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“ゼロの呪縛”を解き放て――カンボジア戦のカギはピッチ内の臨機応変さにあり

2015.09.03

まさかのスコアレスドローに終わった初戦。カンボジア戦での勝利を誓った [写真]=足立雅史

文=青山知雄

 これが“ゼロの呪縛”なのか――。6月のシンガポール戦でスコアレスドローに終わってしまったことが、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の思考にも、選手たちの記憶にも影を落としているように感じられてならない。

 カンボジア代表とのFIFAワールドカップ アジア2次予選を翌日に控えた2日の練習後、岡崎慎司(レスター/イングランド)が「シンガポール戦での嫌なものを取り除かなければいけない。あのイメージがまだ払拭されていない」と明かしたように、守りを固める相手を崩し切れなかった3カ月前の苦戦が尾を引いている。

 シンガポール戦の結果を受けて「これだけ点が取れないのは初めて」と頭を悩ませていたハリルホジッチ監督は、「どうしてシンガポールに引き分けたのかを今までずっと考えてきた」という。そして自分たちに何ができたかを分析し、前日会見では引いた相手を崩すための打開策として「6〜7つのソリューション」を導き出した。

 今回対戦するカンボジア代表は、8月発表のFIFAランキングで全208カ国中180位。アジア2次予選に出場している国の中では最もランキングが低く、1次予選を突破してきた6カ国の一つでもある。実力差を考えれば大勝して当然と思われる相手だ。実際、カンボジア代表のイ・デフン監督も「明らかに日本のほうがレベルは高く、我々には難しい試合になる。日本相手に勝利を収めるのは難しいが、よい経験として大事なことを学びたい」と語っており、現実的に歴然とした差があることを認めている。ハリルホジッチ監督も「まずは勝つことを要求したい」としながら「10点取れれば問題ない」ともコメントした。これには「選手にはそんなにプレッシャーは掛けたくない」とエクスキューズを加えたが、自らの狙いをピッチで表現してくれれば大量得点で勝てるはずという本音がこぼれたのだろう。

 もちろん早い時間に先制できれば何も問題はない。指揮官も「そうなれば試合の考え方が全く違うものになる」と語っているが、キックオフから得点のないまま時間が経過すれば、嫌な記憶が蘇ってくるのは止められない。ハリルホジッチ監督は前回の苦戦を教訓に「1点目はそう簡単には入らない」と想定し、2日間の戦術練習で選手たちに策を植えつけてきた。とにかくゴールを決めて勝つことができれば、チームも選手も自信を取り戻すことができる。監督は「選手たちに自信を取り戻させたい」と語っているが、シンガポール戦の悪夢は選手が地力で払しょくするしかないのだ。

 では、ハリルホジッチ監督は選手たちにいかなるソリューションを伝えたのだろうか。そのヒントが前日会見のコメントにあった。

1)とにかく速いプレーを心掛けろ。
2)ダイレクトプレーを使え。
3)相手のギャップで受けて3人目、4人目の選手を使え。
4)逆サイドを突け。
5)ミドルシュートを狙え。
6)16メートル=ペナルティエリアに入っていけ。
7)冷静にゴールを決めろ。

 一連の得点力不足を受けてゴール前のトレーニングを増やしたというハリルホジッチ監督。メンバー発表会見で言及していたPK誘発については「16メートルに入っていけ」という部分に含まれるのだろう。そして彼が会見の最後に強調したのがフィニッシュの精度について。選手たちには得点を決めるという決意とゴール前での冷静さを求めていた。

 引いた相手を崩すために有効な手段をとにかく並べたとも言えるハリルの狙い。戦術面で伝えたいことはひとまず伝達したのだろう。会見では「選手が責任を持って戦う段階に来ている」とも話している。あとはピッチの選手がどう戦うかだ。

 実は合宿初日、本田圭佑(ミラン/イタリア)はこう語っていた。

「チャンスが入らなかった時に、決めなければいけない雰囲気になって悪循環になるのが今までの流れ。前回の反省を生かして、そこで一つひねったようなプレーとか、わざとテンポを変えるようなプレーもやりたい。もちろん前半で(ゴールが)入れば、そのテンポのままで行く可能性もあります。そこは状況に応じてなんで」

 本田が一足早く話していたとおり、ピッチ内に求められるのは臨機応変さ。仮に再びシンガポール戦のような展開になるとしても、「必ずしも監督が言っていることが当てはまらないケースもある」とも触れている。スカウティングや監督の狙いを踏まえた上で、ピッチ内での判断と意識共有が重要になることは当然のこととしていた。

 ゴールへ直結する素早いプレーを最優先に考えるのは従前のとおり。最終ラインの裏にスペースがあれば、GKの間にボールを入れていけばいい。サイドから切れ込んで相手を食いつかせれば、次は裏が空いて後方からのオーバーラップが生きるかもしれない。一方のサイドでボールを回して相手を寄せれば、サイドチェンジが狙えるはずだ。くさびのパスを打ち込めばマークが動くし、ドリブルで仕掛けて一人をはがせば、次の選手が寄ってきてマークがずれるだろう。選手間に生まれるギャップ=小さなスペースに走り込んで人とボールが動く形でのダイレクトプレーを織り交ぜれば、マークのズレとスペースメイクが期待できる。ダイアゴナル(斜め方向)のパスと相手の背後を狙うパターンを使い分ければ、相手の混乱を呼び起こせる。ワンタッチで素早くボールをポゼッションする中でボール保持者への寄せが甘ければミドルシュートを狙えばいい。そこで相手が前へ出てきたら、マーカーが動いたスペースを使うまでだ。どんどんペナルティエリアに入っていけば、PK獲得の可能性が高まるのは言うまでもない。

 ハリルホジッチ監督も「ソリューションに関しては選手でも監督でもなく、試合の状況が決める」としている。相手の出方次第で選手たちがどう判断するか。個の力で打開できることもあれば、連動した攻撃を仕掛けることも必要となる。考え方や狙いは非常にシンプルなものばかり。カギは意思共有を含めたコンビネーションにある。

 この要求は以前から変わらない部分だ。キャプテンの長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)は監督の狙いについて「ピッチの中でやるのはキミたちなんだから、そこは臨機応変にやれと常に言われてきた。シンガポール戦ではそこを選手が発揮できなかった。自分を含めて経験ある選手がやっていかなければいけないところだと思う」としており、自戒の念を込めてカンボジア戦のピッチに立つことになる。

 当然ながら攻撃ばかりを考えていればいいわけではない。合宿初日に監督とマンツーマンで短い縦パスからの飛び出しとミドルシュートの居残り練習に取り組んでいた山口蛍(セレッソ大阪)は、「得点力やミドルシュートの意識は今以上にどん欲にならなければいけないし、攻撃には絡んでいきたい。勝ちに対してはすごく飢えている」としながら、「ただ、カウンターには気をつけなければいけない。相手GKがキャッチした瞬間を含めて、攻守の切り替えに関しては、攻撃よりも徹底したほうがいい。その一つ目を自分がうまく防げれば」と気持ちを引き締めていた。

 今はとにかくゴール、そして勝利という結果が欲しい日本代表だが、まずは平常心で臨み、冷静にピッチ内の状況を判断して、様々な形で焦らずに相手を崩しに掛かってほしい。当然ながらハリルホジッチ監督が求めるものだけを表現していても結果は得られないし、もちろん指揮官も決してそれを求めているわけではない。選手たちの成長を促している部分もあるはずだ。

 出航したばかりのロシア行きの船がこんなところで座礁するわけにはいかない。目指すべき高みに向かうための最初の試練。実力的には勝って当然の相手かもしれないが、選手たちが手にするべき臨機応変さは、必ずや未来につながるもの。本田は練習初日から「結果を出せていないことに対しての危機感はあります。それをいい結果に結び付けたい。日本代表は結果を残し続けないといけない。監督の要求は先を見据えてのものなので、そこは目指していきたい」とも話していた。ハリルホジッチ監督の求めるところは、当然ながらもっと高いところにある。

 ハリルの戦略と勝利への強い意思を持って臨む9月シリーズ。今合宿を通じて「とにかく勝利しかない。確固たる決意を持ってゴールを、そして勝利を目指そう」と伝え続けてきた指揮官の下、日本代表が自らの力で“ゼロの呪縛”を解き放ち、新たな一歩を踏み出す。

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