2019.08.11

指折りの実力とブランド力、メガクラブへの登竜門…中島翔哉の新天地・ポルトってどんなチーム?

[写真]=Getty Images
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「もしチャンスがあれば、将来はポルトでプレーしたい」

「リトル・エンペラー」と称されるほどのインパクトを残したポルティモネンセ時代、中島翔哉は現地メディアに夢を語った。時を経て2019年7月6日、ポルト伝統の青白のユニフォームを身にまとう中島の姿が、ポルトガル全土を駆け巡った。

 移籍を公表するやいなや、ポルトはクラブの公式Twitterに中島のインタビューを掲載。そこには「ポルトのユニフォームを着て、一員になれてすごく嬉しい」と夢の実現に満面の笑みをもらす中島の表情があった。

 日本人初、アジア人としては元韓国代表ソク・ヒョンジュンに次ぐ2人目。これまでアジアとは縁遠かったポルトに、日本代表次代のエースが加入したのは、日本サッカー界にとって大いなる一歩と言えるだろう。このポルトというクラブが誇るヨーロッパでの実力・ブランドと日本人選手が紐付くことは、中島にとっても日本サッカー界にとっても、さらなる発展を予感させる。

過去17年のリーグタイトルを独占する“2強”の一角

ポルトとベンフィカは過去17シーズンに渡りリーグ優勝を争ってきた(左:ダヴィド・ルイス 右:フッキ) [写真]=Getty Images


 ポルトは、ベンフィカと双璧をなす「ポルトガルの2強」の一角だ。ポルトガルリーグは「“3強 (トレス・グランデス)”が支配するリーグである」と言われて久しいが、スポルティングは2001-02シーズン以来約20年もリーグタイトルから遠ざかっており、近年は優勝争いにすら絡めていない。スポルティングが最後にリーグ優勝を飾ってからは、ポルトが10回、ベンフィカが7回とリーグタイトルを両者が独占。わずかだがポルトが上回っているような状況だ。

 また、ポルトは国内リーグだけでなく、ヨーロッパの舞台でも安定的に存在感を示している。ヨーロッパカップが現行のチャンピオンズリーグ(CL)に名称を変更した1992年以来、ポルトはこの欧州王者を決める由緒ある大会に23回も出場。これは、スペインの2大巨頭レアル・マドリードとバルセロナに並ぶ数字だ。

「ポルトガルでは最高級のチームのひとつであり、ヨーロッパでも指折りの強豪クラブ」――。これが、ポルトの実力を端的に示す表現だろう。特に21世紀に突入してからは、後世に語り継がれるべき印象的なシーズンを度々送ってきた。以下、3つ例を挙げよう。

全世界に轟いた『ポルト』と『ジョゼ・モウリーニョ』

2003-04シーズン、ポルトはモウリーニョ監督の下、CL制覇を達成した [写真]=Getty Images


 まずは、2002-2004シーズンのジョゼ・モウリーニョ監督期。リーグ2連覇のみならず、UEFAカップ(現行のEL)とCLを連続で獲得するという、ポルトガルのクラブとしては歴史上類を見ない偉業を達成し、『ポルト』と『ジョゼ・モウリーニョ』の名を全世界に轟かせた。

 モウリーニョは「ポルトガル人監督」というブランドを全世界に広げるパイオニアとなった。彼に師事したリカルド・カルバーリョやデコらは、その後欧州のスター選手の仲間入りを果たす。また一部の選手たち、すなわちヌーノ・エスピリト・サントやセルジオ・コンセイソンらは、今では欧州を代表する次世代の名将候補として、当時の指揮官ジョゼ・モウリーニョの足跡を追っている。

4冠と2季連続の無敗優勝を達成し崇拝の対象に

2010-11シーズンにはファルカオ、フッキ、ハメスらを擁し、ELを含む4冠を達成 [写真]=Getty Images


 次いで、そのモウリーニョのもとで分析官を務めていたアンドレ・ビラス・ボアスと、彼の跡を継いだヴィトール・ペレイラが指揮を執った2010-13の3シーズン。前者はリーグ無敗優勝と当時最年少でのEL優勝を含む4冠を達成し、1年でクラブを勇退。後者はコーチを務めたビラス・ボアス監督期から2年連続でリーグ無敗優勝を成し遂げた。選手としても、2年連続でリーグMVPを獲得したフッキ、EL得点王を戴冠したラダメル・ファルカオ、のちにW杯得点王の栄誉を授かるハメス・ロドリゲスなどを輩出し、まさにポルトの一時代を築き上げた。

 ちなみに、ポルトのかつてのホームスタジアム「Estádio das Antas(エスタディオ・ダス・アンタス)」は、EURO 2004の母国開催に伴い、現在のホームスタジアム「Estádio do Dragão(エスタディオ・ド・ドラゴン)」に建て替えられた。創立10周年を迎えた2013年には、隣接するミュージアム「Museu Futebol Clube do Porto(ミュジ・フットボール・クルブ・デ・ポルト)」が建設されたが、そこにはモウリーニョやビラス・ボアス、フッキらの像が建立され、今でもポルティスタにとって崇拝の対象としてまつられている。

モウリーニョを上回り覇権奪還を成し遂げた現指揮官

2017-18シーズンはベンフィカのリーグ4連覇を阻止した [写真]=Getty Images


 ハイライトの最後は、現監督のセルジオ・コンセイソンが王座奪還を果たした2017-18シーズンだ。ベンフィカにリーグ4連覇を許し、5連覇を阻止せんと意気込んだ監督初年度に、モウリーニョが2002-03シーズンに記録したクラブ歴代最多勝ち点記録86を上回る同88を積み上げ、ポルトに5シーズンぶりのリーグタイトルをもたらした。

 2018-19シーズンこそ、ベンフィカにリーグタイトルを譲り、2つの国内カップ戦はスポルティングの後塵に拝する屈辱に見舞われたが、CLではベスト8まで進出。この年優勝を飾ることになるリヴァプールにこそ敗れはしたが、ベスト16では延長戦の劇的ゴールでローマを下すなど、ポルトにかつての勝負強さを取り戻す2シーズンを過ごした。

 このような印象深い歴史を経て迎える2019-20シーズン。セルジオ・コンセイソン率いるポルトは、上記2シーズンで完成させたチームのいちサイクルを終え、転換期を迎えようとしている。

中島翔哉への期待が重くなる理由

カシージャスの離脱をはじめ、主力数名がチームを去り、ポルトは転換期を迎えようとしている [写真]=Getty Images


 守護神のイケル・カシージャスは、シーズンオフに心筋梗塞で倒れ、今シーズンのプレーは見送りに。クラブスタッフとしてチームの成長を手助けしながら、自身も回復を図る1年間を過ごす。

 守備の要であった2人のブラジル人、エデル・ミリトンとフェリペは、それぞれレアル・マドリードとアトレティコ・マドリードに移籍。アトレティコには、昨季キャプテンを務めた中盤の要、メキシコ代表MFエクトル・エレーラも引き抜かれた。

 攻撃の主軸であったアルジェリア代表FWヤシン・ブラヒミは、アル・ドゥハイルから加入した中島翔哉と入れ替わる形でカタールへ。欧州各国クラブからの関心が伝えられる中、フリーでアル・ラーヤンへと移籍した。(ブラヒミのゼロ円移籍については、選手を「安く買って高く売る」商売に秀でたポルトが、珍しく売却の判断を読み違えた失敗例と言えよう)

 彼らはまさに、セルジオ・コンセイソンが2シーズンで築き上げた黄金時代を彩る中心選手。その穴を埋めるために、今季から日本代表MF中島翔哉、コロンビア代表FWルイス・ディアス、アルゼンチン代表SBレンゾ・サラビアら、それぞれの所属国からコパ・アメリカに出場した若き代表選手を獲得し、チームの再構築に挑んでいる。

 セルジオ・コンセイソンは、対戦相手に応じて4-4-2と4-3-3を使い分ける。中島翔哉はいずれの場合も、ポルティモネンセや日本代表と同様、得意の左サイドが主戦場となるだろう。ポルトの左サイドは、チームの得点機が多く演出されるまさにチームの生命線であるため、10番を背負う中島への期待はその番号以上に重い。

チームの“核”は左サイドの住人たち

中島と共存、ポジション争いのライバルとなる選手たち(左からアレックス・テレス、ルイス・ディアス、オタービオ・モンテイロ)[写真]=Getty Images


 ポルトにおける戦術的キーマンは、紛れもなく左SBのアレックス・テレス。攻撃に持ち味があり、毎シーズンポルトガルリーグのアシストランキングで上位に名を連ねる。その左足から放たれる高精度なクロスを前線の屈強なFW陣がゴールに結びつける形は、ポルトの重要な得点パターンのひとつになっている。また、その左足はセットプレーにおいても威力を発揮。特に、コーナーキックに高身長の選手がニアで合わせる形は一撃必殺の必勝パターンと言えよう。中島翔哉を含め、左サイドアタッカーとして起用される選手は、カットインして自らゴールへ向かうのか、アレックス・テレスのオーバーラップを利用するのか。ゴールに直結するための認知・判断の質がハイレベルに要求される。

 このアレックス・テレスと左サイドを支える選手、すなわち、中島翔哉とはポジションを争うことになるライバルとしては、前述のコロンビア代表FWルイス・ディアスが候補だろう。その中でも左サイド候補の選手のうち、現状最も監督からの信頼が厚いのは、ブラジル人MFオタービオ・モンテイロだ。

 オタービオはどのような役割を与えられても器用にこなす、ユーティリティ性の高い選手だ。4-3-3の場合はインサイドハーフに組み込まれることが多いが、一方で、4-4-2の場合は、左右どちらでもクオリティを維持できるサイドアタッカーとして重宝される。昨季終盤には、エースのブラヒミをベンチに追いやり、左サイドで起用される例が目立った。

 彼の特徴は、選手としての総合力の高さ。中盤で起用されれば、自陣後方のビルドアップに加担して、低い位置から決定的なパスを配給。自らドリブルで相手を剥がし、数的有利の局面を独力で生み出すこともできる。サイドで起用されれば、右サイドからは精度の高いクロスを放っては相手ゴールを脅かし、左サイドからは破壊力抜群のミドルシュートでネットを豪快に揺らす。当然、敵味方両方の噛み合わせやチーム状況を踏まえてあらゆるポジションで起用されるため、中島にとっては、ポジション争いのライバルになる場合もあれば、自らのチャンスを演出してくれる相棒にもなり得る。

メガクラブへの登竜門で活躍することができれば…

中島翔哉

[写真]=Getty Images

 中島にとっては、このようなヨーロッパでも指折りの実力・ブランド力のあるクラブで、未来のフットボール界を背負うスターの卵と競い合いまたは共演する、またとないシーズンとなるはずだ。

 ポルトの愛称は『ドラゴンズ』であり、文字通り、欧州のメガクラブへの“登竜門”として、数々のスター監督・選手を輩出してきた。モウリーニョ監督期のカルバーリョ、パウロ・フェレイラ、デコ。ビラス・ボアス監督期のフッキ、ファルカオ、ハメス・ロドリゲス。そして、セルジオ・コンセイソン監督期のエデル・ミリトン、フェリペ、E・エレーラ。すでに「監督としての登竜門」をくぐり抜けようとしているセルジオ・コンセイソンに率いられ、中島は自らも「選手としての登竜門」を元東京ヴェルディという共通点を持つフッキのように通過できるだろうか。その先に、もしポルトミュージアムに像が建立されるほど躍動する中島翔哉の姿があったのなら、日本サッカー界にとってはこの上ない誇りだろう。

文=FutePor-ふとぽる-
写真=ゲッティイメージズ

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