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蘇ったFWとしての牙…迷いを振り払い、すごみが増した岡崎慎司の転機

ウルグアイ戦で90分間走り続けた岡崎慎司 [写真]=嶋田健一

[サムライサッカーキング9月号掲載]
《惨敗で終わったウルグアイ戦。「止まらない大量失点」という現実にネガティブな要素ばかりが取り沙汰されているが、3戦全敗に終わったコンフェデ杯も含め、ピッチ上で確かな輝きを放った選手がいる。岡崎慎司はなぜFWとしての怖さが増しているのか。そのターニングポイントに迫った》

文/ミムラユウスケ

 先のコンフェデ杯の日本代表の中でMVPを選ぶならば、岡崎慎司であるという意見に異を唱える者はほとんどいないだろう。アルベルト・ザッケローニ監督が就任して以降の代表の中でも、岡崎は最多ゴールを決めており、コンフェデ杯でも《9番》にふさわしい働きを見せた。
 
 前線からの献身的な守備やスペースを作る動きに加え、イタリア戦、メキシコ戦と連続でゴールを決めた。この大会を見ていた日本人だけではなく、対戦したイタリア人やメキシコ人の記憶の中にも《OKAZAKI》の名前が記憶されたことだろう。

「(3戦全敗に終わったために)満足はできないですけど、個人的にもアジアのチーム相手にはよく点を決めているけど、ということも頭の中にはあったので。ここで一皮剥けたという感覚を自分自身の中で持てたというのは、自信にはなります」

 大会終了後に、岡崎はこのように語っていた。ただ、日本代表の中でもトップクラスの輝きを放った裏には、シュトゥットガルトでの苦悩の1年があったことを忘れてはならない。

 岡崎は昨シーズン、日本代表のエースストライカーであるにも関わらず、ブンデスリーガ25試合に出場し、わずかに1ゴールしか決められなかった。岡崎が良いリズムで戦えていたと言えるのは、昨年11月14日の日本代表のオマーン戦でゴールを決めてからの数週間だけだ。この期間には、リーグ戦での唯一のゴールも、ヨーロッパリーグのステアウア・ブカレスト戦での2ゴール、1アシストも記録した。しかしそれ以外は、苦しい時間を過ごしていた。
 
 試合に出て、攻撃のリズムが悪いと判断してパス回しに加わるような動きを心掛けていると、「ゴールの匂いが感じられない」と交代を命じられたこともあった。あるいは、崩壊した守備のバランスを取ろうとして動いていると、守備の綻びは改善されない上に、次の試合で先発から外されることもあった。ゴールを決められず、スタメンから外れる試合も少なくなかったために岡崎自身、プレーにも迷いが生じていた。
 
 例えば、昨シーズンの終盤戦に差し掛かろうとしていた3月、ドイツカップ(DFBポカール)のボーフム戦ではプレーから迷いが抜けず、(後に自身でも認めた)不甲斐ないプレーに終始すると、チームがリードしているにも関わらず、前半終了時に交代させられたことすらあった。
 
■転機となった「2週間」。自分と向き合い迷いを消し去る
 
 そんな岡崎が迷いを消し去ることができたのは、リーグ戦の終盤になってからだ。苦しい1年が終わりを迎えつつある中で、どうして迷いを抱えることになったのかを自問自答していた。昨シーズンのドイツサッカーのカレンダーは変則的で、リーグ最終節の翌週にチャンピオンズリーグ決勝があり、その翌週にドイツ杯の決勝が組まれていた。
 
 ドイツ杯決勝でバイエルンと戦うことになっていたシュトゥットガルトは、リーグ最終戦から2週間ほど公式戦から離れる時間があったのだ。落ち着いてチームのサッカーと、自分の課題と向き合えるこの時期、岡崎は吹っ切れたように、こんなことを話していた。

「ここではずっと苦手な部分に取り組んできて、チームの空気を変えられる選手になろうとか、チームにはないピースを自分が埋めるって言ってきました。その結果、そういうことが、自分が一番にやるべきことになっていたんです。でも、俺がどうしてプロになれたかといったら、自分の特性としての守備が最初にあって、裏に抜ける動きが出てきて、それで点が取れていたから。結局、その3つが自分の特長なわけじゃないですか? 重点を置くのはやっぱり、そこの部分なのかなと思うんです。自分の得意な部分を出せれば、自分はネガティブにならなくて済むのかなと」
 
 その上で、シュトゥットガルトで苦しんだ理由を、こんな反省として挙げた。

「俺って、生かされながらサッカーをやっていると《思い過ぎる》ところがあるんですよ」

 岡崎が周囲に生かされるプレーヤーであるという認識は間違いではない。しかし、それだけではない。ゴール前に迫力を持って飛び込んだり、前線からチェイシングを続けたりといったプレーを、他の選手よりも高いレベルで、自らがイニシアチブを持ってできる選手なのだ。

 出場機会が思うように得られなかったり、自分では調子が良いという手応えがあっても試合に起用されない時期があった。そのため、考えはネガティブなほうに傾くばかりで、前向きにサッカーに取り組むことが難しくなっていたのだ。

 ただ、シーズンが終盤に差し掛かった時期に迷いが吹っ切れたからこそ、シュトゥットガルトでの最後の試合となったドイツ杯決勝のバイエルン戦では敗れはしたものの、岡崎自身は好プレーを見せた。そして、それがワールドカップアジア最終予選の最終戦となったイラク戦や、コンフェデ杯での活躍につながったのである。

■W杯本大会までの1年でやるべきことがはっきり見えた
 
 コンフェデ杯直後にはシュトゥットガルトからマインツへの移籍が正式に決まった。そのマインツの加入会見で、岡崎はこんなことを話している。「シュトゥットガルトではFWとしての気持ちが物足りなかったので、もう一回マインツという新しい環境で自分のFWとしての力を試したい」

 悩み、苦しんだ1年を過ごしたことで、岡崎は自分のやるべきことをはっきりと理解することができた。

 まずは、ゴールを取るためにプレーすること。更に、前線から全力で守備に汗を流し、裏へ抜けるための動きを繰り返す。それらを何よりも大事にした上で、自らの苦手なことも必要に応じて取り組んでいけばいいのだと今は考えている。

 また、マインツのトーマス・トゥヘル監督の下でプレーすることに喜びとやりがいも強く感じている。

「例えば、中盤に下りてきて、1タッチでポン、ポン、ポンとパス回しに参加したりするプレーなど、今までのシュトゥットガルトでは評価されなかったことも、今の監督は見てくれていますから」

 この1年間は、ネガティブにはならず、前向きにサッカーに打ち込める確かな予感が岡崎にはあるのだ。

 コンフェデ杯で、2012-13シーズンの日本代表の活動を終えた後、岡崎は胸を張ってこう話していた。

「何の考えもなしに、『結果だけを出すぞ』と言いながら、この1年間やってきたわけじゃなくて、自分のプレーをチームと融合させて、苦しいながらも自分がやらなくちゃいけないことを探してやってきました。それが(コンフェデ杯での2ゴールという)結果に表れたと思う。これからの1年は試合に出続けることもそうだけど、それだけじゃなくて、クラブでも代表でも勝つために自分がやれることをもっと増やしていきたいです」

 もう、迷うことはない。

 プロサッカー選手になり、コンスタントに試合に出られるようになってから、最もチームに貢献できないと感じた苦しい1年は既に過去のことだ。

 ただ、あの時間があったからこそ、W杯までの1年は、胸を張り、迷いを抱えずにボールを蹴ることができるはずだ。それが岡崎慎司という選手個人の成長につながることは、言うまでもない。

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