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【コラム】4年前になかった光景を見て改めて思う、日本代表がロシアで手にしたものの大きさ

2018.07.26

白星を手にしたのはコロンビア戦のみ。初戦の勝利は価値あるものだった [写真]=Getty Images

 日本がベスト16に進んで良かったと、つくづく思う。香川真司がトークイベントに出席したり、大迫勇也が報道番組、乾貴士がバラエティ番組に登場したり。ワールドカップが終わっても日本代表の話題を見聞きする日が続いている。自粛ムードになった4年前に見られなかった光景だ。

 ロシアW杯での日本の戦いに、私たちは熱狂した。課題を挙げればキリがないけれど、純粋にこう思ったはずだ。彼らの戦いは面白かったと。

 世の中にはサクセス・ストーリーを描いた映画やドラマがあふれていて、そのすべてがヒットするわけではない。主人公が単に成功する姿を描いたところで、見る側からすればただの自慢話にすぎなかったりする。面白いと感じるストーリーには「困難」、「挫折」、「挑戦」といったキーワードが散りばめられていて、気づけば主人公に共感し、応援している。今回の日本代表には、そんな要素がぎっしりと詰まっていた。

 物語はヴァイッド・ハリルホジッチが解任された時から始まっていたように思う。W杯開幕2カ月前の監督交代劇はそれなりに人々の関心を引いた。おそらくはサッカーファン以外の耳にも届き、そして多くの人が感じただろう。

 日本代表、ヤバくない?

 そのとおり、西野ジャパンは波乱の船出となった。3バックを試した壮行試合のガーナ戦は惨敗に終わり、慣れ親しんだ4バックで臨んだスイス戦も完敗。W杯初戦まで3週間を切っても戦い方が定まらない……。あの手この手でチームをどうにか形にしようと奮闘する西野朗監督は、テンポも音量も音色もバラバラなオーケストラ楽団員を率いてコンサート出場を目指す指揮者のように見えた。

 追い詰められたチームを救ったのは、「失うものはない」と本気で腹をくくった背番号10だった。パラグアイ戦に先発した香川は、自分が生かされること以上に周囲を生かすことで、チームに欠けていた連動性を生み出した。そして何よりも、香川自身がゴールを決めたことに大きな意味があったと思う。ここでエースの重圧をはねのけていなければ、のちのコロンビア戦でハンドを誘うシュートを放てたかどうかは分からない。

香川真司

この時の香川のホッとした表情は印象的だった [写真]=Getty Images

 この勝利を境にチームの雰囲気は目に見えて良くなっていく。それまでも活気にあふれていたし、選手たちの表情も明るかった。絶えずポジティブな意見をぶつけ合い、「どうやってボールを運び、どうやってゴールを奪うのか」という絵を同じように描こうとしていた。でも、勝利より優れた特効薬はない。結果を手にしたことで、チームが本当の意味で一つにまとまったのは確かだ。

 迎えた初戦で日本はコロンビアに勝った。これまでのW杯でアジア勢が一度も勝ったことのない南米チームに、だ。開始わずか3分でPKと数的優位を手にするなんて誰が想像できただろう。そしてPKを決めたのが、3年前のアジアカップでPKを失敗した香川というのもハマりすぎだ。これが映画だったら演出が過剰すぎてリアリティがないとレビューに書かれるかもしれない。

 前半終了間際に追いつかれてしまったことで、試合はよりドラマチックな展開になった。「やっぱり勝てるわけがない……」と弱気になりかけた私たちに頭突きを見舞うように、大迫が豪快なヘディングシュートを叩き込む。まさかの勝ち越しゴールに日本中が叫び声を上げ、道頓堀の橋が揺れるほど飛び跳ね、渋谷を行き交う人たちがハイタッチを交わした……という話は後で知った。私の目の前では、サランスクのモルドヴィア・アリーナに駆けつけた大勢のコロンビアサポーターが目を丸くし、ただ首を横に振っていた。

 次のセネガル戦はずっとソワソワさせられていた気がする。先制されても追いつき、突き放されても再び追いつく。スリリングな攻防を繰り広げている選手たちを見ていると、うっかり息をするのを忘れそうになった。いや、本当に忘れはしないけど、そういうことってあるでしょう?

本田圭佑

本田に全盛期のキレはなかった。それでも“持っている”ことを証明した [写真]=Getty Images

 日本は自分たちが弱者であることを認めたうえで、堅守速攻をベースとしたいわゆる“弱者のサッカー”をしなかった。一人ひとりが相手よりも走り、体を張り、笛が吹かれるまで諦めることなくゴールを狙い続ける。その姿は誇らしく、だからこそポーランド戦は負けたことよりも、攻撃する勇気を捨てたことに納得がいかず、モヤっとした気持ちを抱いた。

 でも思い出してほしい。2カ月前、私たちは日本代表にこんなにも感情をかき乱されただろうか。日本代表が演じるストーリーはドラマチックで、連日連夜テレビやWebで取り上げられたことで、普段はあまりサッカーを見ない人にも選手一人ひとりのキャラクターが伝わった。“ハンパない”大迫、運動量豊富な“スーパーサイヤ人”、“整っている”キャプテン……。いくら面白いストーリーだったとしても、キャラクターに魅力がないと感情移入することは難しい。物語が進むにつれて登場人物に愛着を持つように、「推しの選手」ができた人は少なくないはずだ。

 演者の“アドリブ”も抜群に利いていたと思う。規律を重んじるハリルホジッチ前監督のもとでは、台本にはない即興のプレーを挟むことは許されず、選手たちは指揮官の掲げる「縦に速いサッカー」を遂行することに徹していた。それがサッカー的に良いか、悪いかは置いておいて、選手の個性が薄れてしまったのは間違いない。

 対照的に、西野監督はピッチ上で自己解決する力を求めた。というより、与えられた準備期間があまりに短かく、そうするより他になかった。世間から「おっさんジャパン」と皮肉られても、本田圭佑や岡崎慎司らベテラン勢をメンバーに入れたのは、彼らの経験値がチームを形にする上で不可欠だったからだ。実際、西野監督は采配で試合の流れを変えるというよりも、状況を読める選手を投入することで、試合を動かそうとしていた。

 原口元気が勇敢にドリブルで仕掛ければ、香川と乾のセレッソ大阪コンビが細かいパスをつないで崩しにかかる。柴崎岳はスピードとタイミングを計算し尽くしたロングパスを放り込む。アドリブを入れた彼らの演技は素晴らしく、魅力的だった。言い換えれば、西野監督のチームにはアドリブに応えられる人材がそろっていた。

 大会中、目まぐるしい展開に「これじゃ、心臓が持たない」と何度思っただろう。特にベルギー戦の94分間は、ドクンドクンという音が体の外まで聞こえてきそうだった。原口の先制点はうれしさよりも、まだ油断してはいけないという気持ちのほうが強かったけれど、乾の追加点が決まるとさすがに冷静ではいられない。見渡せる範囲の記者席にいた日本人のほとんどが立ち上がり、ガッツポーズを取っていた。私もその一人だ。どこからか聞こえてきた「一旦、落ち着こう」という言葉で我に返ったほどで、日本国内の盛り上がりは大変なものだったに違いない。

 それでいてクライマックスは想像していたよりもずっと衝撃的だった。ベルギーから2点も取ったのだから、誰もが一瞬夢を見た。でも結局は、そのリードを守りきることができなかった。本気にさせてしまったのは自分たちだけれども、残り30分は本気のベルギーに対抗できなかった。アディショナルタイムに高速カウンターから失点したのは、経験不足もあれば、最後まで攻めの姿勢を貫いたからでもある。強烈なパンチが飛んで来る、と思った時にはもう、リングに横たわっていた。

日本代表

あと数秒で主審は笛を吹いていた。それでも日本は最後まで勝利をつかみにいった [写真]=Getty Images

 西野監督は素晴らしい脚本家兼監督だったと思う。シナリオの続きが見られなかったのは残念だけれど、短期間で一つのチームを作り上げた手腕は見事だった。今大会の日本代表は極めてエンターテインメント性に富んでいた。開始数分で一発退場からのPK、2度も追いつく粘り強さ、ラスト10分の時間稼ぎ、2点リードをひっくり返される逆転負け。こんなにも面白い戦いをいっぺんに見せてもらえるとは思ってもいなかった。

 長谷部誠は帰国後の会見でこんな言葉を残している。「大会前は期待されていなかった。でも、無関心が一番怖いと思っていた」。こういうことを言える選手はなかなかいない。きっと、これから4年後に向けて新しい方向性や、修正すべき課題や、その他、いろいろたくさんのことがロシアW杯の総括として語られるだろう。けれど、私はこう言いたい。彼らは心を揺さぶることで、ブラジルで失ってしまった「日本代表への関心」を取り戻したのだ。そうでなければ、敗退してからも取り上げられることはなかった。それは力を尽くしたロシアの地で、日本が手にした大きな希望だと思う。

取材・文=高尾太恵子

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By 高尾太恵子

サッカーキング編集部

元サッカーキング編集部。FIFAワールドカップロシア2018を現地取材。九州出身。

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