2013.10.31

U-17代表、謎の名将吉武監督は何者か…世界を驚かす吉武マジックとは

U-17日本代表を率いた吉武博文監督 [写真]=FIFA via Getty Images

 日本は、2011年メキシコU-17ワールドカップベスト8、今回のUAE U-17ワールドカップでは史上初のグループリーグ全勝突破でベスト16の結果を残した。

 両大会で若き日本代表を躍進に導いたのが、吉武博文監督だ。

 吉武監督は現役時代に輝かしい実績があったわけではない。元日本代表でもないし、高校サッカーのスター選手でも、日本リーグの選手でもない。しかし、そんな彼が今や育成年代をけん引する存在になっている。

 大分で生まれ育った彼は、地元の進学校でサッカーに打ち込み、インターハイに出場。しかし、「ドリブラーでパスを出せなかった。『パス出せ!』と言われてでも出せない。だから、レベルの高い選手とやると、サッカーが面白くないと感じた」という自身の経験から、「だったら、15、16歳までの間に、そういうものはすべて整っていないといけない。もっともっと宝物を持たせて、次(の指導者)に渡していかないといけない」と、自然と指導者を志すようになったという。

「ヨハン・クライフの時代のオランダに大きく影響を受けた」。

 1970年代のオランダのトータルフットボールに魅了され、“技術的かつ組織的に戦うサッカー”を信念として、これまで貫いてきた。

 大分大学卒業後、地元の明野中で数学教師として教鞭をとりながら、モダンサッカーをチームに植え付けた。選手の個を磨く指導で、チームを全国中学校サッカー大会優勝に導くだけでなく、永井秀樹、三浦淳寛という選手を輩出した。

 こうした実績が評価され、教鞭をとりながらも大分トリニータジュニアユースの立ち上げから10年間指導し、清武弘嗣らを輩出。ナショナルトレセンコーチも歴任するなど、指導者としての実績を積み上げ、2006年に教師を辞め、日本サッカー協会と契約した。

「世界に通用する選手を育てたい」。

 教師時代から変わらぬ信念を持ち、大分から、九州、そして日本全国の中学生、高校生たちへと指導対象が広がっていった。だからといって、自分の価値観、コンセプトを変えることはなかった。

 コツコツと積み上げてきたからこそ、為し得た2大会連続のU-17W杯出場。ベスト8、ベスト16と結果は違えど、自分の信念を変えずにやってきた。それはこれからも変わらない。吉武スタイルは、今回の大会の経験によりさらに深みを増した。2年後、さらに進化した98ジャパンを取材できることを、今から心待ちにしている。

文●安藤隆人

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