2018.06.18

【コラム】5年をかけて手に入れた「1センチの勇気」…“努力の人”槙野智章が夢の舞台へ

槙野智章
ようやくつかんだW杯への挑戦権。槙野は“ムードメーカー”で終わらせたくないと語る [写真]=Getty Images
サッカーキング編集部

 取材エリアに現れると、一瞬にして大勢の報道陣に取り囲まれる。今日も面白い話題を提供してくれるのではないか。そんな期待を込めた目で報道陣は彼を見つめる。

 槙野智章は「分かっていますよ」という顔で、求められている答えを返そうとする。サービス精神が旺盛で、その目立つ言動やパフォーマンスから世間が持つ彼の印象は“ムードメーカー”だ。ワールドカップメンバーに選出された今でこそ、ドキュメンタリー番組でサッカーに向き合うストイックな一面がお茶の間にも届けられるようになったが、やはりお調子者というイメージが強いのではないだろうか。

「派手で明るい印象があったので、出会うまでは『ちゃんと練習しているの?』って思っていたんですよね」

 そう槙野の印象を語るのは、男子200メートルハードル元アジア記録保持者の秋本真吾氏だ。2014年から槙野と二人三脚で「走り」の改革に取り組んできたスプリントコーチである。

 槙野が「走り」に特化したトレーニングを始めたのは、効率よく90分間を走り切るランニングフォームを手に入れるため。「もっとサッカーがうまくなりたい」という一心からだった。だが、そう決意した時にはすでに27歳。体に染みついたランニングフォームは頑固で、そう簡単には変えられなかった。当時は秋本コーチもサッカー選手への指導を始めて間もなく、基礎を作り上げるまでに丸2年を要した。

「クセを直していくのに時間がかかりました。当時は伝え方を模索していて、今の自分だったらもっと効率的にベースを作れたと思います。感覚で伝えるのではなく、子どもでも分かるような言葉を選んで伝える。そうすることで、彼もシンプルで分かりやすいと言ってくれるようになりました」

 初めて自主トレを取材した2017年1月、私は槙野に対して「意外と不器用なんだな」という感想を抱いた。体幹のバランスを意識しながら、並べたハードルをゆっくりと跨いでいく。同じく自主トレに参加していた宇賀神友弥が楽々とこなすのとは対象的に、槙野は「あれ? なんかうまくいかない」と悪戦苦闘していた。トレーニングはサッカーと比べると地味で、すぐに効果が表れるわけでもない。投げ出したくなったことはないのか? そんな素朴な疑問をぶつけると、槙野は「いや、全然」とあっけらかんとした表情で即答した。

「逆に、スムーズにできるほうが僕は怖かった。『じゃあ、次は何をすればいいんだろう』と思っていたはず。でも、やればやるほどできない自分がいて、『もっとやらなくちゃ』と思えたのが良かった」

 怖いというフレーズを聞いて、長友佑都の言葉を思い出した。「自分の夢や目標が消えた瞬間に頑張れなくなると思う」。一流のアスリートであっても、モチベーションを保ち続けるのは難しい。槙野は「できないこと」があることに喜びを感じているようだった。

「彼は要領が良いタイプではないですね」と秋本コーチは笑う。「僕が指摘したことをメモする選手は初めてでした。関わってみて、真面目な人なんだと分かりました」。そう、槙野は努力の人だ。決して器用ではないし、感覚でプレーする天才肌でもない。本人も「地道な作業からやっていかないと実らない。楽して近道するよりも、地道にやるほうが僕には合っている」と語る。

槙野智章

2010年から2大会連続でW杯出場を逃した槙野(左)。悔しさをバネに日本代表の頼れるセンターバックへと成長した [写真]=Getty Images

 5年間の地道なトレーニングの甲斐あって、“ガソリン車”から“ハイブリッド車”へと進化を遂げた。「最初はアクセル全開でダッシュしていたんです」と秋本コーチは当時を振り返る。「余計なガソリンを使いながら走っていた。でも効率が良い走りを身につけたことで、思い切りアクセルを踏まなくてもスピードが出るようになった」。最高速度、スプリント回数、走行距離のすべてにおいて数値が伸びた。そして目に見える変化は槙野に「1センチ前に出る」勇気を与えた。

 対峙する相手へのアプローチの距離感はDFにとって重要だ。「たかが1センチと思うかもしれないけど、その1センチを詰めるのに数年かかりました。でも、詰めることで体に当たったり、ボールを奪えたりするようになった」。詰めた分だけリスクを伴うが、たとえ突破されたとしても追いつける走力があればいい。思い切って前に踏み出すことができるようになったのは、熱心な練習に裏付けされた自信があるからだ。

 成長の真っただ中にいる槙野が、ついに夢にまで見たワールドカップの舞台を迎える。初戦の相手はハメス・ロドリゲスやフアン・クアドラード、ラダメル・ファルカオら豪華攻撃陣がそろうコロンビア。鼻息荒く「やってやる」と意気込んでしまっても不思議はない。しかしそんな時こそ、ノートに書き留めたあの言葉を思い出してほしい。

「大舞台になると熱くなってしまう。だからこそ、冷静にいけ」

 ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の言葉だ。熱くなりすぎてガス欠になってしまえば、せっかくのハイブリッド車も失速してしまう。チームをピンチから救った時でもガッツポーズせずに、クールに振る舞う。冷静さを保つことができてこそ、これまで積み上げてきたものをピッチで表現できる。

「こいつ、一皮むけたな」。見ている者にそう思わせるだけの準備はしてきた。あとはそれを冷静にピッチで表現するだけ。槙野智章の挑戦が今、始まろうとしている。

取材・文=高尾太恵子

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