せばその収入がゼロになる。海外向けのプレミアリーグ放映権はいまだに右肩上がりだが、国内放映権はアマゾンの参入があったにもかかわらず値が落ちた。とはいえ、経営陣はその辺も計算済みだろう。

 そうなると、最悪のリスクはプレミアリーグから降格することくらいだ。スパーズは10年前、11月まで最下位に低迷した時期があった。万が一降格すれば、クラブの存続すら危うい。しかし、今のスパーズが降格すると本気で心配する者はまずいないだろう。つまり、新スタジアムを手に入れた今、彼らを待つ未来は限りなくポジティブということだ。

※この記事はサッカーキング No.006(2019年9月号)に掲載された記事を再編集したものです。

By サッカーキング編集部

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