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人生を左右する大舞台へ…五輪代表入りの上田綺世「チームを勝たせるのが仕事」

東京五輪のメンバー入りを果たした上田綺世 [写真]=Getty Images

 6月22日、東京五輪日本代表メンバー発表会見が行われた。壇上の森保一監督は、GK大迫敬介を皮切りに1人1人名前を読み上げていく。17人目の前田大然が終わり、ラストの18番目に呼ばれたのが、上田綺世だった。

「ホッとしていますけど、これがゴールじゃない。むしろスタートラインです。開幕まではそう長くないので、よりいいパフォーマンスを出せるようにしていきたい」と彼は安堵感をにじませつつ、大舞台へ目を向けていた。

 6月の最終候補合宿で前田、林大地、田川亨介を含む4人が呼ばれたFW陣は大激戦と言われた。2017年12月のチーム発足当初からコンスタントに招集され、2019年にはA代表の一員としてコパ・アメリカ(ブラジル)やEAFF E-1選手権(釜山)にも参戦した上田は当時から「絶対的エースFW候補」と位置付けられていた。しかしながら、2019年夏に法政大学サッカー部を退部し、鹿島アントラーズ入りしてからは、必ずしもすべてが順風満帆というわけにはいかなかった。それだけに、危機感は強かったに違いない。

 鹿島入り後を改めて振り返ってみると、最初の半年間はプロの壁に直面。思うような仕事ができずに苦しんだ。チームもJ1リーグ3位に終わり、2020年元日の天皇杯決勝ではヴィッセル神戸に惜敗。無冠に終わった。

「残り5試合の中で『勝てばJ1優勝』という状況で逃したのは、間違いなく得点力不足が関わっていると思うんです。毎試合3点ずつ取れていたら絶対優勝できていた。そういうところで点を取れる選手に成長したいなと、僕は今、強く思っています」。実質的なルーキーイヤー開幕を目前にした2020年2月、彼は目をぎらつかせていた。

 だが、ご存じの通り2020年シーズンは予期せぬコロナ禍に見舞われ、リーグは長期中断。東京五輪も1年延期という異例の事態になった。7月にJ1が再開されたが、上田自身は負傷に見舞われ、なかなか調子が上がらない。常勝軍団をけん引する点取り屋の1人として責任を痛感したことだろう。そんな苦境下でも、鹿島ユースに上がれず、大学経由で日の丸をつけるところまで這い上がった男はめげなかった。「今、必要なのは成功体験をつかむこと」とプラス思考で取り組み、10月以降はゴールを量産。最終的に2ケタ得点を記録した。

 これで完全復活を果たしたかと思いきや、2021年に入っても負傷との戦いは続き、何度も離脱を繰り返すことになった。

「状態が上がってきてケガという連続。ケガをしないこともいい選手の条件だと思う」と本人も悔しさを味わい続けた。3月のU-24日本代表活動を棒に振り、4月には自身を重用してくれたザーゴ監督が解任されるといったアクシデントも発生。さすがの上田も東京五輪が遠のく感覚を覚えたこともあっただろう。

 度重なる困難を乗り越え、夢舞台を引き寄せるには、目に見える結果を出すしかない。5月から鹿島で先発に戻った上田は6月のU-24代表にも復帰。最終アピールの場となった12日のジャマイカ戦(豊田)で華麗なループシュートを決め、底力を見せつけた。「いざという時に点の取れる存在」であることを実証した22歳のFWは森保監督の信頼をガッチリとつかみ、ついに18人の座を射止めた。

「(2017年12月のチーム発足から)3年半は長かったですね。去年はほとんど活動もなかったですけど、僕は環境や立場、プレースタイルもガラっと変わったので、すごく長かったかなと感じています」と上田はここまでのサバイバルの厳しさを改めて噛み締めた。

 ただ、彼自身も強調した通り、メンバー入りは金メダルへの挑戦のスタートに過ぎない。日本は7月22日の南アフリカ戦を皮切りに、中2日でメキシコ、フランスと対峙する。1次ラウンドを勝ち上がっても強豪を倒し続けなければ頂点に立てない。守備陣は吉田麻也を筆頭にオーバーエージ(OA)と冨安健洋ら海外組で固めているから安定するだろうが、前線のアタッカー陣が点を取らなければ勝てない。上田は日頃から「FWは点を取ってチームを勝たせるのが仕事」と口癖のように言い続けているが、それを実行しなければ、偉業達成はあり得ないのだ。

「僕の勝手なイメージですけど、外国人は強くてデカいけど、日本人よりスキが多かったり、連携ができていなかったりするところがある。つぶされることは多々ありますけど、背後の動きをしたり、相手のスキを狙っていけばチャンスは作れる。継続してそこを狙い続けること、相手を見て準備し続けることが大事だと考えています。今回、OAが前線にはいませんけど、それをチャンスだと思って戦えたらいい。金メダルという目標に向かう一員としてチームに貢献したいと思います」

 五輪メンバー選出会見でも普段通りの淡々とした口ぶりで自身のやるべきことを語った上田。思考のストライカーはどんな時も冷静沈着に物事を客観視できるのだ。鋼のメンタルは特別な重圧のかかる自国開催の五輪を戦い抜くうえで必要不可欠。22歳とは思えない落ち着きを備えた彼ならば、修羅場を潜り抜けられるはず。今から期待は高まる一方だ。

「東京五輪は1年延期になりましたけど、僕のキャリアにとっても、日本のサッカー史にとってもすごく大事な大会。僕自身も賭ける思いは強い。これをステップアップにつなげられる大会にしたい。自分のキャリアの大きな分岐点になると思っています」

 こう語気を強めた上田はここから世界へと羽ばたくことを夢見ているはず。かつて「欧州5大リーグで活躍したい」と語ったこともあるだけに、世界のスカウトの度肝を抜くような仕事を見せつけてほしい。

 思い起こせば、今から20年前の2001年。鹿島のレジェンド・柳沢敦(現ユース監督)はイタリア相手に強烈な一撃をお見舞いし、セリエA移籍を勝ち取った。果たして上田綺世は偉大な先輩と同じようなキャリアを辿れるのか…。自身の人生を左右する灼熱の夏は間近に迫っている。

文=元川悦子

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