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ファン拡大だけではない日本代表が担う“もう一つの使命”|日本代表のマーケティング

2018.03.25

JFAマーケティング部部長の野上宏志さんは「資金を増やすためにはまず一人ひとりのファン・サポーターの皆様のインサイトを把握、理解することが重要」と話す

「私たち日本サッカー協会は、資金を増やすためにはまず一人ひとりの人間のインサイトを理解することが重要だと考えています」

 こう話すのは、公益財団法人日本サッカー協会でマーケティング部部長を務める野上宏志(のがみ・ひろし)さんだ。ファンの抱く「きずな」や「愛着」、あるいは「思い入れ」を強めることが、めぐりめぐって安定した財源の確保につながると考えている。

 日本サッカー協会が目指すのはサッカー日本代表のファン拡大にとどまらない。野上さんはその「愛着」や「思い入れ」を、ご支援いただく各パートナーさまに対しても重ねて持ってもらう──そこまでが私たちの使命の一つです」と言葉に力を込めた。

構成=菅野浩二
写真=野口岳彦
協力=公益財団法人日本サッカー協会、一般財団法人スポーツヒューマンキャピタル

■マーケティングの第一歩は一人ひとりの人間のインサイトを理解すること

 私が所属する公益財団法人日本サッカー協会のマーケティング部には大きく分けて4つのグループが存在しています。

 日本代表を始めとする試合や大会の放映権を扱う放送事業グループ。日本代表を支援してくださる各企業と向き合うパートナーシップ第一グループ。日本代表以外の大会や事業に協賛してくださる各企業と連携するパートナーシップ第二グループ。日本代表関連の様々な商品化とその販売を切り盛りするライセンシング&リテールグループ。4つのグループで、総勢約30名のメンバーが、ブランド価値向上と安定的な財源の確保をめざして業務に取り組んでいます。

「マーケティング」というと、すぐにお金を思い浮かべる人も多いかもしれません。マーケティングの最終的なゴールの一つは売り上げを高めることですから、そうした認識は間違っていません。ただ、私たち日本サッカー協会は、資金を増やすためにはまず一人ひとりのファン・サポーターの皆様のインサイトを把握、理解することが重要だと考えています。結局のところ、私たちが提供する価値に対して、対価を支払うかどうかを決めるのは一人ひとりのファンのみなさんであるからです。

 私が日本サッカー協会に入局した2002年、サッカービジネスのマーケティングの主流は企業目線のものでした。各企業がどんな商品を作り、どんなサービスを提供しているかを発信するプラットフォームというアプローチです。

 その後、インターネットやスマートフォンなどの発達により、消費者自らが情報を得る手段が多様化、複雑化した現在において、そうした一方向のアプローチだけでは消費者にきちんと情報を届けられないと感じています。現在は、リサーチをベースにターゲットを定めて、それらのお客さまが何を求めているかを精査し、その情報をパートナー企業とも共有して、日本代表と各社のファンを増やしていくというコミュニケーションを心がけています。

■「日本史上最大の応援を目指していく」プロジェクトを実施

「日本史上最大の応援を目指していく」という狙いのもと立ち上がった『夢を力に2018』プロジェクト


 マーケティングの分野には「エンゲージメント」という用語があります。英語の「エンゲージメント(engagement)」には「結びつき」のイメージがあり、マーケティングでは「きずな」や「愛着」、あるいは「思い入れ」を育んでいくといった意味で使用されます。どれもポジティブな心の動きであり、そうした感情を持ってくれる人たちを「ファン」ととらえる、その数を増やしていく、そしてより「ハードコアファン」になっていただくのが「ファンエンゲージメント」という考え方です。

 私たちはファンを一人でも増やすため、あるいは「愛着」や「思い入れ」を強めるためには、サッカーを愛する皆さんに当事者意識を持って楽しんでもらう、それを周りの方々に広めてもらう発信者になってもらうことが非常に大切だと考えています。

 その一つとして注目していただきたいのが「夢を力に2018」というプロジェクトです。「日本史上最大の応援を目指していく」という狙いのもと、リアルとデジタルの両方の世界において多くの方が日本代表を応援する場をつくり、日本全国で代表チームを支えようという取り組みです。47都道府県でパブリックビューイングを開催するプランもあり、ワールドカップの前哨戦となる5月30日の「キリンチャレンジカップ2018」が一つの集大成になるはずです。

 ファン層の拡大については、昨年8月31日に「アジア最終予選 ― ROAD TO RUSSIA パブリックビューイング」という試みを実施しています。東京都渋谷区にオープンしたばかりのホテル「TRUNK」のイベントスペースを会場にしたイベントで、ファンリサーチの結果、「巻き込み型」に分類される発信力のある方を多く招きました。サッカーの世界には“誘い誘われ”という言葉が存在しており、リアルな体験の場に影響力の強い方を取り込むことで、ファン層の拡大を図る目的がありました。

■ファンの「愛着」を、ご支援いただく各企業へも向けてもらう


 2009年、私は文部科学省のスポーツ・青少年局の協力のもと、海外研修を受ける機会に恵まれました。ヨーロッパサッカー連盟を始め、イングランドサッカー協会、ドイツサッカー協会、イングランドのプレミアリーグやアーセナルというクラブのマーケティングを学べたことは今の私の仕事に大きく生きています。

 その時、ヨーロッパで感じたのは「サッカーや代表チーム、クラブの存在意義を高めるプロフェッショナルが揃っているな」ということでした。食品や家庭用品を扱うグローバル企業でブランドマネージャーを務めていた人材など、他の分野で企業やブランドの魅力を高める経験を積んだ腕利きのスタッフがそのスキルを最大限に生かしているのですから、サッカーの価値が高まらないわけがありません。

 ヨーロッパの例が示すように、今後、豊富なビジネス経験を持つ人材が私たちマーケティング部を含む日本サッカー協会にぜひ加わって活躍して欲しいと思っています。扱うものが商品やサービスとサッカーという違いこそあれ、「ファン」を増やし、「愛着」や「思い入れ」を強めるという目的に変わりはないからです。そうした意味でも、「スポーツ経営を担う人材の開発と育成」を理念に掲げる「一般財団法人スポーツヒューマンキャピタル」(SHC)の取り組みには注目していますし、SHCの受講生から日本サッカーのマーケティング分野の未来を担う人材が輩出することにも期待しています。

 日本代表の価値を高めてファンを増やすとともに、その「愛着」や「思い入れ」を、ご支援いただく各パートナーさまに対しても重ねて持ってもらう──そこまでが私たちの使命の一つです。その目的を果たすべく、私たち日本サッカー協会は部署の垣根を越えて日々の業務に打ち込んでいます。


\教えてくれた人/
野上宏志(のがみ・ひろし)さん
公益財団法人日本サッカー協会マーケティング部部長。慶應義塾大学商学部卒業。東京大学大学院修了後、2002年ワールドカップ日本組織委員会事務局のスタッフとして大会運営に携わる。02年に公益財団法人日本サッカー協会に入局。事業部や代表チーム部などを経験後、2022年ワールドカップ日本招致委員会に参画。英国のバース大学で経営学修士号を取得している。

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