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頂上決戦に凝縮された戦略家の才能…日本代表新監督・森保一を紐解く2つの物語【後編】

2018.07.31

2015年JリーグCS第1戦には森保一の名将たる所以が詰まっている [写真]= Jリーグ

 死闘。激しくて、熱くて、さらに知的な香りにも満ちていた。

 2015年12月2日、万博競技場にて行われた2015年Jリーグチャンピオンシップ第1戦は、史上最高にドラマティックな戦いと言っていい。ミスもあった。だが、ミスとしてそのまま終わってしまうのではなく、さらなるドラマを呼び込める。それがサッカーというスポーツの醍醐味だということを証明してみせた。その演出者は森保一である。

 前半、主導権を握ったのはガンバ大阪だった。サンフレッチェ広島のストロングであるドウグラスを抑え、いい守備からいい攻撃に入る長谷川健太監督らしいサッカーがはまりかけかた。実際、阿部浩之や宇佐美貴史らが決定的なシュートを放ち、ゴールを脅かす。後半、広島は先制を許すが、パックパスに対して森﨑和幸と千葉和彦がお見合いしてしまい、長沢駿に決められるという普段なら考えられない状況だった。

 実はその3分前、G大阪の攻勢が落ち着いたと見た指揮官は、佐藤寿人に替えて浅野拓磨を投入する。シーズン中から何度も成功に導いた形であり、チーム全体に「ここから行くぞ」というスイッチを入れるメッセージでもあった。だからこそ、この失点は最も悪いタイミングである。浅野はスピードはあるが、スペースの打開能力はまだまだこれからの人材。先制したG大阪はさらにスペースを消してくるはずで、切り札が切り札たらない状況も考えられた。

 だが、森保監督は慌てない。失点から10分後の70分、満を持してもう1人の切り札を投入する。柏好文である。

計算通りのベンチスタートで流れをつかむも予想外の事態が…

森保監督が切り札としてが投入した柏好文が試合の流れを変えた [写真]= Jリーグ

 J屈指のドリブル成功率とクロス本数を誇るワイドアタッカーを、指揮官は敢えて温存していた。それはもちろん、左膝内側側副靱帯損傷というケガの影響もあるが、Jリーグ最終戦で柏は復帰を果たしており、彼の実績を考えれば先発でも不思議ではなかった。だが、森保監督は敢えて「温存」を選択した。ミキッチと清水航平という両ワイドの好調ぶりを買ったとも言えるし、柏のメンタルの強さに期待した部分もあった。どんな状況でも常にポジティブであり、絶対に下を向かずに戦いを挑む。そんな強さが大舞台のギリギリの場面では必ず生きると。だからこそ、あえて彼をベンチスタートさせたのだ。

 案の定、彼は燃えた。「全てのボールを俺につけてくれ」。彼の力説を受け入れ、柏が入った右サイドにボールを集めろと選手に伝えた。80分、塩谷司がその右サイドのスペースにロングボールを入れると、走り込んだ浅野が角度のないところから強烈なシュート。ポストだ。拾った。柏だ。右足アウトサイド。強烈。ドウグラスが方向を変えた。ゴールだっ。同点。柏、何度も何度もガッツポーズ。だが直後、想定外の事態が起きる。FKのこぼれを今野泰幸がたたき込む。またもビハインドだ。

 87分、清水航平との競り合いからオ・ジェソクが退場。しかし、アディショナルタイムを含めても残り10分を切った時間帯でリードしている側が1人少なくなったとしても、難しくはならない。割り切って人数をかけてブロックを作ればいいわけで、G大阪は前線にパトリックを残して8人を自陣に配置した。一方の広島とすれば、例えこのまま敗れたとしてもアウェイゴールをとっている。ホームでの第2戦、1-0で勝てば優勝だ。カウンターでの失点を許さないようにして試合を終えても、大きな問題はない。

2つの指示を叫んだ森保と自らの意思で勝利を目指した選手たち

試合終了間際、森保監督はある指示を叫んだのだが… [写真]= Jリーグ

 「僕もそう思っていました」

 2年後、東京五輪代表の監督に就任した森保一は、ギリギリの場面をそう振り返ってくれた。このままでもいい、と。89分、イエローカードを受けた清水に替えて攻守にバランスをとれる山岸智を投入したのも、試合を落ち着かせるためだった。

 89分、闘志を前面に押し出した柏が右サイドでFKを獲得する。柴﨑晃誠がボールをセットした。この時、彼はシンプルに中にボールを入れようと考えた。だが、指揮官がここで叫ぶ。

 「アオだっ」

 その声に呼応して、横にパスを出した。青山敏弘がフリーで、そこにいた。この変化によってG大阪の守備陣に乱れが生じる。青山、クロス。精密機械のような正確なボールが、ストロングヘッダーの佐々木翔にピタリと合った。渾身のヘッドがネットを揺らす。同点だっ。

 この時、またも指揮官はベンチから声を飛ばす。

 「落ち着けっ」

 その意図は「このままでもいいんだ」だった。

 「2点のアウェイゴールで、敵陣で引き分け。悪くない。ホームでは引き分けでもOKなんだ。大きなアドバンテージを得たんだ」

 選手たちは当初、その指示を受けてあまり攻撃に人数をかけなくなったという。1トップ2シャドーと柏・山岸の両サイドは確かに攻めに入っていたが、ボランチも含めて後ろは攻撃にかかってはいない。だが、アディショナルタイム(45+4分)にセットプレーをとると、選手たちは前に圧力をかけ始めた。柏を中心に左サイドからのクロスを連発。ラインも高くなった。ストッパーの塩谷は相手陣内深くに入ったまま、攻撃に参加している。

 スタンドから見ていた筆者は「なんで攻めるんだ。戻れっ。キープしろ」と思わず叫んだ。だが、指揮官は修正しない。選手たちの想いに試合を任せた。信頼した。

「グラウンドで闘っている選手たちが相手の状況を見た上で、最高の判断を下す。それがサッカーなんです。何もかも監督がベンチから指示を出して、選手たちにその通りにさせるよりも、相手にスキがあれば自分たちの判断でそこをついていけばいい。僕は『対応力』という言葉を使っていますが、決められたことを決められたようにやるだけではなく、コンセプトの大枠の中で自分たちが判断する。そういう意味では、このシーンは最高でした」

 この広島の判断がドラマを呼び込む。アディショナルタイムが5分台に突入した最後の場面だ。右サイドのスローインはG大阪ボール。この時、「ピッチ内の監督」と森保監督が絶対的な信頼を置き、トレーニングが終わる度に時間をかけてチームの状況について意見を交わし合ってきた森﨑和幸が、瞬間的に閃いた。

「スローインをパトリックに向かって投げるかも」

 ボールを持った今野も森﨑和同様、試合を読める知性を持つ。広島が前にかかっている状況を見て、ラストチャンスにかける可能性は確かにあった。パトリックにボールを前に運ばせれば時間も使えるし、失点の危険も減る。彼の突破力であれば、カウンターを発動できるかもしれない。

 だから「ピッチ内の監督」はあえてパトリックをフリーにさせた。今野ならここに投げる。確信に近い判断。そしてボールは彼の思惑通りに、前に投げられた。今だっ。

 インターセプト。青山にボールを預けた。いつもならここで彼はバランスをとる位置にいくのだが、そのままエリア内に残る。そこにパスが出た。この瞬間、左ワイドの山岸智が一気にスピードアップ。森﨑和は後ろに目があるかのようにノールックでパスをスペースに出した。山岸、ダイレクトクロス。予想外の状況に混乱したG大阪は、ドウグラスのマークを外していた。シュート。ジャストミートしない。浅野が打った。強烈。入ったか。いや、丹羽大輝がブロック。こぼれた。柏、渾身の左足。ネットに突き刺さった!

全員が準備を怠らない最高の環境作り…若手の育成にも労を惜しまず

第1戦を制した広島は3度目のリーグ王者に輝いた [写真]= Jリーグ

 書きながら身体が震えるようなシーン。何度見ても鳥肌が立つ。

「あの試合は究極に近い、痺れる緊張感で包まれていました」

 森保一の述懐である。

「最初の失点もカズと千葉のお見合いという普段では起こりえないミスから失った。最後のゴールも、今野が投げたボールをカズが狙って奪い、そこからの展開。こういうことも普段はお目にかかれない。相手も我々も、研ぎ澄まされた緊張感の中で(メンタル的にも)追い込まれて闘っていたから、こういう状況が生まれた。それほどの状況で闘えたことは、幸せなことです」

 森保一の監督としての力量は、この試合に詰まっていると筆者は考える。その準備段階として、柏好文のような絶対的な存在であっても競争にさらされる風土をつくっていたこと。例えば水本裕貴は森保が大きな信頼を寄せていた選手だが、彼は1カ月前のリーグ戦で眼窩底骨折の重傷を負っていた。それでも懸命のリハビリを努め、この試合には出場可能となっていた。しかし、指揮官は経験豊富な元日本代表ではなく、優勝争い初体験の佐々木翔を信じて起用し、その佐々木が同点弾を突き刺したわけだ。

 彼だけでなく、清水にしても山岸にしても、全て途中出場から8得点を決めた浅野拓磨にしても、ベンチスタートの選手たちが常にいい準備ができる環境を作り上げる準備。それはサテライトの練習試合にも全て足を運んで自らの目でチェックし、若手選手の二部練習にも立ち会って状態を確認し、ベンチ外のメンバーとも自分からコミュニケーションをとる。そんな彼の姿勢がチームに緊張感を与え、チャンピオンシップという大舞台で交代選手全員が得点に絡む状況を作り上げた。一朝一夕に、そして偶然や幸運で、このような試合は生まれない。

稀代の戦略家が挑む次なる舞台は日本代表

森保一は日本代表監督に就任。五輪代表監督と二足の草鞋を履く [写真]=Getty Images

 森保一はミハイロ・ペトロヴィッチの後継者として戦術を受け継いだと言われるしその要素もあるが、決してそれだけではない。守備のバランスをとり、攻撃においても「すごく細かな指示がある」と移籍してきた選手たちは語っていた。ポジションどりも細かく指導され、決め事も多い。例えば縦のポジションチェンジは許されても横はない。それはペトロヴィッチ監督時代からそうだったが、森保監督はさらに徹底して「ポジション」にこだわっていた。 

 しかし、そういう中であっても選手が「ここだ」と判断したことに対しては、許容する。この試合で2-2の状況下で攻め続けたこともそうだし、J屈指のアイディアを誇る高萩洋次郎に対しても彼の天衣無縫なファンタジーを受け入れた。「やるなら成功させろ」という厳しい要求を突き付けながら。

 人柄の良さばかりがメディアで表現される。それは事実だし、筆者もそれを書いてきた。だがそれだけで3度のリーグ優勝などできるはずもない。ちなみにJリーグを3度制したのはオズワルド・オリベイラと森保一だけなのだ。

 彼は間違いなく戦術家、さらに戦略家である。むしろ後者の香りが強い監督といっていいだろう。チームのゴールを設定し、そこに向かって持っていくために様々な策を打ち、選手にアプローチして準備を欠かさない。その上でゲームの中で最適解を探し、たとえば佐藤寿人→浅野拓磨のような方程式を作り上げる。このチャンピオンシップはまさに、森保監督の戦略家的な素養が見事に発揮された戦いだったといっていいだろう。

 日本代表と五輪代表、2つのチームをマネジメントする。確かに重責である。しかし、戦略に長けた森保一であればやってくれるのではないか。そんな期待を抱えつつ、活躍を祈念したい。

文=紫熊倶楽部 中野和也
写真=Jリーグ、ゲッティイメージズ

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