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【コラム】“メンタルが弱い”からの脱却、自分と戦い続けた香川真司が“頼れる10番”に

2018.06.20

貴重な先制点は、記念すべきW杯初ゴールとなった [写真]=Getty Images

 ボールを脇に抱えて、決して放そうとしない。コロンビアの選手たちがレフェリーに抗議するのを尻目に、ゆっくりと呼吸を整えながら集中力を高める。「自分で取ったPKなので、蹴る気は満々でした」。香川真司は覚悟を固めていた。

 香川のPKで思い出されるのが、2015年のアジアカップ準々決勝だ。UAEとの一戦は1-1のままPK戦に突入し、「6人目」のキッカーとして登場したのが香川だった。しかし、背番号10が自信なさげに放ったシュートは左ポストに直撃。香川はその場に崩れ落ち、しばらく動くことができなかった。

 香川はメンタルが弱い――。世間がそんなネガティブなイメージを強く抱くようになったのはこの頃からだろうか。思えば、主力として期待されながら無得点に終わったブラジル・ワールドカップ以降、香川は「代表では輝けない」、「大舞台に弱い」と言われ続けてきた。悲壮感漂う表情や、自分の不甲斐なさにうつむく姿をこの4年間で何度見てきただろうか。

 正直に言えば、コロンビア戦の先発は本田圭佑がいいと思っていた。たとえ低調であっても、過去2大会の初戦でゴールを決めてきた勝負強さや、鋼のようなメンタルが、重要な初戦には必要なのではないかと。だから、香川がPKスポットに立った時は、「本当に大丈夫か?」と不安がよぎった。あの場面を振り返った原口元気も「サコくん(大迫勇也)が蹴ると思った」と明かしている。

 だが、そんな不安を香川は一蹴りで払拭してみせた。客席の大多数を占めたコロンビアサポーターから地響きのようなブーイングが沸き起こる中、細かいステップを踏んで冷静にGKのタイミングを外し、ゴールネットを揺らした。

 香川の時間はブラジルW杯で止まっていた。自分の力不足を嫌というほど痛感させられた大会だった。「でも、4年前があったから、このロシアがある。あの経験はすべてプラスになっているし、そこからの4年間でいろいろなプロセスを経てここにいる。自分がここまでやってきたものを信じてやるだけ」。どんなに強い逆風にさらされても、ただひたむきに自分自身と戦ってきた。

 この4年間で味わってきた悔しさや苛立ち、そしてロシアで戦える喜びや楽しさ……。コロンビア戦が近づくにつれて膨らんでいくそれらの感情を、香川は必死にコントロールしていたという。「いろいろな感情が出てきてしまって。それを抑えるのが大変でした。この1試合に集中すること、ピッチでいつもどおりにやり続けること、それだけを自分に言い聞かせてきた」。ゴール後に上げた雄叫びは、自分の中に押さえ込んだ感情がすべてあふれ出た瞬間だったように思う。

 現場で取材をしていると「選手の面構えが変わったな」と感じる瞬間がある。コロンビア戦後のミックスゾーンで見た香川は、この4年間で一番いい表情をしていた。そこにいたのはかつてのネガティブな印象の香川ではなく、自信にあふれた“頼れる10番”だった。

 香川は「まだ何も成し遂げていない」と気を引き締める。この4年間が間違っていなかったと確信するにはまだ早い。そう自分に言い聞かせているようにも聞こえた。香川の視線はもっと先を向いている。ロシアの地で、止まっていた時計の針がようやく進み始めた。

取材・文=高尾太恵子

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