2013.06.14

コンフェデ杯への不安材料。オーストラリア戦で生まれていた、一つの齟齬

[写真]=足立雅史

 例えるならそれは、優秀なシナリオライターによる、少々凝り過ぎとも言える劇的なエンディングだった。
 
 1点を追う90分、エースがPKを獲得し、自らが蹴り込んで同点に追い付いた。試合終了を告げるホイッスルが鳴ったのは、その3分後のことだった。初めてホームでワールドカップの出場権を獲得し、日本代表は5大会連続となるW杯本大会出場を決めた。
 
 しかし、余韻に浸ってばかりはいられない。忘れてはならないのは、それでもやはりオーストラリアには勝てなかったという現実である。この現実と向き合わなければ、1年後の成功はない。

 本田圭佑が「僕らのほうが良いサッカーをしていた。結果は引き分けでしたけど、オーストラリアの選手も《良い環境》でやったらどうなるか、想像できたんじゃないかと思う」と語ったのは昨年6月、敵地・オーストラリアでの対戦後のことだった。
 
 本田のアシストで日本が先制したが、不可解なPKを取られて引き分けた。だが本田には、力の差を見せ付けたという思いがあったのだろう。「彼らが何も感じていなかったら、アホか、何か秘策があるかのどっちかだと思う」と続けた。
 
 ところが、《良い環境》で戦った今回も、勝てなかった。オーストラリアは好チームだったが、強敵だったわけではない。1─3で惨敗した2006年ドイツW杯での対戦以来、彼らのチーム力は徐々に落ちているように感じられる。
 
 ブラジルW杯の開幕まであと1年。本気でW杯優勝を目指す男たちのいるチームなら、その可能性を示してほしかったというのは高望みなのだろうか。それでもW杯出場権獲得を、拍手で讃えるべきなのか……。

■本田がいないチームはもう考えられないのか⁉

 この大一番を迎えるにあたって、ザックジャパンは立て直しを迫られていた。5月30日に組まれたブルガリア戦に0─2で敗れていたからである。

 前半は3─4─3、後半は4─2─3─1で戦ったこの親善試合が重い意味を持ったのは、敗れたからだけではなかった。指揮官がテーマに掲げたインテンシティー(アプローチの素早さや連動性、スペースへの動きなど)を示せず、慣れている4─2─3─1でも攻撃が噛み合わない。負けているのに横パス、バックパスが横行し、タッチライン際には激高する指揮官の姿があった。本田や岡崎慎司が所属クラブの試合の関係で不在だったことを差し引いても、不甲斐ない内容だった。

 これに危機感を顕わにしたのは、長友佑都である。試合後「悔しくて冷静に振り返れない」と言うと、翌日には「球際の厳しさ、ハングリーさ、勝利への貪欲さが足りない」と言い切った。

 豊田市内からさいたま市内に移った6月1日にはディスカッション形式でミーティングが行われ、チーム戦術を再確認し、オーストラリア対策も進めた。「逆サイドの絞り方やリスクマネジメントなど、改めて確認できた」と今野泰幸が言えば、「メンタル面が引き締まった」と長友は言った。

 その効果は、オーストラリア戦で確かに見えた。

 序盤から日本が主導権を握って攻勢を仕掛けていく。19分には本田、岡崎とつないで香川真司がフィニッシュにまで持ち込んだが、GKに阻まれた。その2分後には本田とのワンツーから前田遼一がシュートを放ったが、DFのブロックに遭う。バイタルエリアに巧みに潜り込んだ本田や香川を生かした攻撃で、日本は相手ゴールを脅かしていく。

 もっとも、前掛かりになり過ぎたため、カウンターからピンチも招いた。加えて、「ボールの出どころを押さえるのが大事」(遠藤保仁)だったはずのロングボール対策もほとんど機能せず、相手DFからフリーで蹴り込まれてしまう。

 それにも関わらず、敵のパワープレーに屈しなかったのは、今野の奮闘によるところが大きかった。相手のエース、ティム・ケーヒルは右サイド(日本の左サイド)にいることが多かった。それは189センチの吉田麻也ではなく、178センチの今野とのマッチアップを狙ってのことだろう。だが今野は身体をぶつけてケーヒルから自由を奪い、互角以上に渡り合う。「難しい役割を見事にこなしてくれた」という指揮官の賛辞にも、頷けた。

 それにしても、なぜ、出どころを押さえられなかったのか。その要因として挙げられるのは、プレスの甘さだ。

 1トップの前田とトップ下の本田が連動してボールをサイドに誘導し、チーム全体でパスコースを切りながらサイドでボールを奪うのは、ザックジャパンの基本戦術だ。ブルガリア戦後のミーティングでも改めて確認されている。

 その際、1人でもサボると《仕掛けた網》に穴が空き、掻い潜られてしまう。ところが、オーストラリア戦では掻い潜られるどころか、サイドに追い込むこともできなかった。前日に合流したばかりの本田が、守備で貢献できるだけのコンディションになかったからだ。

 前田1人でプレスを仕掛け、徒労に終わる場面もあった。本田自身も翌日、「コンディションが悪くて守備では貢献できなかったので、攻撃の時にオン・ザ・ボールで周りとの違いを出そうと思ってプレーしていた」と明かしている。

 守備における細かな約束事は、アルベルト・ザッケローニ監督の戦術における生命線だ。就任当初は守備におけるリスクを考えて、香川さえも途中交代させていた。ところがこの試合では、コンディション不良の本田をフル出場させた。イタリア人指揮官が、自身の戦術ベースとなる守備面に目をつむってでも1人の選手にこだわったことの意味は小さくない。ザッケローニ監督の中では、本田がいないチームは、もう、考えられないのかもしれない。

■栗原投入後に齟齬が発生。指揮官のマネジメント力に疑問

 0─0で進んだ後半も、依然として日本が主導権を握っていた。₅₇分には本田とのワンツーで香川がゴール前まで進入し、₅9分にはボックスの左角から放った香川のシュートがポストに弾かれた。

 先に動いたのは、オーストラリアのほうだった。₇₂分、トップ下のブレット・ホルマンを下げて、ダリオ・ビドシッチを投入する。すると7分後、今度はザッケローニ監督が動く。1トップの前田に代えて、センターバックの栗原勇蔵を送り出すのだ。

 センターバックの今野泰幸を左サイドバックに、左サイドバックの長友を左サイドハーフに移すシフトチェンジは、11年1月のアジアカップ決勝でオーストラリアを破った時と同じもの。長友は「得点を狙うために僕をサイドハーフにしたと思ったので、積極的に仕掛けていった」と言うが、栗原は「守備固めの意図だったと思う」と語った。また、今野も内田篤人も「4バックだった」と話すが、長友は「3枚だった」と語っている。ピッチ上では、なぜか齟齬が生じていたのだ。

 日本が先制されたのは、その2分後のことだった。失点自体はクロスが流れてネットを揺らす不運な形で、ポジションの認識のズレを突かれたものではなかった。しかし、国際試合で致命傷になりかねない祖語は、なぜ、生まれてしまったのか。選手によれば「練習で試していない形」だったという。3─4─3の習得にこだわるあまり、足元が疎かになっていたと言われても仕方がない。指揮官のマネジメント力に疑問符が付く。

 今野とともに身体を張った吉田は試合後、「追い付けて良かったけど、内容は乏しかった」と振り返った。日本はベストメンバーで臨んだにも関わらず、ホームでオーストラリアに勝てなかった。本田と岡崎は本調子ではなかったが、彼らをピッチに送り出す他、指揮官に選択肢はなかったのだ。

■W杯本大会まであと1年。手遅れになる前にやるべきこと

 チームというのは生き物であり、新陳代謝を怠った瞬間から、後退が始まっていくものだ。過去の日本代表も例外ではなく、岡田ジャパンは09年5月のチリ戦を境に坂道を転がり落ちた。

 ザックジャパンも今のままなら、12年6月のオマーン戦、ヨルダン戦の頃がピークになってしまう可能性がある。

 落ちるところまで落ちたチームを蘇らせるため、岡田武史監督はエースだった男を控えに回し、キャプテンから腕章をはく奪し、スタイルを変える荒療治に出た。ザッケローニ監督はこの先、チームをどう活性化していくつもりだろうか。

 選手は危機感を覚えている。長友が「前回は心の底から喜べたけど、今は危機感のほうが強い」と言えば、香川も「ヨルダンにもオーストラリアにも勝てなかった。今のチーム状況が決して良いとは思えない」ときっぱりと言った。

 これまでは予選中のため、メンバーを変えにくいというエクスキューズが存在した。だが、予選を突破した今、もうエクスキューズは通用しない。あと1年、チームに健全な競争原理を持ち込まなければ、手遅れになる。

文/飯尾篤史
サムライサッカーキング7月号掲載

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