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【現地レポート】タイ人が主役の日系クラブ「タイ・ホンダFC」の新たな挑戦

2017.02.10

タイ・ホンダの従業員チームとしてスタートし、後に国内リーグに参戦していったタイ・ホンダFC。長らく2部リーグ、3部リーグを主戦場としてきたが、2017年は久々に1部の舞台に戻ってくる。クラブとして岐路に立つ彼らの未来は、どこに向かうのか――。

文=本多辰成 Text by Tatsunari HONDA
写真= Samurai x TPL Photo by Samurai x TPL

[Jリーグサッカーキング2月号増刊「進化を遂げるタイサッカー」]

日系企業名を冠するクラブ


 2017年のタイリーグに、興味深い名前を持つクラブが加わった。

 タイ・ホンダFC――。

 その名のとおり、本田技研工業のタイ法人であるタイ・ホンダを母体とするクラブだ。政治家や実業家などがオーナーとして経営権を持つクラブが多い中、タイでは珍しく企業名を冠している。日系企業が海外のトップリーグでクラブを所有する例は、世界的にも珍しいだろう。

 クラブの歴史をたどると、その起源は1971年までさかのぼる。当初は従業員のサッカーチームとして誕生し、95年にタイ・ホンダFCとして創設された。タイリーグに参戦するようになり、5部リーグに相当するカップ戦から順調に昇格を続けていく。2006年にはついに1部昇格を果たし、まだタイ国内でも注目度の低かった時代のタイ・プレミアリーグ(当時)で戦っている。だが、07年に16チーム中14位で2部に降格し、その後は下部リーグでの戦いを続けてきた。

 日系クラブ、タイ・ホンダFCに転機が訪れたのは09年のこと。前年に2部リーグで降格圏の13位に終わり、3部リーグを戦うはずのシーズンだった。当時FC琉球ユースの監督を務めていた滝雅美が、タイリーグ史上初の日本人監督としてチームを率いることになったのだ。

 監督就任の経緯は、日本では考えにくいほど唐突なものだったと滝は語る。

「知人を通じて話をもらい、僕としては話だけでも聞いてみようという感じでタイへ来たんです。そうしたら、『明日から監督をやってほしい』という話で(苦笑)」

 その年のタイリーグは揺れていた。リーマンショックのあおりを受け、1部から2部に降格することが決まっていたバンコク・バンクFCがクラブ消滅。その影響で3部降格が決まっていた4チームが2部残留を懸けてトーナメント戦を行うこととなり、タイ・ホンダFCも参戦。滝はタイにやって来た翌週に行われたそのトーナメントで急きょ、監督を務めることとなった。そのプレーオフで連勝しチームを残留させると、そのまま監督として新シーズンを迎えることが決まった。

 だが、まだ真のプロフェッショナルには程遠かった当時のタイリーグ。タイ・ホンダFCも当時は多くが従業員選手だったため、ギャップを感じる面も多く、チーム作りは容易ではなかったという。

「仕事でサッカーをしているようには見えなかったですね。まず走れないし、何の規律もない。練習に来る選手も日によって入れ替わりという状況で、『今日は俺は行かない』とか『今日はバイトがあるから』とか、そういうノリでしたから」

 チーム内のタイ人スタッフとの関係構築も難しい問題だった。突然やって来た日本人監督の存在に不満を持つ者も少なくなく、その結果、1年目が11位、2年目が8位と順位を上げながらも、滝は2シーズンでチームを離れることに。タイリーグ初の日本人監督の挑戦はいったん静かに幕を下ろすことになった。

エンブレムにはホンダ社のバイクの象徴とも言える大きな翼が描かれている


「主役はタイ人選手」


 滝がチームを離れると、苦しい戦いが続いた。翌11年は2部リーグで18チーム中最下位となり、ついに3部降格。12年、13年と3部リーグから抜け出すことができず、タイ・ホンダFCは再び滝に白羽の矢を立てた。

「日本に帰って半年くらいした頃から『戻ってきてほしい』という連絡はもらっていたんですが、戻っても同じ状況なら意味がないので断っていました。それでも、半年おきくらいにずっと連絡は来ていて。それで『この条件を全てクリアできるなら』というものを提示した上で、復帰することを決めました」

 滝が提示した条件は練習場の整備などの環境面も含め、前回の反省を生かした多岐にわたるものだった。実際にチームに合流すると条件が反映されていない点も多々あったが、その中でも1年目からすぐに結果を残す。3部リーグのバンコク地区を年間わずか1敗という圧倒的な成績で制すると、各地区の優勝チームで昇格を争うチャンピオンズリーグでもグループ1位となって3シーズンぶりの2部昇格を決めた。

 滝が日本に戻っている間に、タイリーグを取り巻く環境は劇的に変化していた。リーグは急速な成長を遂げ、10年頃には数名ほどしかいなかった日本人選手も一気に50名を超える水準に。監督やコーチ、フロントスタッフなどにも日本人を起用するクラブが多く生まれていた。

 滝も2部リーグに昇格した2年目になると、チームに日本の血を注入していく。元HONDAFC監督の前田仁崇をコーチとして招へい、さらにタイリーグのチェンライ・ユナイテッドでGMを務めていた鈴木勇輝をスカウティング担当に据えて1部昇格へ向けた体制を整えた。だが、15年シーズンは6位に終わり、1年での1部昇格はならず。16年は2部昇格にも貢献したサイドバックの樋口大輝、ヴァンフォーレ甲府、京都サンガF.C.などでプレーしたセンターバックの秋本倫孝、さらに12年からタイでプレーし高い評価を得てきた中盤の馬場悠企を加えて、日本人選手も3名の体制で再び1部昇格に挑むシーズンとなった。

 そして、16年の開幕前にも大きな変化があった。滝は自ら監督を退き、GMという立場でチームを支える体制に移行したのだ。

「タイリーグで多くの日本人監督が指揮してきましたが、長続きする監督は少ないのが実情です。では、彼らが指導者として能力がないのかといえば、もちろん違います。タイで監督をやってきて感じるのは、あくまでも主役はタイ人選手だということ。外国人はそれをサポートする役割に回ったほうがうまくいくんです」

 監督にはほぼ無名の存在だったタイ人のシリサック・ヨーヤタイを招へい、滝は直接現場に関わらず、後方からのバックアップ役に徹した。現場の問題に関してはコーチの前田と連携を取り、戦力補強の面ではスカウティングを担当する鈴木がチームに必要な選手をピックアップしてくる。日本人が陰から支える体制でチームは昇格争いを続けると、後期から加入したブラジル人FWラフィーニャの活躍もあって見事にリーグ優勝。無名だったシリサック監督は、就任1年目で昇格に導いた実績が評価されてタイスポーツ省から優秀監督として表彰を受けた。

 滝が思い描いた形が見事に機能し、タイ・ホンダFCは10年ぶりに1部の舞台に返り咲くこととなったのだ。


岐路に立つ日系クラブ


 タイ・ホンダFCのエンブレムには、翼の強調された赤い鷲のマークがデザインされている。ホンダブランドのバイクに描かれているもので、ひと目で「あのホンダ」のクラブであることが分かる。しかし今、タイ・ホンダ社とクラブの関係は岐路に立たされていると滝は語る。

「もともとタイ・ホンダFCは従業員のために作られたチームなので、社員たちにとっても『自分たちのクラブだ』という感覚が強くあります。ただ、完全にプロのクラブとなれば当然、元々の存在意義とは違うものになっていきます。東南アジアでのホンダのバイクのシェアは75パーセントですから、会社としても広告塔としての必要性はそれほど感じていないでしょう。これからクラブがどういう方向に向かっていくのか、難しいところでもあるんです」

 本田技研工業は本業に直結するモータースポーツを除いて、基本的にプロスポーツのチームを保有していない。そのため、タイ・ホンダFCも18年シーズンにはチーム名から「ホンダ」の名前が消える可能性が高いという。クラブはすでに15年度から運営会社を別に設立し、タイ・ホンダ社はメインスポンサーとして関わる形を採ってきた。従業員のチームとして生まれたクラブは大きく育ち、今、親元を離れて羽ばたこうとしている段階にあるのかもしれない。

新たな挑戦への第一歩


 タイ・ホンダFCにとって10年ぶりとなる1部リーグは、厳しい戦いが予想される。1部リーグの平均的なクラブの年間予算は約1億5000万バーツ( 約4億8750万円)と言われる中、タイ・ホンダFCの予算は1億バーツ( 約3億2500万円)に満たない。限られた予算でムアントン・ユナイテッドやブリーラム・ユナイテッド、バンコク・ユナイテッドといったビッグクラブに対抗するのは容易ではないだろう。

 そんな中、攻撃のカギを握るラフィーニャ、守備の要である秋本らの残留が決定。ジェフユナイテッド千葉のユース育ちで、昨シーズンはアルビレックス新潟シンガポールの4冠達成に貢献したMF乾達朗を獲得するなど、新シーズンへ向けた補強を着々と進めている。

「最終的にはAFCチャンピオンズリーグ出場を目指すと言ってきましたが、今はまだそういう時期ではありません。基盤がまだしっかりしていない段階なので、まずはきっちり残留することを目指していきます」(滝)

 日本企業の名を冠して海外リーグを戦う異色のクラブ、タイ・ホンダFC。「ホンダ」の名を背負っての最後となるかもしれないシーズンが、間もなく始まる。

By サッカーキング編集部

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