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【SKアーカイブス】アヤックス:革命に挑む「未来」という名の育成組織(2012年)

2011-12シーズン、16年ぶりにエールディヴィジ連覇を達成。左からデイリー・ブリント、エリクセン、オーイェル、ヴェルトンゲン

[ワールドサッカーキング No.204(2012年1月19日号)掲載]

 2010-11シーズンのエールディヴィジ最終節。2位アヤックスは首位トゥヴェンテを直接対決で破り、実に7シーズンぶりとなるリーグ優勝を達成した。41歳のフランク・デ・ブール監督のもと、アヤックスが名門復活を遂げたのはなぜだろうか? それを語るには、アヤックスの伝統ともいえるアカデミー、“デ・トゥコムスト”の存在を欠かすことはできない。次世代のエースと評判のクリスティアン・エリクセンを筆頭に、主力メンバーの大半がアカデミー出身の選手だったからだ。

 1990年代、世界最高のアカデミーを作ることで欧州の頂点まで駆け上がったアヤックスは、再びアカデミーの力でよみがえろうとしている。世界最先端を切り拓く未来のユース育成システムを知るべく、取材陣は文字どおりオランダ語で「未来」を意味する“デ・トゥコムスト”を訪れた。

文=アンディ・マレー/FourFourTwo
翻訳=フットメディア

 

アヤックスから生まれた育成哲学

 ウェストハムから4人、アーセナルから2人。ワトフォード、リーズ、チェルシー、リヴァプール、アストン・ヴィラ、エヴァートン、ノッティンガム・フォレスト、レスターから1人ずつ。南アフリカ・ワールドカップに挑んだイングランドは、ドイツに敗れてベスト16に終わった。この試合に出場したイングランド代表の14人は、異なるスタイルを持つ10クラブのユースアカデミー出身で、それぞれのキャリアはバラバラだった。

 その2週間後、決勝を戦ったオランダ代表には、アヤックス・ユース出身の選手が7人もいた。マールテン・ステケレンブルク、グレゴリー・ファン・デル・ヴィール、ヨン・ハイティンハ、ナイジェル・デ・ヨンク、ウェスレイ・スナイデル、ラファエル・ファン・デル・ファールト、エルイェロ・エリア。対するスペイン──この決戦に勝利して世界王者になった──には、バルセロナで育成された選手が7人いた。イングランドのフットボール関係者にとっては衝撃的な事実だろう。

 オランダの快進撃はアヤックスなしには語れないし、それは今回のW杯に限った話でもない。1960年代、リヌス・ミケルスという戦術家が編み出した──そして10年後にバルセロナへと伝えた――アヤックスの流れるような“トータルフットボール”によって、オランダは世界的なフットボール大国となり、学校スポーツでも盛んではなかったフットボールをほとんど国技のレベルにまで高めたのだ。それ以来、オランダでは多くのクラブがアヤックスを理想のモデルとしてコピーした。中でもPSV、フェイエノールト、そしてAZはそのノウハウを完璧にコピーして、2000年代にはオリジナルを上回るほどのユースアカデミーを作り上げた。

 存在感の薄れていたアヤックスが再び注目されたのは、昨シーズンのことだ。2010-11シーズン最終節、トゥヴェンテとの優勝決定戦を制して、アヤックスは7シーズンぶりにエールディヴィジを制した。成熟期を迎えたチームには、ステケレンブルクとファン・デル・ヴィールのほか、次世代のエースとして期待されるクリスティアン・エリクセン、成長著しいFWシーム・デ・ヨンク、トリッキーな左ウイングのロレンツォ・エベシリオ、鉄壁の最終ラインを築くヤン・ヴェルトンゲンとトビー・アルデルヴァイレルトといった、アヤックス・ユース出身選手が主力としてプレーしていた。

 この状況で思い出されるのは、1995年にチャンピオンズリーグを制したチームだ。デ・ブール兄弟、パトリック・クライファート、エドガー・ダーヴィッツ、クラレンス・セードルフ、ミヒャエル・ライツィハー、エドヴィン・ファン・デル・サール。欧州を制したチームの大半が、アカデミーで育った選手だった。

 オランダ代表の成功と、アヤックスの復活。この2つの事柄に興味をそそられた我々は、オランダ語で「未来」を意味するアカデミー、“デ・トゥコムスト”を訪れた。次々と優秀な選手を生み出し続ける育成組織が、どんな取り組みを行っているかを、この目で確かめるためだ。

2010年の南アフリカ・ワールドカップ決勝。オランダ代表の先発メンバー11人のうち、ステケレンブルク、ファン・デル・ヴィール、ハイティンハ、デ・ヨング、スナイデルの5人がアヤックス・アカデミー出身だった

“ファミリー”への強いこだわり

 我々を固い握手で歓迎してくれたダヴィト・エントは、アヤックスの生き字引とも言える人物だ。現役時代は1970年代の黄金期をヨハン・クライフ、ヨハン・ニースケンスとともに支え、引退後はクラブの広報担当として働き、現在はファーストチームのGMを務めている。エントはクラブに4つのチャンピオンズカップと、30のリーグタイトルをもたらした理念をこう表現した。「我々は常に冒険的だ。攻撃し、チャンスを作り、スピードに乗ってプレーする」。さらに、育成についてはこう語っている。「我々は他のクラブのために選手を育てているわけではない。自分たちが目指すスタイルを実現させるためだ」

 テクニックに優れた若いタレントをスカウトする──。それはどのクラブでもできることだ。アヤックスが他のクラブと決定的に違っているのは、選手の人間性を重視している点だという。2007年からアヤックスのリザーブチーム、ヨング(ヤング)・アヤックスを指揮するヤン・オルデ・リーケリンクが、その理由を説明してくれた。「我々が子供たちに教える最も大事なことは、自己責任だ。この施設から一歩外に出た瞬間、家に帰るのも、マクドナルドに寄るのも自由だからね。彼らが何をしても私は怒鳴ったりしない。でも上を目指すのなら、自分が何をすべきかを自分の頭で理解しなければならない」

「女の子と遊んだり、パーティをしたり、フットボールに集中できなくなってしまった選手がたくさんいた」と語ったのはスナイデルだ。彼は16年前、リーケリンクが初めて指揮したUー11のチームでプレーしていた。「僕より才能があった選手が、チームを去っていくのを何度も目にした」

 だからアヤックスは、クラブの根底にある“ファミリー”へのこだわりを見直した。2年前、トップチームはアムステルダム・アレナの敷地内でトレーニングするのをやめ、全カテゴリーのチームが“トゥーコムスト”に集まるようにした。「ファミリーとしての一体感、ユースチームとのつながりを欠いていた」とエントは説明する。「だから我々はクラブの中心部に戻ってきたんだ」

 偉大な1995年の優勝メンバーの一人、フランク・デ・ブールもエントに同意する。「アカデミーがクラブの心臓なんだ。ここで学んだことが、我々の血となって血管を流れている。トップチームの選手を毎日見学できるんだから、若手にとっても大きなモチベーションになるだろう。私がアカデミーにいた頃も、トップチームの選手が自分たちを見に来てくれると、誇らしく感じたものだ」

 19歳のエリクセンは、自分が育ったアカデミーについて「独特なオーラと伝統を感じる」と言う。そして、クラブが一貫して4ー3ー3のフォーメーションを採用していることを強調した。「僕は毎年同じシステムでプレーしてきた。トップチームに上がったときも、驚くほどスムーズにプレーすることができた」

 デンマーク生まれのエリクセンは、ベルギー人のヴェルトンゲンやトーマス・ヴェルメーレン(アーセナル)と同じく、国外からアヤックスのアカデミーの門をたたいた。彼らのような外国籍選手がアカデミーで育ったのは、1996年のボスマン判決以降、アヤックスがスカウティング網を広げてきた成果と言える。しかし、エントはこう断言する。「アムステルダムから200キロ離れた場所で12歳の少年を見つけたら、絶対にすぐには獲得しない」。ここでもキーワードは“ファミリー”だ。「本人の準備ができるまで待つし、アムステルダムへ来てもらう際はホスト・ファミリーを用意する。我々はビッグクラブのようなやり方をするつもりはないよ」

 しかし、16歳でスカウトされたエリクセンのケースと、例えばアーセナルが次のセスク・ファブレガスをバルセロナの下部組織から獲得するのでは、何が違うのだろう。エントは即座にこう答える。「アカデミーに外国籍選手を迎え入れるときは、できるだけ普通の生活を送れるように注意を払っている。だからオランダ語か、英語を理解できる選手しか獲得しない。デンマークは言語的にも似ているから、エリクセンや(ニコライ)ボイレセンはすんなり生活に順応できた」

 もう一つ重要な特徴は、「勝利を優先しないこと」とエントは言う。「各年代で王者になることがゴールではない。大事なのはトップチームに入り、そこでトロフィーを手にすることだ。その過程では負けたっていいし、むしろ成長のためには挫折を経験しなければならない」。このため、アヤックスには子供を怒鳴る監督はいない。コーチにあれこれ要求する親も、監督を叱り飛ばす役員もいない。「育成には競争も必要だ」と考える者は、このアカデミーから巣立った選手のリストを見て黙り込むしかない。

エリクセンは2010年に17歳でトップデビュー。当時の背番号は「51」だった。翌2010-11シーズンに主力としてリーグ優勝の立役者に

本格導入された独自のプログラム

 我々は以前にも“トゥコムスト”を訪れたことがある。4年前に取材したときは、新しいスナイデルも、新しいファン・デル・ファールトも発見できず、タイトルからも遠ざかっていた。それが、現在は状況が一変している。当時はまだ導入段階にあった最新式の「アスレティック・スキルズ・プログラム」が、今では本格的に運用されている。

 これはアカデミーの7歳~24歳の選手向けに作られた運動機能を高めるプログラムで、現代オランダ人のライフスタイルで身についてしまった肉体的な弊害を取りのぞくように設計されている。かつての名選手クライフは、夏のオフシーズンには野球をプレーしていた。同じくマルコ・ファン・バステンはテニスの有力選手でもあった。さまざまな種目をこなしたり、ストリートで自由に遊んだりしない選手は、コーディネーション能力(感覚機能の統合能力)が育ちにくく、スキルが成長しにくいのだという。

「12歳以下の子供については、技能の向上は求めていない」。トップチームのフィットネスコーチを務めるレネ・ヴォームハウトはそう説明する。「走る、跳ぶ、投げる、捕るといった、コーディネーション能力をあらゆる面で伸ばしたい。競技に関係なく、アスリートには確かな土台が必要だと私は信じている」。13歳までは、フットボールの専門的な練習は全体の40パーセントに抑えられている。比重が大きいのは柔道や体操だ。「柔道と体操には、私の注目する基本運動技能が盛り込まれている」。ヴォームハウトは、そのプログラムがアヤックスにしかないものだと自負している。「柔道は体を鍛えられるだけでなく、メンタルのトレーニングにもなる。規律を学ぶことができるし、負けることや勝つこと、仲間と一緒に何かをすることを覚える」。15歳以上になると、柔道と体操の代わりに特別な体力強化トレーニングとヨガに取り組む。単なるフットボール選手でなく、万能型のアスリートを作るためのプログラムだ。

「20年前に、今のようなアスリートタイプの選手は見当たらなかった」と語るのは、ユース育成責任者のリーケリンクだ。「現代のフットボールに対応するには、トップレベルで争えるアスリートを育てなければならない。そして楽しむことも重要だ。我々のあらゆる指導の基本だよ。楽しくなければ、選手は本気で取り組まない。体力をつけたいからって、我々はやみくもに走らせたりはしない」

アヤックスのユース育成の基本理念は2つ。「アスリートの土台となる能力を育てること」と、「楽しむこと」だという

世界が注目する最新鋭の施設

 アカデミーの子供たちは“デ・トゥコムスト”で週4日、1日5時間の練習をこなす。そのすべてがデータに記録されている。「トップチームには数年しかいない選手もいるが、ユースの選手たちは10年以上を過ごす場合もある」。スポーツサイエンス責任者のエドウィン・ゴエダールはそう説明する。「だから時間をかけて、若手の成長を分析している。選手の能力が向上する可能性は、トップチームの選手よりはるかに高いからね」

 オランダ代表、AZ、そしてアヤックスで20年にわたってフットボールに関わってきたゴエダールは、アヤックスの最新の革新、「マイコーチ・パフォーマンス・センター」の推進役を務めている。スポンサーであるアディダス、エイゴンの両社の資金協力を受けて建設された白いドーム型の施設は、ヨーロッパの多くのクラブがうらやむ対象だ。ゴルフボールのような外観のなかに、感圧プレート、生体力学解析用のカメラ、練習試合用の人工芝のピッチが備えられ、施設の外にも、“デ・トゥコムスト”の9面のピッチのうち3面をカバーするカメラが設置されている。これによって全コーチ、選手に詳細なデータのフィードバックが提供される。

 空気圧が標準化されるように紙の靴に履き替え、ガラスのドアを通る。まるでフットボールクラブのアカデミーではなく、NASAの研究施設に迷い込んでしまったような気がする。この最新トレーニング施設の設備を見れば、誰もが目を丸くするだろう。全面に人工芝を敷いた「マイコーチ・パフォーマンス・センター」の1号室は、ボールを蹴る動作の生体測定専用ルームになっている。10台のカメラが選手の動作を360度のイメージで捉え、感圧プレートでヒザと足首の力を計測する。例えば、ヒザをケガした選手の治療前と後の変化なども調べることができる。

 メインホールのフルサイズのピッチには、2つの追跡システムがある。GPSで心拍数や走行距離などのデータはもちろん、最先端のセンサーを駆使して多様なデータを計測できる。「フットボールでは加速と減速を繰り返すから、エネルギーを過剰に消耗しないことが重要になる」とゴエダールは説明する。「データは選手たちの着用するベストからリアルタイムで転送される。ベストは各選手の位置や動きを追い、相手選手と相対した場合の選手の動きや、守備ラインの陣形も確認できる」

 薄型のモニターとコンピュータが並ぶ部屋で、ゴエダールはシステムの能力を説明してくれた。トレーニングセッションのリプレイ画面の隣では、ゲームソフトの『フットボール・マネージャー』のように、3Dのピッチ上に選手たちがドットで表示されている。ある選手の視点からアクションを見ることも、広いアングルで見ることもできる。更にフィジカルデータも同時に測定している。

 これらのデータを、ゴエダールは数値が低い選手を罰するためでなく、能力を向上させるために使いたいと考えている。彼は、イングランドではランニングに出た選手たちが通りの角を曲がるとメーターの数字だけ上げ、コーチを騙してしまうという話を聞いた。「システムを利用した結果がそれなら、何の意味もない」。このシステムで重要なことは、有効性を監督やコーチが理解することだ、と彼は力説した。「このシステムは特別な価値を与えてくれる。しかし、設備をそろえるだけなら誰でもできるんだ。大事なのは、データを読み、役立たせる人間がクラブにいるかどうかだ」

 もっとも、アヤックスがこの最先端の施設に費やした金額は、(ルイス)スアレスやスネイデルを売却した移籍金のほんの一部に過ぎないという。

「デ・トゥコムストの一角にそびえるドーム型の施設。「マイコーチ・パフォーマンス・センター」は、アヤックスの科学的な育成アプローチの象徴とも言える

1パーセントを向上させる努力

「選手の能力の85パーセントは才能で決まる」というのが、ゴエダールが長年フットボールの育成に関わってたどり着いた結論だ。「マラソンで勝つには良い親を選ぶ必要がある。つまり遺伝がほぼすべてなんだ。フットボールはそこまでではないが、練習で伸びるのは20パーセントくらいだろう。そこをあと1パーセントでも向上させることができれば、チーム全体で見れば11パーセントになる」

 アヤックスのコーチ陣はデ・ブール監督を筆頭に、この新しいプログラムの成功に賭けている。「アカデミーは過去の実績に頼ってはいけない」。自身がこのアカデミーで育ち、現役時代に112のオランダ代表キャップを刻んだ監督はそう言う。「ここでは若手選手のメンタルとフィジカルを管理できる。そのうでに、これまでクラブが培ってきた精神力、技能、戦術を加える。我々はさらに進化することができるはずだ」

 エントもアヤックス独自の育成システムを作り出せると確信している。「アヤックスの誰もが一つの目標を持っている。若手選手を偉大なフットボーラーに育て上げることだ。もちろん、人は常に成功を真似したがるものだ。いずれ世界中のクラブがこの施設をコピーするだろう。しかし我々のメンタリティ、この場所の空気感、アムステルダムをコピーすることはできない」。それは我々が“デ・トゥコムスト”を取材している間、何度も耳にした言葉だった。

 最後に1991年のエピソードを紹介しよう。ユトレヒト郊外の労働者階級が住む地域、オンディープから7歳の少年が“デ・トゥコムスト”にやって来た。初めての練習を終えると、彼は40分の道のりを歩いて帰った。スキルアップの個人練習に使う、ひも付きのボールを手にぶら下げて――。その週のうちに、彼は“宿題”の成果をコーチに見せなければならなかった。それから19年の歳月と、数え切れない宿題を経て、彼はこう言った。「アヤックスのアカデミーは世界一だ。間違いなくね」

 アカデミーの同世代で最も多くのタイトルを手にしてきたスナイデルの言葉だ。

※この記事は、『ワールドサッカーキング』 No.204(2012年1月19日号)に掲載された記事を再編集したものです。

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